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ライフスタイル

グローバリゼーションとは失敗であった

「グローバル化」が盛んに謳われるようになってもう相当の年月が経ちますが、今でも一般に信じられている「グローバル化を達成する事が大切だ」と言う概念は、本当に正しいと言えるのでしょうか。本日はこの「常識」に一石を投じてみたいと思います。

僕は個人的な考えとして、「グローバリゼーションとは失敗であった」と思っています。英会話ビジネスを展開する人間がこんな事を言うことに驚かれる方がほとんどかと思いますが、そこはしっかりとその理由をご説明したいと思います。

まず始めに述べたい事は「全てのグローバリゼーションの要素が失敗であったのではない」と言う事です。いくつかの要素においてはグローバル化が進んだことはポジティブであったと思います。それは主に経済的な分野とITテクノロジーによる距離感の短縮、そして英語が共通語として定着した事により世界の人々が相互に理解出来る機会が増えたと言う点においてです。

経済がグローバル化した事に関してはもちろん、ローカルなビジネスが生き残れなくなったと言う一見ネガティブに見える側面もありますが、僕はその点も含めてポジティブであったと考えています。なぜならビジネスとは、「より良いサービスや商品が勝ち残る姿こそが正しい」からです。例えば農作物ならば、関税によって守られていた旧態依然としたスタイルや既得権益が貿易の自由化によって消滅することは、消費者の観点からは完全にポジティブと言えます。また自由化によって競争を迫られることで、そのビジネスが大きく改善することもよく見られるケースです。分かりやすい例では日本の果物や和牛が相当します。コスト競争力や安さでは外国産には勝てないと言う状況は、逆に高品質な果物や世界的なブームにもなっている”Wagyu” を生み出す結果となりました。アジア各国では日本のイチゴが1パック5,000円と言うような値段で売られていることもあります。1粒あたり400〜500円と言う事は現地ではイチゴ1粒が一回の食事かそれ以上の値段と言う計算になりますが、それでも売れていると言うのだから驚きです。また、もはや英単語ともなった”Wagyu” はステーキの本場であるアメリカでも最高の牛肉と言う評価を受けており、アメリカ産和牛やオーストラリア産和牛まで生産される有様です(種が和牛であれば現地でそれをWagyuと呼んでも良いようです。苦笑)

<和牛はもはや “Wagyu” と言う英単語になった>

また国内では、AmazonなどのITジャイアントの上陸により小売店のビジネスが存続の危機にありますが、これも長期的な考え方をすれば正しい流れであると言えます。社会とは常に進化するものであり、旧来のビジネスがいつまでも生き残れることはあり得ません。逆にいつまでも生き残っていればそれは何らかの既得権益が裏で守られていると言う意味であり、それは消費者にとってはマイナスでしかありません。誰だって良いものを、より多くの選択肢から、出来るだけ早く、可能な限り安く購入したいのは当然のことであり、こうした環境が生まれることは社会にとっては間違いのない「進歩」であると言えます。ビジネスを営む以上は、時代が求めるものに合致しなくなった商売が淘汰されることは社会全体で考えれば「ポジティブなこと」です。ビジネスとは常に新しい工夫が求められるのが当然であり、常に生まれ変わり続ける、そうあるべきものです。残酷に聞こえるかも知れませんが、それが資本主義の大原則です。資本主義とは100%完璧な社会システムではありませんが、「それでも資本主義は、人類がこれまで生み出した中では最も優れた社会システム」です。資本主義に対するアンチテーゼとして現れた社会主義や共産主義が歴史上失敗に終わった事は、皆さまもおそらく教科書で学んだことでしょう。その100%完璧ではないがベストではある資本主義の欠点を補うために生み出されたのが社会保障などのセーフティネットですが、これを可能な限り小さく出来る社会=個人が自立している社会が、動物の一種である人間が現時点でたどり着くことができる限界かつ最適な社会と考えられます。難しい理論に聞こえるのであれば、「努力や勤勉、挑戦は報われるべきだ」と考えればシンプルです。これらが報われなくなった瞬間に、人には怠惰と欲望のみが残る事になります。

内容が一部被ってしまいますが、ITによる世界の距離感の短縮も、総合的に考えればポジティブと考えられます。今ではインターネットにより世界中の情報を瞬時に知ることができるようになり、インターネットの通話機能を使用すれば世界中に無料で電話をかけることも出来ます(通信量は掛かりますが国際通話料と比較すれば微々たるものでしょう)。オンラインで世界中の人間とチャットや議論をすることが出来ますし、それは文化の相互理解や新しい価値観に気付く事を可能にするものです。またそれを国内に居ながらにして疑似体験することを可能にするVR技術の開発も進んでいます。世界中の「異なる価値観やアイディア」に触れることで、私たちは自分の国をより良く、より迅速に改善出来るようになったと言えるでしょう。さらにはAIやロボットが人の仕事を奪うと言う批判もありますが、人が単純労働から解放される事で社会には新しい価値やアイデアが生まれやすくなる可能性もあります。こうした技術はグローバルな技術交流、部品供給や分業体制によってその発展が効率的に加速されています。例えばiPhoneであれば、設計やOSとCPUの開発は米国Appleですが、CPUの製造を可能にしているのは台湾TSMCの微細化技術、通信モデムチップは米国Qualcomm、ディスプレイのOLEDは韓国Samsung電子、カメラのイメージセンサーはSONY、コンデンサーなどの電子部品は村田製作所などの日本メーカー、メモリーは東芝メモリや韓国Samsung, SKなどが供給し、台湾の会社が組み立てを請け負って、その工場は中国にある、と言った具合です。スマートフォンとは非常に多国籍な製品であると言えます。近年ではビジネスが国内で完結することの方が珍しくなりました。

<iPhoneとは複数の国の技術による「合作」>

もちろん上記のようなポジティブな影響は全て、世界の人々が英語を「世界の共通語」として利用するようになったからに他なりません。共通語が無ければ国家間の関係とは常に1対1でしか成り立たないことになりますので、世界に言語が100あると仮定すればそれぞれの言語の専門家全てが必要となってしまいます。それに対して1つの共通語があることは全てのコミュニケーションをより円滑に、より便利に、より効率的にすることを可能にしますので世界全体としての大きなメリットがあり、不必要な無理や無駄が解消されることにも通じます。もちろん複数の国の人間が同時に話し合い意見を調整することも可能になります。これは「共通語」があって初めて出来るようになった事です。「世界が英語に支配される」と警鐘する人がちらほらいますが、それが100%真実ではありません。ほとんどの国ではオリジナルの母語が使用される状況に変わりはありませんし(例外はありますがあくまで「例外」です)、英語を話すことと各国・各文化のアイデンティティを守ることは決して矛盾しません。むしろ他文化を知ることで初めて、自国のアイデンティティを確認する事が出来るようになるとも言えます。英語を話すようになったらその場所のアイデンティティが消滅したと言う例は、一部の例外を除いてほとんど確認されていません。同じ英語を話す西欧諸国同士ですら、アメリカとイギリスとオーストラリアの文化やアイデンティティは全くに異なるものです。

では、これだけグローバル化による良い側面があったにも関わらず、なぜ「グローバリゼーションとは失敗であった」と僕が断定するかと言うと、それは「グローバリゼーションによる行き過ぎが明確になりつつある」からです。

分かりやすい例としては移民の問題があります。グローバリゼーションにより世界の国境の壁が低くなったことは良い側面もあったのですが、残念ながら「移民」と言う貧しい地域から裕福な地域への一方的な人の流れを生み出してしまいました。(そうではない優秀な移民も多数いますので、あくまで「一般論」です。)僕は個人的に、各国の人間はその生まれ育った地域を改善するための努力をすべきものと考えています。もちろん戦争や紛争による「難民」は批判出来ませんが、ただ裕福な地域へ移りたいと言う身勝手な理由の移民については賛成出来ません。それは混乱を極めるヨーロッパを見れば明らかなことであり、「人の移動を自由にした」結果貧しい地域から一部の都市への一方的な人の移動が発生しており、パリやロンドンに貧困層がなだれ込んだ結果それらの都市の治安は悪化し、地域の文化の良さが損なわれ、元からにそこにいた人々の不満を招き、それが失業者の増加、差別意識の拡大、テロリズムの発生、ナショナリズムの激化、そして更なる移民との衝突と、悪循環を繰り返すばかりの結果となっています。富が配分されるどころか一部の地域が一層豊かになり、貧しい地域はさらに貧しくなると言う逆効果も生み出してしまいました。もともと「理由があって存在していた国境」を消滅させた事は、理想のみを夢みて副作用を考慮しなかった結果の失敗であったと言わざるを得ないでしょう。

<移民排斥デモは過激化の一途を辿る>

また国家に限らず、全ての地域を画一化しようとする試みも悪影響しか生まないと考えられます。例えば日本国内では全国に新幹線と高速道路が整備された結果、地方にあったエネルギーやビジネス、人材が全て東京に吸われる結果となり、地方経済はもう虫の息と言える状況です。これは本来、地方は地方の特色を生かして発展させるべきであったところを、全ての地域が東京と同じインフラ、東京と同じ箱物、東京と同じ生活を求めた結果の失敗であり、新幹線や高速道路自体が悪かった訳ではありませんが、全国が東京化すればその地域の特色や魅力が失われ、その状況においては東京に勝てる要素は一切なくなるのが当然であり、それなら若者が東京へ行きたいと考えるのは至極当然の結果です。地方は「東京と同じになること」を求めるのではなく、「東京にはない魅力を磨く」事に気付くべきと言えます。近年では一部その点に気づいた地域も見られるようになり、農村の原風景や古民家を活用したビジネスが成功する事例も多くなって来ました。地方の発展とは本来、そうあるべきものです。地域の特色と伝統を守りそれを生かすことが、長い目で見たときにその地域の利益となるはずです。

同じことがグローバリゼーションにも言えます。世界中のレストランがマクドナルドになり世界中のカフェがスターバックスになれば、こんなにつまらない世界はないでしょう。マクドナルドやスターバックスはそれはそれで価値のあるものではありますが、地域性・文化性をその国が失ってしまえば、全ての活力と人材はアメリカに吸われるだけの結果となることでしょう。当然ですが、マクドナルドとスターバックスしかない国や地域へ旅行をしようと考える人などほぼ存在しません。地域性を失うことは結果として、その地域から人がいなくなり、訪れる人もいなくなり、経済が立ち行かなくなりお金が落ちることも無くなります。地域性を消滅させることはニューヨークや東京のような場所以外にとっては自殺行為以外の何者でもありません。地域性や伝統を重んじることとは、全ての国と地域にとって非常に大切な事であると言えるはずです。

またグローバリゼーションとは「特定の思想を他文化に押し付ける」ことでもあります。いくら欧米諸国が現時点で最も発展しているとは言え、私たちが人間である限りは特定の思想が100%正しいと言う保証は逆に「100%あり得ません」。欧米諸国がその思想を持って世界を標準化しようとした結果生み出されたのがテロリズムであり、テロリズムが悪である事は疑いのない事実ではありますが、本来その原因は特定の考え方を他文化や他宗教に強要しようとした事が原点と言えます。「1つの思想こそが理想である」と考えるのではなく、「自分と他人は異なっているのが当たり前である」ことを全ての世界市民が理解をしない限りは、世界から戦争や紛争、テロリズムが無くなることは決してないでしょう。

<テロリズムとは特定の思想を強要した結果の宗教戦争>

身近な例に話を移すなら、日本の調査捕鯨に対する某民間団体のテロ行為は最たる例です。そもそも鯨の生態系が破壊されたのは欧米諸国の乱獲が元々の原因であり、その状況を生み出した人間が他国に急に捕鯨禁止を要求するのは非常におかしな話です。生態系を守ること自体は正しいと言えますが日本の調査捕鯨はあくまで生態系に影響を与えない範囲内で行われているものであり、「鯨は賢い生き物だから食べるべきではない」と言う主張は偽善でしかありません。逆に言えば「賢くない生き物なら殺しても構わない」と言う主張であり、「賢いかそうでないか」によって生殺与奪を決定することは人間と言う生き物のエゴでしかありません。オーストラリアでは「人に害があるから」と言う理由でカンガルーが虐殺されていますが、一方で「鯨は捕獲するな」と言うのであればそれは人間の身勝手な欲望でしかないことは明確です。環境や生態系の保護と言う明確な理由がない限りは「他国の文化に他国が口を出すべきではない」とするのがあるべき姿と言えます。

結論としてグローバリゼーションの最大の失敗と言うのは、「地域や文化の多様性を殺して1つの理想による画一化を図ろうとした」ことです。元々に異なる場所を無理矢理一体化すればその中で衝突が起こるのは当然の結果であり、特定の思想を押し付けることもやはり衝突と反発を招くだけのことです。経済や技術がグローバル化しても、地域性や文化とは画一化してはならないものですし、その点に関してはグローバル化を追い求めてはならないものです。地域性、文化そして伝統を維持することで初めて「その地域にしかない魅力」が生まれ、その事が最終的にはその地域の持続的な発展にも繋がります。全てを世界基準にすれば良いと言うものでは決してありません。

全ての人が異なるお互いを理解し尊重することで初めて、戦争や紛争、テロリズムが減少するものであると僕は考えています。そしてそのような「真の多様性を実現すること」と「共通語を話して他文化を理解すること」は決して矛盾することではなく、むしろ相互の違いを理解し尊重するために必要な事であると思います。

日本にも多くの外国人が移り住んで来る時代となりました。それは人口が減少する国では避けられない事なのかも知れませんが、日本人は日本人としてのアイデンティティを失う事なく、それと同時に異なる文化も受け入れる事が出来る平和な国となる事を願うばかりです。そして私たちが日本人として生まれた以上はその母国と文化を大切にし、少しでもより良い日本の実現を目標に努力して行くことが私たち1人ひとりに課せられた使命であるはずです。(国のために働けと言う意味ではありません。より良い社会を実現するために、マナーを守ったり差別をしないなど、自分に出来る範囲のことをしましょうと言う趣旨です。)そして世界のモデルとなれるような日本を実現することで、世界の多くの国々へと貢献することも忘れてはなりません。

<平成天皇が最後の誕生日に「我が国に来て仕事をする人々を、社会の一員として私ども皆が温かく迎えることができるよう願っています」と述べた事は、平和を願う気持ちからであったと思われる>

SSEAは英語と世界の多様な文化や価値観をお伝えすることで、そうした多様な社会と平和を実現できる日本と世界を創造することを目指しています。そして英会話を学ばれる方お1人おひとりに、そのストーリーの主役を務めて欲しいと願っています。

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変わり行く大学受験と、今後も変わらないこと

みなさまもご存知の通り、2020年度から大学入試のシステムは大きく変わります。現行のセンター試験が廃止され、「大学入学共通テスト」が導入されます。これまではマークシートで回答でしたが多くの教科で記述式の問題が導入され、特に全ての大学で要求される英語においては、これまで「読んで聴ければ」良かったものが、「話す・書く・聴く・読む」の4技能が必要となり、そしてこの4技能を重視した英語の外部認定試験(TOEFL・IELTS・TEAP・英検)などを活用する入試形態も今以上に増加することでしょう。こうした傾向は特にその入試形態の自由度が高い私立大学で顕著に見られ、現在でも外部認定試験で一定のスコアを満たせば一般入試の英語が免除になるケースも多く見られるようになりました。

また、私立大学で最難関に数えられる早稲田大学の政治経済学部はその入試形態を大きく変える事を既にアナウンスしており、大学入学共通テスト(外国語・国語・数学・選択一科目)を合計で100点、外部認定の英語試験(30点満点)と学部独自試験(日英両言語による長文読解70点満点)の合計200点満点による選抜となり、早大の他学部もこの方式に追随するとも言われています。私大の定員厳格化と数学の義務化と言う流れは今後の大学入試の傾向を大きく変えることになりますが、共通の要素として要求されるのは「英語力と論理的な思考能力」が「知識偏重のテスト」より重視されると言う点です。今後の学生は「受験に留まらない幅広い分野の知識を日頃からよく考えること」が要求されることになるでしょう。

<英語力重視と数学義務化に舵を切る早稲田大学政治経済学部>

こうして各大学がその入試に独自性を出して行く中で、これまでのように「似たようなレベルの大学を併願する」と言うことが少しずつ難しくなって行きます。例えば東京大学や一橋大学を第一志望にする学生が、対策なしに早稲田大学や慶應義塾大学に合格することは、これまでのようには行かなくなるでしょう。また同じ私立大学でも、早稲田と慶應義塾の入試は今後、全くの別物となってしまいます。今後の学生には高校生のうちに、「どこの大学を第一志望にして、何を勉強するか」を明確にしておくことが求められます。

一方で、入試形態が大きく変わっても社会の中でなかなか簡単には変わらないであろう事も存在します。それは今も昔もそしてこれからも、「学歴の差は就職活動の時点で明確になり、一生ついてまわる」と言うことです。昨今の就職活動でたびたび話題になる「学歴フィルター」と言う存在は企業であれば当たり前のように存在するものであり、説明会の時点であからさまに切られることが例え無いとしても、エントリーシートを提出してみればそれはすぐに分かることです。それは差別とお感じになる方も多いと思いますが、企業側からすれば効率的に採用を行うためには完全に理にかなっている事です。エントリーをして来る学生全員と面接を行える企業はまず存在しません。大学入試とはすでに就職における競争の一部なのだと言うのが現実です。「学歴は差別だ」と言い訳をする前に、目の前の受験を勝ち抜くことが当たり前ですが非常に大切です。その努力の結果を企業が第一の評価基準とすることは、しごく当たり前のことです。

さらに細かく見て行けば、一部の企業や組織には「学部フィルター」まで存在することもあります。官僚組織であれば昇進するためには東大法学部の学歴が必要であるのは周知の事実ですし、僕が就職活動を行った企業の中には「早稲田大学は政治経済学部からしか採用しない」と思われる企業もありました。社会とはブラックなものだなと思いますが、もし将来に叶えたい目標があるのであれば、学生のうちにこうした社会の現実を知っておくことも大切です。一流企業の「学歴フィルター」であれば、私立大学であればその境界線はGMARCHである事も有名な事実です。

では大学選びはどうすれば良いのか、と言う究極のテーマですが、僕の個人的な考えとしてはやはり、「将来どんな事をしたいのか」で決めた方が良いかと思います。何故なら就職とは、一律に大学の偏差値に比例するとは限らないからです。

例えば「将来は省庁で働きたい」のであれば、前出しましたが東京大学、それも法学部を卒業していることが最低条件と言えます。他学部や他大学から省庁へ行く事も可能は可能ですが、そこでの昇進には明らかな差がつきます。「入る前から勝負は既に決まっている」のが現実です。また、公務員ではなく一流企業での就職を希望するのであれば、日本経済において最大の影響力を持っているのは、実は東京大学ではなく慶應義塾大学です。実際に上場企業の社長の出身大学をランキングにすると、2018年時点で

① 慶應義塾大学 260人

② 東京大学・早稲田大学 172人

④ 日本大学 81人

⑤ 京都大学 79人

と、慶應大学の勢力は他大学を圧倒しています。その背景には「慶應三田会」と呼ばれる卒業生のネットワークがあり、この卒業生の強固な結びつきがこうした圧倒的な状況を作り出しています。日本の富裕層や財閥の子息が受験の道より慶應幼稚舎を選択する理由もここにあります。慶應幼稚舎にはそこでしか築くことの出来ない、一般の人々には想像すら難しいような日本最強の人脈ネットワークがあるのでしょう。逆に考えれば、「慶應閥の企業では他大学の卒業生は昇進に不利になる」と言うことは明確です。もし日本の一流企業に就職したいのであれば、僕は迷わず「慶應に行け」とアドバイスするでしょう。

<日本の財界で最強の影響力を持つのは慶應義塾大学>

一方でこの大まかな流れが当てはまらない企業もあります。例えば電気・ガス・交通などインフラ系の企業やメガバンクでは、やはり東京大学の卒業生が有利です。これらの企業は政府との関係性が重要であることから、トップは同じ学歴である事が望ましいと考える傾向があります。また一方で、マスコミ、出版業界やジャーナリスト、政治の世界を目指すのであればその世界に強みを持つのは早稲田大学と言われています。このようにそれぞれの組織や企業にはそれぞれに影響力を持っている大学があり、一概に偏差値や学部で勉強した内容だけでは決まらない側面もあります。そうした意味でも、「将来のイメージ」を高校生のうちに作っておくことが大切です。

これもおかしな話に聞こえるかも知れませんが、「東京の大学へ行くか、地方の大学へ行くか」も実は無関係ではありません。東京に本社を置く企業へ行きたいのであれば、東京にある大学を卒業する方が圧倒的に有利になります。特に一流企業であれば、地方の大学であれば旧帝国大学の国立大学以外からは、もうそこに就職出来る可能性はほとんど宝くじを引くようなものです。東京で就職活動を行うこと自体も大変になりますし、企業の人事部は地方の名門大学や国立大学よりも、多少の偏差値の差であれば東京の有名私大を好む傾向があります。逆に関西や地方に本社を持つ企業は、その地域の大学から優先的に採用する傾向があります。本社が大阪であるパナソニックは関西の大学を優先に、愛知に本社のあるトヨタであれば名古屋周辺の大学から多くの人材を採用しています。もちろん地方自治体の公務員になるにはその都道府県にある国立大学がもっとも有利なのは明らかです。就職には実は「地域性」も確実に存在するのです。そして企業へ就職したいのであれば、日本のほとんどの企業の本社は東京に集中している事を疑う人は、おそらくどこにもいないでしょう。

また、もし将来海外で働きたいのであれば、海外の大学へ行くと言う選択肢も有効です。日本の企業へ就職したいのであれば日本の大学が圧倒的に有利ですが、米国や欧州で就職したいのであれば現地の大学を卒業する方が、言語の壁を考慮しても明らかに良いでしょう。世界の大学ランキングでは日本の大学は不当とも思えるほどに低い評価となっていますので、海外で働くのであれば日本の学歴はほとんど役に立ちません。ただし、海外で働くと言うことは「外国人として働く」と言うことになりますので、米国の超一流大学へ行く事が出来るくらいでなければ結局、最終的には日本へ戻って来る事になります。海外で日本の学歴が役に立たないのと同様に、日本では米国の超一流大学以外の学歴はほとんど役に立ちません。海外の大学へ行くのであればそのくらいの強い意志が必要です。そして米国で就職をすると言うこと、特にGAFA(Google, Apple, facebook, Amazonの略語)のような世界のトップ企業で働くことは、米国の超一流大学や東京大学を卒業するような人材にとっても全く甘くない事です。世界中の超一流の人間が集まる米国企業ではそのポジションを維持することすら非常に難しい事であり、能力が無いと判断されればアッと言う間にその職を失い帰国することになります。そして世界中の超一流の人材が集まっていても、最終的には米国のネイティブが有利に生き残ると言うこともまた事実です。同じ能力なら現地の人材の方が評価される、それはどこの国でも至って当然のことです。そうした海外でのリスクを考慮した上で最も理想的なのは、日本の大卒の学歴を持った上で海外の有名大学院へ進学する事でしょう。

<GAFAで生き残ることはハーバードを卒業する事より難しいだろう>

そして、進路の選択肢は文系に進むか理系に進むかによっても全く異なります。上記の話はあくまでゼネラリストとして文系に進んだ場合が前提です。文系に進むのであれば東大、早稲田、慶應、あるいは一橋や東京の有名私大に進む方が圧倒的に有利ですが、理系に進むのであれば東大・東工大以外なら地方でも国立大学へ行く方が圧倒的にお勧めです。私立大学は学費が高いと言う問題もありますが、技術・研究職である理系は各企業や組織がそれぞれの大学の研究室と密接に結びついており、そして研究室の質を決める予算は国から国立大学へと圧倒的に優先して配分されるからです。理系は分野にもよりますが、東大、京大、東工大の次の選択肢は確実に地方の旧帝国大学と言えるでしょう。理系から一流企業の研究職へ進める私立大学はおそらく、あくまで一般論ですが早稲田、慶應、東京理科大の3つしかないかも知れません。理系に進むのであればやはり、国立大学が優位と言う状況は今後も変わらないものと考えられます。また愛知工業大学など、私立であっても地域性の優位を生かしてトヨタなどに多くの卒業生を送り込んでいる大学もあります。理系は文系以上に、将来におけるビジョンが大学の選択時に明確である必要があります。

高校生のうちに将来の人生を選択すると言うのは難しい事に聞こえるかも知れませんが、大学に入学した後に考える事も可能な日本はむしろ特殊な方と言えます。アメリカでは大学の専攻次第でその先に出来る仕事はほぼ自動的に決まってしまいますし、欧州では高校に入る時点で大学を目指す進学校へ行くのか、職業訓練校へ行くのかの二択を迫られます。就職活動の直前まで自分の将来を考えることができる日本はある意味では恵まれているのかも知れませんが、そうは言っても進学先の大学にその就職を左右されるのもまた事実です。今後の若者には自分の可能性を広げる意味でも、大学を選ぶ前に海外の事を知り英語の重要性を理解し、自分のやりたい事や大きな夢を目指すキッカケを持ってもらう事を願うばかりです。SSEAは受験のための塾や予備校ではありませんが、英語教育を通して皆さまの将来の可能性、そして日本の未来の可能性を広げるお手伝いをさせて頂ければ幸いです。

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“I can do it.” “I will do it.” は “I have done it.” ではない。

“I can do it.” “I will do it.” と “I have done it.” 日本語に訳せば「私にはそれが出来る」「私はそれをするつもりだ」と「私はそれをやり遂げた」となりますが、皆さまはこの前者2つと後者の間にある決定的な差に、お気づきになりますでしょうか。

簡単に言ってしまえば、前者はまだ実際には何も行われていない状態に対して、後者は実際にやり遂げられたということの違いです。では、前者はいつか必ず後者になるかと言うと、それは99%以上の確率でそうはなりません。実際に「やり遂げた」とハッキリ宣言出来る確率は、実は1%にも満たないものです。

例えば日本でビジネスを起業して、それが実際に成功する確率を大雑把に計算してみましょう。おそらく世の中で働く人の半分は、「自分の商売を持ったら」くらいのことが頭をよぎったことがあるかも知れません。誰かが成功した例を見て、「あれくらいなら自分にも出来るだろう」と思う事もあるでしょう。

しかし実際に、日本の総人口を約1億2千万人と仮定して、その中で実際に自らのビジネスを持っている、あるいは始められる人の数はわずかに30万人ほど、割合にしてたったの0.25%です。この時点で既にもう1%にすら達していません。さらにこの0.25%が始めたビジネスが10年後に生き残っている確率は、0.25%の中のさらにわずかに6%です。つまり日本人がビジネスを所有して成功した確率と言うのは0.0025 × 0.06 = 0.00015、つまり0.015%でしかありません。1万分の1.5と言うことです。実際に起業において「やり遂げた」と宣言出来る人は、1万人に2人もいないと言うことになります。しかもこの数字には元から所有されているビジネスも含まれているため、本当にゼロから「やり遂げる」ことが出来る人の確率はおそらく、計算すら出来ないほどに小さなものでしょう。

歴史の中にはこの「やれば出来る」と「やり遂げた」の違いを端的に表した良いエピソードがあります。それは「コロンブスの卵」と言われるストーリーです。

コロンブスは皆さまもご存知の通り、アメリカ大陸を歴史上初めて発見した西洋人です。その業績の是非はここでは問いません。(米国ではこれはすでに少し敏感な内容です。)ただ、アメリカ大陸を発見した人物が歴史上ただ1人であったこと自体は、疑いようのない事実です。コロンブスは本来、インドへたどり着く目的で大西洋の逆の方向へと船を走らせましたが、それが結果として偶然の新大陸発見へと繋がりました。

コロンブスが帰国したのち、その偉業を称えるための晩餐会が開かれた中で、その偉業に嫉妬した1人の人物が次のように吐き捨てました。「なんだ、大西洋を反対に進めば誰にでも見つけられたじゃないか」と。

するとコロンブスは机の上にあったゆで卵を持ち上げてこのように言いました。「誰か、この卵を直立に立ててみて下さい」と。全ての列席者が挑戦しましたが、当然ながら誰も立てることは出来ませんでした。ゆで卵は丸いので、当然のことに思えるかも知れません。

列席者が「そんなことは不可能だ」と言ったところで、コロンブスは「じゃあ私がやって見せましょう」と言って、彼はその卵をテーブルに叩きつけました。卵は底面が潰れ、確かに直立したのです。

その時にまず列席者から返って来た言葉は、「なんだ、そんなやり方なら誰にでも出来る」と言うものでした。しかし、そこでコロンブスはこう明言しました。「そうです。これは誰にでも出来たことです。しかし、実際にそれをやったのは私1人だけです」と。これが「やれば出来る」と「やり遂げた」の明確な差を表した「コロンブスの卵」と呼ばれるエピソードです。

さて、そろそろこのブログの結論へと移りたいと思います。考えるだけなら誰にでも出来ることです。現状に不満や文句を言うことも簡単です。しかし、それを本当に実行に移して、あるいは問題を解決するために新しい方法を確立して「やり遂げた」人間とは、起業に絞って考えてみてもわずかに0.015%以下、世界で初めての事を成し遂げる人間は歴史上にそれぞれ1人しかいないと言うことです。頭で考えただけのことや口に出しただけのことには、何の価値もありません。むしろ行動に移さない口実にすると言う意味ではマイナスですらあります。物事は実際に「やり遂げて」こそ初めて価値が生まれます。あれこれ考えるよりも、出来ない理由を探すよりも、まず挑戦してみることにこそ価値があります。失敗することを恐れている限りは、私たちは何も「やり遂げる」ことは出来ません。10,000の失敗から1の成功が生まれれば、それは間違いなく100%の成功なのです。

ぜひ一度、振り返ってみてください。あなたは実際に何を「しました」か?頭でだけ何かを考えていませんか?口だけで何かに不満や文句を言っていませんか?

その時間とエネルギーがあるなら、それを「実際にやり遂げる」事に使うべきだと僕は思います。それは別に、起業や歴史的な発見のような大きな事である必要は全くありません。例えば、海外のレストランで自分で注文できたなら、日本で外国の方に少しでも道案内が出来たなら、それは「やり遂げた」ことです。子供が何か習い事をする気持ちに変わったなら、それも親御さんにとっての間違いのない「成功」です。

SSEAはそんな、失敗を恐れず挑戦する生徒さまお1人おひとりのお手伝いをさせて頂ければ幸いです。綺麗な英語、美しい発音、完璧な文法で英語が話せなくても、それは何も問題のないことです。なぜなら英語とは「人とコミュニケーションを取るための会話の手段」であって、100点を取るべきテストでは決してないからです。つたない英語でも英語でコミュニケーションが取れたなら、それはすでに皆さまにとっての「成功」であり「やり遂げたこと」であると私たちは考えています。失敗を恐れて何も挑戦しなければ、それはコロンブスにただ嫉妬した人物と何ら変わりません。10,000回失敗しても1度成功すれば、それはゼロよりもはるかに価値のある事です。「失敗して何かを失えばマイナスだ」とお考えになる方もいらっしゃるかも知れませんが、実は「挑戦しないことで失うものの方がはるかに大きい」ものです。なぜなら時代は常に変わって行きますが、その中で自分だけが変わらないのであれは、何もしないことによって自分の価値は相対的に下がって行くのだと言うことを意味します。例え失敗をしたとしても、少なくとも失敗からも必ず何かしらを学ぶ事が出来るはずです。私たちはそんな価値観をお伝え出来るような、英語を身近なものとして挑戦して頂けるようなスクールでありたいと考えています。

SSEAは日本の英語教育を変えて行きます。今はまだ “We will do it.”ですが、それは必ず近い将来に “We have done it.” にしてみせます。ですが、私たちはゴールだけを見て急いで走ることは決して致しません。私たちはゴールに向かって、毎日の一歩一歩、生徒さまとのひと言ひとことの会話を、大切に積み重ねています。講師・スタッフの全員が1人ひとりの生徒さまを大切に、全力で向き合ってお手伝いをさせて頂きます。1人ひとりの生徒さまに、1人でも多くの方に英語を好きになって頂くことが、私たちの “We have done it.” へ続く階段を一段ずつ上ることです。例えその成功率が1%に満たないとしても、それを日本で「実際にやり遂げる」ことをSSEAは目指しています。

“Be a person who will have done it!”

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いま香港で起こっていること

先日、某テレビ局の番組の中で、「世界の幸福度ランキング」なるものが取り上げられていました。どのくらいの国が調査対象だったかは忘れてしまいましたが、ハッキリ衝撃的に覚えていることは、中国が2位で、香港が下から2番目であったことです。

「そんなバカな(笑)」とその時は思いました。何てふざけたランキングだ、マスコミの印象操作は酷すぎるとすら思いました。客観的に考えて、香港の生活が中国より悪いと言う事はあり得ません。もしそれが事実なら、中国人が香港の市民権を取得するために敢えて香港で出産することの説明がつきません。治安、衛生、給与、食品や商品の質に至るまで、ほとんどの面において香港はまだ圧倒的に中国よりも優れています。「客観的に見れば」このランキングは全くの嘘であると言えます。

しかし最近、「市民の主観的には」このランキングは完全なる嘘とは言い切れないのかも知れないと思い始めました。幸福度ランキングで下から2番目になるほどに、香港の人々はその生活環境の悪化とその将来に絶望しているのかも知れません。

香港が豊かであるのは疑いもない事実です。国民1人あたりのGDPを単純に比較すれば、香港の平均値はすでに日本を上回っています。(ただしこの比較方法は誤りです。香港は実質的には「都市」なので、比較するなら「東京」と比較されるべきものです。詳細は別記事「北欧は本当に「豊か」なのか」をご参照ください)しかし平均値とは、同時に実態を誤って表してしまう側面もあります。香港では所得の格差が日本とは比較にならないほどに大きく、想像もつかないほどに豊かな人がいる一方で庶民の生活はその平均値ほどには豊かではありません。それでいて物価や地価が高いため、庶民の生活は日本のそれよりも相当に苦しいと言えます。特に住宅環境に関しては、香港は土地が狭いのに加えて家賃の高騰にも歯止めが掛からず、日本よりも遥かに狭い住宅に非常に高額な家賃を払わざるを得ない状況です。香港の生活環境はいま、悪化に歯止めがかからない状態です。平均所得は増加していますが、質は悪化しています。それが上記のような「世界で2番目に不幸だ」と市民が感じるようなランキングに確実に反映されています。

例えば大気汚染はその一例です。現在の香港を訪れると、その空気の悪さに驚きを感じ得ません。九龍半島から香港島を望めば、その景色は常に霞んでしまっています。10数年前にはこのようなことはありませんでした。テレビをつければ、毎朝その日の大気汚染情報が天気予報のように報道されています。そしてその汚染物質は、ほとんどが中国大陸から流れてくるものであり、香港市民には対策の取りようが全くありません。悪化して行く大気汚染をただ我慢するしかないと言う状態です。

<2003年当時、香港の空は青かった。>


<2017年、同じ場所から香港島を望む>

不動産価格の高騰に歯止めがかからないことも、市民生活に深刻な影響を与えています。資本を持つ人々は投資によって大きな利益を得ることができる一方で、庶民にとっては家賃の上昇により劣悪な住宅環境と生活費の高騰を招くだけの結果となっています。不動産価格が高騰する主な原因は安全な投資の対象資産としてチャイナマネーが大量に流れ込んでいることであり、この点においても香港の市民にはそれを止める手段がなく住宅環境が悪化することをただ受け入れるしかないのが現実です。香港の不動産価格は現在世界の中でも圧倒的な最高額となってしまい、10年間で2倍にもなってしまった住宅の平均販売価格は2018年時点で約1億4千万円、平均の広さは55㎡と、日本で販売されている一般的なマンションの3分の2程度の大きさの部屋がすべて億ションと言う状況です。香港の平均収入が46,000ドル=約500万円(東京23区:76,900ドル=845万円、新築マンションの平均価格は6,014万円)であると仮定すると、平均的な住宅を購入するのに東京では年収の7年分が必要であるところ、香港では年収の28年分が必要と言う計算になります。しかもこの平均年収は一部の超富裕層が一気に押し上げているものであることから、庶民にとって住宅を購入すると言う事は完全に不可能な状況と言えます。また賃貸住宅の平均賃料は月あたり約31万円、年間では372万円となることを考えれば、もはや庶民が生活できる環境ではありません。こうした状況において資本を持つ人と持たない人、裕福な人と庶民との間の所得格差が大きくなり続けており、現在の香港では約25畳の広さの部屋に30人が住むと言う「棺桶住宅」が社会問題化しています。日本のカプセルホテルを想像すれば分かりやすいかと思いますが、貧困層はそのような居住スペースに住まざるを得ないのがアジアの金融センターである香港の今の現実です。現時点ではまだ治安の悪化には通じていませんが、庶民の生活環境が悪化し続け貧困層が拡大すれば、将来的に欧州のように治安が悪化することも十分に考えられます。

<「ナノアパート」と呼ばれる庶民の生活スペースと棺桶住宅>

生活必需品の不足、あるいは価格の高騰も現在起きている問題の1つです。安全な生活必需品を求めて中国大陸から購買者が殺到し買い占めて行くため、粉ミルクなど生活に必要なものが不足、または値段が高騰し、香港市民の生活の質を悪化させる要因となっています。これに関しても香港市民には、それを防止する手段は一切ないのが現実です。香港は現時点で世界で最も生活費が高い都市の1つとなっており、収入に対する生活の質がどんどん見合わないものになって行く中で、その将来に見切りをつけて海外へ移住する若者の数もどんどん増加しています。金融業界などにおけるごくわずかな高報酬ポジションに就くことが出来なければ、香港におけるその生活は「貧困」と呼ばれるべき状態を避けられません。

また、表現の自由や民主主義も日々失われています。香港は1997年にイギリスから中国に返還されましたが、その際に今後50年は香港の現状を維持すると言う「一国二制度」が中国政府との間で合意されました。しかし現在、この「一国二制度」は事実上形骸化してしまっています。香港の政治のトップにあたる行政長官は中国政府に指名された人物が勤めており、香港市民はその行政のトップを自らの意思で選ぶことはできません。この状況において香港の中国との一体化が急速に進められており、香港の民主主義は日々衰退の一途をたどっています。

皆さまは「雨傘運動」と言う言葉を耳にした事はありますでしょうか。「雨傘運動」は中国政府による香港の民主主義の形骸化に反対する若者がその民主化を求めて大規模なデモを主導し、莫大な数の市民が香港のメインストリートを数日間にわたって占拠した運動です。多くの市民が雨傘をシンボルとして掲げたため雨傘運動と呼ばれています。香港の機能を数日間にわたって麻痺させるほどの非常に大規模なデモとなったにもかかわらず、結果としてこの運動も中国政府が支援する香港政府によって鎮圧される結果となりました。雨傘運動を先導した民主化運動グループに属する若者たちは今でも民主化を求めて議会選挙に立候補を行っていますが、雨傘運動を指導したリーダーたちは選挙に立候補すること自体を不適格とされその立候補の権利や当選が取り消されるばかりか、先日ではついに雨傘運動を主導したリーダー達に対して、裁判所による有罪判決も下されてしまいました。このような現実の中でこうした民主化を求める動きも現在は縮小傾向にあり、香港における民主主義は事実上、消えつつあるのが現状です。自らの国の将来を選ぶことができない、このことも香港市民がその将来に絶望感を持っている理由の1つと考えられます。また中国政府が合意した「一国二制度」の期間は50年であり、2047年には中国政府にはその制度を維持する義務は消滅します。このまま50年が経過した場合は、香港は完全に全ての面において中国そのものとなる運命にあります。

香港が経済的に豊かになったと言う事は「数字上は」明らかです。国民一人当たりのGDPは完全に先進国、あるいはそれ以上の水準となりました。しかし一方で、昔に比べて生活の質が向上したのかと問われたら、残念ながら「極度に悪化した」と言わざるを得ないでしょう。それが「世界で2番目に不幸である」と言う市民の意識となって現れています。経済の数字からは計り知ることができないこうした状況は、実際に現地へ足を運び、または現地の市民と実際に会話をすることでしか知ることができないものです。現在、香港の若者は英語を話せる人が非常に少なくなりました。教育が中国語に置き換わったことが原因ですが、これは10年前にはあり得なかったことです。10年前に香港の街中で英会話スクールを見かけると言う事は一切ありませんでした。こうしたことからも、変わり行く香港の現実を確実に感じ取ることができます。

<これだけのデモも香港を変えることは出来なかった>

<市民は民主化を求めて雨傘を掲げた>

僕は個人的に、香港と言う場所が大好きです。おいしい食べ物、税金のかからないショッピング、美しい夜景、安全ながらも混沌としたその雰囲気、世界で最も魅力的な場所の1つだと思っています。そうした香港の魅力がいつまでも維持されることを切に願っています。だからこそ、香港の大気汚染を目の当たりにしたときの、香港の若者が英語が話せないことに気づいたときの衝撃と悲しさは、非常に大きなものでした。僕は台湾に友人がたくさんいますが、その中の1人が香港の友人にこう言われました。

「台湾は、香港のようにならないで」

最後に、このブログをお読みの皆さまにお願いしたい事があります。ぜひ海外を訪れて、あるいは海外で勉強して、様々な現状を皆さまの目で直接見て頂けたら幸いです。海外を知ることは、同時に日本を知ると言うことです。「空が青いこと」「選挙で国の将来を選ぶことができること」「街が安全であること」「平和であること」そして大半の日本人が自分は裕福ではないと考えているような「普通の暮らしが出来ること」、これらは決して「当たり前のこと」ではありません。他の場所で起こっていることは、何かのきっかけで日本でも起こり得ることです。それは決して「他人ごと」ではありません。私たちの国がどれだけ恵まれているのかを知り、私たちは今から何をしなければならないのかを考える時間を取って頂けたら幸いです。今後の私たちが何をしなければならないのかは、世界を知ることで初めて明らかになります。ポジティブな側面にもネガティブな側面にも、その全てに日本の未来へのヒントがあるはずです。そのためにこそ、私たちは世界の共通語である英語をコミュニケーションの手段として学ぶ必要があります。

<東京の空が青いのは「当たり前」ではない>

「世界を知ることは、日本を知ること」

私たちのスクールが少しでも皆さまと日本の未来に貢献できる事を私たちは願っており、その目標のためにSSEAは日本の英語教育を変えて行きます。

“Find the world! Find Japan again!”

※ 英会話SSEAが『みんなの英語ひろば』の取材を受け、特集記事が掲載されました。ぜひご覧ください!

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“common sense”!? 常識はまず疑ってみよう

“common sense” は日本語で言う「常識」を表す表現で、それぞれの単語が表すように”common”(共通の) “sense”(感覚)と言う、私たちが普通は「正しいこと」と信じている事柄です。ですが、常識は必ず正しい、本当にそうでしょうか。僕は個人的には、常識と言われていることはまず先に疑ってみる事にしています。

この「常識を疑ってみる」と言うことは実はとても大切です。何故なら疑うことを忘れてしまえば、人は特定の考え方に縛られコントロールすらされてしまうからです。そしてその常識を信じている限りは、それ以上の改善が全く望めません。「常識だから」と考えることは実は、考える事を放棄すると言う点においてマイナスでしか無いのです。

例えば、「新聞の情報だから正しいはずだ」、「テレビが放送しているのだからみんながそう思っているんだ」、本当にそうでしょうか。新聞の記事を書いているのもテレビの番組を製作しているのも、実はただの同じ人間です。つまりこれらの情報は実は「正しいこと」ではなく、あくまで「彼らの意見」でしか無い訳です。こうした意見を「正しい」と盲目的に信じてしまうことは、実は大変危険なことです。

分かりやすい例を、日本は実はちゃんと経験しています。第二次世界大戦に邁進する日本政府や軍部に対して、その正当性を疑う人は圧倒的に少数でした。それは新聞やラジオなどのメディアも含めて「戦争をするのが正しいのだ」と信じてしまった、あるいは信じさせられてしまったからです。まさに日本中がマインドコントロールされてしまったが故に起きてしまった悲劇でした。

ところが一方で、「戦争で日本は悪いことだけをしたのだ」と言う常識を反対に信じることも実は大きな間違いです。もちろん戦争自体が悪である事は疑いもない事実ですが、悪いことだけを行なっていたならなぜ、中国・韓国を除いたアジアのほとんどの国が親日的なのでしょうか。特に日本の植民地支配が長期化した台湾が世界一の親日国である事は全く説明がつきません。

このカラクリはと言うと、台湾は確かに長らく日本の植民地として統治下にありましたが、その中には悪いことと良いことの両方があった事を、台湾人が客観的にちゃんと理解をしているからです。日本の統治により自由が奪われたり過酷な労働を強いられたマイナスの側面があった一方で、教育制度やインフラが整備され人々の生活が向上し、台湾が近代化するキッカケとなったのもまた事実です。その両面をしっかり理解しているからこそ、今の台湾の親日的な人々があります。

他の例では、東南アジア諸国は日本の植民地となる以前は長らく欧米諸国の統治下にありました。欧米諸国の植民地支配と言うものは日本のそれよりも遥かに悪質なものであり、現地の生活を向上させることなくただただ搾取を続けるだけのものでした。そこを日本がやって来た結果それらの欧米諸国が追い出された訳ですから、実は東南アジアではそれは結果的にプラスに働いた面もあったのです。日本の敗戦後にはインドネシアには旧宗主国であったオランダが戻って来ましたが、現地に残った日本兵はその再侵略に対して現地の人々と共に戦ったそうです。現地では今でもこの方々のお墓がしっかりと守られています。

このような事を書いているとまるで戦争や植民化を正当化しているかのように聞こえるかも知れませんが、そう言うことでは決してありません。僕は戦争には絶対に反対です。植民化も今後は絶対に許されてはいけません。ここで述べたいのはあくまで、物事には必ず表と裏、あるいはそれ以上の多面性が必ずあり、一つの側面のみが「正しい」訳では決してないと言うことです。一つの内容を盲目的に信じてしまうと、それは逆に宗教対立に代表されるような衝突や紛争に必ず通じます。一つの内容を正しいと信じるのではなく、様々な観点から物事を柔軟に見てみて、良い点と悪い点の両方をしっかり把握することが大切です。そのような視点を持ててこそ、私たちは異なる文化や宗教を初めて受け入れることができます。これは今後の日本と世界には必ずなくてはならない姿勢です。

このように、一般に「正しい」と信じられているものほど、実は逆に疑ってみる必要があります。新聞、テレビ、学校教育、教科書…本当にそれは、正しいと言えますか? これらを作っているのも人間であり、必ず何らかの意図がそこには入っていますよ? 例えそれが事実のみで構成されていたとしても、その事実を取捨選択すれば、印象と言うのは操作出来てしまいます。こうした情報を「絶対に正しい」と盲目的に信じてしまうことが、実は最も危険なのです。意見や発想とは常に多様である必要があります。一つの絶対的な正解など存在しません。

同様に、多数の人が「正しい」と言っているからそれが正しいとも限りません。人間はあくまで人間、神さまではありません。人間が動物である限りは、何かが「絶対に正しい」と言うことはあり得ません。例え世界の70億の人が「正しい」と言っても、あなたが「間違っている」と思うのであれば、それは変えてみる価値が十分にあります。

実際に、人間の歴史は1人の天才が全てをひっくり返した事が何度もあります。重力の概念を発見したニュートン、アメリカ大陸に初めて辿り着いたコロンブス(天才とは少し違う気もしますが…)、近年で言えば、誰もが最初は「何だこれは」としか思えなかったスマートフォンの概念を創造したスティーブ・ジョブズなど、これらの1人の天才はそれまでの世界の常識をたった1人の行動で完全にひっくり返しました。70億が正しく1人が間違っていると言う保証は、実は全く存在しないのです。1人の方が圧倒的に正しかった例は、歴史上にもいくらでも存在します。逆に言えばあなたが常識に固執している限り、新しい発想や発見に辿り着く可能性はゼロだと言うことです。これでは人間には何の進歩もありません。

この「常識を疑う感覚」を養うためには、海外へ行ってみることが非常に有効です。何故なら自分が常識だと思っていた事が、海外では常識では無い事が多々あるからです。それは良い意味での自分の考え方を崩すことでもあります。更に言えば、英語を使って外国人と話すことが出来ればその幅ははるかに広がります。必ず自分が当たり前だと考えていた事が「良い意味で」裏切られることを身をもって体感できるからです。これ以上の自分を改善できるチャンスはどこにもありません。また、今後はどんどん情報が氾濫することで、どの情報が正しいかすらも把握することが難化して行きます。そうした中から正しい情報を見分けるためにも、「常識を疑う」「言われていること、書かれていることをすぐに信じない」力を養う必要があります。もう、特定の思想が世界を引っ張って行く時代とは、終わったのです。これからは世界の一人ひとりが、何が正しいかを「自分で」考え判断して行かなければなりません。これまでのやり方や常識が実は間違っていたなら、それはすぐに変えてしまわなければいけません。

どうも僕の経験した限りでは、世の中には「出来る方法を考える」方より、「出来ない理由を探す」方が多すぎるような気がします。これまでのやり方とは、これまでの常識とは、果たしてそんなに大切なのでしょうか。「変えるべきことは何としてでも変える」のが正しい姿のはずです。

「常識では…」、「普通は…」、「我が社のやり方は…」、「この国では…」という言い訳を使う進歩のない人には、こう言ってあげましょう。

「何ですか、それ?どこで食べられるんですか?」(笑)

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「知識」と「経験」の違い(英会話を学ぶ方々へ)

今日はこの、「知識」や「情報」と「経験」の間に存在する絶対的な違いについて考えてみたいと思います。先に結論を述べてしまえば、「経験」の伴わない知識や情報にはほとんど意味がありません。それは英語学習においてもとても重要なことですし、実は世の中の何事においても同じです。

「経験」には含まれていて「情報や知識」には含まれていないものは沢山あります。「経験」を得るためには費用と時間が必ず掛かりますし、それを得るための、またはそこにたどり着くまでの努力や挑戦、その努力を行うための意識と姿勢、そし何より、全ての人が持っているはずの「感情」が、「経験」を構成しています。これらは「知識や情報」には完全に欠落しているものであり、「知識や情報」が何の力も持たないのは、そこにたどり着くまでの努力や実際に自分で体験したと言う現実が全く無いからです。理屈で考えただけの理論や、学校のテキストや講義、あるいは何らかのメディアから簡単に入手した「知識・情報」は、実際には何の役にも立ちません。

実は、世の中にはこの事をシンプルに表す良い格言がちゃんとあります。

「机上の空論」

です。机の上で考えただけのことは、現実には何の役にも立たないことを、人は実はその歴史の中でちゃんと学んで来たのです。この「知識と情報だけに基づいた机上の空論」と、「実際に起きた、自らの目で見た、あるいはやってみた経験」は、時には同じ問題に対して違う結論を導くことすらあります。

例えばパリで発生している過激なデモに関して、「それが起きていることを知っている人」と、「それを直接見たことがある人」が感じることやそれを元に何かを行うことには、必ず違いが生じるはずです。何故なら、直接見た人はその恐ろしさや悲惨さから、現地の人の怒りの感情を実際に感じたはずだからです。ここに「知識・情報」と「経験」の間の決定的な差があります。日本の政府や公務員が決定する内容が時に市民にとっては明後日の方向であるのは、彼らは机の上でしか問題を考えていないからです。市民と同じ立場から、市民の目線で、市民と同じ気持ちを持って行われなければ、政策は明後日の方向に進んで行くだけです。まさに「机上の空論」でしか無いわけです。

この一番分かりやすい失敗例が、日本の「英語教育」です。日本では英語を「話せるようになるように勉強した経験」のないお役人様が政策を決めて、「英語を話せない教員」が英語を教えています。もう笑えるくらいに馬鹿馬鹿しいのが、日本の学校の英語教育です。日本の学校の英語教員のTOEICの平均点は、 中学校が560点、高校が620点です。TOEIC600点と言うスコアは、大学を卒業する前に就職活動をする学生が履歴書に書くことができる「最低スコア」です。もう一度書きます。「最低限のスコア」です。当然ですが、このスコアは英語が「話せる」と言うレベルより遥かに下です。その最低限のスコアに対してすら、中学の教員の半分以上が、高校ですら半分近くが届いていないのが現実です。シンプルに言ってしまえば、

「一部を除いて、学校の英語教員は英語が全く話せない」

と言う状況です。これで学生に英語を話せるようになれ、と言うことには恐ろしく無理があります。とある海外の方が日本で講演をした際にこんな事をズバッと言ったそうです。「日本の英語教育の最大の問題は、英語が話せない人間が英語を教えていることである」と。全く持って反論の余地もなく、ただ恥ずかしく思うことしか出来ません。

どうも政府も日本の英語教育の問題には「理屈では」気づいたようで(おそらく世界各国のTOEIC平均点を単純に比較したのでしょう)、何を思ったのか今後は「中学・高校の英語の授業は全て英語のみで行う」こととしましたが、一体何をどのように見て考えたらそのような結論になるのか、全く持って理解に苦しみます。英語が全く話せない教員に、英語だけで授業をしろと言っているのです。そのような教員に文法を英語で説明されれば、生徒だって全く理解出来ません。もちろん生徒は質問も出来なければ、例え出来たとしても今度は教員が返答出来ません。英語が話せない人間同士が英語だけでやりとりすれば、当たり前の結果です。まさに知識のみで現場の状況を実際に見てもいない「机上の空論」から導かれた方針です。おそらく教員も生徒も混乱するだけの結果となるでしょう。「知識と情報」だけが存在して「経験」のない空論で答えを導くと、このように誰が考えてもおかしな答えになってしまいます。政策を決める前に、文部科学省の職員全員が留学に行った方が良かったのではないでしょうか。TOEIC900点の取得も全職員に義務付けた方が良いかと思います。日本の教育方針を決める方々ですので、当然です。出来ないのであれば政策を決める能力も当然ないと言うことです。英語教員のTOEICの平均点を公開する前に、まず文部科学省職員の平均点を公開した方が良いのではないでしょうか。

このように、「英語を話せるようなった経験」のない人間や組織の作った学習法、カリキュラム、スクール、テキストからゲームやヒアリング教材に至るまで、そこに「経験」が入っていない限りは何の役にも立ちません。また、元々英語を話せる人や生活の中で自然に英語が身に付いた人がこのような仕組みを作ることもやはり無意味でしかありません。なぜならその方たちには「英語を話せなかった経験」や「英語を身に付けようと努力した経験」が無いからです。

同様に、「海外で成功したとされる学習法」をそのまま持って来るのも、100%無駄とは断定しませんがそのまま日本で成功するとも言えません。まずその方法を持って来る人間にその方法で「話せない状態から話せるようになった経験」が無いケースがほとんどですし、そもそも日本人の母語が日本語である以上、他の言語で成功しただけの方法が当てはまる可能性はかなり低いです。何故なら日本語の言語体系と言うのは世界の中でも非常に珍しいものであり、文字や発音から文法に至るまで、他のほとんど全ての言語と全く異なっています。例えば文法なら、欧米の大半の言語(フランス語、ドイツ語、イタリア語、スペイン語、ポルトガル語)は、基本的な仕組みは英語と共通です。更には、中国語ですら「主語・動詞・目的語」の順に単語を並べる点においては日本語ではなく英語と共通です。それだけ日本語と言う言語は特殊なものであり、日本人が英語を学ぶと言うことのハードルは他の言語を母語とする人々よりも遥かに高いものです。「海外で成功したから」日本でも上手く行くと言う確率は、実は非常に低いのです。あくまでも「日本で成功した学習法」でなければなりません。

さて、最後に皆さまにお伝えしなければならない事があります。ここで僕が皆さまにお伝えしていることは、残念ながら皆さまにとってはまだ「ただの情報」です。ぜひまず自ら「英会話を学んでみて」、それを「外国人に対して使ってみて」、海外の文化や現状を「自らの目で直接見てみて」頂ければ幸いです。そうして初めて、皆さまの中で英語やその他の知識が「経験」になります。シンプルに表現するなら、

「習うより慣れろ」

「とにかくやってみよう」

と言うことです(笑)あれこれ理屈で考えるのではなく、シンプルにまずやってみるのが一番です(笑)

SSEAはそんな「まずやってみようかな」と言う皆さまをお手伝い出来る場所であり続けたいと思っています。また、SSEAの講師は全員が「話せなかった経験」を必ず持っています。ネイティブ講師も「日本語が話せないと言う経験」を持っているからこそ、英語の話せない生徒さまのお気持ちやお悩みを理解出来ます。外国語をいきなり話すことができる人間はいません。誰もが最初は必ず初心者です。SSEAは、そんな方々のお気持ちに寄り添える場所であり続けます。

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“Better than Nothing”

“Better than Nothing”

(何もないよりずっと良い)

これは僕がスクールのネイティブ講師と会話する中で、僕自身のジェットコースターのような人生をジョークにする時によく使うフレーズです。辛いことや悲しいことがあっても、それは自分にとって何らかの糧になっているはずだと言うことを笑って話せるように思いついたフレーズです。(希望的観測とも呼びます。笑)

個人的な話で恐縮なのですが、僕の人生は本当に山あり谷あり、いやエベレストとマリアナ海溝を常に上っては下っているような毎日です(笑)当然上っている時は良いことが、下っている時は「マジか(汗)」と思うくらい悲惨な事が起こります。悪い方だけを列挙すれば、高校生の時は不登校の一歩手前まで行きましたし、就職活動の直前には9.11の同時多発テロがただでさえ最悪だった就職氷河期に拍車をかけました。それでも何とか勝ち取った就職は僕にとってはただの悪夢でしたし、その後の職場にもお世辞にも恵まれたとは言えません。プライベートでは近しい人にこっぴどく裏切られた事や親友が自殺を図ったこと、そして詐欺に遭ったことまであります。本当に話題には事欠きません(苦笑)

ですが、こうした悲惨な経験も含めてこそ今の自分とその成長があったのだと今では思えます。辛い経験からも非常に多くの事を学ぶことが出来ましたし、その経験こそがより大きな世界を僕に見せてくれる事となりました。ですので僕はこうした悲惨な経験をした事を今では全く後悔していません。むしろ有り難かった、そのおかげで最高の人生を見つけられたとすら思っています。不思議なことですが、物事は成功よりも失敗から学ぶことの方が多いものです。だからこそ日々何か悪いことがあったとしても、”Better than Noting” とジョークで笑い飛ばすことが出来ます。

人生には、世界には、必ず良いことと悪いことが両方存在します。程度の差こそあれ、そのプラスマイナスは必ずゼロなのだと僕は考えています。ですので、下り坂のあとには必ず上り坂があり、努力を諦めなければそれは何らかの形で必ず報われるのだと信じることが出来ます。良いことと悪いことの両方を経験した事こそが僕の原動力であり、今後の大きな目標を追うための知恵であり経験でもあります。

実は、僕には英語が話せたからこそ起こった(起こってしまった)事も沢山ありました。英語が話せれば良いことは数え切れないくらい沢山ありますが、同時にそれが災難をもたらした事もあります(苦笑)ですがそれも含めて、僕はより広い世界、より多くの事を経験し学ぶことが出来て、本当に幸せだと思います。英語は自分自身を何倍も大きくしてくれたのだと、今では感謝の気持ちしかありません。まさに僕にとっては全てのことが “Better than Nothing” です。こんなにワクワクするような人生を歩めて、幸せだと思えます。

僕が人生に迷った時に、よく確認する文章があります。何かネガティブな事に遭遇した時に、自分を奮い立たせるためのものです。

I’m not afraid of being hurt.

Whatever happens in my life,

I will never give up and keep challenging.

Even if I fail once, it’s the path to the next challenge.

To make my dream come true.

I’m not afraid of being hurt.

As we get hurt more, we can learn much more.

As we shed tears more, we can be sweet much more.

So I’m not afraid of anything.

To make me grow up.

悪いことがあっても辛いことがあっても、それは必ず自らを成長させてくれるものです。退屈な平穏にしがみつくより、失敗することの方がずっと価値があると思っています。だからこそ失敗することを恐れず、とにかく挑戦してみよう、失敗したとしてもそれはむしろ良い勉強なのだと、全て笑い飛ばしながら人生を楽しめたら最高だと思います。

SSEAはそんな価値観に出会うことが出来るような、失敗することを恐れない人材を育成することが出来るような、そんな場所であり続けたいと思っています。

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ハリネズミのジレンマ

今日は、一見英会話とは関係ないようで、実はコミュニケーションにとても大切だと僕が思うことを書いてみたいと思います。それは、「ハリネズミのジレンマ(hedgehog’s dilemma)」と呼ばれる人間関係における現象です。

「ハリネズミのジレンマ」は「ヤマアラシのジレンマ(porcupine’s dilemma)」と呼ばれることもありますが、哲学者ショーペンハウエルの寓話を元に心理学者フロイトが作った、人間関係に関するたとえ話のことです。

ハリネズミは皆さまもご存知の通り、身体全体に鋭いトゲを持っています。これは自らの身を守るためのものですが、同時に仲間を遠ざけてしまうものでもあります。ハリネズミが寒さに凍えたとき、ハリネズミは身を寄せ合ってお互いを暖めようと試みます。しかし悲しいことに、ハリネズミ同士が身を寄せ合うと、その鋭いトゲでお互いを傷つけてしまいます。お互いを傷つけてしまうことに気付いたハリネズミはお互いを傷つけないようにいったん距離を取りますが、やはりお互いを暖め合おうとして再び近づこうとします。こうしてお互いに近づこうとしてはお互いを傷つけることを繰り返してしまうのが、「ハリネズミのジレンマ」と呼ばれる人間関係です。

<ハリネズミはそのトゲゆえにお互いを傷つける>

これは人間同士にも非常に良く見られる現象で、恋人、夫婦、友人、そして家族と、お互いに近づこうとすると時にお互いを傷つけてしまうことがあります。こうして近づいたり離れたりを繰り返すことで、私たちはそれぞれに適切な距離と関係を少しずつ見つけて行きます。人間関係はお互いに近づきすぎると、傷つき傷つけてしまい関係が悪化することがある一方で、距離をとってしまえば疎遠になり、親密な関係を築くことは出来ません。人にはそれぞれ最適な距離感があるのですがそれを見つけるのはとても難しいことで、その過程で必ず傷つけ傷ついてしまうことがあります。

それでも、例え傷つくことがあったとしても、人はお互いを理解しようとすることを諦めてはいけないのだと僕は思います。お互いを理解し距離を近づけることが出来なければ人々は永遠に他人同士であり、その利害が干渉することがあればそれは必ず衝突と争いへと発展してしまうからです。

実は、英語を話すことや異なる価値観と出会うことは、この「ハリネズミのジレンマ」と全く同じことです。同じ国で育った人間同士でもそうなのですから、異なる文化や宗教を持つ人々が近づこうとすれば、そこには必ず誤解や衝突が生じることがあります。しかしそれでも、粘り強くお互いを理解し、お互いの適切な距離と関係を築くことがとても大切です。それを諦めてしまえば、世界には恐らく戦争や紛争しか残らないでしょう。

僕が初めてカリフォルニアに留学した時に、同じ家に滞在していた日系ブラジル人のアグネスに言われた言葉があります。(詳しくは留学時代のブログ:Santa Barbaraその1。から順にお読み下さい)

“Try to understand.”
(理解しようとしなさい)

とてもシンプルなフレーズですが、僕は20年近く経過した今でもこの言葉を忘れることが出来ず、とても大切にしています。

<英語を話すことは相手を理解しようとすること>

お互いを理解することを諦めてしまえば、人々が近づき、協力し、平和な社会と世界を築くことは決して出来ません。その過程ではもちろん傷つくことも必ずあります。しかしそれでも私たちは、お互いを理解することを決して諦めてはいけない、そのことをアグネスは僕がカリフォルニアに到着したその日に教えてくれました。(そこまで深い意図があったかは分かりませんが。笑)日本人にとって英語を話すと言うことは非常に難しいことです。姉妹語を母語とするフランス人やスペイン人が英語を学ぶことと、全く異なる文法と文字を使用する日本人が英語を学ぶことは全く別次元の話であり、それは同列に比較することは出来ません。

ですが、私たちは世界の共通語である英語を自ら話すことで初めて、他の文化や価値観を理解しようとする姿勢を持つことが出来ます。翻訳ツールを使った方が早い、とお考えになる方もいらっしゃるかも知れませんが、そこには明確に違いがあります。機械で即座に翻訳してしまえば、私たちはそれを情報としてしか理解することが出来ません。コミュニケーションとはそうではなく、人がみな必ず持っている感情と共に「お互いを理解しようと努力すること」です。自ら英語を話したり聞こうとして初めて、私たちは異なる価値観を「理解しよう」と言う姿勢を学ぶことが出来ると僕は思います。そして世界の人々がお互いを「理解しよう」と努力して初めて、私たちは地球と言う限られたエリアの中で共生することが出来るのではないでしょうか。

もちろんその中では、お互い傷ついたり傷つけてしまうことが必ずあります。それは個人同士でも、日本人と外国人でも、国と国の関係でも同じです。必ずいつか「ハリネズミのジレンマ」を経験します。しかしそれで諦めるのではなく、近づいたり離れたりを繰り返しながらお互いを理解して、お互いが共生出来る距離と関係を見つけることを私たちは決して忘れてはいけません。

実は僕はまだ高校生の頃に、とあるアニメのストーリーでこの「ハリネズミのジレンマ」を知りました(笑)アニメと言うと軽く見る人もいらっしゃるかも知れませんが、様々な道徳的なメッセージが含まれているドラえもんに代表されるように、これは日本が世界に誇るれっきとした立派な文化だと僕は思います。世界中の人々がドラえもんを見て育てば、世界はもっと平和になるかも知れません(笑)実際に日本のアニメを見て育った外国の人々は、大部分の人々が日本を非常に好意的に捉えています。それはきっと、外国の人々にとって「日本」と言う文化を理解することなのでしょう。

<ドラえもん名言集(笑)>

<人を理解しようとすることは難しい。でも諦めてはいけない>

世界には必ず、幸せなことと辛いこと、嬉しいことと悲しいこと、簡単なことと難しいことがあります。人生には、世界には、多かれ少なかれ良いことと悪いことがあるものです。しかし、辛いことや悲しいことを経験したら、そのぶん人には優しくなれる事もあります。人と人はそうして、常にお互いを思いやり協力する努力を諦めてはいけないと僕は思います。それがお互いを「理解しようとする」事なのだと思います。

“Try to understand!”

皆さまもぜひ英語を自らの口で話すことに挑戦して、人々を理解しようとすることの大切さを学んで頂ければ幸いです。

※ 英会話SSEAが『みんなの英語ひろば』の取材を受け、特集記事が掲載されました。ぜひご覧ください!

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本当の意味の「多様性」とは何か

「多様性を認めることは大事だ」と良く言われます。それはただの理想論だ、受け入れられない関係や文化は必ず存在する、と多様性に否定的な見解を持つ方も少なくはないかと思います。私たちが子供の頃には、「ニューヨークは人種のるつぼである」とその民族や人種の多様性が教えられていましたが、その後その表現は「人種のモザイクである」と訂正され、現在では「人種のサラダボウルである」と言う表現になっています。これが意味することは、多様な人々が同じ街に住んではいるけれども、結局は同じ文化の人種や民族が固まって生活し、その境界線が実はハッキリ存在する、あるいはごちゃ混ぜに存在していても同化することはない、と言うことです。つまり多様な人々が同じ場所に生活していても「一つになってはいない」と言うことです。

<人種のサラダボウルには分布図も>

<ニューヨークのエスニックタウン>

ですが、そもそも「多様性」とは何なのでしょうか。異なる人々が完全に混じって一緒に暮らさなければ、それは多様性とは呼べないのでしょうか。

僕は個人的には、文化や宗教が異なる人々が完全に混ざって同じ方向を向いて暮らすことはおそらく不可能だと思っています。いや、人種、民族、文化や宗教以前に、そもそも個人とは一人ひとりがそれぞれに異なるものです。その異なる個人個人に一つの理想を押し付けることは、それは間違っても多様性とは呼べないものだと思います。国境を消滅させることで画一的な地域を作ろうとしてもその中で人々が画一的にはならないと言うことは、混乱を極める欧州を見れば明らかなことです。移民に対する排斥デモは、差別と復讐がぶつかりエスカレートを極めています。例え同じ都市に様々な人種や民族が存在していても、それらが衝突し合っている状況は「多様である」とは言えないものです。都市の中に細かな国境と紛争が存在しているようなものです。

<欧州で多発している移民排斥デモ>

僕が考える「多様性」とは、おそらくまず人々が「自分と他人は異なっているのだ」と言うことを受け入れることではないかと考えています。様々な人々に一つの理想や考え方を強制することで安定を図ろうとすることは、それは逆に多様性を殺すことであると思います。これは個人や個性、あるいは異なるそれぞれの文化を消滅させるに等しいやり方です。

自分と他人は異なっている事を受け入れた上で、それぞれの違いや考え方を理解し尊重することこそが「多様性」と呼べるのではないでしょうか。お互いの違いを許容することが出来て初めて、差別や衝突、紛争が減るのではないでしょうか。

では、これを国家と言う単位の中で実現するためには、人々は何を学ばなければならないでしょうか。それはおそらく、異なっている人々を否定しないこと、自らのやり方を強制しないことから始まるのではないかと思います。もちろん、一定のルールは必要です。法律やモラルが守られなければ、それはただ治安の悪化した社会に通じるだけだと思います。そのルールの基本はやはり、元々にその場所に存在していたもの、現地の文化が基準となるべきです。ですので逆に、移民をして行った人々が現地で、「我々の文化も尊重しろ、我々は我々の文化を貫く」と言うスタンスを取れば、それはやはり差別や衝突へ通じるだけでしょう。他国へ移住するのであれば、その国の文化を尊重しなければなりません。自分たちの文化を捨て去る必要はありませんが、現地のルールに混乱をもたらすような固執は避けるべきです。受け入れる側も受け入れられる側も、現地のルールを基準にした上でお互いを理解し尊重することが、あるべき姿なのではないかと思います。

そう言った意味では、日本は多様性を実現する下地があるのではないかと僕は考えています。日本は島国で国民の大部分が大和民族であった画一的な国でしたが、一方で外部からのお客さまを受け入れる際の「おもてなし文化」も持っていました。現在では日本でも移民や外国人労働者が急速に増加していますが、細かい問題はあるにせよヨーロッパのような大きな差別や混乱は今のところ生じていません。日本で働く外国の人々も上手く日本の社会に溶け込んで、都心のコンビニへ行けばスタッフが外国人ばかりと言うケースも増えていますがそれでも大きな違和感が社会に生じていないのは、日本人が近しい人を差別せず寛容に受け入れられること、そうした社会に海外の方が溶け込もうと努力をしている事が、これまで大きな混乱を生んでいない理由なのかも知れません。

これは逆に海外へ出て行った日本人にも同じ特徴が見られます。日本人は海外へ出て行けば現地で日本社会を無理矢理作るようなことをせず、比較的現地の文化に従って生活をしています。それは世界中にコリアタウンやチャイナタウンがあれども、ジャパンタウンが非常に稀であることからも明らかです。柔軟に現地の文化に溶け込む努力、それこそが真の多様性に通じるものでは無いのかと僕は思います。

<チャイナタウンは小さな物も含めれば世界に数え切れないほどの数が>

今後は日本でも国際化と多民族化が一気に進むことでしょう。その中で私たちが今の平和な日本をこれからも守るためには、日本のやり方を強制するのではなく「異なるものを受け入れ尊重する姿勢」が大切なのだと思います。日本の文化を伝えつつも、お互いが理解をし、お互いが歩み寄り、お互いを尊重して違いを受け入れること、そうすることで私たちは、これまで築いて来たこの平和な国をこれからも保って行けるのだと僕は考えています。

異なるものを理解し受け入れるためには、やはり外国人と触れ合うと言う経験は欠かせません。そして世界の共通語である英語を学び自らの口で話すことは、異なる価値観を発見する第一歩であるのは間違いないと思います。

多様な人々がお互いの違いを認め合い尊重できること、お互いを理解し受け入れることで平和を築くこと、私たちのスクールは英語教育を通じてそうした社会の実現を目指しています。多様な社会の実現に世界でも貢献出来るような、そのような人材の育成を目指しています。

“You and I are different. It’s not a problem at all and let’s accept and respect each other.”

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北欧は本当に「豊か」なのか

皆さまが「北欧」と聞いて連想するのは恐らく、「生活が豊かだ」「福祉が充実」「学力が高い」「洗練されたデザイン」と言ったポジティブなイメージだと思います。それに比べて日本は仕事は忙しいし、待機児童は多いし、ゆとり教育でレベルが落ちて…とネガティブに感じられるかも知れません。

では、本当にこのイメージは正しいと言えるのでしょうか。僕が客観的に考える限り、この対照的なイメージはマスコミが意図的に誇張した偏ったものと言わざるを得ません。僕は決して右翼や愛国主義者ではありませんが、客観的な視点を日本の人々が正しく持つ必要があると思いますので、あえて事実関係をここで考えてみたいと思います。また、始めに北欧に嫌悪感を持っているのでは無いことも予めお断りしておきます。

まず目につくのは豊かさの指標として最も一般的な「国民1人あたりの名目GDP」ですが、その数字は以下のようになっています。

<2017年の世界のGDPランキング(1人あたり)>

1.ルクセンブルク 105,863ドル

2.スイス     80,637ドル

3.マカオ     77,111ドル

4.ノルウェー     75,389ドル

<中略>

8.アメリカ合衆国  59,792ドル

9.シンガポール   57,713ドル

10.デンマーク    56,631ドル

12.スウェーデン   52,925ドル

16.香港       46,080ドル

17.フィンランド   45,927ドル

25.日本       38,449ドル

このランキングを見てショックを受ける方は少なくないはずです。かつて世界一にもなった日本の1人あたりのGDPは今や25位、北欧はおろかシンガポールや香港にも及ばない…とマトモに考えては実はいけません。確かに国家と言う単位で括ればこのようになりますが、そもそも人口や地理などの条件が全く異なります。人口の少ない場所や都市国家は1人あたりのGDPが大きくなるのは当然です。これを単純に比較しては、実態を見誤ります。上記の国の人口を大きい順に見れば、

参考:EU         約5億人

アメリカ       約3億5千万人

日本         約1億2千万人

参考:東京都市圏    約4000万人

参考:北欧総人口    約2700万人

参考:東京都      約1300万人

参考:東京23区     921万人

スウェーデン      910万人

スイス         842万人

香港          740万人

シンガポール      561万人

デンマーク       540万人

フィンランド      530万人

ノルウェー       470万人

マカオ           62万人

ルクセンブルク       59万人

参考:東京都心3区    45万人

北欧を全て合わせてもその規模は東京都市圏(東京・神奈川・千葉・埼玉)よりも遥かに小さいものであり、同じ人口規模で比較するなら北欧の国は東京23区でようやく比較対象となるべきものです。ヨーロッパの一部の豊かな部分だけを切り取って「豊かだ」と断定するのは、東京23区のみを見て「豊かだ」と言っている事と同じです。日本全体として比較するべき対象はアメリカ合衆国やEUと言った単位であり、そうした基準で考えれば豊かさの指標は全く異なるものになります。マカオやルクセンブルクの規模は都心3区(千代田・中央・港区)と比較するようなものです。逆に考えると、人口が3億5千万のアメリカのGDPが6万ドルに迫ると言うのは想像を絶する事と言えます。これがアメリカが世界の頂点たる確固たる理由です。

この「基準を合わせた」豊かさの比較を1人あたりのGDPで行ってみると、以下のようになります。

アメリカ合衆国  55,805ドル

日本       32,485ドル 

EU         31,968ドル

(以上2015年基準)

東京23区     76,900ドル

ノルウェー    75,389ドル

シンガポール   57,713ドル

デンマーク    56,631ドル

スウェーデン   52,925ドル

香港       46,080ドル

フィンランド   45,927ドル

(以上2017年基準。東京23区は総生産85兆円÷921万人 1ドル120円)

「豊かな場所だけを切り取る」と言う数字の比較がいかに参考にならないものかが、お分かり頂けるかと思います。日本から東京23区だけを切り取った場合、その「豊かな場所だけなら」世界では未だにトップクラスに豊かだと言うことになります。大きな括りで考えるなら、EUは日本を下回っているとも言えるはずです。またシンガポールなどは、あくまで「東南アジアの金融センター」であるから豊かなのであり、大きな括りにするためには周辺の東南アジア諸国を含めて比較するのが正しい比較対象です。そうして考えた場合、東南アジアにおける貧富の格差は日本の東京と地方の格差とは比較にならないほど大きなものです。EUにおける格差も日本より遥かに大きいと言えるでしょう。それはデモの多発や政情不安、頻発するテロや高い失業率を見ても明らかなことです。EU全体での失業率はすでに9%にも達しています。「労働者が足りない」と騒ぎになっている日本と、どちらが幸せと言えるでしょうか。

また、これらはあくまでも数字の上だけでの比較です。他の要素を勘案すれば、北欧が必ずしも豊かとは言えない理由はたくさん存在します。

例えば、皆さまは「北欧の大企業」を聞かれたら、どれだけ挙げることができるでしょうか。ノキア、エリクソン、ボルボ、レゴ、イケア、スポティファイ…このくらいではないでしょうか。これはアメリカや日本はもちろん、ドイツ1国と比べても圧倒的に劣勢であり、学力が高いはずの北欧にはそれを受け入れるだけの環境が存在しないと言うことになります。学力が高いのに競争力のある企業が育たない、これは非常に矛盾していると思いませんか?これには北欧諸国が福祉の充実に注力し過ぎてしまった弊害が関係しています。

北欧の国での福祉が充実しているのは、紛れもない事実です。医療費、年金、社会保障と、人々は安定した裕福な福祉の恩恵を確実に受けており、これが一見すると「暮らしやすい」ように見える理由の一つです。しかし一方で、その福祉を維持するための税率は北欧では圧倒的に高くなっています。日本の消費税に相当する標準税率は22%から25%と、何をするにも税金で飛んで行ってしまいます。また産業の脆弱さから公務員比率が高くなっており、大半の国で公務員比率が30%を超えています。公務員の無駄な仕事が叫ばれる日本の比率が9%程度である事を見ても、これがいかに異常な数値かがお分かり頂けるかと思います。一体どうしてこれで豊かな国が成り立つのか不思議に感じられるかも知れませんが、その秘密は油田や鉄鉱石などの資源にあります。つまり経済は完全に資源依存で成り立っているのであり、これはアラブの産油国と何ら異なるものではありません。日本にはほとんど資源がないにも関わらずこれだけの経済力を知恵と勤勉で生み出している、これは逆に誇るべきことだと僕は考えます。

北欧の「豊かさ」とは、豊富な資源を背景に国民が高い税金を支払う事で全員が恩恵を受けましょう、そのような前提で成り立っているものです。国民がみな似たような水準で福祉を受けられる一方で、高水準の最低所得が国で定められているため製造業では国際的なコスト競争力が失われました。その結果残る仕事は研究開発を除けばドライバーやウエイターのような単純労働のみ。税率は高く、物価も高い。その代償として教育や医療が無料であると言う福祉が成り立っています。つまり「みんなでほどほどに幸せに暮らしましょう、大きな夢を見ることは出来ませんが」、そのようなものです。また働き口のない移民でも高い失業手当がもらえる事から無職の失業者が増加した結果、外国人への差別意識が非常に高くなっています。こうした状況と平行して低い出生率と高齢化も進み、人口も増加していません。豊かなはずの国の人口がなぜ増えないのか、それは良く考えてみる必要のあることです。国全体がお金を持ちながらも排他的な「老人ホーム」となっているようなものです。

先日このような事件があったのを皆さまはニュースでご覧になったでしょうか。北欧のとある国のホテルに予約の前日にチェックインしようとした中国人観光客が宿泊を断られ、ロビーで寝泊りしようとしたところを警察につまみ出されました。もちろん原因は中国人観光客のマナー違反であったのは疑いもありませんが、それを国のテレビ局が馬鹿にして番組を制作し、「中国人観光客の皆さまを歓迎致します。ただし、散歩をしている犬は食べ物ではありませんので食べないように(笑)また用を足す時はトイレに行く必要があるんですよ(笑)」と言う侮辱的な内容が放送され、国際問題にまで発展しました。もし日本のNHKがこのような番組を放送したら、皆さまは恥ずかしいと思いませんか?例え中国人観光客のマナーに怒りを覚えたとしても、人としての品位は守って然るべきもののはずです。この国では外国人への差別意識がこれだけ高いものであり、国民の民度は残念ながらこのように低いものだと言わざるを得ません。

さて、皆さまは日本の未来に何を望むでしょうか。北欧のように「排他的に小さくまとまる幸せ」なのか、「勤勉や努力、挑戦や多様性が認められる幸せ」か。僕は日本の未来は後者であって欲しいと願うばかりです。繰り返しになりますが、僕は愛国主義者ではありません。北欧を嫌悪する感情も一切ありません。それぞれの国にはそれぞれの考え方があって当然です。ただ、自分の生まれ育った国がより良くなって欲しいと言うことを、当たり前に願っているだけです。多様な人々がお互いを尊重する社会、私たちのスクールはその実現を目指しています。

“Hope we can respect the diligence, effort, challenge and diversity, to make our country grow up.”

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ドイツでは再生可能エネルギーが8割!?

まず始めに、僕は原発推進の立場ではない事はハッキリさせておきます。個人的には原子力発電所は最終的に無くせるのなら無くせる方が良いと思います。ここで述べたいことは、「現実的にそれを達成するためには何をすべきか」と言うことです。そのためには、ヨーロッパにおける成功と失敗の両面を知っておくべきだと考えます。

まず世間に広がっている2つの相反するイメージ、①「ドイツでは再生可能エネルギーが8割以上を占めるようになった」と、②「ドイツはフランスでの原子力発電からの電力輸入に頼っている」はどちらも間違いであることを指摘しておきたいと思います。

①の「再生可能エネルギーが8割」と言う数値はあくまで夏場のエネルギー消費が少ない時期(ドイツは夏も涼しいため大量の電力は必要としない)に、電力消費が理想的に少ない状況で夏の良好な環境の元に風力及び太陽光発電が理想的に行われた場合の「理想値」であり、このようなバラ色の環境が一年中続くことはあり得ません。

逆に②の「フランスの原子力発電に依存」も正確ではありません。ドイツは2018年時点でフランスに対しては電力の輸出超過となっており、フランスの原子力発電に頼っていると言う表現は間違いであると言わざるを得ません。

2011年に福島での原発事故が発生したのち、ドイツでは2022年までにエネルギーを原子力発電から脱却することを掲げて原子力発電所が閉鎖されて行きました。このエネルギー転換政策は一部は成功、一部は失敗と考えられる結果となっています。

<欧州で活用が進む再生可能エネルギーは不安定さを克服する段階にはない>

まずドイツが電力の「輸出国」であることからも分かるように、原子力発電を廃止しながらも、1990年には3%強しかなかった再生可能エネルギー(風力・水力・太陽光)の活用を全体の3割まで拡大させたことは大きな成功と言えるでしょう。ドイツでの発電コストは実際に、原子力大国であるフランスよりも安価なものとなっています。

一方で、全てがバラ色ではなかった現実も明らかになりつつあります。再生可能エネルギー技術はまだ発展途上であり、季節や気候の変動に弱いと言う弱点をカバーするには至っていません。夏場は大きなウェイトを賄える一方で、寒さが厳しい冬場は火力発電に頼らなければならないのが現実です。ご存知の通り火力発電とは石油・石炭や天然ガスと言った化石燃料を燃やして発電を行うものであり、当然それはCO2の排出を伴います。原子力と言うリスクを取り除いた結果、環境により大きな負担を掛けることになってしまったのもまた事実です。原子力が非常にリスクの高いものであるのは疑いも無い事実ですが、一方で温室効果ガスの問題も世界ではもうこれ以上看過出来ない深刻な問題です。しかしながらドイツではこのエネルギー政策転換の副作用により、温室効果ガスの削減を渋らざるを得ない状況になっています。また、再生可能エネルギーの不安定さを支えているのは他国と接続された電力のやり取りであり、これは地政学的に欧州のみで可能な方法です。自国の再生可能エネルギーのみで電力の全てを賄うことは現実には不可能であり、その再生可能エネルギーの不安定さを補うべく比較的環境負荷の少ない天然ガスの大部分をロシアからの輸入に頼った結果、欧州の経済とエネルギーはロシアにその生命線を握られてしまう結果となりつつあります。これは安全保障の観点からは大いに危険な状況です。

また、再生可能エネルギーの生産コスト自体は低く抑えられているものの、そのインフラ整備に想定以上のコストが重み環境税の高騰および家庭で発電された環境再生エネルギーの買い取りコストが跳ね返った結果、ドイツ国内の電気代は非常に高額なものとなっています。これは国民の消費力を圧迫するのみならず企業の生産活動にも影響を与えるものであり、工業が産業を支えるドイツの国家競争力を大きく低下させる事が懸念されています。それは最終的には、ドイツ経済に依存している欧州全体の地盤沈下を誘発するものであり、欧州が世界の中心的な存在としての役割を失って行く流れは、もはや今後取り戻すことは難しいでしょう。人とは経済活動があって初めて生活が出来るものです。経済力の沈下により職が失われれば、リスクを低下させた結果、人の生活が守られないと言う本末転倒の結果になると言わざるを得ません。特に移民や貧困、テロの問題が蔓延する欧州で経済力が沈下することは、ナショナリズムの高まりや更なる差別を再度誘発し兼ねず、それは一層の治安の悪化に通じます。また電力と言う生活必需品が高騰したということは国民に一律に負担が配分されたと言うことであり、このような一律の負担の増加は日本における消費増税と同じく貧困層になればなるほどその生活を圧迫することになるため、実質的には「貧富の格差を拡大させた」ことと同義となります。当然、その結果は現時点でも深刻である貧困層の拡大と治安の悪化に今後さらに通じて行くものです。理想を追求した代償は大き過ぎたと言わざるを得ないのが現実です。

<ドイツの電気料金は高騰を続け、フランスの2倍の額に達している>

また、ドイツが原子力発電を廃止したから、欧州全体が原子力を棄てることができる訳では決してありません。ドイツは電力の輸出国となりましたが、原子力で発電した電気の輸入を禁止した訳では決してなく、実際に独仏国境近くにあるカットノン原子力発電所(フランス)の大口顧客にはドイツも名を連ねています。「普段は原子力は要らないし国内に発電所は作らせないけど、困った時は売って下さい」と言うスタンスは残念ながら「偽善である」と言わざるを得ません。原子力発電を廃止するなら、原子力で発電された電力の輸入は一切禁止にするべきです。これは他国にリスクを押し出しているに過ぎません。

<欧州では電力供給の接続が進み相互に補完する仕組みだが、結果としてロシアへのエネルギー依存を招いた>

上記のような成功と失敗から、私たちは多くのことを学ばなければなりません。理想と現実の間には残念ながら大きなギャップが存在し、理想だけを信じて追求することは思いもよらぬ副作用をもらたす可能性があります。国境の概念を取り払い、人と物の往来を自由にすることを目指したEUと言う概念は、大都市への貧困層の一方的な流入と治安の悪化を招く結果となり、こうした副作用は次には差別とナショナリズムの高まりを誘発する結果となりました。英国がEUから離脱を決めたことは決して一時的な気の迷いではなく、こうした副作用に国民がNoを突き付けた結果であると言えます。EUと言う「理想」は事実上、現実とのギャップを克服出来ずに失敗に終わりました。

では、日本はどのような道を歩むべきでしょうか。まずエネルギー転換については、欧州のように陸続きになっている場所と海に囲まれている日本を同列に語ることは不可能です。また安全保障の観点からも、争い事が起きにくくなった欧州と、中国、北朝鮮、ロシアに囲まれている日本では全く状況が異なります。自国の安全に関わるエネルギーの問題をドイツのように周辺国と接続をすることで解決を試みることは、現時点では日本が選択することが出来ない方法であり、日本は発電とその安定性を他国に依存するような選択をすることは出来ません。それは国家、そして日本人の生活をも消滅させるリスクのあることです。

<日本が再生可能エネルギーを補完するために電力を接続出来る国は地政学上存在しない>

一方で、輸入するしかない石油や天然ガスにエネルギーを依存することも非常にリスクの高いことです。もし石油が入って来なくなれば、もしロシアに天然ガスでライフラインの供給源を握られれば、それは日本の生活は他国の気分次第で一瞬にして止められてしまうことになります。生活が止まらなくても、エネルギー源の価格をつり上げてその国の競争力や経済力を削ぎ落とす事は造作もないことです。

結論としては、日本は「現実的な選択」をする必要があります。エネルギーの供給源は多様性を保って行く必要があります。再生可能エネルギーの活用は増やして行く必要がありますが、そこに全て依存することは欧州を見る限り難しいと言わざるを得ません。いや、海に囲まれ周辺国と電力を接続することも出来ない日本にとっては「不可能なほど難しい」ことでしょう。リスクの分散と言う意味では、ロシアとの天然ガスのパイプラインを持つこと自体は良いと思います。石油の輸入は中国が活動を拡大する南シナ海やインド洋を経由しているため、エネルギーの供給源を北にも持つことにはリスク分散のメリットもありますし、ロシアとの関係を強化することは安全保障上のメリットもあります。しかしそこに大きく依存することは危険です。石油・天然ガス・再生可能エネルギーの割合は一点に依存せずバランスを保ってリスクの分散を図る必要があります。その上で原子力発電を一日も早く無くすためには、日本は「原子力の次」の技術を一日も早く確立する必要があります。それが核融合技術なのか、宇宙ソーラー発電なのかはまだ分かりませんが、少なくともこうした次世代の技術開発への投資を加速させ、必ず実用化を達成する必要があります。こうした技術を実用化しない限り、世界は原子力や化石燃料から完全に脱却することは出来ません。日本にはそうした技術を実用化出来る可能性のある技術力がまだ存在します。次世代の産業の核の一つとしても、このような分野への投資を惜しむべきではないと僕は思います。変な話、原子力発電所を衛星軌道上に作りケーブルを接続することだけでも出来れば、少なくともそのリスクは大きく低下するはずです。これは宇宙エレベーター技術を応用すれば、そこまで実現が難しいことではないはずです。少なくとも、津波が来る可能性のある場所にあるよりはずっと良いのではないでしょうか。それが理想の形であるとは言いませんが、繋ぎの姿としては「より良い形である」とは言えるかと思います。

<宇宙ソーラー発電の構想。マイクロ波によるエネルギー伝達を前提としているが、ケーブル等による物理的な接続などの現実的な選択肢はないのか>

世界の未来を担うことが出来るのは、実は日本に眠ったまま日の目を見ていない技術なのかも知れません。私たちはこうした技術をどうしたら「現実に出来るか」を考え、そのためのロードマップを早急に作成する必要があります。「原子力は危険だ」と理想を唱えることは誰にでも出来ます。しかし理想を唱えるだけでその代替手段を考慮しなければ、その理想が力を持つことは決してありません。代替手段を考慮しない人間に、理想を語る資格はありません。批判するだけなら誰にでも出来ますし、それは現実には全く意味のないことです。私たちがやるべきことは理想を語ることではなく、「何を現実に出来るのか」を考え実行すること、これまでの常識に囚われないイノベーションを「現実にすること」、それが問われているのだと僕は思います。

「何が悪いのか」ではなく、「どうしたら実際に改善出来るのか」を一度考えてみませんか。「出来ない理由を探す」ことより、「出来る方法を考える」ことに一度挑戦してみませんか。

“Do not find the excuse why you cannot conduct. Let’s find the method how we can realize.”

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マイルで無料航空券をゲットしよう

海外旅行がお好きな方なら、きっとどこかの航空会社のマイレージ会員になったことがあるかと思います。今日はマイルを効果的に貯めて、無料航空券をゲットする方法をご紹介します。

まず、どこの航空会社のマイルを貯めればいいの?と思う方が多いと思います。目的地によって利用する航空会社は異なるので、もしかするとJAL、ANA、ユナイテッド航空、シンガポール航空、エールフランス、デルタ航空…など色々な会社のマイルをそれぞれ持っている、という方がいらっしゃるかも知れません。ここでまず知っておきたいことは、世界の航空会社はほとんどがどこかの「アライアンス」に属していて、同じアライアンスに属する航空会社であれば「他の航空会社のマイルを1つのアカウントに貯めることができる」ということです。日本人が良く利用する航空会社を、アライアンス別に見てみましょう。

①スターアライアンス

SA

ANA・ユナイテッド航空・ルフトハンザ ドイツ航空・シンガポール航空・タイ航空・エバー航空・タ―キッシュ-エアラインズ・中国国際航空・オーストリア航空・スイスインターナショナルエアラインズなど合計28社が加盟

②スカイチーム

SK

デルタ航空・エールフランス・チャイナエアライン・アリタリア-イタリア航空・KLMオランダ航空・中国東方航空・アエロフロート-ロシア航空・ベトナム航空・ガルーダ-インドネシア航空・アエロメヒコ航空など合計20社が加盟

③ワンワールド

OW

JAL・アメリカン航空・ブリティッシュエアウェイズ・キャセイパシフィック航空・フィンエアー・カンタス航空・マレーシア航空・カタール航空など合計13社が加盟

これらの航空会社は同じアライアンス内なら相互にマイルを貯めることが出来るので、「1つのアライアンスにつき1つのアカウントでマイルを貯める」のが最も効率的です。ユナイテッド航空に乗ったらANAのマイルを貯める、エールフランスに乗ったらデルタ航空のマイルを貯める、といった具合です。 スターアライアンスを例にすると、ヨーロッパあるいはアメリカへ旅行すれば往復で1万マイルほど貯まりますので、2回海外旅行に出かければ中国・韓国・台湾まで、3回で香港・タイ・シンガポールまでの無料航空券が手に入ります。また、マイルは座席のアップグレードにも使用できますので、自腹で払うと高額なビジネスクラスも、マイルでのアップグレードなら意外と手が届いてしまったりします。(近年、一部の航空会社のマイル加算方法がチケットの金額ベースに変更になりましたので、積算マイル数は参考程度にお考え下さい。)

じゃあ具体的にどの会社が良いの?と考えると、これは色々考え方によって違いますが、まずは日系の航空会社が選択肢になると思います。その理由として、「航空会社以外の提携パートナーが多い」と言うことです。

実はマイルを貯める方法は飛行機に乗る以外にも沢山あります。レンタカーを借りる、ホテルに宿泊する、レストランで食事をする、提携クレジットカードを使う、保険、銀行、ネットショッピング、電子マネーから提携ポイントとの交換に至るまで、ありとあらゆる方法でマイルを貯めることが出来ます。

① クレジットカード

この中で最も利用する機会が多いのが、「クレジットカード」です。いま皆さんが払っている支出の大半は、クレジット払いが可能です。日々のスーパーやドラッグストア、デパートでの買い物、携帯電話・公共料金の支払い、旅行代金や航空券の支払い、高速道路のETCカードや定期券・電車の運賃まで、全ての支払いを1枚のクレジットカードで行うと相当の金額になります。カード会社によって異なりますが、大体1,000円の利用で10~15マイルくらい貯まりますので、年間で100万円使うと1万~1万5千マイルを獲得でき、計算上はカードの支払いだけでも2年で海外旅行に行けてしまいます。

ただし、日系の航空会社のマイレージプログラムには1つ弱点があります。それは「貯めたマイルに有効期限がある」という点です。ANAとJALのマイルの有効期限は加算から36ヶ月(3年)となっています。つまり日系の航空会社のマイルは「貯まりやすい替わりに失効しやすい」と言えます。3年以内にマイルが貯まる人には良いのですが、頻繁に海外に行かない人にはリスクが大きいのです。失効しそうなマイルを他の提携ポイントに換える、という方法もありますが、やはり長い期間でじっくりマイルを貯めるには不向きと言えます。

長い期間をかけてマイルをコツコツ貯めたい方には、デルタ航空とユナイテッド航空のマイレージプログラムがお勧めです。デルタ航空のマイルには有効期限がないため、失効することがありません。ユナイテッド航空のマイルの有効期限は18ヶ月ですが、この期間内に1度でも加算すると有効期限が繰り下げになります。つまり「提携クレジットカードで公共料金等の支払いをしていれば、実質的に失効しない」のです。

僕の場合、海外へ出かけるのは年に1度か2度ですので、マイルが失効しないよう②スカイチームのマイルはデルタ航空に、①スターアライアンスのマイルはユナイテッド航空に貯めて、ユナイテッド航空の提携カードで公共料金等を払っています。そのためユナイテッド航空のマイルばかりが多く貯まりますが、スターアライアンスは加盟航空会社が多い世界最大の航空アライアンスなので、無料航空券の選択肢もそれだけ多く、無料航空券も取りやすいです。アジアだけ見てもANA・シンガポール航空・エバー航空・タイ航空・中国国際航空・アシアナ航空が利用できるので、アジア内のほとんどの目的地に行くことが出来ますし、国内でもANAのフライトで沖縄を除く目的地に片道5000マイルだけあれば行けてしまいます。逆にワンワールドのマイレージプログラムは非常に使い勝手が悪く、キャセイパシフィックに乗ってもJALのアカウントは加算対象外になったり、正直お勧めできません。

マイルの最善の貯め方は海外へ行く頻度や、良く利用する航空会社などによって異なってきます。僕個人の意見としては、クレジットカードを作るのであれば、日系ならANA、そうでなければユナイテッド航空がお勧めです。 また裏技として、「アメリカン・エキスプレス・スカイ・トラベラー・カード」と言うカードを使うと、貯めたポイントが提携する14の航空会社のマイルに移行でき、ポイントの有効期限が無期限となっています。(ただし、搭乗して貯めたマイルには有効期限がある、年会費が高額、ブランドがAMEXであるため支払い先が限られる、といった注意点もあります。)

MileagePlusセゾンカード(ユナイテッド航空 マイレージプラス)

マイレージプラスセゾンカード

ANA CARD 一覧 (ANAマイレージクラブ)

ソラチカカード

アメリカン・エキスプレス・スカイ・トラベラー・カード

アメックスSTカード

② ポイントサイト

クレジットカードと合わせて飛行機に乗らずにマイルを貯めるのに効率が良いのが「ポイントサイト」です。ポイントサイトとは、サイトのアンケートに答えたりポイントサイト経由でショッピングをしたりすることで、カードのポイントと2重にポイントを貯めることが出来るサイトのことで、代表的なものには moppy や Hapitas、ECナビなどがあります。これらのサイトで貯めたポイントをマイルに交換することによって、飛行機に乗らずとも年間に何万マイルも貯めることが可能です。このような方法で無料でマイルを貯めている人々は「陸マイラー」と呼ばれています。陸マイラーにとってもっともマイルを貯めることが出来るのがANAのマイレージプログラムで、これらのポイントサイトに加えて、楽天ポイントやTポイント、メトロポイントなど非常に多くのポイントがANAのマイルに交換することが出来ます。毎日コツコツとポイントを貯めることで、これらの人々は1円も使わずに年に数回も海外旅行へ行くそうです(笑)以下にmoppyと言うサイトをご紹介いたしますので、ぜひチェックしてみて下さい。年会費無料のクレジットカードや口座開設をするだけでも数万マイルを貯めることが可能です。また楽天市場を始めとするほとんどのインターネットショッピングや楽天デリバリーなど、オンラインで注文するもののほとんどにポイントを加算することが出来ます。陸マイラーの中には全く飛行機に乗らずに年間に20万マイルも30万マイルも貯める人がいるのだとか。ビジネスクラスでヨーロッパやアメリカに行けてしまいますね(苦笑)

moppy

URL:  http://pc.moppy.jp/entry/invite.php?invite=4bkSe11e

お金がたまるポイントサイトモッピー

以上、長くなりましたが、みなさんもぜひコツコツとマイルを貯めて、無料航空券で海外へ出かけてみましょう!

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“Amazing Grace”と言う歌の意味とその背景

アア~メ~ジングレ~ス~、ハウスウィ~トザサ~ンド♬

おそらく皆さまも一度はどこかで耳にしたことがあるであろう曲、”Amazing Grace”(アメイジング・グレイス)ですが、この曲は実はキリスト教の賛美歌であると言うことをご存知でしょうか。恥ずかしながら僕もつい先日までは知りませんでした(苦笑)本日はこの曲が持つその意味と、この曲が生まれた背景から僕が考えたことを書いてみたいと思います。

<AMAZING GRACE (Hayley Westenra)>

“Amazing Grace”は「素晴らしいグレースさん」と言う意味ではもちろんありません。ここで使われている”Grace”とは「神の恵み」「恩寵」の意味であり、日本語に訳すと「すばらしき神の恩寵」となります。神の恵みに感謝することを歌うこの曲は、イギリスの牧師であるJohn Newtonによって1772年に作詞されました。彼がこの曲を作詞するに至った背景には、彼が牧師となる前に行なっていた過去の行いと、それに対する後悔の念が大きく関係しています。

<John Newtonの肖像画>

John Newtonは実は、当初は船乗りとして黒人奴隷貿易によって富を築いていた商人でした。当時の奴隷に対する扱いは想像を絶する家畜以下のものであり、多くの奴隷は輸送中の非衛生的な環境の中でその命を落としたと言われています。彼はそのような罪深いビジネスに従事して富を得ていましたが、1748年のある日、彼の船が嵐により浸水し、沈没の危機に瀕しました。彼はクリスチャンとして育ったものの、救いを求めて本当に心の底から神に祈りを捧げたのは、この時が初めてのことでした。
船は運良く沈没を免れ彼は生き延びることとなりますが、この日を境に彼の考え方は大きく転換し、「奴隷貿易を行なっていたような罪深い自分にも、神は赦しを与えた」ことに対して深く感謝をするようになります。その後もしばらくは奴隷貿易に従事し続けたものの飲酒やギャンブルなどを控えるようになり、1755年にはついに船を降りることを決断し、その後勉学と多額の献金を行い、彼のその経験を伝える事ができるよう牧師へと転身したのです。

こうした後悔の気持ちと、それを赦した神への感謝を述べるために作詞されたのが、今では広く知られることとなった”Amazing Grace”です。”amazing”(驚くべき)の単語が使用されたことからも、彼にとって神の赦しは驚くべきほど深いものだったのでしょう。当初彼が作詞したオリジナルの歌詞には次のように綴られています。

<Amazing Grace(オリジナルの歌詞)>

Amazing grace! how sweet the sound
That saved a wretch like me!
I once was lost but now am found
Was blind, but now I see.

‘Twas grace that taught my heart to fear.
And grace my fears relieved;
How precious did that grace appear,
The hour I first believed.

Through many dangers, toils and snares.
I have already come;
‘Tis grace has brought me safe thus far,
And grace will lead me home.

The Lord has promised good to me,
His word my hope secures;
He will my shield and portion be,
As long as life endures.

Yes,when this flesh and heart shall fail,
And mortal life shall cease;
I shall possess, within the vail,
A life of joy and peace.

The earth shall soon dissolve like snow
The sun forebear to shine;
But,God who called me here below,
Will be forever mine.

<アメイジング・グレイス(日本語訳)>

驚くべき恵み なんと甘美な響きだろう
私のように悲惨な者を救って下さった
かつては迷ったが、今は見つけられ、
かつては盲目であったが、今は見える

神の恵みが私の心に恐れることを教え、
そして、これらの恵みが恐れから私を解放した
どれほどすばらしい恵みが現れただろうか、
私が最初に信じた時に

多くの危険、苦しみと誘惑を乗り越え、
私はすでに辿り着いた
この恵みが、ここまで私を無事に導いてくださった
だから、恵みが私を家に導くだろう

神は私に良い事を約束して下さった
彼の言葉は私の希望の保障である
彼は私の盾と分け前になって下さる
私の命が続く限り

そう、この体と心が滅び、
私の死ぬべき命が終わる時、
私は、来世で得るものがある
それは、喜びと平和の命である

地上はまもなく雪のように白くなり、
太陽は光を失うだろう
しかし、私を御許に召して下さった神は、
永遠に私のものになる

このように、”Amazing Grace”とは、過去の自らの過ちを悔い改め、それを許してくれた神に感謝の祈りを捧げた賛美歌なのです。そして人が過ちを犯したならそれを悔い改め、自らを律して正しく生きて行くべき事を、彼はその賛美歌の歌詞へと込めました。

話が全くそれますが、僕は誰かに「人は何のために生きているのか」と聞かれた時は、こう答える事にしています。

「人は、幸せになるために生きている。人生を楽しむために生きている。」

なぜなら、幸せではない人生、楽しくない人生はウソだと思うからです。人も生き物である以上、その欲望から完全に逃れることは出来ません。食欲、性欲、睡眠欲と言った動物が本能として備えている欲に加えて、「美味しいものを食べたい」「旅行に行きたい」「物を手に入れたい」「他人とコミュニケーションが取りたい」「人に理解されたい」「もっと多くのことを知りたい」と言った、知恵や知識があるからこそ生まれる、人間ならではの欲もあります。僕は一応(というか日本人の大部分は)仏教徒になるかと思いますが、仏陀のように欲を完全に捨てることは、おそらく僕には無理だと思います。

しかし一方で、人間にはその欲を抑えたり他人を思いやると言う「理性」や「倫理観」、「社会性」も同時に備わっています。これは人間がその進化の過程で知恵と同時に培って来た、生命体では人間のみが持つ能力です。人間にはその知恵ゆえの欲望がある一方で、それを制したり反省する知恵もあるのが私たち「人間」と言う生き物と言えます。

宗教もこうした歴史の過程で、人が自らを律したり、生きるべき道を示したり、時に自らの過ちを認め悔い改めるために生まれて来た概念と言えます。僕は特定の宗教を深く信仰するタイプではありませんが、宗教の考え方やその背景にある事実を知ることは「人がどのように生きるべきか」「社会はどうあるべきか」と言う事を考えるきっかけを与えてくれるものです。

<世界にある様々な宗教は人々を導くためのもの>

“Amazing Grace”を聴いたりその歌詞や誕生の背景を知ることで、「人は時には過ちを犯すことが必ずある。そうした際には、その過ちを認め悔い改め、その先にある人生に生かしていくべきだ。」と言うことを、僕はまた1つ知ることができました。皆さまもこの心に染み渡るメロディーを耳にした際は、人には人間のみがもつ「欲」と「理性」が両方とも存在し、それをどのようにバランスを取るべきなのか、そして「人はみな幸せになるために生きている」が、そのためには「過ちは悔い改め正しく生きて行く必要がある」と言うことを、思い出してみて下さい。

We must make mistakes sometimes, as long as we are human being. But we should not give up improving ourselves and realizing our happiness.

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海外でのスマホ通信料を節約する方法

今では世界のどこへ行っても日本の携帯電話が繋がるようになり、非常に便利になりました。しかしスマートフォンを海外で使用すると非常に料金が高いのが悩みの種ですよね。今日は使用頻度に合わせて、スマートフォンの海外での通信料を節約する方法をご紹介したいと思います。

<① 日本と全く同じよう不自由なく使いたい>

これはもう通信キャリアの海外定額サービスを使わざるを得ません。近年各通信キャリアは海外でも通信料は定額に設定している場合がほとんどです。料金はdocomoが24時間定額で980円・1,280円・1,580円(国によって異なるが1,580円の地域が多い)、auは24.4MBまでが1日あたり1,980円、それを超えた場合は最大2,980円、SoftBankは25MB(LTE通信は12.5MB)までが1日1,980円、それを超えた場合は最大2,980円となっています。この方法は最も楽ですが、短期の旅行ならとにかく1週間や10日ともなるとかなり高額になるのは避けられません。またSoftBankの定額サービスはiPhoneのみが対象で、その他のスマートフォンは従量課金制(使った分を払う)になりますので、うっかり頻繁に使用すると、とんでもない料金になる可能性があります。

※追記   2017年現在、auには24時間あたり980円を支払えば、日本のデータ通信枠を利用してインターネットに接続できる「世界データ定額」のサービスが提供されており、使用可能な国では自動的にはデータ通信を開始しない便利なサービスがあります。

<② とりあえず電話だけ通じれば良い、メールはホテルで確認>

スマートフォンにはデータ通信のみをoffにする機能があり、これを設定すれば音声通話のみを使用することが出来ます。旅行中は緊急の連絡さえ出来れば十分と言う人にはこの設定がお勧めです。設定方法は機種によって若干異なりますが、だいたい「モバイルデータ通信」の設定項目があり、これをoffにすると音声通話とWi-Fiを除く一切の通信(メール、LINE、インターネットやアプリの通信)が遮断されますので、データ通信料の請求を回避出来ます。海外で1度でも通信してしまえば①でご紹介した定額の通信料がかかってしまうので、日本を離れる前に設定しておくと良いでしょう。また最近はホテルや空港、一部のレストランに無料あるいは有料のWi-Fiサービスがありますので、ホテルにいる時のみWi-Fiをonにすれば、ホテルでは無料で(Wi-Fiが無料であれば)メールやLINEをチェックしたり、ネットで必要な情報を調べたり出来ます。ここで誤って「モバイルデータ通信」をonにしないよう気をつけてください。
ただホテルのWi-Fiサービスは(国にもよりますが)電波状況が悪く、通信速度にイライラしたり全く使い物にならなかったりするのが難点です。(米国のホテルのWi-Fiはひどいものでした…)

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設定→モバイルデータ通信→モバイルデータ通信をoffに設定

<③ 24時間通信出来なくても良いが、必要な時には通信したい>

常にメールやネットを使える必要はないけど、たまに写真を送ったりメールのチェックや必要な情報を調べたいという方には、Wi-Fiルーターのレンタルサービスがおすすめです。この場合はモバイルデータ通信をoffにした上で、Wi-Fiのみでルーター経由で通信することになります。ルーターが3G対応かLTE対応なのか、またルーターのバッテリー持続時間によって料金にバラつきがありますが、大抵のサービスは通信キャリアの定額サービスより安く設定されていますし、通信品質もしっかりしているのでホテルのWi-Fiより役に立ったりもします。先のアメリカ旅行ではホテルのWi-Fiが使い物にならなかったのでルーターが大活躍し、メールやLINEの他にも、飛行機のオンラインチェックインや、日本のニュースと天気予報のチェック、Googleマップの使用などに非常に役に立ちました。ただ欠点としては、余分な機器を持ち歩かなければならない事と、バッテリーの持続時間が短く、連続使用可能な時間は4時間から長いものでも10時間強ですので、一日中使える訳ではなくあくまで必要な時だけ接続する感じになります。ホテルでは充電器に差しておけば夜はずっと使用出来ます。料金は国によりますが、大体1日500円から1,500円といった感じ。以下に「グローバルWiFi」という会社のプランを例としてご紹介します。

【グローバルWiFi 海外WiFi定額通信料】
Aエリア 670円/日(韓国 / 中国 / タイ等) Bエリア 970円/日(アメリカ / ハワイ / イタリア等) Cエリア 1,270円/日(ブラジル / UAE等) Dエリア 1,770円/日(エジプト / パラグアイ等) ヨーロッパ 840円~/日

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このようなWi-Fiルーターをレンタル出来ます。モバイルデータ通信をoffにした上で、ルーターにWi-Fiで接続

<④ とにかくお金は払いたくない、でもメールはチェックしたい>

お金を一切払わない方法もあります。スマートフォンの「機内モード」をonにしてしまえばWi-Fi以外の通信は一切遮断されますので、通信料も電話代もかかりません。通信はホテルや空港の無料Wi-Fiサービスを利用すれば、朝と夜の2回くらいはメールなどをチェックできますし、調べごとなども出来ます。また通信を必要としないアプリ(音楽・ビデオやカメラ、アラームと世界時計、電卓、為替計算アプリ、情報内蔵型の辞書、メモ帳など)は使う事が出来ますので、通信を除いたスマートフォンの機能を最大限活用出来るでしょう。ただ通信はホテルのWi-Fiの品質次第ということになります。

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機内モードをonにすれば、一切の通話・通信が遮断される。ホテルの無料Wi-Fiを使えば通信料はかからない。

<⑤ 現地のSIMカードを購入する>

SIMフリーのスマートフォンを持っているか、あるいはレンタルすれば、現地のSIMカードを購入して現地の通信キャリアの料金で通話・通信出来るので、料金は大分安く抑えられるでしょう。最近の新機種は数千円の手数料をキャリアに支払えば、SIMロックが解除できる機種が増えています。

ただデメリットとしては現地の電話番号が割り当てられることになりますので、デュアルSIM機能を持たない携帯は日本の番号の着信を受けられないことになります。ビジネスで渡航して頻繁に通話や通信をする方や、二週間以上の長期滞在をされる方には良いと思いますが、普通の旅行であればメリットはあまり無いかも知れません。旅行中にSIMカードを購入し設定をする手間も、時間がもったい無いかも知れませんね。

以上、様々なパターンをご紹介しましたが、皆さんが渡航先でどれだけ携帯電話を使いたいかによって、選択は変わってくるでしょう。大都市へ行くのであればWi-Fiルーターは便利でしょうし、リゾートホテルで過ごすのであればホテルのWi-Fiで十分かと思います。ツアーに参加するのであれば緊急の電話以外は必要無いかも知れません。せっかくの旅行を携帯なんかに邪魔されたくない方も多いのではないかと思います。

皆さんの旅行のスタイルに合わせて、是非研究してみてください!

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本場アメリカのステーキ事情

ステーキと言えば、やっぱりアメリカが本場ですよね!ですが近年、アメリカのステーキ事情に大きな変化の兆しが…そんなアメリカのステーキ事情についてご紹介したいと思います。まず、アメリカでのステーキの種類を見てみましょう。

<RIB EYE(リブアイ・ステーキ)>

日本で言うとリブステーキです。脂がのっていて肉質は少し固めですが、肉好きが最も愛するステーキです。

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<NEW YORK STRIP(ニューヨークストリップ)、KANSAS CITY STEAK(カンザスシティ・ステーキ)>

日本では(お店によっては現地でも)サーロインステーキと呼ばれます。脂はRIB EYEより少なくフィレよりは多い、肉質はRIB EYEより柔らかいもののフィレよりは固め、といった感じ。ちょうどほどほどなお肉なので人気があります。

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<Filet Mignon(フィレミニョン)、Tenderloin(テンダーロイン)>

フィレステーキです。脂は少なくてあっさりしていますが非常にやわらかく、牛一頭から取れる量が少ないためお値段も高めです。

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<Porterhouse(ポーターハウス)、T-bone steak(ティーボーン)>

T字型の骨の左右にフィレとサーロインが付いている、一度で二種類のお肉が楽しめる大きなステーキです。

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<Tomahawk(トマホーク)>

テキサスなどのステーキハウスにある、非常に巨大なRIB EYEステーキで、その大きさは38オンス(1077グラム)や50オンス(1417グラム)など、まさにアメリカンサイズ!

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<Prime Rib(プライムリブ)>

これは焼いたステーキとは調理方法がやや異なり、リブの肉をかたまりのままじっくり焼き上げ、食べる際に切り分けて盛り付ける温かいローストビーフのことです。

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さて、このステーキの本場で、ある異変が起きていることをご存知でしょうか。なんと今アメリカでは、和牛が大ブームになっているのです。有名なステーキハウスのメニューを見て頂くと分かるのですが、評価の高いステーキハウスは軒並み和牛を売りにしています。和牛の名称もバラエティに富んでおり、WAGYUだったりAKAUSHIとか、KOBE BEEFと記載している所もあります。

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余談になりますが、「神戸牛」というのは兵庫県で生産された「但馬牛(たじまうし)」からとれる肉が一定以上の基準を満たした場合にのみ用いることが出来る高級な牛肉のブランド名であり、日本三大和牛の1つとして非常に希少なものであるためほとんど海外には流通しておらず、アメリカに神戸牛が氾濫しているはずはないのですが…(苦笑)アメリカでは日本で飼育されたものでなくても、種牛が和牛であればWAGYUと呼ばれているようで、アメリカ産に加えてオーストラリア産の「WAGYU」まであります(笑)僕が先の年末年始にフロリダのステーキハウスで食事をした際に、ウエイターが特別な牛肉があると言って誇らしげに2つのお肉を持って来て見せてくれました。1つは宮崎牛のフィレで、もう一つはオーストラリア産のWAGYUのリブアイだと言っていました。もちろんアメリカに行ってまでわざわざ和牛を食べるのは本末転倒ですので、僕らはアメリカ産アンガス牛のステーキを注文しましたが…それにしても彼らが宮崎牛だと言っていたフィレは目玉が飛び出るほどの値段でした…

一昔前までは和牛は柔らかすぎて脂っこくてこれは本物のステーキじゃないとアメリカ人は言っていたような記憶もありますが…時代は変わるものですね…いずれにしても日本の畜産農家の努力と研究の賜物である和牛が世界で評価されていることは、日本人として喜ばしい限りです。神戸牛は2009年に、米メディアが選んだ「世界で最も高価な9種類の食べ物」にキャビア、フォアグラ、白トリュフらと共に選出されたと言うから驚きですね。品質を追求する日本人の底力は食材の分野でも発揮されつつあるようです。

ですが、本場のアメリカらしいステーキを食べたいと思っている方は、レストランに行く前にどこのお肉を扱っているのかチェックすることをお勧めします(苦笑)

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Online Check-in 活用法

中々使用した経験がある方は多くないかも知れませんが、飛行機に乗るために「オンラインチェックイン」が出来るとお聞きになったことはないでしょうか。国内線では手荷物が無ければゲートに直行できるメリットがありますが、海外旅行の場合、「どうせ空港で荷物を預けるのに、前もってオンラインでチェックインして何か良いことがあるの?」と思われる方がほとんどかと思います。僕もずっとそう思っていました。ですが年末年始の米国旅行の際に、思わぬメリットを発見したのでご紹介したいと思います。

最初に、どんなメリットがあったかと言うと、僕の場合は次の3点でした。

① 希望の座席をゲットできた。
② 空港でのチェックイン待ち時間が短縮された。
③ 紙のボーディングパスが減った。

まず、どうして僕がオンラインチェックインをするに至ったか、経緯からご説明したいと思います。2013年の年末年始の旅行であったので、僕は7月の時点でユナイテッド航空のサイトで正規割引の航空券を購入しました。だいぶ早く購入したつもりだったのですが、さすがは年末年始だけあって許容範囲の値段(燃油サーチャージを含めて往復15万円前後)の航空券は、もうギリギリのタイミングでした。購入したのはユナイテッド航空のチケットですが、一番安いチケットはコードシェア便であったため、国際線区間は行きは深夜の羽田発、帰りは夜の成田着のANA運航便になりました。まあユナイテッドに乗るより得した気分になりましたが(笑)。

ついでに座席も予約しておこうと思ったのですが、席は3人掛けの窓側の席しか取れないと言うのです、まだ7月にも関わらず…。 長距離の国際線にお乗りになったことのある方はお分かりかと思いますが、長距離便は通路側を予約するのが鉄則です。窓側だと、トイレなどの際に眠っている通路側の他人を起こす羽目になるからです。また通路側が取れても、3人掛けだと逆に起される羽目になりますので、3-3-3の並びではむしろ中央の3人掛けの通路側の方が良かったりします。深夜発で(乗り継いで)早朝に米国に到着する便で眠れないのはキツいのでなんとか快適な席が欲しかったのですが、もう全て予約されていてどうしようもないと言います。困った…と思い、たまたまユナイテッド航空のマイレージを持っていたので、行きだけでもエコノミープラス(2-4-2の座席配置)か、最悪ビジネスクラス(2-2-2の座席配置)にアップグレードしようとしたのですが、なんと運航がANA便であるため一切のアップグレードが出来ないと言うのです(怒)。ユナイテッド航空の航空券なのにユナイテッドのマイルが使えないなんて予想外でした。そんな馬鹿な話あるかとユナイテッド航空に散々文句をつけ、ANAの予約センターとも掛け合いましたが、どちらもどうしようもないと繰り返すのみ…コードシェア便ってすごくグレーゾーンがあるんですね…。

諦めず何回も電話をかけていたら、ANAの担当者がこんなことを言い始めました。「当日、空港で空席を確認して下さい」「出発の24時間前から、オンラインチェックインで空席があれば変更できます」と…。実は飛行機の座席には、「事前に予約できる座席」と、「当日空港でしか予約出来ない座席」の2種類があります。特に非常口の脇にある、前に座席がない場所(CAとの「お見合い席」なんて呼ばれたりしますね)などはこの「当日にならないと予約できない席」に含まれるのですが、それが24時間前からオンラインチェックインで取れてしまう…。これは目からうろこで、僕らにとってはまさに最後の希望でした。ユナイテッド航空の予約番号とは別に、ANAの予約番号があるのでそれでログイン出来ます、とその担当者は予約番号を教えてくれました。「しつこい客だ」と思われたのかも知れませんね(笑)

出発の24時間前、僕は電話の時報をスピーカーホンにして、秒単位で正確にANAのオンラインチェックインに臨みました。すると、見事に「お見合い席」が空席になってるじゃありませんか!かくして僕は予約は難攻不落と言われるお見合い席をゲット出来たのです。前の座席が無いので、足元も広々…もちろん他人を起こす必要も起こされることもありません。まさに「災いが福に転じた」瞬間でした。
味をしめた僕は帰りの出発時間(シカゴ発アメリカ中部時間)を計算し、やはり24時間前きっかりにマイアミのショッピングモールの駐車場でiPadを使って帰りのオンラインチェックインを行いました。お見合い席は取れませんでしたが、壁の後ろの足元の広い席が取れ、帰りも快適にぐっすり眠って帰ることが出来ました。お見合い席が埋まっていたのは解せませんが、おそらく航空会社にコネがあれば事前に取れてしまうのでしょう。世の中、不公平ですね(笑)

<最前列なので足元も広々、同じエコノミーでも全然違いますね>

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また、オンラインチェックインをすると当日空港で「手荷物預入れ専用カウンター」を利用できるので、少なくともチェックインの長い行列に並ぶよりはマシになります。あと、スマートフォンにバーコード表示するボーディングパスを使用できる(ただし乗り継ぎ便は紙になります)ので、地味に嬉しいですね。紙のボーディングパスって、大きくていつもしまう場所に苦労します。セキュリティチェック、イミグレーション、搭乗する際と、3回も提示させられますからね…。少なくとも座席は当日の空席があればウェブ上で見ながら好きな場所を取れますので、それだけでも使う価値アリだと思いました。旅行会社発行の格安航空券やツアーの航空券はどういう扱いになるのか分かりませんが、もし事前に予約番号が分かっている場合は皆さんもぜひ試してみて下さい。

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新宿ロシア料理「スンガリー」

11月10日、家族の誕生日に食事会に行きました。誕生日の本人に何を食べたいか聞いたところ、何を思ったのか「ロシア料理」と言います。「もう少し皆が美味しく食べれるものの方が…」と思ったのですが、みんなロシア料理で良いと言うので渋々承諾しました…。 父が知っているお店を予約してくれたのですが、そのお店が新宿にある「スンガリー」です。新宿には東口の本店と、スバルビルの地下に小さな西口店があるのですが、今回は西口店を訪れました。

「ロシア料理なんて、絶対美味しくない…」そう思っていました。

しかし期待は良い方へ完全に裏切られました。ロシアの人とお店の人、ごめんなさい。ロシア料理は意外にも美味しく、強い香辛料なども使わないためとても食べやすい料理でした!もちろんこのお店が美味しいのだ、という可能性もありますが…

初めての人にもおすすめということで、「モスクワコース」4200円と、早く注文しないと売り切れるというピロシキを追加で注文しました。お酒もウォッカからグルジアワインロシアンカクテルなど種類が豊富で、珍しいソフトドリンクもあります。

まず前菜①

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マリノーブヤ・ケタ(ロシア式フレッシュサーモンマリネのブリヌイクレープ包み)

具はサーモンと野菜で、それをピタパンのようなクレープ生地で巻いて食べます。あっさりと素材の味が生きた味で、とても食べ易いです。

続いて前菜②

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グリヴィー・ヴ・スミターニェ(マッシュルームとホワイトアスパラガスのつぼ焼きクリーム煮)

クリームで煮込んだつぼ焼きにパンのような生地が被せてあり、クリームもしつこくなくパン生地はほんのり甘く、これは絶品でした。ロシア料理は全般的に西欧料理よりしつこくない気がします。

スープ

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ボルシチ(牛肉と野菜の赤カブ風味スープ)

初めてボルシチというものを食べました。(食わず嫌い?)もっとクセのある味を想像していたのですが、意外とあっさりしていてほのかに酸味が効いており、それでいてスープの旨味や味はしっかりしています。日本人にも食べやすい味です。

メインは3種類から選択

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ゴブルッツィ(ウクライナ風ロールキャベツの煮込み焼き、トマトクリーム仕立て)

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ジャルコイエ・イズ・チャリャーチヌイ(ロシア式やわらかい仔牛肉のロースト、スメタナ風味)

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ビーフストロガノフ(細切り牛フィレ肉と茸の煮込み、香り豊かなサフランライス添え)

僕は②の仔牛肉のローストを食べました。乗っているのはクリームソースとパン粉だったと思いますが、とても美味しくて感動しました。やはりしつこすぎない味です。これらのコースに無料の自家焼きのライ麦パンが付きます。ライ麦パンは少しクセのある濃い味ですが、慣れたらもうスーパーの食パンでは物足りなくなるかも知れません。

ピロシキ

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日本のパン屋に売っているものはカレーパンのような生地で結構しつこい味だったと思いますが、こちらのお店のピロシキは油っこくなくとても素朴な味でした。

食後のロシアンティー

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ロシアンティーは細長いカップにジャムを入れて飲むのですが、このジャムがまた珍しく、バラジャム、黒さくらんぼジャム、季節のジャム(その時は木いちごジャム)がありましたが、紅茶を飲み終わってもジャムだけ食べ続ける程でした。

ロシア料理と言う発見はまさに目から鱗でした。こんなに美味しいのであればもっと流行ってもいいのではと思います。

日本という、世界中の味が楽しめる場所で生活できることはとても幸せなことだと思います。もちろん、その土地の料理はその土地で味わうのが良いと思いますが、こうして新しい何かに出会う機会やきっかけが多ければ、それだけ好奇心の幅も広がります。ロシア料理がこんなに美味しいのだから、(元々興味はあったのですが)ロシアにもいつか行ってみたい、そんな気持ちが強くなりました。変わった料理に興味がある方には、ロシア料理はとてもおススメです。本店には更に沢山のメニューがあるそうです。是非トライしてみて下さい。

ロシア料理「スンガリー」 http://www.sungari.jp

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BAGNARAのキーホルダー

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昨日4月20日は僕の父の誕生日でした。プレゼントにキーホルダーを贈ったのですが、今日はそのキーホルダーのブランドを紹介します。

イタリアの「バニャーラ」というブランド。東京では新宿の高島屋に直営店が入っていましたが残念ながら閉店してしまいましたが、オンラインではまだ国内で購入することが出来ます。このブランドの最大の特徴は自分でカスタマイズしたオンリーワンのキーホルダーやストラップを作ることが出来る点です。

上はキーホルダーですが、スワロフスキーの入ったカラフルなディスクを組み合わせて、オリジナルのメッセージ性を込める事ができます。例えば、プレゼントする相手の星座のディスク、イタリアでは幸福の象徴である馬の蹄、「ツキかある」ムーンのディスク、愛情を表すハートなどがあり、他にもアルファベットの入ったディスクでイニシャルやメッセージを入れたり、ダイスやキャラクターのチャームを足すことも出来ます。

携帯電話のストラップです。スワロフスキーのディスクは色は9色、種類はブランク・クロス・フラワー・ハート・オースシュー(馬蹄)・ムーン・スターの7種類があります。他にアルファベット、数字、マークのディスクやメッセージプレートなんかもあります。

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イタリア人は愛のメッセージを入れたり、恋人のイニシャルを入れたりするそうです。日本人には少し気恥ずかしい気もしますが、贈る相手によって色々なメッセージを込められるので、贈り手側の気持ちがこもって良いのではないでしょうか。ちなみに一つのプレゼントを組み合わせるのに、最低30分くらいはかかります(笑) でもそんな作業も楽しいですよ。ベースになるキーホルダーやストラップの形も様々で、ハートの形や星の形をしたキーホルダーなんかもあります。ベースのアイテムが3000円から10000円くらい、追加するディスクは一個1000円から2000円くらいです。ただ選びながら自分も欲しくなる不思議な魅力があり、注意が必要です。

みなさんも大事な人の誕生日やお祝いのプレゼントにどうですか?

※ 英会話SSEAが『みんなの英語ひろば』の取材を受け、特集記事が掲載されました。ぜひご覧ください!

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