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海外旅行での体験

「英語を勉強して良かった」1番大切な理由

「英語って、何のために勉強するの?」

皆さんが英語や英会話を学ばれる理由は様々だと思います。「旅行をもっと楽しみたい」「留学やホームステイに行きたい」「受験のシステムが変わる」「仕事で英語が必要だ」「就職や転職で有利になる」「外国人と話してみたい」「外国人の友達や恋人が欲しい」「もうすぐ東京オリンピック!」「シェアハウスに入居したら周りがみんな外国人」…その目的、動機は人によって千差万別でしょう。きっかけや目的が何であれ、英語を身に付ける事はその方々にとっては必ず何らかのプラスになるはずです。僕に至っては、大学時代に父に「学生のうちに留学くらいしておけ」と言われたのがきっかけです(笑)もちろんそれ以前からTOEICくらいは受けないと…と思って単語を覚える程度はしていましたが、本格的に背中を押してくれたのはその父の一言だったのは間違いありません。詳しくは留学時代の体験 「Santa Barbaraその1。」のブログからお読み頂ければ幸いですが、何しろ僕はそのようなきっかけでロクロク会話の経験もないまま留学へ出発し、現地で打ちのめされ自分の情けなさを痛感し、そこから必死に英語の勉強を始めることとなりました。

きっかけはこのような情けないものですが、とにもかくにもその後英語を身につけた事で、次の留学では海外に多数の友人ができ、その後9.11直後の超氷河期の就職活動を勝ち抜き、海外旅行へ行っても不自由なく行きたい所へ行き、やりたい事をやり、食べたい物を食べ、相手を怒らせるまで値切り(笑)、時には英語でケンカをする事も出来ます。今ではネイティブと英語で議論してもそう簡単には負けません。そして何より、いまこうして英語を教えると言う仕事を立ち上げる事も出来ました。まさにあの時の父のひと言が、僕にとってはかけがえのない一生ものの財産となりました。恥ずかしくて口では伝えられませんが、僕はその時の父のアドバイスに、本当に深く深く感謝をしています。日本語しか話せなければコミュニケーションが取れるのはせいぜい1億人と少しですが、英語と言う「世界の共通語」でコミュニケーションが取れる人の数は、少なく見積もっても世界の半分、約35億人に上るでしょう。つまり僕の世界は父のおかげで35倍の広さになったのです。世界を自由自在に旅をして、35億の人々と会話ができ、様々な知識や経験を得て無限の魅力と出会うことが出来る。こんなに素晴らしい事は無いと思います。

しかし、僕が「英語を身に付けて良かった」と思う1番大切な理由は、実は上記したような事ではありません。僕にとっては世界を知ることで、「日本のことを初めて正しく知ることができた」と言うことが、もっとも大切な事だったといま思えることです。

実は僕は若い頃は、いつか日本を出て行きたいと思っていました。こんな経済が低迷し、刺激的な事が少なく、政治家や官僚は悪事ばかりを働き、過労死するほど働かなければならない国に住むのは不幸だと勘違いをしていました。ただ僕がこのように思っていた事は実はそれほど稀なケースではなく、実際に日本の若者は他国の若者と比べて自分たちを幸せだと感じていない、と言う調査データが出ています。つまり日本人、特に若者は日本に生まれた事を「幸せでない」と思ってしまっているのが現状なのです。それは実は大きな勘違いなのですが、残念ながらそれが勘違いだと気付くチャンスや方法が日本の若者にはないのかも知れません。それは日本の教育政策の失敗と、マスメディアがネガティブな内容ばかりを批判的に報道する偏向的な姿勢、そして何より、若者が内向的にならざるを得ない英語教育のレベルの低さに大きく起因しています。

僕は英語が話せるようになってから、色々な国の友人と話をしたり、中々行く事が出来ないような場所にも行けるようになり、個人的に旅行が好きだった事もあり世界各地の様々な場所へ行き、様々な現状や問題を自らの目で見て感じる事が出来ました。そしてその中で、初めて気付くことが出来たのです。「自分は何て恵まれた国に生まれ育ったのだろう」と言うことに。

<これだけの大都市にも関わらず、東京の空は青い。韓国や中国からの観光客は、まず空の色が違う事に驚くそうです。アジアやヨーロッパの大都市の空が青い事は、近年ほとんど無くなりました>

世の中面白いもので、日本に生まれて日本しか見た事がなかった時は、実は日本のことは何も分かっていなかったのです。世界に飛び出して他国と日本を比べた時に初めて、日本は世界の中でもズバ抜けて幸せな国だと気付きました。治安が良く女性が夜に繁華街や住宅街を1人で歩いても何も問題がなく、町は清潔で人々は勤勉で礼儀正しく親切、カフェでバッグを席に残してトイレに行っても盗む人もおらず、電車にスマホを忘れてもかなりの確率で戻って来ます。サービスのクオリティは世界のトップと言えるほど優れており、仕事を探そうと思えば労働者の数より求人の数の方が多い、賃金の水準もバブル期のように世界トップでは無いにしろ、先進国に相応しい十分に裕福な生活を送ることができ、ほとんどの国民が海外旅行を楽しめ、日本のパスポートを見せればビザも免除され疑われることもほとんどありません。世界のトップを争う技術や医療環境も存在し、選挙権も表現の自由も当たり前のように与えられている。自然に恵まれ美しい景色と文化的な財産を持ち、水資源に困るどころか水道の水をそのまま飲むことまで出来る。首都である東京都市圏は人口ベースでも経済ベースでも世界最大の都市で、世界中の料理を楽しめ、世界中のエンターテイメントや芸術がやって来て、手に入らないものの方が珍しく、ありとあらゆる種類の娯楽を楽しむことができ、把握仕切れないほどの新スポットが次々と生まれ、ニューヨークと世界一を争う事が出来るくらい刺激と新しさに満ちあふれています。高品質で新鮮な食材があふれていて、美味しいものがいくらでもあり、和食は世界的にも最も価値のある料理の1つとして世界遺産にもなりました。高級な食べ物でなくてもクオリティが高く、安くて美味しいものが沢山あります(安くても美味しい、と言うのは他国では非常に稀なことです)。アニメや漫画と言ったサブカルチャーは世界中の若者を魅了して日本好きの外国人がどんどん増えていて、逆に海外へ行けば日本人だと言うだけで親切にされたり礼儀正しく扱われる。これだけ恵まれている国は世界のどこにもありません。日本より進んでいる国はおそらく、アメリカぐらいのものでしょう。そのアメリカですら、全ての面で日本より優れている訳ではありません。

<イタリア・ナポリのメインストリート。経済状況が悪化しゴミの回収がままならないそうです>

先進国が集まるヨーロッパでさえ失業率が10%を超える国が続出し、10人に1人は仕事がありません。多くの国は砂漠化と水資源の確保に苦しみ、水道水を安心して飲めるなどと言う国はほとんどなく、移民の受け入れに問題があった国では差別や貧困が蔓延し治安も悪化しています。パリやロンドンでテロが頻発しているのは皆さまもおそらくニュースでご覧になった事があるかと思います。近年、規模の上では日本より大きくなった中国では大気汚染と水質汚染に歯止めがかからず健康を維持することすら難しくなりつつあり、選挙や表現の自由もない独裁状態であるばかりか賄賂次第で無実も有罪に、有罪も無実になる有様で、国民は常に海外へ脱出するチャンスを探しています。他のどの先進国を見ても発展途上国を見ても、日本のように何一つ不自由がない国は1つもありません。

<北京の大気汚染。管制塔が霞むほど深刻な状況です>

日本人は自らが築いて来た文化、歴史、経済や自然環境にもっと誇りを持っても良いと、僕は思います。これだけ素晴らしい国は見つける事が不可能だ、と言っても決して過言ではないと思います。逆に日本を知る外国人の方が、日本の事をよく分かっていたりします(苦笑)ただ、それは残念ながら、日本にいたら分からないこと、世界へ出てみて初めて気付くことです。その意味で、僕は英語を身に付ける事ができて本当に良かったと思い、もっと日本の良さを世界に発信したい、そして日本の皆さまにも、私たちの住む国のことをより良く知って頂けたら、と思います。そして私たちは恵まれているからこそ、もっと世界に貢献する事も忘れてはならないと感じます。

そのためにも、僕は今後も日本の英語教育を変えると言う目標に挑戦し続けたいと思います。そして日本の未来を創って行く若者に、ぜひ世界に飛び出して見識と経験を広げ、今後の日本をより良くして行って欲しいと願うばかりです。皆さまが世界を知り日本を知る、そのお手伝いが少しでも出来たら幸いです。

Learning the world means learning your own country. Find and love the country where you have grown up. Contribute to and improve your home country and the world.

“Find the world. Find Japan again!”

※ 英会話SSEAが『みんなの英語ひろば』の取材を受け、特集記事が掲載されました。ぜひご覧ください!

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グローバリゼーションとは失敗であった

「グローバル化」が盛んに謳われるようになってもう相当の年月が経ちますが、今でも一般に信じられている「グローバル化を達成する事が大切だ」と言う概念は、本当に正しいと言えるのでしょうか。本日はこの「常識」に一石を投じてみたいと思います。

僕は個人的な考えとして、「グローバリゼーションとは失敗であった」と思っています。英会話ビジネスを展開する人間がこんな事を言うことに驚かれる方がほとんどかと思いますが、そこはしっかりとその理由をご説明したいと思います。

まず始めに述べたい事は「全てのグローバリゼーションの要素が失敗であったのではない」と言う事です。いくつかの要素においてはグローバル化が進んだことはポジティブであったと思います。それは主に経済的な分野とITテクノロジーによる距離感の短縮、そして英語が共通語として定着した事により世界の人々が相互に理解出来る機会が増えたと言う点においてです。

経済がグローバル化した事に関してはもちろん、ローカルなビジネスが生き残れなくなったと言う一見ネガティブに見える側面もありますが、僕はその点も含めてポジティブであったと考えています。なぜならビジネスとは、「より良いサービスや商品が勝ち残る姿こそが正しい」からです。例えば農作物ならば、関税によって守られていた旧態依然としたスタイルや既得権益が貿易の自由化によって消滅することは、消費者の観点からは完全にポジティブと言えます。また自由化によって競争を迫られることで、そのビジネスが大きく改善することもよく見られるケースです。分かりやすい例では日本の果物や和牛が相当します。コスト競争力や安さでは外国産には勝てないと言う状況は、逆に高品質な果物や世界的なブームにもなっている”Wagyu” を生み出す結果となりました。アジア各国では日本のイチゴが1パック5,000円と言うような値段で売られていることもあります。1粒あたり400〜500円と言う事は現地ではイチゴ1粒が一回の食事かそれ以上の値段と言う計算になりますが、それでも売れていると言うのだから驚きです。また、もはや英単語ともなった”Wagyu” はステーキの本場であるアメリカでも最高の牛肉と言う評価を受けており、アメリカ産和牛やオーストラリア産和牛まで生産される有様です(種が和牛であれば現地でそれをWagyuと呼んでも良いようです。苦笑)

<和牛はもはや “Wagyu” と言う英単語になった>

また国内では、AmazonなどのITジャイアントの上陸により小売店のビジネスが存続の危機にありますが、これも長期的な考え方をすれば正しい流れであると言えます。社会とは常に進化するものであり、旧来のビジネスがいつまでも生き残れることはあり得ません。逆にいつまでも生き残っていればそれは何らかの既得権益が裏で守られていると言う意味であり、それは消費者にとってはマイナスでしかありません。誰だって良いものを、より多くの選択肢から、出来るだけ早く、可能な限り安く購入したいのは当然のことであり、こうした環境が生まれることは社会にとっては間違いのない「進歩」であると言えます。ビジネスを営む以上は、時代が求めるものに合致しなくなった商売が淘汰されることは社会全体で考えれば「ポジティブなこと」です。ビジネスとは常に新しい工夫が求められるのが当然であり、常に生まれ変わり続ける、そうあるべきものです。残酷に聞こえるかも知れませんが、それが資本主義の大原則です。資本主義とは100%完璧な社会システムではありませんが、「それでも資本主義は、人類がこれまで生み出した中では最も優れた社会システム」です。資本主義に対するアンチテーゼとして現れた社会主義や共産主義が歴史上失敗に終わった事は、皆さまもおそらく教科書で学んだことでしょう。その100%完璧ではないがベストではある資本主義の欠点を補うために生み出されたのが社会保障などのセーフティネットですが、これを可能な限り小さく出来る社会=個人が自立している社会が、動物の一種である人間が現時点でたどり着くことができる限界かつ最適な社会と考えられます。難しい理論に聞こえるのであれば、「努力や勤勉、挑戦は報われるべきだ」と考えればシンプルです。これらが報われなくなった瞬間に、人には怠惰と欲望のみが残る事になります。

内容が一部被ってしまいますが、ITによる世界の距離感の短縮も、総合的に考えればポジティブと考えられます。今ではインターネットにより世界中の情報を瞬時に知ることができるようになり、インターネットの通話機能を使用すれば世界中に無料で電話をかけることも出来ます(通信量は掛かりますが国際通話料と比較すれば微々たるものでしょう)。オンラインで世界中の人間とチャットや議論をすることが出来ますし、それは文化の相互理解や新しい価値観に気付く事を可能にするものです。またそれを国内に居ながらにして疑似体験することを可能にするVR技術の開発も進んでいます。世界中の「異なる価値観やアイディア」に触れることで、私たちは自分の国をより良く、より迅速に改善出来るようになったと言えるでしょう。さらにはAIやロボットが人の仕事を奪うと言う批判もありますが、人が単純労働から解放される事で社会には新しい価値やアイデアが生まれやすくなる可能性もあります。こうした技術はグローバルな技術交流、部品供給や分業体制によってその発展が効率的に加速されています。例えばiPhoneであれば、設計やOSとCPUの開発は米国Appleですが、CPUの製造を可能にしているのは台湾TSMCの微細化技術、通信モデムチップは米国Qualcomm、ディスプレイのOLEDは韓国Samsung電子、カメラのイメージセンサーはSONY、コンデンサーなどの電子部品は村田製作所などの日本メーカー、メモリーは東芝メモリや韓国Samsung, SKなどが供給し、台湾の会社が組み立てを請け負って、その工場は中国にある、と言った具合です。スマートフォンとは非常に多国籍な製品であると言えます。近年ではビジネスが国内で完結することの方が珍しくなりました。

<iPhoneとは複数の国の技術による「合作」>

もちろん上記のようなポジティブな影響は全て、世界の人々が英語を「世界の共通語」として利用するようになったからに他なりません。共通語が無ければ国家間の関係とは常に1対1でしか成り立たないことになりますので、世界に言語が100あると仮定すればそれぞれの言語の専門家全てが必要となってしまいます。それに対して1つの共通語があることは全てのコミュニケーションをより円滑に、より便利に、より効率的にすることを可能にしますので世界全体としての大きなメリットがあり、不必要な無理や無駄が解消されることにも通じます。もちろん複数の国の人間が同時に話し合い意見を調整することも可能になります。これは「共通語」があって初めて出来るようになった事です。「世界が英語に支配される」と警鐘する人がちらほらいますが、それが100%真実ではありません。ほとんどの国ではオリジナルの母語が使用される状況に変わりはありませんし(例外はありますがあくまで「例外」です)、英語を話すことと各国・各文化のアイデンティティを守ることは決して矛盾しません。むしろ他文化を知ることで初めて、自国のアイデンティティを確認する事が出来るようになるとも言えます。英語を話すようになったらその場所のアイデンティティが消滅したと言う例は、一部の例外を除いてほとんど確認されていません。同じ英語を話す西欧諸国同士ですら、アメリカとイギリスとオーストラリアの文化やアイデンティティは全くに異なるものです。

では、これだけグローバル化による良い側面があったにも関わらず、なぜ「グローバリゼーションとは失敗であった」と僕が断定するかと言うと、それは「グローバリゼーションによる行き過ぎが明確になりつつある」からです。

分かりやすい例としては移民の問題があります。グローバリゼーションにより世界の国境の壁が低くなったことは良い側面もあったのですが、残念ながら「移民」と言う貧しい地域から裕福な地域への一方的な人の流れを生み出してしまいました。(そうではない優秀な移民も多数いますので、あくまで「一般論」です。)僕は個人的に、各国の人間はその生まれ育った地域を改善するための努力をすべきものと考えています。もちろん戦争や紛争による「難民」は批判出来ませんが、ただ裕福な地域へ移りたいと言う身勝手な理由の移民については賛成出来ません。それは混乱を極めるヨーロッパを見れば明らかなことであり、「人の移動を自由にした」結果貧しい地域から一部の都市への一方的な人の移動が発生しており、パリやロンドンに貧困層がなだれ込んだ結果それらの都市の治安は悪化し、地域の文化の良さが損なわれ、元からにそこにいた人々の不満を招き、それが失業者の増加、差別意識の拡大、テロリズムの発生、ナショナリズムの激化、そして更なる移民との衝突と、悪循環を繰り返すばかりの結果となっています。富が配分されるどころか一部の地域が一層豊かになり、貧しい地域はさらに貧しくなると言う逆効果も生み出してしまいました。もともと「理由があって存在していた国境」を消滅させた事は、理想のみを夢みて副作用を考慮しなかった結果の失敗であったと言わざるを得ないでしょう。

<移民排斥デモは過激化の一途を辿る>

また国家に限らず、全ての地域を画一化しようとする試みも悪影響しか生まないと考えられます。例えば日本国内では全国に新幹線と高速道路が整備された結果、地方にあったエネルギーやビジネス、人材が全て東京に吸われる結果となり、地方経済はもう虫の息と言える状況です。これは本来、地方は地方の特色を生かして発展させるべきであったところを、全ての地域が東京と同じインフラ、東京と同じ箱物、東京と同じ生活を求めた結果の失敗であり、新幹線や高速道路自体が悪かった訳ではありませんが、全国が東京化すればその地域の特色や魅力が失われ、その状況においては東京に勝てる要素は一切なくなるのが当然であり、それなら若者が東京へ行きたいと考えるのは至極当然の結果です。地方は「東京と同じになること」を求めるのではなく、「東京にはない魅力を磨く」事に気付くべきと言えます。近年では一部その点に気づいた地域も見られるようになり、農村の原風景や古民家を活用したビジネスが成功する事例も多くなって来ました。地方の発展とは本来、そうあるべきものです。地域の特色と伝統を守りそれを生かすことが、長い目で見たときにその地域の利益となるはずです。

同じことがグローバリゼーションにも言えます。世界中のレストランがマクドナルドになり世界中のカフェがスターバックスになれば、こんなにつまらない世界はないでしょう。マクドナルドやスターバックスはそれはそれで価値のあるものではありますが、地域性・文化性をその国が失ってしまえば、全ての活力と人材はアメリカに吸われるだけの結果となることでしょう。当然ですが、マクドナルドとスターバックスしかない国や地域へ旅行をしようと考える人などほぼ存在しません。地域性を失うことは結果として、その地域から人がいなくなり、訪れる人もいなくなり、経済が立ち行かなくなりお金が落ちることも無くなります。地域性を消滅させることはニューヨークや東京のような場所以外にとっては自殺行為以外の何者でもありません。地域性や伝統を重んじることとは、全ての国と地域にとって非常に大切な事であると言えるはずです。

またグローバリゼーションとは「特定の思想を他文化に押し付ける」ことでもあります。いくら欧米諸国が現時点で最も発展しているとは言え、私たちが人間である限りは特定の思想が100%正しいと言う保証は逆に「100%あり得ません」。欧米諸国がその思想を持って世界を標準化しようとした結果生み出されたのがテロリズムであり、テロリズムが悪である事は疑いのない事実ではありますが、本来その原因は特定の考え方を他文化や他宗教に強要しようとした事が原点と言えます。「1つの思想こそが理想である」と考えるのではなく、「自分と他人は異なっているのが当たり前である」ことを全ての世界市民が理解をしない限りは、世界から戦争や紛争、テロリズムが無くなることは決してないでしょう。

<テロリズムとは特定の思想を強要した結果の宗教戦争>

身近な例に話を移すなら、日本の調査捕鯨に対する某民間団体のテロ行為は最たる例です。そもそも鯨の生態系が破壊されたのは欧米諸国の乱獲が元々の原因であり、その状況を生み出した人間が他国に急に捕鯨禁止を要求するのは非常におかしな話です。生態系を守ること自体は正しいと言えますが日本の調査捕鯨はあくまで生態系に影響を与えない範囲内で行われているものであり、「鯨は賢い生き物だから食べるべきではない」と言う主張は偽善でしかありません。逆に言えば「賢くない生き物なら殺しても構わない」と言う主張であり、「賢いかそうでないか」によって生殺与奪を決定することは人間と言う生き物のエゴでしかありません。オーストラリアでは「人に害があるから」と言う理由でカンガルーが虐殺されていますが、一方で「鯨は捕獲するな」と言うのであればそれは人間の身勝手な欲望でしかないことは明確です。環境や生態系の保護と言う明確な理由がない限りは「他国の文化に他国が口を出すべきではない」とするのがあるべき姿と言えます。

結論としてグローバリゼーションの最大の失敗と言うのは、「地域や文化の多様性を殺して1つの理想による画一化を図ろうとした」ことです。元々に異なる場所を無理矢理一体化すればその中で衝突が起こるのは当然の結果であり、特定の思想を押し付けることもやはり衝突と反発を招くだけのことです。経済や技術がグローバル化しても、地域性や文化とは画一化してはならないものですし、その点に関してはグローバル化を追い求めてはならないものです。地域性、文化そして伝統を維持することで初めて「その地域にしかない魅力」が生まれ、その事が最終的にはその地域の持続的な発展にも繋がります。全てを世界基準にすれば良いと言うものでは決してありません。

全ての人が異なるお互いを理解し尊重することで初めて、戦争や紛争、テロリズムが減少するものであると僕は考えています。そしてそのような「真の多様性を実現すること」と「共通語を話して他文化を理解すること」は決して矛盾することではなく、むしろ相互の違いを理解し尊重するために必要な事であると思います。

日本にも多くの外国人が移り住んで来る時代となりました。それは人口が減少する国では避けられない事なのかも知れませんが、日本人は日本人としてのアイデンティティを失う事なく、それと同時に異なる文化も受け入れる事が出来る平和な国となる事を願うばかりです。そして私たちが日本人として生まれた以上はその母国と文化を大切にし、少しでもより良い日本の実現を目標に努力して行くことが私たち1人ひとりに課せられた使命であるはずです。(国のために働けと言う意味ではありません。より良い社会を実現するために、マナーを守ったり差別をしないなど、自分に出来る範囲のことをしましょうと言う趣旨です。)そして世界のモデルとなれるような日本を実現することで、世界の多くの国々へと貢献することも忘れてはなりません。

<平成天皇が最後の誕生日に「我が国に来て仕事をする人々を、社会の一員として私ども皆が温かく迎えることができるよう願っています」と述べた事は、平和を願う気持ちからであったと思われる>

SSEAは英語と世界の多様な文化や価値観をお伝えすることで、そうした多様な社会と平和を実現できる日本と世界を創造することを目指しています。そして英会話を学ばれる方お1人おひとりに、そのストーリーの主役を務めて欲しいと願っています。

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Santa Barbaraその18。SBでの経験がくれたこと

サンタバーバラでの最後の1週間、僕らは英語の勉強よりも「カリフォルニアを最後まで満喫すること」に気持ちが傾いて行きました。良いことも悪いこともある日々でしたが、それらが全て「かけがえのない思い出であり経験」だと言うことを、共通に感じていたからだと思います。放課後はそれまであまり散策しなかったサンタバーバラのミッションや市役所、ビーチなどを毎日訪れました。今思えば僕らは真面目過ぎる留学生だったかも知れません(笑)

<サンタバーバラの市役所は街のシンボル>

<町外れにある”Santa Barbara old mission”>

サンタバーバラでの最後の水曜日の放課後、僕とマユミとナギサはサンタバーバラの近くにソルバングと言う綺麗な町がある事を聞き、翌日の午前中のクラスはサボって(笑)その町へ一泊二日の小旅行をすることに決めました。スピード違反が片付いたばかりにも関わらず懲りもせずに僕は再び国際免許証なしでレンタカーを借り、サンタバーバラから片道一時間ほどの場所にあるソルバングへと今度は速度に気をつけながら(苦笑)向かいました。

<ソルバングは北欧を模した小さな町>

当日の思いつきでレンタカーを借りて飛び出したためホテルも予約しませんでしたが、町外れの小さいながらも素敵なモーテルに飛び込んだところ、部屋は一泊たったの40ドルでした。夕飯を町の小洒落たレストランで取り夕飯後は部屋でお酒を飲みながら、最後の語らいの時間を楽しみ、翌朝は北欧を模して作られたソルバングの町やオールドミッションを散策して、昼頃にサンタバーバラへと帰着しました。クラスへ戻るとクラスメイトに” You skipped your class!”(あなた、クラスをサボったわね!)とからかわれましたが、このショートトリップも最後にまた一つ仲間たちと時間を過ごすことが出来た、とても大切な思い出です。

<飛び込みで宿泊した町外れの素敵なモーテル>

そして最後のクラスの前日、僕はボルツに「最後に一緒に遊びに行こう」と誘われていたのですが、当時ボルツとアグネスが大ゲンカをしている最中で(その理由も、アグネスが僕の夕飯は作ったのにボルツの分は作らなかったと言う、何とも下らないものでしたが…苦笑)、アグネスが横から現れて「そいつと一緒に行く必要はない」とクギを刺し、間に挟まれた僕は何も言えずに”I can’t choose…”と困り果てた事を覚えています。最初から最後まで、僕はアグネスの舎弟であったのは間違いありません(笑)

<語学学校のクラスメイトたちと最後の記念撮影>

そして語学学校での最後のクラスを終えた金曜日、クラスで記念撮影をして学校とお別れをした僕らにアンドレアを加えた仲間たちは、町のイタリアンレストランで最後のランチを一緒に食べたあと、サンタバーバラの町を散策して、バスディーポでそれぞれのバスに乗ったのが1カ月を共に過ごした仲間たちとのお別れとなりました。それぞれが日本の各地に散っていたためその後当時の仲間との再会はまだ叶っていませんが、第2の故郷で思い出を共有した仲間たちの名前や顔はもちろん、その声まで20年近く経った今でもハッキリと思い出すことができます。

<最後の授業後にアンドレアと>

<サンタバーバラのバスディーポが最後の別れの場>

そして1か月滞在したステイ先を離れサンフランシスコへ向かう際に、腰の手術をしたためベッドから動けなかったカレンは最後に僕を呼んで、「あなたのお別れパーティーを開けなくてごめんなさい。あなたは本当に素晴らしい青年だったわ。次に来る時にはこの家にいつでも泊まってね、お金はいらないわよ」と言ってくれました。もう少し英語が話せたらちゃんとしたお礼が言えたはずでしたが、僕は”Thank you, I enjoyed.”と言うのが精一杯でした。この時も懐の深いホストマザーとアメリカ合衆国と言うオープンな国に対する感動を覚えたと同時に、英語が話せない自分の情けなさを再認識した事を深く覚えています。カレンの母親がボルツと共に(笑)サンタバーバラの空港まで送ってくれましたが、ボルツが最後に”Next year!”(また来年!)と言った事も、最後まで彼らしいなと笑った良き思い出です。

<小さな空港でタクシーに乗る事から始まった留学生活>

<サンフランシスコを1人で巡りながら色々な事を考えた>

その後2日間サンフランシスコで思い出の場所を1人で巡る間、そして帰りの飛行機の中で僕が考えた事はと言うと、

「このまま終わる訳にはいかない。英語を話せるようにならなければいけない。世界で通用する人間になりたい」

と言う悔しさと新しい目標でした。帰国した僕は次の夏休みでのリベンジに向けて、英語学校に通いながら狂ったように英語力の向上に取り組んで行くことになります。それはまさに日本にいながら英語漬けの日々を送る毎日で、週3回の英語クラスの出席に加えて通学の電車内では単語の暗記とリスニング、毎日カフェでTOEICテキストに取り組み、大学の講義中も英語のテキストを開き(笑)、娯楽も海外ドラマのDVDを英語字幕で見ると言う徹底振りでした。サンタバーバラからの帰国直後に英語学校で受けた診断テストでのレベルはTOEIC560程度でしたが、二か月後に初めて受けた本試験では650、その翌月のテストではスコア800に達することが出来たのは、サンタバーバラでの悔しさがあったからこそです。1か月と言う短い期間でしたがそこでの経験はその後の人生を完全に変えるほどにショックでありながらも刺激的なものであり、それまで理由もなく義務としてしか勉強をしたことが無かった僕に、人生の目標と前向きな姿勢を生まれて初めて与えてくれたものです。今でも僕は、サンタバーバラは自分が生まれ変わることが出来た第2の故郷であると思っています。

よく「英語力の向上に最も効果が薄いのが短期留学だ」と単純に主張する人がいます。「その期間の英語力の向上」だけ見れば、それは嘘ではないかも知れません。たかだか1〜2か月の短期留学で英語力が劇的に向上することはあり得ないでしょう。ですが、その短期留学を無駄と思うのか、その後の糧とするのかはその留学した本人次第であり、2年留学しても海外の大学を卒業しても、驚くほどに英語が話せない人も沢山います。大切なことは海外に滞在した期間の長さではなく、その経験を生かしてどれだけ自分で頑張れるか、全てその後の本人次第です。そして海外へ出ると言う機会がない限り、英語力の必要性を実感する機会はなかなか得るのが難しいものです。その意味でも僕は、例え短期であっても海外で生活をして、異文化の違いと英語の必要性を実感すると言う経験は必要不可欠なものだと思います。僕が米国に滞在した期間はトータルでも4か月にも満たないものですが、それでもその経験をきっかけとして、今ではネイティブスピーカーと英語で議論したり海外で英語でケンカをすることも出来るようになりました。「短期留学は無駄である」と言う主張は本質的なポイントが抜け落ちている、余りに単純な間違いであることを僕は指摘しておきたいと思います。経験に「無駄なこと」など一つもありません。初めから「無駄だ」と思ってしまえば、その時点で成長はゼロです。何事も「実際にやってみる」ことで初めて、そこに何らかのきっかけや価値が生まれます。

サンタバーバラから帰国して4か月の間に僕のTOEICスコアは200点以上向上し、日常会話はある程度こなせるようになった大学3年の夏、僕はボストンにて再び海外での生活にリベンジしました。それはサンタバーバラでの悔しさに対するリベンジであり、英語を少しは身につけた僕の最初の挑戦でもありました。サンタバーバラでの経験が人生の転機とすれば、ボストンでの経験は僕にとって飛躍をもたらすものとなります。今でも関係の続く貴重な出会いとその財産については、次回より「留学時代の体験:Boston編」にてご紹介したいと思います。

To be continued.

Bostonその1。に続く

※ 英会話SSEAが『みんなの英語ひろば』の取材を受け、特集記事が掲載されました。ぜひご覧ください!


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北京乗継パリ行きの悪夢(Ai◯ Chinaその②)

2018年の夏季休暇、僕は現地に住む友人を訪ねてフランス・パリを訪れました。1人旅でしたが現地では友人家族と合流し一緒に食事をしたり、独仏国境に近いアルザス地方の街ストラスブールを訪れたり、1泊2日のモン・サン・ミシェルへのショートトリップを楽しみ、ミシュランの星を持つフランス料理レストランを訪れ良き1週間を過ごしたのですが…(フランス旅行記はまた、別のブログに書きたいと思います。)パリへとたどり着くまでの道のりは、僕がこれまで50回以上海外渡航を行なった中でも、間違いなく過去最悪の体験でした。この過去最悪の体験をプレゼントしてくれたのはまたしても、先のイタリア旅行でとんでもない衝撃の機内食を出してくれた某国のフラッグキャリア、A◯r China(中国国際航◯)です。(その衝撃の機内食については別記事:「北京発ローマ行き機内食の衝撃(Air Chin◯その①)」をご参照ください。)

通常期であれば約10万円〜14万円であるヨーロッパ行きの航空券ですが、GWやお盆、そして年末年始のピークシーズンにはその値段は20万円前後まで跳ね上がってしまいます。しかし前回の記事でも触れましたが、某国のフラッグキャリアであるエア◯チャイナ(中国国際◯空)だけは、相変わらず12万円と言う破格の値段で羽田発北京乗り継ぎパリ行きの航空券を販売していました。機内食は人間の食べ物ではありませんが、飛行機自体は欧米の新機材であり命に関わるリスクは韓国の航空会社とは大差ない状況まで改善して来ているので、「まあ、食べ物は買い込んで乗れば良いだろう」と再び安さに負けてこの長距離LCC(フルサービスキャリアですが品質はLCCと言う意味です)の航空券を購入してしまいました。前回のイタリア往復では衝撃の機内食と最低レベルのサービス以外にはトラブルが無かったと言う幸運が災いして、2回目で一気にその「値段なりの航空会社のリスク」の悪夢を味わうに至ります。

<Air China(中国国際航空)は中国の “フラッグキャリア” >

異変は羽田空港から早速始まりました。カウンターでチェックインをした際には何も言っていなかったにも関わらず、搭乗ゲートの前で待っていた際に突然、出発が1時間遅れるから別のゲートに変更になる、と言うアナウンスが流れました。北京での乗り継ぎ時間は約2時間だったので、「大丈夫だろうな…」と不安を覚えつつラーメンを食べて時間を潰したのですが、この嫌な予感はさらに斜め上の方向で的中する事になります。新しいゲートに到着してボーディングタイムになったにも関わらず、搭乗が始まる気配はありません。「おいおい…」と思っているとまたアナウンスが流れ、「北京の悪天候により、出発はさらに遅れる」旨のアナウンスが流れました。搭乗口のスタッフに北京でパリ行きに乗り継ぐことを伝えたのですが、搭乗口には業務委託を受けている他の会社のスタッフがいるのみで、エアーチャイナのスタッフは一切姿を現しません。「もう乗り継ぎに間に合わないから、別のルートのフライトに変えてくれ」と言いましたが、業務委託のスタッフにはなすすべも無く…なぜエアーチャイナのスタッフがいないのか訪ねると、「チェックインカウンターと機内に行ってしまっているので、ここには来れない」との不可思議な説明が…(苦笑)

<出発40分前、「悪天候」のはずなのに遅延情報なし>

「逃げに入っているな」と気づき、遅延の理由も悪天候ではなく機材繰りか機材そのもののトラブルだろうと言うことも薄々感づきましたが、「北京が悪天候なら、当然乗り継ぎ便も遅延するんですよね?」と尋ねたところ、「行って見ないと分からない」と言うまたまた不可思議な説明が返って来ます(苦笑)もう明らかに嘘を言っている(航空会社は悪天候による遅延は免責に出来るから、本当の理由を隠したのでしょう)事には気づきましたが、何しろ業務委託のスタッフと交渉しても拉致があかないので、エアーチャイナのコールセンターに電話して振替便を用意するように掛け合いましたが、コールセンターのスタッフもこのケースは振替を用意しないの一点張りです。そこで北京発パリ行きのフライトも同様に遅延するのか確認したところ、悪びれる様子もなく「そちらは定刻予定です」とサラっと矛盾した回答が返って来ます(苦笑)「とにかくまず北京へ行ってください」と…もう、全てのスタッフが逃げを図っている状況です…

<遅延は1時間が1時間半になり、結局3時間>

所詮は中国、嘘を理由に免責に持ち込むのは常套手段なのだろうと泣く泣く諦めてそのフライトに乗り込みました(乗らざるを得なかった)が、搭乗の際にまた係員が厚顔無恥にも「悪天候で遅延しまして申し訳ありません」と念を押して来ます(苦笑)その目的はもちろんお詫びすることではなく「遅延は悪天候だからしょうがないんです、免責なんです」と言う事にするためであり、その瞬間も怒りを通り過ぎて呆れましたが、トータルで羽田発が3時間遅れ、乗り継ぎ便が定刻である限りどう考えても間に合わないそのフライトで、更なる悪夢の待つ北京へとしぶしぶ向かうこととなります。

<「悪天候」の北京>

そして3時間遅れで到着した北京はと言えば…大気汚染で冬はビルの上部すら見えないはずの町が、何と奇跡的な青空を見せています(苦笑)「何が悪天候だ…」とまたまた呆れましたが、もちろん快晴の青空の下、パリ行きの乗り継ぎ便は当たり前ですが定刻に飛び去った後でした(苦笑)そして同じように乗り継ぎ便を逃した乗客が大量にいたにも関わらず、飛行機を降りたところには案内のスタッフ1人すらいません(笑)次から次へと襲いかかるチャイナクオリティにサンドバッグのように殴られながらも何とかエアーチャイナのスタッフを空港内で探し出し「次のフライトはどうなるのか」尋ねたところ、「外のカウンターへ行って下さい」とまたまたまた不可思議なことを言い出します(苦笑)どうやって外に出るのか尋ねて示された方へ行くと、そこは空港職員だけが通れる通用口…当然外国人乗客が通れるはずのない場所で、何やら2人のフランス人がたまたまそこにいた清掃スタッフに何かを訴えています(苦笑)「ああ、騙された乗客がここにも(笑)」と少しおかしくなりましたが、結局僕を含めたパリ行きの乗客3人は元の場所へ連れ戻され、今度は入国審査を通過するように言われます。しかし入国審査場のスタッフは「いやここではなくエアーチャイナの乗り継ぎカウンターへ」と言い始め、僕ら3人は北京の空港内を永遠にたらい回されます(苦笑)フランス人の2人ももう完全に頭に来ていて、僕が日本からパリに向かっている事を話すと”Very different from Japan!”(彼らは日本旅行を終えて帰国するところだった)と怒っていたので、僕も怒り半分ジョーク半分、”Yes, this is China!”とお互い愚痴を交換して…(苦笑)

空港内を散々さまよってとうとうエアーチャイナの乗り継ぎカウンターにたどり着いた僕ら3人に告げられた対応は、さらにその怒りを増幅させるものでした。中国時間正午ごろだったでしょうか、「次のパリ行きのフライトは13時間後の深夜1時です」と…(苦笑)当然3人とも「そんなバカな!」と言い他の航空会社の振替便を探すように交渉しましたが、散々待たされた結果「今日は全て満席です」と言う残酷過ぎる返答と、「市内のホテルを用意するからそこで待っていてくれ」と言う対応でした…そうして僕ら3人は、入国するつもりもなかった中華人民共和国に半ば無理矢理入国せざるを得ないことに…そしてフランス人たちには更なる追い討ちも待っていました。「日本人は中国にはビザなしで入国出来るが、フランス人は必要なので一時滞在ビザをまず申請して下さい」と(苦笑)こうして空港内で共に戦ったフランスの戦友たちとは入国審査場にてお別れとなりました。さて、ここまでお読み頂いて「散々だな(笑)」とお感じになられたかも知れませんが、ディナーコースに例えるならまだこれは前菜です。本当の悪夢はこの中国に入国した後のことです(苦笑)

<送迎バス到着まで2時間、走ること1時間半>

中国に入国してホテルへ送迎するためのミーティングポイントにたどり着いた僕は胸に”Air China”のシールを貼られた…までは普通だったのですが…そのあと、待てども待てどもその後の案内がありません(苦笑)1時間が過ぎた辺りで僕は「どうなってるの?」と尋ねても「バスが来るから待ってて」が繰り返されるのみ…結局その場だけで2時間待たされ、ようやく乗客たちは航空会社が用意したバスにて待機場所のホテルへと向かったのですが…「空港の近くのホテルだろう」と思っていたら、バスはひたすら走り続けます(苦笑)どこまで連れて行く気だ(汗)と不安になること1時間半、バスはようやく少し古めかしいホテルへと到着しました。(成田空港からバスで1時間半走れば、恐らくそこは横浜か埼玉でしょう…)そして部屋を割り振られる際にまたまた衝撃的なことを言われます。「あなたに1人で部屋を使わせられないから、他の人と部屋をシェアしてください」と(苦笑)「どこまでジョークが続くのか」と思いましたが結局、僕は言葉も通じない中国のおじさんと部屋をシェアすることとなり、そしてジョークは更に続きます(笑)ホテルにたどり着いたのは午後4時半頃で、「帰りのバスは何時に来るの?」と聞くと、「6時です」(笑)

<見た目は少しは立派なホテルに見えるが…>

もう一体、何の冗談でしょうか(苦笑)1時間半バスに乗せて連れて来て、1時間半ホテルにいて、そしてまた1時間半かけて空港に戻るのです。きっとここは別の惑星に違いないと思いながら部屋へ行き、英語の通じないルームメイトに何とかシャワーを使わせてもらい、シャワーを終えると彼が何か話しかけて来ます(もちろん中国語で…)スマホのGoogle翻訳を使って何とか意思疎通を図ったところ、彼はレストランに夕飯を食べに行こうと言っています。しかし僕はすぐに空港に戻るので、「僕のことは気にしないで行って下さい」と話したところで気づいたことはと言うと…ルームキーが1つしかない(苦笑)かくして僕はホテルの部屋に15分滞在して横になることすらなく、彼と一緒に部屋を出ることに(苦笑)ノドが乾いていたのでレストランに行ってみましたが、ジュースはおろか冷たい水すらありません…何やらホットの怪しい飲み物しかなかったので僕は諦めて、売店で何か買ってロビーで待つことにしたのですが…

<部屋に滞在したのは「15分」(苦笑)>

売店で水を買おうとしてクレジットカードを出すと、店員が首を横に振ります…そう、外国人を連れて来たホテルなのにクレジットカードすら使えないのです…支払いは中国元かWeChat Pay(中国のQR決済、中国の銀行口座が必要)のみと言われましたが、持っている訳がありません。しょうがないのでフロントで現金を両替しようとしましたが、手持ちの日本円、米ドル、ユーロのいずれも両替出来ないと言います(苦笑)「中国の現金を持っていないのか」と聞かれるも予定外の中国入国で連れて来られたのでもちろん持っているはずがありません。日本円にして50円もしない水を1ユーロで売ってくれと頼むもホテルのスタッフも困った顔をするのみで…ホテルなのに外国人が来ないのでしょうか…ちなみにこの時点まで、英語を話せる人間は1人もいません(全てスマホにて会話…)

カードは使えない、現金はない、両替も出来ない、そして英語も通じない…あなたの武器はスマホだけ!さあ、その武器一つで中国ダンジョンを脱出するのがミッションだ!もう、何の罰ゲームでしょうか(苦笑)全て諦めてロビーで待っていると、本能的に更なる危機に気づきました。「本当に6時に帰りのバスは来るのだろうか」

フロントに行って担当者に確認すると、最初は来ると言ったもののその後何やら電話で確認し始め…そして返って来た返事はと言うと、

「ごめん〜やっぱりバスは来ないから、自分でタクシーに乗って戻って!」(その時空港に戻るのが1人だったため、バスを出したくなかったと推測される…)

はい、もう我慢も限界です(笑)僕はここまでされて泣き寝入りするほどお人好しではありません(笑)

「何であなた達に連れて来られたのに、自分でタクシーで帰らなければいけないのか?だいたい現金も無いんですが?(怒)」とキツめに言うと、英語も出来ない担当者はコールセンターに電話で泣きつき、そこからはホテルのコールセンタースタッフと英語でのバトル開始です。そして無意味な会話がまだまだ続きます(苦笑)

「空港まで自分で帰れ。タクシー代はエアーチャイナが払い戻す」

「だから、中国元なんて無いんですけど?」

「何で持ってないんだ!」

「持ってる訳ないだろう!そもそも中国になんか入国する予定も無かったところ飛行機が遅れて、あんた達に連れて来られたんだ!」

「そこにいるスタッフが両替してやる!とにかく自分で帰れ!」

「そもそも何で俺が両替しなきゃいけないんだ!中国元なんかあっても役にも立たないし、両替したら手数料だって飛んで行くだろう!何でお前らが建て替えて払わないんた!」

「とにかく自分で帰れ!遅延はエアーチャイナのせいでホテルは関係ない!」

「お前らはエアーチャイナからお金をもらって委託されてバスを出してるんだろうが!無関係のフリをするな!」

「文句は空港でエアーチャイナに言え!とにかく自分で帰れ!払い戻しはエアーチャイナに聞け!」

「中国元なんか払い戻されたって何の意味もないだろう!お前ら一体どれだけ馬鹿げた事をやってるか分かってんのか!」

もう、罰ゲームどころか中国脱出サバイバルです。もう一刻も早く中国から出たかった僕は全て諦めて自腹を切ることにし、その場にいた担当者にユーロを叩きつけ中国元と交換してタクシーを呼ぶように言ったのですが、なぜか今度は誰もタクシーを呼ぼうとしません。もう完全にぶち切れた僕は英語で怒鳴りつけて、”Call a taxi! Right now!” と大声で怒りを叩きつけましたがホテルのスタッフはただ固まっているだけです。するとちょうど同じように空港から連れて来られた中国人被害者が英語が分かったらしく、「あなたはタクシーが必要なの?」と聞いて中国語で伝えてくれましたが、ホテルのスタッフが “Taxi” も呼ばないとは、一体どの惑星に僕は連れて行かれたのでしょうか…

何とか空港まで自力と自腹で生還した僕は、エアーチャイナのカウンターに払い戻しを受けに行きましたが、もちろんそれで腹の虫が収まる訳がありません。カウンターで「お前らのやった事は何なんだ!今日起こったことは遅延の補償ではなく更なる拷問だ!」と怒鳴りつけましたが、そこは相手は中国人、簡単にすみませんでしたなどとは決して言いません(未だ「例え悪くても謝ったら負け」と言う文化レベルです)。無言のまま20元を投げ返し、「これで文句無いだろう!これがエアーチャイナの規約だ!」と言い返して来ます。20元と言うのはその時のレートで約2,000円です。そしてこれからヨーロッパへ行くのに中国元、それもわずか20元を渡されてもただの紙切れでしかありません。「ふざけるな!こんなものが今日お前らがやった悪夢の補償になるか!これで問題が解決出来ると思ってんのか!」と言うと、もう笑ってしまうのですが「文句があるならコールセンターに電話しろ!」と言い始めます、そこに”International manager”(国際線責任担当者)と書いてあるにも関わらず…。

「馬鹿なことを言うな!お前が責任者だろうが!ここで責任を取れ!」とさらに攻め立てるとついに逆ギレし、「アーイム!!ソーー!!リーー!!(怒)」と叫び返して来ます。言葉は謝罪ですが態度は明らかに逆ギレです。そんな奴を許すはずもなく「ソーリー!?乗客を拷問してソーリーで済むと思うな!絶対許さんぞ!」とバトルはどんどんヒートアップし30分は英語で怒鳴り続けたでしょうか、僕も疲れたので最後は、「全て本社に苦情で上げてやるから、覚悟しとけよ!」と怒鳴りつけてバトル終了となりましたが、当然本社に苦情を言っても何にもならないのは目に見えています。もう二度と中国には入国しない事を心に誓い中国を出国しましたが、出国した瞬間そのまま床に座りこんでしまうほど疲弊していました…。搭乗までまだかなり時間があったのでゲート付近のベンチに横になって寝ましたが、周りの乗客がみな同じように寝ているのを見て、「空港から出ないでベンチで寝ている方が遥かにマシだった…」と思いました…

<乗客はみなベンチで死んでいた。入国して同じような地獄を見たのか、ひたすら待っていたのか…>

13時間遅れでパリに到着したのは本来夕方に着くはずだったその翌朝、ホテルの宿泊が一泊飛んでしまったのに加えて友人とパリ北駅で待ち合わせていたため、空港から北駅に直接向かいスーツケースを持ったままギリギリでストラスブール行きのTGVに飛び乗ると言う凄まじい強行スケジュールになってしまいましたが、あまりに中国で疲れ果てたせいで機内食が出たのかどうかも気づかないほどに眠り込んでパリに到着したのは唯一の救いでした。本当に、フランスに着いた時は「文明って素晴らしい」とただただその有り難みに感激しました(笑)

<乗客が立っていてもパイロットとCAは楽しくお喋り>

フランスでは楽しく過ごしましたが、帰りのフライトではまたまた呆れる事の連続でした。シャルル・ド・ゴール空港では乗客たちが座る場所もなく立って出発を待っていたのに、パイロットとキャビンアテンダントは椅子を大挙占領してお喋りを楽しんでいました。北京で乗り継いだ羽田行きは再度遅延しましたが、ゲートの掲示板にも遅延が表示されずアナウンスすらありません。搭乗口のスタッフに出発時間を尋ねれば立つどころか座って脚を組んだまま、”delay!”(遅延!)とぶっきらぼうに1単語だけ投げ返して来ました。

<遅延しても情報もアナウンスもなし>

<搭乗口のスタッフは遅延のアナウンスもせずひたすらスマホかお茶>

<乗客が来ても脚を組んだまま微動だにせず “delay!” の一言>

彼の国には基本的に「サービス」と言う概念はまだ存在しません。それどころか航空会社で働く人間は特権階級である事が予想され、エアラインのスタッフはお客さまを運んでいるのではなく「荷物を運んでいる」と言う感覚です。Air China(中国国際航空)は世界最大の航空連合であるスターアライアンスにも加盟する中国のフラッグキャリアですが、そのレベルは日本の路線バスと同じかそれ以下です。前回のブログで「長距離を飛ぶLCCである」と表現しましたが、LCCに失礼であったかも知れません。皆さまはご利用される時は自分は荷物であると覚悟して下さい…そして乗り継ぎ便に乗り遅れた時は、次の便が翌日でない限りは空港から出ては決していけません…

僕は、どんなに安いとしても、もう中国経由でどこかへ旅行することは決してないでしょう。タダと言われても丁重にお断りします(笑)ただし、笑い話のネタが欲しい方にはこのルートは最高におススメです。ただし、スマホのバッテリーは切れないように気をつけてください。中国ではスマホ(の翻訳アプリ)が唯一の味方です(苦笑)

僕は普段は穏やかな人間です。インドと中国以外の場所で怒鳴るような事は、まずありません。しかし彼の国では、礼儀や正論は全く役に立ちません。僕が大人しく振舞っていたら、おそらく空港にすら生還出来なかったことでしょう。彼の国で唯一有効な手段は「相手より強く、相手より大声で叩き潰すこと」です。何故ならそれが彼らの日常だからです。真面目で優しい人はただただ損をします。礼儀を尽くしても何の効果もありませんので、「目には目を」「郷においては郷に従う」しかありません(苦笑)

ただ、これだけ悪夢のような経験ではあっても、それを経験したこと自体はまだ十分に理解していなかった世界を学ぶことが出来たと言う意味では価値はありました。やはり相手のことや環境をしっかり知らなければ、その相手と建設的な関係や距離を持つことは出来ません。そして市民の状態を確認すると言うことは、その人々の背景とその国にある事情や問題を理解することにも非常に有効です。たったこれだけのことからも、その場所では人々は社会の中で自分を最優先にしなければ生き残れないこと、社会の中に非常に大きな格差や階級がある事を見て取ることが出来ます。

世界は、またまだ広い。すぐ隣に別の惑星があるのですから(苦笑)

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台湾が決断しなければいけないこと

「え?台湾って、台湾って言う国でしょ?」

おそらく、かなりの数の日本人の皆さまはこのような認識かも知れません。この認識は実質的には正解ですが、国交上、あるいは世界の中での認識としては不正解です。実際に日本政府は台湾を国家としては認めておらず、中華人民共和国の一部と言う扱いにしています。ですので、日本と台湾の間には正式な国交がありません。これだけ身近で親日的な国であるにも関わらずです。これには、台湾がたどって来た苦難と挑戦の歴史が大きく関係しています。

<中華民国(台湾)と中華人民共和国(中国)の国旗>

台湾の正式な国家名は未だに「中華民国」(Republic of China)であり、「中華人民共和国」(People’s Republic of China)と内戦状態にある国、つまり中国が2つに分かれている状態であると表現するのが最も正確でしょう。台湾が戦時中は日本の統治下にあったのはご存知の通りですが、日本の敗戦によって台湾は中国に返還されることとなりました。その第二次世界大戦の後も中国では共産党と国民党の内戦が続きましたが、結果として中国大陸では毛沢東率いる共産党が勝利し、中華人民共和国が建国されました。破れた蒋介石率いる国民党は台湾へ逃れ、そこで建国されたのが中華民国(台湾)です。そして内戦が収まった後も、両政府は自らが正統な中国政府であると主張し続けました。中華人民共和国は共産主義国家であったため、当初西側のアメリカを始めとする自由主義陣営は中華民国と国交を樹立しましたが、次第に大陸を実際に統治する巨大な中華人民共和国との国交を結ぶ国が現れ始め、ついに1972年にはアメリカのニクソン大統領が中華人民共和国を訪問し、中華人民共和国を唯一の中国の正統な政府として認め台湾はその一部であるとする「一つの中国」論が世界の主流となってしまったのです。その流れに日本政府も逆らい続けることができず、同1972年に日本政府も中華人民共和国を中国の正統な政府として認めると同時に、その一部である中華民国政府とは断交を余儀なくされることとなりました。2017年時点で世界で台湾を国家として承認している国はわずか20か国ほどであり、そのほとんどが南太平洋やアフリカ、中米の小国ばかりです。近年では中国政府がマネーパワーを絡めてこれらの国への圧力を強めており、最近ではパナマがついに台湾との断交に至りました。

では台湾は本当にこのまま中国の一部になってしまうのかと言うと、可能性はゼロではありませんが、すぐにそのような事態になる可能性もまた低いと言えます。その最大の理由はやはりアメリカで、台湾と中国は1つの国であるとしながらも実質的にアメリカと台湾は同盟関係にあり、アメリカが背後で守っているため中国も手を出せずにいるというある種のにらみ合いの状態が続いているからです。アメリカには「台湾関係法」と言う法律が存在し、もし中国が台湾に侵攻した場合はアメリカは台湾を守ることがアメリカの国内法で定められているのです。アメリカにとって台湾は日本と一体となって中国の海洋進出を防ぐための重要な要衝であり、日本~台湾で形成される防壁(第一列島線と呼ばれます)はアメリカが絶対に譲れない防衛ラインになっています。米軍基地が沖縄に集中しているのもこの点が大きく関係していて、その理由は日本・韓国・台湾と言うアメリカの同盟国を守るためにその中間に位置する沖縄に基地を置くのが最も理想的だからです。よく「日本政府も米国政府も沖縄をないがしろにしている」と主張している人がいますが、この主張は本質的な事実が全く抜け落ちている見当違いのものです。どちらの政府も沖縄に負担を押し付けたくてそうしているのではなく、このような国際関係と安全保障上の理由で「そうならざるを得ない」と言うのが正解です。ですが、もちろんそれを口実にして沖縄の人々に過剰な負担を掛けるのは間違っています。少しでも沖縄の人々の負担が軽くなるよう、日本政府には最大限の改善策を実行して行く義務があります。

<東アジアの地図。沖縄は米国にとって戦略上非常に重要な位置にある>

話がだいぶそれましたが、台湾に話を戻したいと思います。台湾人と中国人は同じ漢民族ですが、そのたどって来た歴史と築いて来た文化や国民性は全く異なるもので、もはや同じ民族とは呼べないものです。台湾には選挙があり民主主義が根付いており、自由主義社会の中で経済を力強く発展させて来ました。年配の人には日本の教育で育った方も多く、その影響かどうかは分かりませんが、礼儀正しく、親切で暖かく、勤勉で、人懐っこく優しい性格の人が多く、何より世界一の親日国です。台湾に行けば英語よりも日本語が通じ、日本の文化や食べ物、お馴染みの商品やお店があふれていて、日本人だと言うだけで親切にされます。日本に旅行する人や日本語を勉強する人も多く、正に日本の親友と呼ぶべき人々です。僕も数多くの台湾人の友人がいますが、みんな良い人間ばかりでいつも最大限におもてなしをしてくれます。本当に愛すべき人々です。

<いつも暖かく迎えてくれる台湾の友人たち。怪我をしたら車椅子を押してくれ、自宅に泊めてもらった事も>

お年寄りの方々は日本の統治時代を懐かしく思い出しては、日本語で話しかけて来てくれます。日本統治時代に台湾のダム建設と水利事業に尽力を尽くした八田與一は今でも台湾の教科書に取り上げられていて、台南市では毎年八田の功績を祝う式典が続けられています。最近、地元の住民がずっと守って来た八田の像が親中派の議員に破壊されると言う事件が起こりましたが、その事に多くの台湾人が心を痛め、像はすぐに再建されたそうです。

<台南市に設置されている八田與一の像と破壊された直後の写真>

そのような最も身近な愛すべき国と正式な国交がないと言う事に、正直なところ僕は違和感を覚えます。もちろん、台湾と中国が戦争をして分離することを望んでいる訳ではありません。しかし、台湾は台湾であり、中国の一部では決してありません。もし中国が本気で台湾に侵攻しようとした場合、本当に日本は黙って見ていることしか出来ないのでしょうか。もちろん憲法9条がある限り、日本に出来ることは何もありません。ですが、そう言った事態にならないように、何か日本に出来ることはないのか、日本人はもっと自らの親友の力になるべきではないのか、いつもそのような考えが頭をよぎります。現在の中国の国家主席である習近平は台湾統一に並々ならぬ執着心があると言われており、在職中に何らかの行動に出る可能性は否定出来ません。

そして2019年に入り、状況はまた変わりつつあります。2019年1月2日、中国の国家主席である習近平は次のような演説を行いました。「中台統一に関して、中国は武力による統一を否定しない」と。

このような強硬な発言が行われた背景には中国と台湾の関係だけではなく、世界の様々な要素が複雑に影響を与えています。特に米国と中国の間で収束する気配のない貿易戦争、そして中国国内、特に中国共産党内部における権力争いと言う国内政治の問題がその大きな原因となっています。

米国と中国の間で起こっている貿易戦争は、もちろんただの経済問題ではありません。そこには世界で最重要となる核心技術の保護を米国が強めその流出を防ぐと同時に、世界の情報技術、そしてその先にある経済と軍事の主導権は中国へは渡さないと言う明確な目的と、米国の世界のリーダーとしてのポジションとそれにより生じている利益を中国が脅かすことを抑え込み、中国のこれ以上の影響力の拡大はこの時点で潰すと言う超大国同士の「覇権争い」が背景にあるのです。武力衝突が無いにせよこの状況はかつての米ソ冷戦と同じ、21世紀における米中冷戦と呼べるもので、米中はアジアだけでなく欧州やその他の地域でも激しくその影響力を争っており、この米中冷戦には今後、世界のほとんどの国が巻き込まれることとなるでしょう。

しかし米中間のみにおける貿易摩擦に限って見れば、すでにその勝敗はついています。両国とも貿易摩擦によりその経済にマイナスの影響が出ているもののその深刻さについては中国のダメージが圧倒的に大きなものであり、既に中国経済の急激な減速が様々なところに現れています。中国の経済成長の要であった不動産バブルはマイナスに転じ、上海の不動産価格に至っては25%ものマイナスとなっている場所もあります。国内消費についても減速が明確になって来ており、世界の高額なブランド製品の30%を購入していた中国の消費者が購入を控え始めた結果、イタリアの某有名ブランドの株価が香港証券取引所において暴落する結果となりました。このような想像よりも遥かに大きかった中国経済へのダメージは国内政治にも確実に影響を与えており、共産党の内部からはすでに「アメリカに喧嘩を売るのはまだ早すぎた」と言う不満の声も出始めていて、共産党主席の任期を撤廃して終身的な独裁者としてのポジションを確立しかけていた習近平は、その国内政治において苦しい立場に置かれつつあります。こうした複合的な世界の状況から生まれてしまったのが「台湾を武力を使ってでも統一する」と言う強硬な発言です。それは国内に向けた自らの求心力を高めるためのパフォーマンスの側面に留まらず、このまま国家主席としてのポジションが脅かされる事になれば、国内に生じている不満の矛先を逸らすと同時に自らの業績を確立すべく、本当に武力行使に踏み切ると言う可能性は一段と高くなっています。台湾のその意思に関わらず世界の覇権争いと中国の国内政治問題により戦争の危険が生じつつあることは、台湾にとってみれば悲劇以外の何者でもありません。

こうした状況において、台湾の国内世論も真っ二つに分かれてしまっています。経済でもはや密接に結びついている中国との関係は改善すべきだと言う経済的な立場と、台湾が築き上げた民主主義を何としても守り中国とは政治的な距離を置くべきだと言う意見がぶつかり合い、台湾も今、その将来への運命の分かれ道に置かれています。2020年にはその運命を決定するであろう台湾総統選挙が控えており、この選挙で台湾の市民はその政治的独立性を維持するか、中国との接近を受け入れるかの二択を迫られることになります。独立性向の強い民進党が勝てば経済への悪影響と武力衝突の危険性が高まり、中国寄りの立場を取る国民党が勝てば、中国政府の提案した香港と同じ「一国二制度」を将来的に受け入れることになるでしょう。どちらの結果となっても頭が痛くなるような運命の分かれ道ですが、香港での「一国二制度」がただの建前と化して事実上は完全なる中国の一部となっているのが現実である以上、それを受け入れる事は台湾が民主主義を捨てて中国と一体化すると言うことに他なりません。この「一国二制度」を受け入れた瞬間に台湾は第2の香港となり、おそらく香港と同じような悲劇的な未来を迎えることになるでしょう(詳細は別記事:「いま香港で起こっていること」をお読みください)。この台湾世論における覇権争いにも米中は当然影響力を強めようとしており、米国は台湾への武器販売を拡大し近海への米軍派遣を日常化させる一方で、中国は戦闘機や軍艦による威嚇を繰り返しながら台湾国内のメディアや財界に経済的圧力を行使して世論のコントロールを裏から図っていると言われています。米中と言う大国の都合に翻弄される形で、台湾はその運命を半ば強制的に選ばざるを得ない状況であると言えます。しかしいずれを選ぶとしても今の台湾に民主主義が存在する限り、その運命を決めるのは他でもない台湾市民自身です。選ぶチャンスが残っていると言う意味では、台湾は香港よりは運が良かったと言えるかも知れません。

日本は、この世界の動きをただ眺めているだけで本当に良いのでしょうか。東日本大震災が起こった際、日本に最も多額の援助をしてくれた国は台湾だと言う事実を、日本の皆さんはどれだけの方が知っているでしょうか。その額は141億円にも上り、これは台湾の1世帯あたりで計算すると、実に1600円以上にもなります。皆さまが募金をする際に、1,000円と言う金額を募金された事はありますか?僕は恥ずかしながら、いつもせいぜい100円が限度です(台南地震の時だけはお礼の気持ちを込め1,000円を募金しました)。 つまり台湾人のほとんどの人が、日本に非常に多額の支援をしてくれたはずです。台湾の人口は約2400万人、これは韓国の半分、アメリカの13分の1、中国の60分の1の数字です。台湾の物価や賃金が日本より低いことを考慮すれば、これがどれだけの意味を持つか、お分かり頂けるかと思います。その台湾が世界一の援助をしてくれたにも関わらず、日本政府は公式に台湾にお礼を伝えることすら出来ませんでした。僕は日本人として、これは本当に恥ずかしく情けない限りです。

<台湾からの暖かい支援を忘れてはいけない>

1997年に香港が中国に返還されて以来、香港の中国化が止まりません。香港市民の自由と生活環境の質はどんどん悪化しており、チャイナマネーの安全な投資先として香港の不動産がどんどん値上がりし、香港市民は高額な家賃や狭い住環境に苦しみ、安全な生活物資を香港で買い占めて行く中国人のために必需品も不足し、テレビでは毎日のようにその日の大気汚染状況(中国大陸から流れて来る)が報道され、民主化を求めるデモが盛んに行われています。その香港市民の1人が、僕の台湾人の友人にこう言ったそうです。

「台湾は、香港のようにはならないで」

<2003年と2017年の香港の写真。大気汚染が悪化したのが良く分かる>

日本は先進国の一員として、また世界で3番目の大国として、世界で果たすべき義務があるはずだと僕は思います。「自分の国さえ良ければそれで良い」では許されないはずです。それはもちろん、戦争に参加すべきだと言う意味では決してありません。しかし少なくとも、台湾のために出来ることは何かないのでしょうか。民間レベル、経済レベルでの協力や結びつきを強化して、台湾が中国に飲み込まれないように果たすべき義務があるはずです。それは台湾との友情や親日的な人々を守ると言った道徳的な側面のみならず、経済や国防と言った現実的な日本の国益にも多大に関わることです。

台湾と言う日本を最も愛してくれている国について、日本がもっとも大切にすべき隣国について、皆さまにも少しでも考える時間を取って頂けたら、そして些細な事でも、例えわずかであっても何かを実行に移して頂けましたら幸いです。台湾がいつまでも今の暖かい台湾のままでいられる事、日本と重要な価値観を共有する最も大切なパートナーのままでいられる事を、切に願うばかりです。

※ 英会話SSEAが『みんなの英語ひろば』の取材を受け、特集記事が掲載されました。ぜひご覧ください!

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Santa Barbaraその17。

ここでは2001年の春に僕が初めての留学で滞在したカリフォルニアの小さな町、サンタバーバラでの体験について書いています。初めてこのブログをお読みになる方はぜひ、Santa Barbaraその1。からお読みください。

ロサンゼルスからサンタバーバラへの帰り道で国際免許証不所持のままパトカーにスピード違反で捕まった僕は、気力を振り絞ってやっとの思いでサンタバーバラへと帰着しました。(追記:カリフォルニア州でも州法上、日本人は日本の免許証だけで運転することが許可されているようですが、このような事態に備えて、あるいは州をまたいで運転することに備えてやはり翻訳文の所持は推奨されます)雨が降りしきるなかメンバー全員をそれぞれのステイ先に送り届けたものの、もう声も出ない…と言うような気分でした。今なら全く気にならないと思いますが当時はまだ英会話もロクにままならない青二才で、どうやってベンチュラの裁判所に出頭して何をすれば良いのか…頭には不安しかありませんでしたが、何しろ疲れ切っていたので眠れなかったと言う記憶はありません(苦笑)

<スピード違反で捕まったスポーツタイプの車>

翌朝、レンタカーを返却するために登校は車でしたが、毎朝アグネスと登校することが日課になっていたため2人でその車にて学校へ向かいました。アグネスに「昨日パトカーに捕まってさ…」などと話した記憶はあるのですが、今思えば(スピード狂だった)アグネスが捕まったと言う話は聞かなかったので、僕はよほど運が悪かったのでしょう(笑)確かにアメリカでは日本のように早く走っている車が捕まるのではなく、パトカーがフリーウェイに入って前にいる車が例え5マイルでも制限速度を超えていれば、その車が捕まります。地下鉄の無賃乗車もそうですが(例えばロサンゼルスの地下鉄は改札がない「信用乗車方式」ですが、出口に警官がいることがあり切符を持っていないと高額な罰金となります)、取り締まりに高額の罰金と見せしめ的な心理を利用するあたりは、欧米のやり方は全てをキッチリやろうとする日本とは少々異なるかも知れません。こうした社会システムの違いを知ることも、海外における貴重な経験となるものです。

アグネスと学校にたどり着いた僕は、学校の受付スタッフに泣き付きました。”Can you help me?” “I was caught by a patrol car yesterday…”などと英語で説明する必要が生じたのはある意味良い勉強であったのかも知れませんが、スピード違反のチケットをスタッフに見せると、”Oh,you were driving too fast.”と笑われたことを覚えています。わずか1か月の滞在でこれだけのコミュニケーションが取れるようになったのはある意味留学が大成功だったと言えるのかも知れませんが、その時はそんな事を思う余裕はなくただ必死でした(泣)「ベンチュラの裁判所に来いって言われたんだけど、今週末には日本に帰国しないといけない」と相談したところ、”Meet principal.”(校長に相談して)と言われたので、僕は以前に噛み付いた校長に対して今度は泣き付く事となり…(笑)

<スピード違反の舞台となったVenturaの位置>

校長室を訪れ事情を説明すると、校長はベンチュラの裁判所へ電話で確認したあと、「裁判所に行かずにチケットを処理する方法は2つ、check(小切手)を郵送するか、クレジットカードで支払うかね、ただしカードで払う場合は値段が上がるわね」と僕に伝えました。「チェック…トラベラーズチェックで払えるの?」と聞くと、「違うわよ、銀行のチェックよ」と言われてしまい…(当たり前ですが。笑)「どちらで払うか、明日教えてね」と言われてその日は保留となりましたが、何しろ早く安全にこの問題を処理したい僕の選択はクレジットカード一択でした。2001年当時でもアメリカでは既にスピード違反の罰金までカードで払う事が出来る社会でしたので、旧態依然とトラベラーズチェックを持ち歩いていた当時の日本と比べると、少なくとも15年は進んでいたと言えるでしょう。兎にも角にも翌日に校長室を訪れた僕は校長にカード番号を託して、何とか裁判所への出頭を逃れることが出来たのです。

<良いことも悪いこともてんこ盛りであったEF Santa Barbara>

駐車違反にスピード違反、しかも国際免許証不携帯と、初めての、しかもわずか1か月の短期留学でこれだけやらかす留学生も珍しいかとは思いますが、良い思い出も悪い経験も含めて今の成長した自分があります。その意味ではかなり無鉄砲ではありましたが、1ヶ月間のサバイバルは日本では体験することが難しい良き修行であり、その後の更なる挑戦を可能にしてくれたかけがえのない日々であったと思います。今後の日本と世界を担う若者にはぜひ学生のうちに海外へ飛び出して、幅広い見識と逞しさを身につけて欲しい、そして日本と言う私たちの母国を深く理解し考える機会を持って欲しいと願うばかりです。短期であれ長期であれ、そうした日常では経験出来ない特別な機会を与えてくれるのが留学なのだと、皆さまにお伝え出来れば幸いです。

永らく書き連ねて来たサンタバーバラでの経験も、間もなく最終章を迎えます。結びは次回のブログにて書いて行きたいと思います。

To be continued.

Santa Barbaraその18。へ続く

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イギリス=イングランド?ではない

本日は、日本で多くの方に勘違いをされている「イギリス=イングランド?」問題について、イギリスと言う国家の成り立ちと共に整理してみたいと思います。

まず根本的な勘違いとして、世界に「イギリス」と言う国家名自体が存在しません。このイギリスと言う日本でのみ使用されている国名は、遡ること江戸時代に日本に入って来たポルトガル語「イングレス」やオランダ語「エンゲルシュ」が国内で「エゲレス」と訛ったものが残っているものであり、世界のどこへ行っても「イギリス」と言う国家名を理解出来る場所は存在しません(苦笑)日本でイギリスと呼ばれている国家の正式名称は、「グレートブリテン及び北アイルランド連合王国」、英語名では”the United Kingdom” (通称the UK)であり、United(連合)Kingdom(王国)の名前が示す通り、4つの旧王国であるイングランド、スコットランド、ウェールズ並びに北アイルランドが連合国として国家を形成しているものです。つまりイングランドとは”the United Kingdom”の一部でしかない訳であり、「イギリス=イングランド」と言う認識はイングランド外の英国市民にとっては失礼以外の何者でもありません。歴史上、イングランドがウェールズ、スコットランド、北アイルランドの順に征服をして形成されたためイギリス女王=イングランド女王であるのは紛れも無い事実として今も残っていますが、イングランド女王も日本の天皇制と同様に政治的な権限のない国家元首となっており、英国=イングランドとの認識は100%間違いです。

<イギリスに存在している4つの王国>

<ユニオンフラッグ(英国旗)成立の経緯>

では、なぜ日本ではこの「イギリス=イングランド」と言う誤った認識が広がってしまったのでしょうか。理由はもちろん複数あり、イングランド女王がイギリス女王であることや、イングランドにあるロンドンが首都であることも影響があったかとは思いますが、おそらく最大の要因はサッカーのワールドカップ本大会に「イングランド代表」だけが出場していることが大きく関係したのではないかと僕は個人的には考えています。

そもそも国家ではない「イングランド代表」がワールドカップに出場しているのは、そのサッカーの歴史によるものが大きく起因しています。サッカー発祥の地であるイングランドは国際サッカー連盟(FIFA)でやや特殊な扱いとされており、イングランドのみの代表チームの存在が認められているのです。逆に言うと、実は「スコットランド代表」「ウェールズ代表」及び「北アイルランド代表」と言うチームも確かに存在するのですが、残念ながらヨーロッパ予選を通過してワールドカップに出場することが出来ないために、日本のほとんどの皆さまが「イングランド代表」のみをワールドカップ中継で見た結果、「ああ、イングランドはイギリスの事なんだな」と言う勘違いへと通じてしまったものと考えられます。

<左上から時計回りに、イングランド、スコットランド、ウェールズ、北アイルランドの代表チーム>

サッカーの話はさておき、英国ではそれぞれの地域に明確に異なる文化とアイデンティティがあり、スコットランドの人々は自らを「スコットランド人」として、ウェールズ人や北アイルランド人も同様に自らを「イングランド人ではない」と考えており、これらの人々を「イングランド」と言うカテゴリーに入れてしまう事は大変な失礼にあたります。このような誤った認識を現地の人へ伝えてしまえば、彼らは大変不快に感じることでしょう。イングランド人が”English”なら、スコットランド人は”Scot”または”Scottish”、ウェールズ人は”Welsh”、北アイルランド人は”Northern Irish”とそれぞれ別個の単語があります。イングランド人以外は”English”ではありません。これを勘違いすることは、日本人が欧米で「中国人」と括られてしまう事とおそらく大差ありません。知らずの事とは言え、日本での誤った認識とはこのような深刻なものと言えます。そもそも「イギリス」が英単語だと思っていて、英語での正式な呼称やその理由を知らない方も大変多いかと考えられます。

英語を学ぶ際には、それに関わる国々の歴史や文化、そして正確な知識も同様に身につけるべきものと僕は考えています。正確な知識なく英語だけを話すことは、時に外国の方々に対して侮辱にすらなり得るからです。英語を学ぶと同時に、世界の様々なことを学ぶことが大切です。

SSEAは英語だけを学ぶ場ではなく、英会話を学ぶ方々が1人の立派な日本人として成長出来るような場でありたいと考えています。そのためには講師・スタッフもただ何かをお伝えする立場ではなく、生徒さまとご一緒に1人の立派な世界市民となれるよう、自ら学び生徒さまから学び、常にご一緒に成長を続けて行けましたら幸いです。SSEAのスタイルが「完成する」ことは決してありません。私たちはいつまでも「変わり続けて成長し続ける」ことが出来るよう、常に最善と改善に挑戦し続けて参ります。

“Keep changing, keep challenging!”

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“I can do it.” “I will do it.” は “I have done it.” ではない。

“I can do it.” “I will do it.” と “I have done it.” 日本語に訳せば「私にはそれが出来る」「私はそれをするつもりだ」と「私はそれをやり遂げた」となりますが、皆さまはこの前者2つと後者の間にある決定的な差に、お気づきになりますでしょうか。

簡単に言ってしまえば、前者はまだ実際には何も行われていない状態に対して、後者は実際にやり遂げられたということの違いです。では、前者はいつか必ず後者になるかと言うと、それは99%以上の確率でそうはなりません。実際に「やり遂げた」とハッキリ宣言出来る確率は、実は1%にも満たないものです。

例えば日本でビジネスを起業して、それが実際に成功する確率を大雑把に計算してみましょう。おそらく世の中で働く人の半分は、「自分の商売を持ったら」くらいのことが頭をよぎったことがあるかも知れません。誰かが成功した例を見て、「あれくらいなら自分にも出来るだろう」と思う事もあるでしょう。

しかし実際に、日本の総人口を約1億2千万人と仮定して、その中で実際に自らのビジネスを持っている、あるいは始められる人の数はわずかに30万人ほど、割合にしてたったの0.25%です。この時点で既にもう1%にすら達していません。さらにこの0.25%が始めたビジネスが10年後に生き残っている確率は、0.25%の中のさらにわずかに6%です。つまり日本人がビジネスを所有して成功した確率と言うのは0.0025 × 0.06 = 0.00015、つまり0.015%でしかありません。1万分の1.5と言うことです。実際に起業において「やり遂げた」と宣言出来る人は、1万人に2人もいないと言うことになります。しかもこの数字には元から所有されているビジネスも含まれているため、本当にゼロから「やり遂げる」ことが出来る人の確率はおそらく、計算すら出来ないほどに小さなものでしょう。

歴史の中にはこの「やれば出来る」と「やり遂げた」の違いを端的に表した良いエピソードがあります。それは「コロンブスの卵」と言われるストーリーです。

コロンブスは皆さまもご存知の通り、アメリカ大陸を歴史上初めて発見した西洋人です。その業績の是非はここでは問いません。(米国ではこれはすでに少し敏感な内容です。)ただ、アメリカ大陸を発見した人物が歴史上ただ1人であったこと自体は、疑いようのない事実です。コロンブスは本来、インドへたどり着く目的で大西洋の逆の方向へと船を走らせましたが、それが結果として偶然の新大陸発見へと繋がりました。

コロンブスが帰国したのち、その偉業を称えるための晩餐会が開かれた中で、その偉業に嫉妬した1人の人物が次のように吐き捨てました。「なんだ、大西洋を反対に進めば誰にでも見つけられたじゃないか」と。

するとコロンブスは机の上にあったゆで卵を持ち上げてこのように言いました。「誰か、この卵を直立に立ててみて下さい」と。全ての列席者が挑戦しましたが、当然ながら誰も立てることは出来ませんでした。ゆで卵は丸いので、当然のことに思えるかも知れません。

列席者が「そんなことは不可能だ」と言ったところで、コロンブスは「じゃあ私がやって見せましょう」と言って、彼はその卵をテーブルに叩きつけました。卵は底面が潰れ、確かに直立したのです。

その時にまず列席者から返って来た言葉は、「なんだ、そんなやり方なら誰にでも出来る」と言うものでした。しかし、そこでコロンブスはこう明言しました。「そうです。これは誰にでも出来たことです。しかし、実際にそれをやったのは私1人だけです」と。これが「やれば出来る」と「やり遂げた」の明確な差を表した「コロンブスの卵」と呼ばれるエピソードです。

さて、そろそろこのブログの結論へと移りたいと思います。考えるだけなら誰にでも出来ることです。現状に不満や文句を言うことも簡単です。しかし、それを本当に実行に移して、あるいは問題を解決するために新しい方法を確立して「やり遂げた」人間とは、起業に絞って考えてみてもわずかに0.015%以下、世界で初めての事を成し遂げる人間は歴史上にそれぞれ1人しかいないと言うことです。頭で考えただけのことや口に出しただけのことには、何の価値もありません。むしろ行動に移さない口実にすると言う意味ではマイナスですらあります。物事は実際に「やり遂げて」こそ初めて価値が生まれます。あれこれ考えるよりも、出来ない理由を探すよりも、まず挑戦してみることにこそ価値があります。失敗することを恐れている限りは、私たちは何も「やり遂げる」ことは出来ません。10,000の失敗から1の成功が生まれれば、それは間違いなく100%の成功なのです。

ぜひ一度、振り返ってみてください。あなたは実際に何を「しました」か?頭でだけ何かを考えていませんか?口だけで何かに不満や文句を言っていませんか?

その時間とエネルギーがあるなら、それを「実際にやり遂げる」事に使うべきだと僕は思います。それは別に、起業や歴史的な発見のような大きな事である必要は全くありません。例えば、海外のレストランで自分で注文できたなら、日本で外国の方に少しでも道案内が出来たなら、それは「やり遂げた」ことです。子供が何か習い事をする気持ちに変わったなら、それも親御さんにとっての間違いのない「成功」です。

SSEAはそんな、失敗を恐れず挑戦する生徒さまお1人おひとりのお手伝いをさせて頂ければ幸いです。綺麗な英語、美しい発音、完璧な文法で英語が話せなくても、それは何も問題のないことです。なぜなら英語とは「人とコミュニケーションを取るための会話の手段」であって、100点を取るべきテストでは決してないからです。つたない英語でも英語でコミュニケーションが取れたなら、それはすでに皆さまにとっての「成功」であり「やり遂げたこと」であると私たちは考えています。失敗を恐れて何も挑戦しなければ、それはコロンブスにただ嫉妬した人物と何ら変わりません。10,000回失敗しても1度成功すれば、それはゼロよりもはるかに価値のある事です。「失敗して何かを失えばマイナスだ」とお考えになる方もいらっしゃるかも知れませんが、実は「挑戦しないことで失うものの方がはるかに大きい」ものです。なぜなら時代は常に変わって行きますが、その中で自分だけが変わらないのであれは、何もしないことによって自分の価値は相対的に下がって行くのだと言うことを意味します。例え失敗をしたとしても、少なくとも失敗からも必ず何かしらを学ぶ事が出来るはずです。私たちはそんな価値観をお伝え出来るような、英語を身近なものとして挑戦して頂けるようなスクールでありたいと考えています。

SSEAは日本の英語教育を変えて行きます。今はまだ “We will do it.”ですが、それは必ず近い将来に “We have done it.” にしてみせます。ですが、私たちはゴールだけを見て急いで走ることは決して致しません。私たちはゴールに向かって、毎日の一歩一歩、生徒さまとのひと言ひとことの会話を、大切に積み重ねています。講師・スタッフの全員が1人ひとりの生徒さまを大切に、全力で向き合ってお手伝いをさせて頂きます。1人ひとりの生徒さまに、1人でも多くの方に英語を好きになって頂くことが、私たちの “We have done it.” へ続く階段を一段ずつ上ることです。例えその成功率が1%に満たないとしても、それを日本で「実際にやり遂げる」ことをSSEAは目指しています。

“Be a person who will have done it!”

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いま香港で起こっていること

先日、某テレビ局の番組の中で、「世界の幸福度ランキング」なるものが取り上げられていました。どのくらいの国が調査対象だったかは忘れてしまいましたが、ハッキリ衝撃的に覚えていることは、中国が2位で、香港が下から2番目であったことです。

「そんなバカな(笑)」とその時は思いました。何てふざけたランキングだ、マスコミの印象操作は酷すぎるとすら思いました。客観的に考えて、香港の生活が中国より悪いと言う事はあり得ません。もしそれが事実なら、中国人が香港の市民権を取得するために敢えて香港で出産することの説明がつきません。治安、衛生、給与、食品や商品の質に至るまで、ほとんどの面において香港はまだ圧倒的に中国よりも優れています。「客観的に見れば」このランキングは全くの嘘であると言えます。

しかし最近、「市民の主観的には」このランキングは完全なる嘘とは言い切れないのかも知れないと思い始めました。幸福度ランキングで下から2番目になるほどに、香港の人々はその生活環境の悪化とその将来に絶望しているのかも知れません。

香港が豊かであるのは疑いもない事実です。国民1人あたりのGDPを単純に比較すれば、香港の平均値はすでに日本を上回っています。(ただしこの比較方法は誤りです。香港は実質的には「都市」なので、比較するなら「東京」と比較されるべきものです。詳細は別記事「北欧は本当に「豊か」なのか」をご参照ください)しかし平均値とは、同時に実態を誤って表してしまう側面もあります。香港では所得の格差が日本とは比較にならないほどに大きく、想像もつかないほどに豊かな人がいる一方で庶民の生活はその平均値ほどには豊かではありません。それでいて物価や地価が高いため、庶民の生活は日本のそれよりも相当に苦しいと言えます。特に住宅環境に関しては、香港は土地が狭いのに加えて家賃の高騰にも歯止めが掛からず、日本よりも遥かに狭い住宅に非常に高額な家賃を払わざるを得ない状況です。香港の生活環境はいま、悪化に歯止めがかからない状態です。平均所得は増加していますが、質は悪化しています。それが上記のような「世界で2番目に不幸だ」と市民が感じるようなランキングに確実に反映されています。

例えば大気汚染はその一例です。現在の香港を訪れると、その空気の悪さに驚きを感じ得ません。九龍半島から香港島を望めば、その景色は常に霞んでしまっています。10数年前にはこのようなことはありませんでした。テレビをつければ、毎朝その日の大気汚染情報が天気予報のように報道されています。そしてその汚染物質は、ほとんどが中国大陸から流れてくるものであり、香港市民には対策の取りようが全くありません。悪化して行く大気汚染をただ我慢するしかないと言う状態です。

<2003年当時、香港の空は青かった。>


<2017年、同じ場所から香港島を望む>

不動産価格の高騰に歯止めがかからないことも、市民生活に深刻な影響を与えています。資本を持つ人々は投資によって大きな利益を得ることができる一方で、庶民にとっては家賃の上昇により劣悪な住宅環境と生活費の高騰を招くだけの結果となっています。不動産価格が高騰する主な原因は安全な投資の対象資産としてチャイナマネーが大量に流れ込んでいることであり、この点においても香港の市民にはそれを止める手段がなく住宅環境が悪化することをただ受け入れるしかないのが現実です。香港の不動産価格は現在世界の中でも圧倒的な最高額となってしまい、10年間で2倍にもなってしまった住宅の平均販売価格は2018年時点で約1億4千万円、平均の広さは55㎡と、日本で販売されている一般的なマンションの3分の2程度の大きさの部屋がすべて億ションと言う状況です。香港の平均収入が46,000ドル=約500万円(東京23区:76,900ドル=845万円、新築マンションの平均価格は6,014万円)であると仮定すると、平均的な住宅を購入するのに東京では年収の7年分が必要であるところ、香港では年収の28年分が必要と言う計算になります。しかもこの平均年収は一部の超富裕層が一気に押し上げているものであることから、庶民にとって住宅を購入すると言う事は完全に不可能な状況と言えます。また賃貸住宅の平均賃料は月あたり約31万円、年間では372万円となることを考えれば、もはや庶民が生活できる環境ではありません。こうした状況において資本を持つ人と持たない人、裕福な人と庶民との間の所得格差が大きくなり続けており、現在の香港では約25畳の広さの部屋に30人が住むと言う「棺桶住宅」が社会問題化しています。日本のカプセルホテルを想像すれば分かりやすいかと思いますが、貧困層はそのような居住スペースに住まざるを得ないのがアジアの金融センターである香港の今の現実です。現時点ではまだ治安の悪化には通じていませんが、庶民の生活環境が悪化し続け貧困層が拡大すれば、将来的に欧州のように治安が悪化することも十分に考えられます。

<「ナノアパート」と呼ばれる庶民の生活スペースと棺桶住宅>

生活必需品の不足、あるいは価格の高騰も現在起きている問題の1つです。安全な生活必需品を求めて中国大陸から購買者が殺到し買い占めて行くため、粉ミルクなど生活に必要なものが不足、または値段が高騰し、香港市民の生活の質を悪化させる要因となっています。これに関しても香港市民には、それを防止する手段は一切ないのが現実です。香港は現時点で世界で最も生活費が高い都市の1つとなっており、収入に対する生活の質がどんどん見合わないものになって行く中で、その将来に見切りをつけて海外へ移住する若者の数もどんどん増加しています。金融業界などにおけるごくわずかな高報酬ポジションに就くことが出来なければ、香港におけるその生活は「貧困」と呼ばれるべき状態を避けられません。

また、表現の自由や民主主義も日々失われています。香港は1997年にイギリスから中国に返還されましたが、その際に今後50年は香港の現状を維持すると言う「一国二制度」が中国政府との間で合意されました。しかし現在、この「一国二制度」は事実上形骸化してしまっています。香港の政治のトップにあたる行政長官は中国政府に指名された人物が勤めており、香港市民はその行政のトップを自らの意思で選ぶことはできません。この状況において香港の中国との一体化が急速に進められており、香港の民主主義は日々衰退の一途をたどっています。

皆さまは「雨傘運動」と言う言葉を耳にした事はありますでしょうか。「雨傘運動」は中国政府による香港の民主主義の形骸化に反対する若者がその民主化を求めて大規模なデモを主導し、莫大な数の市民が香港のメインストリートを数日間にわたって占拠した運動です。多くの市民が雨傘をシンボルとして掲げたため雨傘運動と呼ばれています。香港の機能を数日間にわたって麻痺させるほどの非常に大規模なデモとなったにもかかわらず、結果としてこの運動も中国政府が支援する香港政府によって鎮圧される結果となりました。雨傘運動を先導した民主化運動グループに属する若者たちは今でも民主化を求めて議会選挙に立候補を行っていますが、雨傘運動を指導したリーダーたちは選挙に立候補すること自体を不適格とされその立候補の権利や当選が取り消されるばかりか、先日ではついに雨傘運動を主導したリーダー達に対して、裁判所による有罪判決も下されてしまいました。このような現実の中でこうした民主化を求める動きも現在は縮小傾向にあり、香港における民主主義は事実上、消えつつあるのが現状です。自らの国の将来を選ぶことができない、このことも香港市民がその将来に絶望感を持っている理由の1つと考えられます。また中国政府が合意した「一国二制度」の期間は50年であり、2047年には中国政府にはその制度を維持する義務は消滅します。このまま50年が経過した場合は、香港は完全に全ての面において中国そのものとなる運命にあります。

香港が経済的に豊かになったと言う事は「数字上は」明らかです。国民一人当たりのGDPは完全に先進国、あるいはそれ以上の水準となりました。しかし一方で、昔に比べて生活の質が向上したのかと問われたら、残念ながら「極度に悪化した」と言わざるを得ないでしょう。それが「世界で2番目に不幸である」と言う市民の意識となって現れています。経済の数字からは計り知ることができないこうした状況は、実際に現地へ足を運び、または現地の市民と実際に会話をすることでしか知ることができないものです。現在、香港の若者は英語を話せる人が非常に少なくなりました。教育が中国語に置き換わったことが原因ですが、これは10年前にはあり得なかったことです。10年前に香港の街中で英会話スクールを見かけると言う事は一切ありませんでした。こうしたことからも、変わり行く香港の現実を確実に感じ取ることができます。

<これだけのデモも香港を変えることは出来なかった>

<市民は民主化を求めて雨傘を掲げた>

僕は個人的に、香港と言う場所が大好きです。おいしい食べ物、税金のかからないショッピング、美しい夜景、安全ながらも混沌としたその雰囲気、世界で最も魅力的な場所の1つだと思っています。そうした香港の魅力がいつまでも維持されることを切に願っています。だからこそ、香港の大気汚染を目の当たりにしたときの、香港の若者が英語が話せないことに気づいたときの衝撃と悲しさは、非常に大きなものでした。僕は台湾に友人がたくさんいますが、その中の1人が香港の友人にこう言われました。

「台湾は、香港のようにならないで」

最後に、このブログをお読みの皆さまにお願いしたい事があります。ぜひ海外を訪れて、あるいは海外で勉強して、様々な現状を皆さまの目で直接見て頂けたら幸いです。海外を知ることは、同時に日本を知ると言うことです。「空が青いこと」「選挙で国の将来を選ぶことができること」「街が安全であること」「平和であること」そして大半の日本人が自分は裕福ではないと考えているような「普通の暮らしが出来ること」、これらは決して「当たり前のこと」ではありません。他の場所で起こっていることは、何かのきっかけで日本でも起こり得ることです。それは決して「他人ごと」ではありません。私たちの国がどれだけ恵まれているのかを知り、私たちは今から何をしなければならないのかを考える時間を取って頂けたら幸いです。今後の私たちが何をしなければならないのかは、世界を知ることで初めて明らかになります。ポジティブな側面にもネガティブな側面にも、その全てに日本の未来へのヒントがあるはずです。そのためにこそ、私たちは世界の共通語である英語をコミュニケーションの手段として学ぶ必要があります。

<東京の空が青いのは「当たり前」ではない>

「世界を知ることは、日本を知ること」

私たちのスクールが少しでも皆さまと日本の未来に貢献できる事を私たちは願っており、その目標のためにSSEAは日本の英語教育を変えて行きます。

“Find the world! Find Japan again!”

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“common sense”!? 常識はまず疑ってみよう

“common sense” は日本語で言う「常識」を表す表現で、それぞれの単語が表すように”common”(共通の) “sense”(感覚)と言う、私たちが普通は「正しいこと」と信じている事柄です。ですが、常識は必ず正しい、本当にそうでしょうか。僕は個人的には、常識と言われていることはまず先に疑ってみる事にしています。

この「常識を疑ってみる」と言うことは実はとても大切です。何故なら疑うことを忘れてしまえば、人は特定の考え方に縛られコントロールすらされてしまうからです。そしてその常識を信じている限りは、それ以上の改善が全く望めません。「常識だから」と考えることは実は、考える事を放棄すると言う点においてマイナスでしか無いのです。

例えば、「新聞の情報だから正しいはずだ」、「テレビが放送しているのだからみんながそう思っているんだ」、本当にそうでしょうか。新聞の記事を書いているのもテレビの番組を製作しているのも、実はただの同じ人間です。つまりこれらの情報は実は「正しいこと」ではなく、あくまで「彼らの意見」でしか無い訳です。こうした意見を「正しい」と盲目的に信じてしまうことは、実は大変危険なことです。

分かりやすい例を、日本は実はちゃんと経験しています。第二次世界大戦に邁進する日本政府や軍部に対して、その正当性を疑う人は圧倒的に少数でした。それは新聞やラジオなどのメディアも含めて「戦争をするのが正しいのだ」と信じてしまった、あるいは信じさせられてしまったからです。まさに日本中がマインドコントロールされてしまったが故に起きてしまった悲劇でした。

ところが一方で、「戦争で日本は悪いことだけをしたのだ」と言う常識を反対に信じることも実は大きな間違いです。もちろん戦争自体が悪である事は疑いもない事実ですが、悪いことだけを行なっていたならなぜ、中国・韓国を除いたアジアのほとんどの国が親日的なのでしょうか。特に日本の植民地支配が長期化した台湾が世界一の親日国である事は全く説明がつきません。

このカラクリはと言うと、台湾は確かに長らく日本の植民地として統治下にありましたが、その中には悪いことと良いことの両方があった事を、台湾人が客観的にちゃんと理解をしているからです。日本の統治により自由が奪われたり過酷な労働を強いられたマイナスの側面があった一方で、教育制度やインフラが整備され人々の生活が向上し、台湾が近代化するキッカケとなったのもまた事実です。その両面をしっかり理解しているからこそ、今の台湾の親日的な人々があります。

他の例では、東南アジア諸国は日本の植民地となる以前は長らく欧米諸国の統治下にありました。欧米諸国の植民地支配と言うものは日本のそれよりも遥かに悪質なものであり、現地の生活を向上させることなくただただ搾取を続けるだけのものでした。そこを日本がやって来た結果それらの欧米諸国が追い出された訳ですから、実は東南アジアではそれは結果的にプラスに働いた面もあったのです。日本の敗戦後にはインドネシアには旧宗主国であったオランダが戻って来ましたが、現地に残った日本兵はその再侵略に対して現地の人々と共に戦ったそうです。現地では今でもこの方々のお墓がしっかりと守られています。

このような事を書いているとまるで戦争や植民化を正当化しているかのように聞こえるかも知れませんが、そう言うことでは決してありません。僕は戦争には絶対に反対です。植民化も今後は絶対に許されてはいけません。ここで述べたいのはあくまで、物事には必ず表と裏、あるいはそれ以上の多面性が必ずあり、一つの側面のみが「正しい」訳では決してないと言うことです。一つの内容を盲目的に信じてしまうと、それは逆に宗教対立に代表されるような衝突や紛争に必ず通じます。一つの内容を正しいと信じるのではなく、様々な観点から物事を柔軟に見てみて、良い点と悪い点の両方をしっかり把握することが大切です。そのような視点を持ててこそ、私たちは異なる文化や宗教を初めて受け入れることができます。これは今後の日本と世界には必ずなくてはならない姿勢です。

このように、一般に「正しい」と信じられているものほど、実は逆に疑ってみる必要があります。新聞、テレビ、学校教育、教科書…本当にそれは、正しいと言えますか? これらを作っているのも人間であり、必ず何らかの意図がそこには入っていますよ? 例えそれが事実のみで構成されていたとしても、その事実を取捨選択すれば、印象と言うのは操作出来てしまいます。こうした情報を「絶対に正しい」と盲目的に信じてしまうことが、実は最も危険なのです。意見や発想とは常に多様である必要があります。一つの絶対的な正解など存在しません。

同様に、多数の人が「正しい」と言っているからそれが正しいとも限りません。人間はあくまで人間、神さまではありません。人間が動物である限りは、何かが「絶対に正しい」と言うことはあり得ません。例え世界の70億の人が「正しい」と言っても、あなたが「間違っている」と思うのであれば、それは変えてみる価値が十分にあります。

実際に、人間の歴史は1人の天才が全てをひっくり返した事が何度もあります。重力の概念を発見したニュートン、アメリカ大陸に初めて辿り着いたコロンブス(天才とは少し違う気もしますが…)、近年で言えば、誰もが最初は「何だこれは」としか思えなかったスマートフォンの概念を創造したスティーブ・ジョブズなど、これらの1人の天才はそれまでの世界の常識をたった1人の行動で完全にひっくり返しました。70億が正しく1人が間違っていると言う保証は、実は全く存在しないのです。1人の方が圧倒的に正しかった例は、歴史上にもいくらでも存在します。逆に言えばあなたが常識に固執している限り、新しい発想や発見に辿り着く可能性はゼロだと言うことです。これでは人間には何の進歩もありません。

この「常識を疑う感覚」を養うためには、海外へ行ってみることが非常に有効です。何故なら自分が常識だと思っていた事が、海外では常識では無い事が多々あるからです。それは良い意味での自分の考え方を崩すことでもあります。更に言えば、英語を使って外国人と話すことが出来ればその幅ははるかに広がります。必ず自分が当たり前だと考えていた事が「良い意味で」裏切られることを身をもって体感できるからです。これ以上の自分を改善できるチャンスはどこにもありません。また、今後はどんどん情報が氾濫することで、どの情報が正しいかすらも把握することが難化して行きます。そうした中から正しい情報を見分けるためにも、「常識を疑う」「言われていること、書かれていることをすぐに信じない」力を養う必要があります。もう、特定の思想が世界を引っ張って行く時代とは、終わったのです。これからは世界の一人ひとりが、何が正しいかを「自分で」考え判断して行かなければなりません。これまでのやり方や常識が実は間違っていたなら、それはすぐに変えてしまわなければいけません。

どうも僕の経験した限りでは、世の中には「出来る方法を考える」方より、「出来ない理由を探す」方が多すぎるような気がします。これまでのやり方とは、これまでの常識とは、果たしてそんなに大切なのでしょうか。「変えるべきことは何としてでも変える」のが正しい姿のはずです。

「常識では…」、「普通は…」、「我が社のやり方は…」、「この国では…」という言い訳を使う進歩のない人には、こう言ってあげましょう。

「何ですか、それ?どこで食べられるんですか?」(笑)

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Santa Barbaraその16。

ここでは2001年の春に僕が初めての留学で滞在したカリフォルニアの小さな町、サンタバーバラでの体験について書いています。初めてこのブログをお読みになる方はぜひ、Santa Barbaraその1。からお読みください。

前日にコリアタウンで夕食を楽しみ、2つのベッドルームを持つゴージャスな部屋を満喫した僕らは、翌朝にナギサとホテルのロビーで待ち合わせをしました。(2ベッドルームと聞くともの凄く豪華に聞こえますが、4人でシェアしたので1人当たりはそこまで目が飛び出るほどではありません。海外のホテルは「一部屋一泊」当たりのレートなので、人数が多いと割安に泊まれます)。メインのロビーで待っていたのですが約束の時間になっても現れず、当時は海外対応の携帯も持っていなかったためどうしたものかと思い始めた際に旗と気がつきました。「これだけのホテルだと、もしかして他にもロビーがあるんじゃないか」と。案の定、ホテルの別のサイドに行ってみるとやはり別のロビーらしき空間があり、そこでナギサを見つけることが出来ました。

<ハリウッドにて。>

その日はちょうど、ミチコの誕生日だったため、ナギサはホールのケーキを買って来てくれました。どこで食べようかと思ったら当然、「ロサンゼルスなんだから、ビバリーヒルズのど真ん中の公園で食べよう!」と言う、これまたセレブのモノマネみたいなことを思いつきました(もっとも、本物のセレブは公園でケーキなど食べないでしょうけど…苦笑)。ビバリーヒルズの公園でミチコの誕生日を祝い、ロサンゼルスのシンボルであるハリウッドのチャイニーズ・シアターを訪れ、ハリウッドサインを遠くから記念に写真に収めた僕らは、ロサンゼルスの最終目的地であるサンタ・モニカへと向かいました。

<ビバリーヒルズの公園にて誕生日を祝う>

ロサンゼルスと言えばビバリーヒルズとサンタ・モニカのイメージが強いですが、実はこの3つはそれぞれに独立した市であり、行政区分上は別の都市です。もっともそれもまとめて「ロサンゼルス」を形成しているのは間違いないことでもありますが(ディズニーランドや成田空港が千葉県にあるのと同じようなものでしょう)。陽光きらめき人々が日光浴やローラースケートを楽しむはずのサンタ・モニカに到着した時にはあいにくの雨…でしたが、サンタ・モニカにはロデオドライブとは異なる庶民でも手の届く(笑)アメリカのブランドショップやモールが集まっていたため、ようやくショッピングを楽しむことが出来ました(苦笑)その後レストランで夕食を食べた僕らは、日が落ちたハイウェイをサンタ・バーバラへ戻って行ったのですが…

<雨のサンタ・モニカ。この雨が更なる悲劇を誘発する>

雨は強くなり、あまり周囲の見通しが良くない中で僕は一番左側の追越し車線を(アメリカは右側通行のため、1番流れの早いのは左側の車線)周りのスピードに合わせて制限速度を超えた速度で走っていた時です。バックミラーに、急に赤と青の光が写りました。そう、パトカーに後ろにつかれてしまっていたのに気づかなかったのです(汗)「やばい!」と思って速度を落として右側の車線に移りましたが、もちろん手遅れです。しばらくソロソロと走っていましたがとうとうサイレンを鳴らされてしまった僕は、車を路側帯へと止めざるを得ませんでした。

さて、ここで1つ、相当にヤバい状況があったのです。スピード違反で捕まったのはしょうがないとしても、それより焦ったのは「国際免許証を持っていない」と言う絶望的な事実でした…。止めた車に警官が近づいて来たとき、もちろんメンバーの全員が言葉すら発する事が出来ませんでした。運転が出来るのは僕1人だけ、その人間が免許を持っていなければどうなるのか…まさに「血の気が引いた」「顔面蒼白」と言う絶望的状態です…

警官がやって来て、当然ですが免許を見せるように言われましたが、ある訳がありません。追い詰められた僕はとりあえずトランクから日本の免許証を取り出し、破れかぶれでそれを見せてみたのですが…当然ながら警官は読めるはずもなく…

「何だこれは?」

「日本のライセンスです」

「カリフォルニアのライセンスは?」

「持っていません」

となり、警官は僕にパトカーへ来るようにと促しました…

「終わった…このまま警察署に連れて行かれるだろう…」と覚悟を決めましたが、残されたメンバーと車はどうなるんだろう…と言う心配もあり、自分にはどんな処分が下るのか、と言う恐怖もあり…

警官は僕をパトカーへ入れると、隣に座り僕の情報を記録し始めました。「身長は?」「体重は?」「目の色は?」「国籍は?」「滞在先は?」などを聞かれ、日本の単位(アメリカは長さや重さの単位が特殊)で回答したので少し混乱した部分もありましたが、ひと通り記入すると(免許証番号の欄には”NONE”(なし)と記入された事を今でも覚えています…)スピード違反の切符を渡されて、「裁判所に出頭するように」と言われました。「サンタ・バーバラの裁判所ですか?」と尋ねると、「違う、ベンチュラの裁判所に来い」と…(捕まった町がベンチュラと言う場所だったので、当然そこへ出頭となる)。「このまま裁判所へ連れて行かれるんだな」と覚悟をした瞬間に、意外なことが起きました。

警官が、「今日は雨で視界が悪く危ないから、安全に運転して帰るように」と言うのです。「え?運転して帰って良いの?(免許無いんだけど)」と尋ねると、「もう行って良い」と言うのです。「何が何だか分からないけど、今日のところは解放されるのだ」と言うことを理解し、またもや(今度は安堵で)血の気が下がるのを感じました。

実はかなり後になって知ったのですが、国際免許証と言うものはあくまで日本の免許証原本のただの翻訳文であり、法的に有効であるのはあくまで「日本の免許証」なのです。ですのでハワイ州やグアムでは日本の免許証だけで運転することが許可されていますし、サンタバーバラのレンタカー会社も車を貸してくれたと言うことです。逆に言えば、国際免許証だけで車を貸してくれるレンタカー会社は世界のどこにもありませんし、国際免許証のみを所持して運転することは違法になります。知らずにやっていながら運が良かったと言えますが、ギリギリ「違法」ではなかったと言うことなのでしょう。ただそうは言っても現地の警察官が原本を読めなければ、もちろん警察署へ連れて行かれる可能性はあります。法的義務がないにも関わらずハワイ州やグアムでも国際免許証の所持が「推奨」されているのはそのためです。皆さまは「絶対に」真似をしないでください(苦笑)特に、英語でのコミュニケーションがままならないと連行される可能性は倍増します。

<免許センターに申請すればすぐに発行される国際免許証はあくまで免許証の「翻訳証」>

このようにして、初めての留学の最後の週末に、最大のトラブルかつ最大のピンチが待ち受けていました。今思えばこれもとても良い経験で様々な教訓と知識となったものだと思えるのですが、「裁判所へ来い」と言われていたのでこの問題を処理し終えるまでは生きた心地がしませんでした(苦笑)裁判所と聞くと日本では相当に深刻なイメージになりますが、アメリカでは裁判所は意外にも身近な存在であり、スピード違反の罰金なども裁判所で支払います。こうしたアメリカにおける裁判所の位置付けを知ることが出来たことだけでも、この経験は決してマイナスばかりではなかったと「今では(笑)」思います。

その後のスピード違反の処理とサンタバーバラで過ごした最後の日々につきましては、また次回のブログにてご紹介したいと思います。

皆さまも、ぜひ世界に飛び出して様々な経験を実際にされてみて下さい。良いことも悪いことも、その全てが自らの世界を必ず広げてくれます。

To be continued.

Santa Barbaraその17。に続く

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北京発ローマ行き機内食の衝撃(Air Chin◯その①)

2017年から18年の年末年始にかけて、僕はイタリア南部を周遊することにしました。年末年始の航空券は閑散期の少なくとも2倍の値段に跳ね上がりますし、ハワイ便に至ってはエコノミークラスでも往復30万円と言う、ビジネスクラスのチケットでは無いのかと疑いたくなるような値段になってしまいます。ヨーロッパや北米へ飛ぶ便も、この期間に20万円以下のチケットを探すのは至難の業です。

ところが、某国の航空会社だけは怖ろしく破格の値段でヨーロッパ行きの航空券を販売しています。北京乗継のローマ行き航空券なら、ピークシーズンにも関わらず12〜13万円と、通常期のヨーロッパ直行便と大差ない価格で購入することが可能です。この非常におトクに「見える」航空会社は、某国のフラッグキャリアであるエ◯ーチャイナ(中◯国際航空)です。

<機体には「スターアライアンス」のロゴも>

「えっ、中国の飛行機なんて乗っても安全なの?」と疑いを持つ日本の方々はおそらく少なくないことでしょう(笑)おそらく15年前なら命を懸けるくらいのリスクがあったかも知れませんが、近年では中国の航空会社も欧米の最新の航空機材を使用しており、「機体だけは」他国の航空会社と遜色は無くなりました。東京〜北京間の機材は未だにシートにモニターもない古いもの(それでも一応、欧州エアバス社製)ですが、北京〜ローマ間、あるいは北京〜パリ間と言った長距離便では米国製のボーイング777や787と言った新機材が導入されており、特に最新のテクノロジーが詰め込まれたB787は機内の湿度を高く保つことが出来ることから、長距離のフライトではその疲労度が明らかに異なります。マイレージに関しても、◯アーチャイナ(中国◯際航空)はANAも属する世界最大の航空連合である「スターアライアンス」に加盟しており、ANAやユナイテッド航空のマイル口座にマイレージを加算することが出来ます。「他社の70%以下の価格で機材は最新鋭、ちゃんとマイルも貯まるんだからめっちゃおトクだな」、そう思っていました、実際にそのフライトを利用するまでは(苦笑)

<機材は最新鋭の米国製B787なれど>

東京から古いエアバス製の飛行機で北京の空港へと着陸態勢に入って高度がだいぶ下がった時、機内の外国人乗客の多くがその違和感に明らかに気づいていました。「外の景色が全く見えない」と言う状況に。

<着陸した直後に視認できた空港ターミナル>

冬の北京の大気汚染は高層ビルの上部が霞むほどに酷いとは噂には聞いていましたが、着陸する飛行機から全く景色が見えないと言うのは正に命の危機を感じさせるのに十分すぎる恐怖でした。右隣には欧米系の白人男性が座っていましたが、明らかに不安そうに窓の外を共に見ていました(苦笑)高度が下がるのは感覚で分かるのに景色は一向に見える気配はなく…そして突然に、着陸の衝撃が走りました。そう、着陸のその瞬間まで、一切何も見えなかったのです。着陸して減速した時に初めて、空港のターミナルビルらしきものがぼんやりと見えるようになりました。右隣の白人男性が無事に着陸したその瞬間に、”Did it!”(やった!)と呟いて小さくガッツポーズを作っていたのは、他の全ての外国人乗客の気持ちを代弁したかのようでした(笑)まあ近年の空港には着陸誘導装置が設置されていますので、例え視界が悪くてもほぼ自動で着陸出来るのでしょうけど…(苦笑)

<管制塔の霞む冬の北京>

空港から見た冬の北京は正に絶句するような風景で、空港のターミナルから見ても管制塔がすでに霞んでいます。これで管制塔から飛行機が果たして見えるのかはかなり疑問ではありますが、それでも何事も無いかのように離着陸が行われているのは、技術の進歩がなせる技なのでしょうか。そして、北京での乗り継ぎと言うのは他の国でのそれとは全くに異なります。国際線から国際線への乗り継ぎ、つまり中国入国は行わないにも関わらずパスポートのチェックが2回行われ、そのうちの1回では顔写真までしっかりと撮影されます。荷物のセキュリティーチェックの厳しさも尋常ではなく、手持ちのカバンから電子機器類はもちろんのこと、バッテリーやコインまで全てカバンから出して見せる必要があります。この厳しい検査は中国政府の監視がいかに徹底的なものであるかを示すに留まらず、公表されることのない国内での反政府テロがいかに多いのかも物語っています(中国ではちなみに、地下鉄や新幹線に乗る際にまで荷物検査があります。それらが必要な理由と言うのは、どれだけ事実や情報を隠蔽していても必ず存在しています)。

これでもかと言うくらいに厳しいパスポートコントロールとセキュリティーチェックを通過するのに30分は消費したでしょうか。乗り継ぎ時間は1時間半以上ありましたが、乗り継ぎ便のゲートにたどり着いた際にはもうほとんど時間の余裕は残っていませんでした。中国で乗り継がれる方は、うっかり免税店で時間をかけてしまわないように気をつけてください。しかし、この旅での本当の衝撃は、この先に乗り込んだローマ行きのフライトにて待ち構えていました。

北京を離陸して約1時間後、長距離便ではお決まりの最初の機内食が配られたのですが、その機内食こそがこのイタリア旅行で最も忘れられないものでした。他の航空会社と同様に「Beef or chicken?」までは同じで、僕はビーフを選択したのですが、その機内食を開いた瞬間に、目を疑い絶句しました…

加熱されているはずのビーフのはずなのに、色が真っ赤な「ビーフ!?」がそこには鎮座していました…もう、見た目だけでも「明らかにこれはヤバい」と言うのは誰の目にも明らかです。いったい何の材料を混ぜて、どんな人工着色料を使ったらこんな色になるのかと…

<ビーフ!?Beef!?>

お腹は空いていましたし、機内食は機内で大事なウエイトを占める楽しみの一つ。怖いもの見たさも手伝って僕はそのビーフ(と彼らが言ったもの)を口にしてみましたが、一口食べただけで悟ることが出来ました、「これを食べてはいけない」と言うことを…(苦笑)味が、もう自然な食べ物の味ではありません。明らかに人工的な、異常に不自然な「作られた味」なのです。他の乗客たちは普通に食べていましたが、彼の国ではこの色と味は至って普通なのでしょうか…中国人がこの食べ物に疑問を感じないことに、逆の意味で更なる衝撃を受けました。

<全てのものが「人工的な味」がする機内食>

この航空会社ではキャビンアテンダントのサービスに関しても、他国の常識ではまず考えられないような事が多々発生しました。通路で僕が荷物を頭上の収納スペースに入れていた時にやって来たCAはと言うと、手伝うのでもなく止まって待つのでもなく、”Excuse me!”と言って乗客である僕を退かしてツカツカと通過して行くわ、通路側の席に座っていた僕にガツンとぶつかったにも関わらず一言も発せずに去って行くわ…(呆)彼の国ではおそらく、CAの職に就ける人間は特権階級なのでしょう。そこに「サービス」と言う概念は全く存在しません。イタリアへ行ったにも関わらず、最も衝撃的な事はイタリアではない場所で体験するハメに(苦笑)

ローマに到着した時には、色々な意味ですでにお腹いっぱいでした(笑)トータルで16時間程度の移動でしたが、何故か既に1週間は旅行をしたような気分でした(苦笑)この旅では劣悪な食べ物と最低なサービス以外にはトラブルはなく、まあ値段なりだから良いだろうと割り切ったのですが、この「値段なりの航空券に潜むリスク」は、再び安さに負けて次の欧州遠征にて同じ北京乗り継ぎでパリへと向かう際に、これでもかと言うほどに悪夢を見ることになります。その悲劇については、またいずれ別のブログ記事にてご紹介したいと思います(苦笑)

値段には、必ずその理由が存在します。この航空会社を利用するのであれば、最初から「長距離を飛ぶLCCである」「移動さえ出来れば他はどうでも良い」と言う覚悟でご利用されることをお勧め致します、間違っても自分を「お客さま」と考えてはいけません(苦笑)

To be continued.(笑)

北京乗継パリ行きの悪夢(Ai◯ Chinaその②)」に続く

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「知識」と「経験」の違い(英会話を学ぶ方々へ)

今日はこの、「知識」や「情報」と「経験」の間に存在する絶対的な違いについて考えてみたいと思います。先に結論を述べてしまえば、「経験」の伴わない知識や情報にはほとんど意味がありません。それは英語学習においてもとても重要なことですし、実は世の中の何事においても同じです。

「経験」には含まれていて「情報や知識」には含まれていないものは沢山あります。「経験」を得るためには費用と時間が必ず掛かりますし、それを得るための、またはそこにたどり着くまでの努力や挑戦、その努力を行うための意識と姿勢、そし何より、全ての人が持っているはずの「感情」が、「経験」を構成しています。これらは「知識や情報」には完全に欠落しているものであり、「知識や情報」が何の力も持たないのは、そこにたどり着くまでの努力や実際に自分で体験したと言う現実が全く無いからです。理屈で考えただけの理論や、学校のテキストや講義、あるいは何らかのメディアから簡単に入手した「知識・情報」は、実際には何の役にも立ちません。

実は、世の中にはこの事をシンプルに表す良い格言がちゃんとあります。

「机上の空論」

です。机の上で考えただけのことは、現実には何の役にも立たないことを、人は実はその歴史の中でちゃんと学んで来たのです。この「知識と情報だけに基づいた机上の空論」と、「実際に起きた、自らの目で見た、あるいはやってみた経験」は、時には同じ問題に対して違う結論を導くことすらあります。

例えばパリで発生している過激なデモに関して、「それが起きていることを知っている人」と、「それを直接見たことがある人」が感じることやそれを元に何かを行うことには、必ず違いが生じるはずです。何故なら、直接見た人はその恐ろしさや悲惨さから、現地の人の怒りの感情を実際に感じたはずだからです。ここに「知識・情報」と「経験」の間の決定的な差があります。日本の政府や公務員が決定する内容が時に市民にとっては明後日の方向であるのは、彼らは机の上でしか問題を考えていないからです。市民と同じ立場から、市民の目線で、市民と同じ気持ちを持って行われなければ、政策は明後日の方向に進んで行くだけです。まさに「机上の空論」でしか無いわけです。

この一番分かりやすい失敗例が、日本の「英語教育」です。日本では英語を「話せるようになるように勉強した経験」のないお役人様が政策を決めて、「英語を話せない教員」が英語を教えています。もう笑えるくらいに馬鹿馬鹿しいのが、日本の学校の英語教育です。日本の学校の英語教員のTOEICの平均点は、 中学校が560点、高校が620点です。TOEIC600点と言うスコアは、大学を卒業する前に就職活動をする学生が履歴書に書くことができる「最低スコア」です。もう一度書きます。「最低限のスコア」です。当然ですが、このスコアは英語が「話せる」と言うレベルより遥かに下です。その最低限のスコアに対してすら、中学の教員の半分以上が、高校ですら半分近くが届いていないのが現実です。シンプルに言ってしまえば、

「一部を除いて、学校の英語教員は英語が全く話せない」

と言う状況です。これで学生に英語を話せるようになれ、と言うことには恐ろしく無理があります。とある海外の方が日本で講演をした際にこんな事をズバッと言ったそうです。「日本の英語教育の最大の問題は、英語が話せない人間が英語を教えていることである」と。全く持って反論の余地もなく、ただ恥ずかしく思うことしか出来ません。

どうも政府も日本の英語教育の問題には「理屈では」気づいたようで(おそらく世界各国のTOEIC平均点を単純に比較したのでしょう)、何を思ったのか今後は「中学・高校の英語の授業は全て英語のみで行う」こととしましたが、一体何をどのように見て考えたらそのような結論になるのか、全く持って理解に苦しみます。英語が全く話せない教員に、英語だけで授業をしろと言っているのです。そのような教員に文法を英語で説明されれば、生徒だって全く理解出来ません。もちろん生徒は質問も出来なければ、例え出来たとしても今度は教員が返答出来ません。英語が話せない人間同士が英語だけでやりとりすれば、当たり前の結果です。まさに知識のみで現場の状況を実際に見てもいない「机上の空論」から導かれた方針です。おそらく教員も生徒も混乱するだけの結果となるでしょう。「知識と情報」だけが存在して「経験」のない空論で答えを導くと、このように誰が考えてもおかしな答えになってしまいます。政策を決める前に、文部科学省の職員全員が留学に行った方が良かったのではないでしょうか。TOEIC900点の取得も全職員に義務付けた方が良いかと思います。日本の教育方針を決める方々ですので、当然です。出来ないのであれば政策を決める能力も当然ないと言うことです。英語教員のTOEICの平均点を公開する前に、まず文部科学省職員の平均点を公開した方が良いのではないでしょうか。

このように、「英語を話せるようなった経験」のない人間や組織の作った学習法、カリキュラム、スクール、テキストからゲームやヒアリング教材に至るまで、そこに「経験」が入っていない限りは何の役にも立ちません。また、元々英語を話せる人や生活の中で自然に英語が身に付いた人がこのような仕組みを作ることもやはり無意味でしかありません。なぜならその方たちには「英語を話せなかった経験」や「英語を身に付けようと努力した経験」が無いからです。

同様に、「海外で成功したとされる学習法」をそのまま持って来るのも、100%無駄とは断定しませんがそのまま日本で成功するとも言えません。まずその方法を持って来る人間にその方法で「話せない状態から話せるようになった経験」が無いケースがほとんどですし、そもそも日本人の母語が日本語である以上、他の言語で成功しただけの方法が当てはまる可能性はかなり低いです。何故なら日本語の言語体系と言うのは世界の中でも非常に珍しいものであり、文字や発音から文法に至るまで、他のほとんど全ての言語と全く異なっています。例えば文法なら、欧米の大半の言語(フランス語、ドイツ語、イタリア語、スペイン語、ポルトガル語)は、基本的な仕組みは英語と共通です。更には、中国語ですら「主語・動詞・目的語」の順に単語を並べる点においては日本語ではなく英語と共通です。それだけ日本語と言う言語は特殊なものであり、日本人が英語を学ぶと言うことのハードルは他の言語を母語とする人々よりも遥かに高いものです。「海外で成功したから」日本でも上手く行くと言う確率は、実は非常に低いのです。あくまでも「日本で成功した学習法」でなければなりません。

さて、最後に皆さまにお伝えしなければならない事があります。ここで僕が皆さまにお伝えしていることは、残念ながら皆さまにとってはまだ「ただの情報」です。ぜひまず自ら「英会話を学んでみて」、それを「外国人に対して使ってみて」、海外の文化や現状を「自らの目で直接見てみて」頂ければ幸いです。そうして初めて、皆さまの中で英語やその他の知識が「経験」になります。シンプルに表現するなら、

「習うより慣れろ」

「とにかくやってみよう」

と言うことです(笑)あれこれ理屈で考えるのではなく、シンプルにまずやってみるのが一番です(笑)

SSEAはそんな「まずやってみようかな」と言う皆さまをお手伝い出来る場所であり続けたいと思っています。また、SSEAの講師は全員が「話せなかった経験」を必ず持っています。ネイティブ講師も「日本語が話せないと言う経験」を持っているからこそ、英語の話せない生徒さまのお気持ちやお悩みを理解出来ます。外国語をいきなり話すことができる人間はいません。誰もが最初は必ず初心者です。SSEAは、そんな方々のお気持ちに寄り添える場所であり続けます。

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“Better than Nothing”

“Better than Nothing”

(何もないよりずっと良い)

これは僕がスクールのネイティブ講師と会話する中で、僕自身のジェットコースターのような人生をジョークにする時によく使うフレーズです。辛いことや悲しいことがあっても、それは自分にとって何らかの糧になっているはずだと言うことを笑って話せるように思いついたフレーズです。(希望的観測とも呼びます。笑)

個人的な話で恐縮なのですが、僕の人生は本当に山あり谷あり、いやエベレストとマリアナ海溝を常に上っては下っているような毎日です(笑)当然上っている時は良いことが、下っている時は「マジか(汗)」と思うくらい悲惨な事が起こります。悪い方だけを列挙すれば、高校生の時は不登校の一歩手前まで行きましたし、就職活動の直前には9.11の同時多発テロがただでさえ最悪だった就職氷河期に拍車をかけました。それでも何とか勝ち取った就職は僕にとってはただの悪夢でしたし、その後の職場にもお世辞にも恵まれたとは言えません。プライベートでは近しい人にこっぴどく裏切られた事や親友が自殺を図ったこと、そして詐欺に遭ったことまであります。本当に話題には事欠きません(苦笑)

ですが、こうした悲惨な経験も含めてこそ今の自分とその成長があったのだと今では思えます。辛い経験からも非常に多くの事を学ぶことが出来ましたし、その経験こそがより大きな世界を僕に見せてくれる事となりました。ですので僕はこうした悲惨な経験をした事を今では全く後悔していません。むしろ有り難かった、そのおかげで最高の人生を見つけられたとすら思っています。不思議なことですが、物事は成功よりも失敗から学ぶことの方が多いものです。だからこそ日々何か悪いことがあったとしても、”Better than Noting” とジョークで笑い飛ばすことが出来ます。

人生には、世界には、必ず良いことと悪いことが両方存在します。程度の差こそあれ、そのプラスマイナスは必ずゼロなのだと僕は考えています。ですので、下り坂のあとには必ず上り坂があり、努力を諦めなければそれは何らかの形で必ず報われるのだと信じることが出来ます。良いことと悪いことの両方を経験した事こそが僕の原動力であり、今後の大きな目標を追うための知恵であり経験でもあります。

実は、僕には英語が話せたからこそ起こった(起こってしまった)事も沢山ありました。英語が話せれば良いことは数え切れないくらい沢山ありますが、同時にそれが災難をもたらした事もあります(苦笑)ですがそれも含めて、僕はより広い世界、より多くの事を経験し学ぶことが出来て、本当に幸せだと思います。英語は自分自身を何倍も大きくしてくれたのだと、今では感謝の気持ちしかありません。まさに僕にとっては全てのことが “Better than Nothing” です。こんなにワクワクするような人生を歩めて、幸せだと思えます。

僕が人生に迷った時に、よく確認する文章があります。何かネガティブな事に遭遇した時に、自分を奮い立たせるためのものです。

I’m not afraid of being hurt.

Whatever happens in my life,

I will never give up and keep challenging.

Even if I fail once, it’s the path to the next challenge.

To make my dream come true.

I’m not afraid of being hurt.

As we get hurt more, we can learn much more.

As we shed tears more, we can be sweet much more.

So I’m not afraid of anything.

To make me grow up.

悪いことがあっても辛いことがあっても、それは必ず自らを成長させてくれるものです。退屈な平穏にしがみつくより、失敗することの方がずっと価値があると思っています。だからこそ失敗することを恐れず、とにかく挑戦してみよう、失敗したとしてもそれはむしろ良い勉強なのだと、全て笑い飛ばしながら人生を楽しめたら最高だと思います。

SSEAはそんな価値観に出会うことが出来るような、失敗することを恐れない人材を育成することが出来るような、そんな場所であり続けたいと思っています。

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ハリネズミのジレンマ

今日は、一見英会話とは関係ないようで、実はコミュニケーションにとても大切だと僕が思うことを書いてみたいと思います。それは、「ハリネズミのジレンマ(hedgehog’s dilemma)」と呼ばれる人間関係における現象です。

「ハリネズミのジレンマ」は「ヤマアラシのジレンマ(porcupine’s dilemma)」と呼ばれることもありますが、哲学者ショーペンハウエルの寓話を元に心理学者フロイトが作った、人間関係に関するたとえ話のことです。

ハリネズミは皆さまもご存知の通り、身体全体に鋭いトゲを持っています。これは自らの身を守るためのものですが、同時に仲間を遠ざけてしまうものでもあります。ハリネズミが寒さに凍えたとき、ハリネズミは身を寄せ合ってお互いを暖めようと試みます。しかし悲しいことに、ハリネズミ同士が身を寄せ合うと、その鋭いトゲでお互いを傷つけてしまいます。お互いを傷つけてしまうことに気付いたハリネズミはお互いを傷つけないようにいったん距離を取りますが、やはりお互いを暖め合おうとして再び近づこうとします。こうしてお互いに近づこうとしてはお互いを傷つけることを繰り返してしまうのが、「ハリネズミのジレンマ」と呼ばれる人間関係です。

<ハリネズミはそのトゲゆえにお互いを傷つける>

これは人間同士にも非常に良く見られる現象で、恋人、夫婦、友人、そして家族と、お互いに近づこうとすると時にお互いを傷つけてしまうことがあります。こうして近づいたり離れたりを繰り返すことで、私たちはそれぞれに適切な距離と関係を少しずつ見つけて行きます。人間関係はお互いに近づきすぎると、傷つき傷つけてしまい関係が悪化することがある一方で、距離をとってしまえば疎遠になり、親密な関係を築くことは出来ません。人にはそれぞれ最適な距離感があるのですがそれを見つけるのはとても難しいことで、その過程で必ず傷つけ傷ついてしまうことがあります。

それでも、例え傷つくことがあったとしても、人はお互いを理解しようとすることを諦めてはいけないのだと僕は思います。お互いを理解し距離を近づけることが出来なければ人々は永遠に他人同士であり、その利害が干渉することがあればそれは必ず衝突と争いへと発展してしまうからです。

実は、英語を話すことや異なる価値観と出会うことは、この「ハリネズミのジレンマ」と全く同じことです。同じ国で育った人間同士でもそうなのですから、異なる文化や宗教を持つ人々が近づこうとすれば、そこには必ず誤解や衝突が生じることがあります。しかしそれでも、粘り強くお互いを理解し、お互いの適切な距離と関係を築くことがとても大切です。それを諦めてしまえば、世界には恐らく戦争や紛争しか残らないでしょう。

僕が初めてカリフォルニアに留学した時に、同じ家に滞在していた日系ブラジル人のアグネスに言われた言葉があります。(詳しくは留学時代のブログ:Santa Barbaraその1。から順にお読み下さい)

“Try to understand.”
(理解しようとしなさい)

とてもシンプルなフレーズですが、僕は20年近く経過した今でもこの言葉を忘れることが出来ず、とても大切にしています。

<英語を話すことは相手を理解しようとすること>

お互いを理解することを諦めてしまえば、人々が近づき、協力し、平和な社会と世界を築くことは決して出来ません。その過程ではもちろん傷つくことも必ずあります。しかしそれでも私たちは、お互いを理解することを決して諦めてはいけない、そのことをアグネスは僕がカリフォルニアに到着したその日に教えてくれました。(そこまで深い意図があったかは分かりませんが。笑)日本人にとって英語を話すと言うことは非常に難しいことです。姉妹語を母語とするフランス人やスペイン人が英語を学ぶことと、全く異なる文法と文字を使用する日本人が英語を学ぶことは全く別次元の話であり、それは同列に比較することは出来ません。

ですが、私たちは世界の共通語である英語を自ら話すことで初めて、他の文化や価値観を理解しようとする姿勢を持つことが出来ます。翻訳ツールを使った方が早い、とお考えになる方もいらっしゃるかも知れませんが、そこには明確に違いがあります。機械で即座に翻訳してしまえば、私たちはそれを情報としてしか理解することが出来ません。コミュニケーションとはそうではなく、人がみな必ず持っている感情と共に「お互いを理解しようと努力すること」です。自ら英語を話したり聞こうとして初めて、私たちは異なる価値観を「理解しよう」と言う姿勢を学ぶことが出来ると僕は思います。そして世界の人々がお互いを「理解しよう」と努力して初めて、私たちは地球と言う限られたエリアの中で共生することが出来るのではないでしょうか。

もちろんその中では、お互い傷ついたり傷つけてしまうことが必ずあります。それは個人同士でも、日本人と外国人でも、国と国の関係でも同じです。必ずいつか「ハリネズミのジレンマ」を経験します。しかしそれで諦めるのではなく、近づいたり離れたりを繰り返しながらお互いを理解して、お互いが共生出来る距離と関係を見つけることを私たちは決して忘れてはいけません。

実は僕はまだ高校生の頃に、とあるアニメのストーリーでこの「ハリネズミのジレンマ」を知りました(笑)アニメと言うと軽く見る人もいらっしゃるかも知れませんが、様々な道徳的なメッセージが含まれているドラえもんに代表されるように、これは日本が世界に誇るれっきとした立派な文化だと僕は思います。世界中の人々がドラえもんを見て育てば、世界はもっと平和になるかも知れません(笑)実際に日本のアニメを見て育った外国の人々は、大部分の人々が日本を非常に好意的に捉えています。それはきっと、外国の人々にとって「日本」と言う文化を理解することなのでしょう。

<ドラえもん名言集(笑)>

<人を理解しようとすることは難しい。でも諦めてはいけない>

世界には必ず、幸せなことと辛いこと、嬉しいことと悲しいこと、簡単なことと難しいことがあります。人生には、世界には、多かれ少なかれ良いことと悪いことがあるものです。しかし、辛いことや悲しいことを経験したら、そのぶん人には優しくなれる事もあります。人と人はそうして、常にお互いを思いやり協力する努力を諦めてはいけないと僕は思います。それがお互いを「理解しようとする」事なのだと思います。

“Try to understand!”

皆さまもぜひ英語を自らの口で話すことに挑戦して、人々を理解しようとすることの大切さを学んで頂ければ幸いです。

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本当の意味の「多様性」とは何か

「多様性を認めることは大事だ」と良く言われます。それはただの理想論だ、受け入れられない関係や文化は必ず存在する、と多様性に否定的な見解を持つ方も少なくはないかと思います。私たちが子供の頃には、「ニューヨークは人種のるつぼである」とその民族や人種の多様性が教えられていましたが、その後その表現は「人種のモザイクである」と訂正され、現在では「人種のサラダボウルである」と言う表現になっています。これが意味することは、多様な人々が同じ街に住んではいるけれども、結局は同じ文化の人種や民族が固まって生活し、その境界線が実はハッキリ存在する、あるいはごちゃ混ぜに存在していても同化することはない、と言うことです。つまり多様な人々が同じ場所に生活していても「一つになってはいない」と言うことです。

<人種のサラダボウルには分布図も>

<ニューヨークのエスニックタウン>

ですが、そもそも「多様性」とは何なのでしょうか。異なる人々が完全に混じって一緒に暮らさなければ、それは多様性とは呼べないのでしょうか。

僕は個人的には、文化や宗教が異なる人々が完全に混ざって同じ方向を向いて暮らすことはおそらく不可能だと思っています。いや、人種、民族、文化や宗教以前に、そもそも個人とは一人ひとりがそれぞれに異なるものです。その異なる個人個人に一つの理想を押し付けることは、それは間違っても多様性とは呼べないものだと思います。国境を消滅させることで画一的な地域を作ろうとしてもその中で人々が画一的にはならないと言うことは、混乱を極める欧州を見れば明らかなことです。移民に対する排斥デモは、差別と復讐がぶつかりエスカレートを極めています。例え同じ都市に様々な人種や民族が存在していても、それらが衝突し合っている状況は「多様である」とは言えないものです。都市の中に細かな国境と紛争が存在しているようなものです。

<欧州で多発している移民排斥デモ>

僕が考える「多様性」とは、おそらくまず人々が「自分と他人は異なっているのだ」と言うことを受け入れることではないかと考えています。様々な人々に一つの理想や考え方を強制することで安定を図ろうとすることは、それは逆に多様性を殺すことであると思います。これは個人や個性、あるいは異なるそれぞれの文化を消滅させるに等しいやり方です。

自分と他人は異なっている事を受け入れた上で、それぞれの違いや考え方を理解し尊重することこそが「多様性」と呼べるのではないでしょうか。お互いの違いを許容することが出来て初めて、差別や衝突、紛争が減るのではないでしょうか。

では、これを国家と言う単位の中で実現するためには、人々は何を学ばなければならないでしょうか。それはおそらく、異なっている人々を否定しないこと、自らのやり方を強制しないことから始まるのではないかと思います。もちろん、一定のルールは必要です。法律やモラルが守られなければ、それはただ治安の悪化した社会に通じるだけだと思います。そのルールの基本はやはり、元々にその場所に存在していたもの、現地の文化が基準となるべきです。ですので逆に、移民をして行った人々が現地で、「我々の文化も尊重しろ、我々は我々の文化を貫く」と言うスタンスを取れば、それはやはり差別や衝突へ通じるだけでしょう。他国へ移住するのであれば、その国の文化を尊重しなければなりません。自分たちの文化を捨て去る必要はありませんが、現地のルールに混乱をもたらすような固執は避けるべきです。受け入れる側も受け入れられる側も、現地のルールを基準にした上でお互いを理解し尊重することが、あるべき姿なのではないかと思います。

そう言った意味では、日本は多様性を実現する下地があるのではないかと僕は考えています。日本は島国で国民の大部分が大和民族であった画一的な国でしたが、一方で外部からのお客さまを受け入れる際の「おもてなし文化」も持っていました。現在では日本でも移民や外国人労働者が急速に増加していますが、細かい問題はあるにせよヨーロッパのような大きな差別や混乱は今のところ生じていません。日本で働く外国の人々も上手く日本の社会に溶け込んで、都心のコンビニへ行けばスタッフが外国人ばかりと言うケースも増えていますがそれでも大きな違和感が社会に生じていないのは、日本人が近しい人を差別せず寛容に受け入れられること、そうした社会に海外の方が溶け込もうと努力をしている事が、これまで大きな混乱を生んでいない理由なのかも知れません。

これは逆に海外へ出て行った日本人にも同じ特徴が見られます。日本人は海外へ出て行けば現地で日本社会を無理矢理作るようなことをせず、比較的現地の文化に従って生活をしています。それは世界中にコリアタウンやチャイナタウンがあれども、ジャパンタウンが非常に稀であることからも明らかです。柔軟に現地の文化に溶け込む努力、それこそが真の多様性に通じるものでは無いのかと僕は思います。

<チャイナタウンは小さな物も含めれば世界に数え切れないほどの数が>

今後は日本でも国際化と多民族化が一気に進むことでしょう。その中で私たちが今の平和な日本をこれからも守るためには、日本のやり方を強制するのではなく「異なるものを受け入れ尊重する姿勢」が大切なのだと思います。日本の文化を伝えつつも、お互いが理解をし、お互いが歩み寄り、お互いを尊重して違いを受け入れること、そうすることで私たちは、これまで築いて来たこの平和な国をこれからも保って行けるのだと僕は考えています。

異なるものを理解し受け入れるためには、やはり外国人と触れ合うと言う経験は欠かせません。そして世界の共通語である英語を学び自らの口で話すことは、異なる価値観を発見する第一歩であるのは間違いないと思います。

多様な人々がお互いの違いを認め合い尊重できること、お互いを理解し受け入れることで平和を築くこと、私たちのスクールは英語教育を通じてそうした社会の実現を目指しています。多様な社会の実現に世界でも貢献出来るような、そのような人材の育成を目指しています。

“You and I are different. It’s not a problem at all and let’s accept and respect each other.”

※ 英会話SSEAが『みんなの英語ひろば』の取材を受け、特集記事が掲載されました。ぜひご覧ください!

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北欧は本当に「豊か」なのか

皆さまが「北欧」と聞いて連想するのは恐らく、「生活が豊かだ」「福祉が充実」「学力が高い」「洗練されたデザイン」と言ったポジティブなイメージだと思います。それに比べて日本は仕事は忙しいし、待機児童は多いし、ゆとり教育でレベルが落ちて…とネガティブに感じられるかも知れません。

では、本当にこのイメージは正しいと言えるのでしょうか。僕が客観的に考える限り、この対照的なイメージはマスコミが意図的に誇張した偏ったものと言わざるを得ません。僕は決して右翼や愛国主義者ではありませんが、客観的な視点を日本の人々が正しく持つ必要があると思いますので、あえて事実関係をここで考えてみたいと思います。また、始めに北欧に嫌悪感を持っているのでは無いことも予めお断りしておきます。

まず目につくのは豊かさの指標として最も一般的な「国民1人あたりの名目GDP」ですが、その数字は以下のようになっています。

<2017年の世界のGDPランキング(1人あたり)>

1.ルクセンブルク 105,863ドル

2.スイス     80,637ドル

3.マカオ     77,111ドル

4.ノルウェー     75,389ドル

<中略>

8.アメリカ合衆国  59,792ドル

9.シンガポール   57,713ドル

10.デンマーク    56,631ドル

12.スウェーデン   52,925ドル

16.香港       46,080ドル

17.フィンランド   45,927ドル

25.日本       38,449ドル

このランキングを見てショックを受ける方は少なくないはずです。かつて世界一にもなった日本の1人あたりのGDPは今や25位、北欧はおろかシンガポールや香港にも及ばない…とマトモに考えては実はいけません。確かに国家と言う単位で括ればこのようになりますが、そもそも人口や地理などの条件が全く異なります。人口の少ない場所や都市国家は1人あたりのGDPが大きくなるのは当然です。これを単純に比較しては、実態を見誤ります。上記の国の人口を大きい順に見れば、

参考:EU         約5億人

アメリカ       約3億5千万人

日本         約1億2千万人

参考:東京都市圏    約4000万人

参考:北欧総人口    約2700万人

参考:東京都      約1300万人

参考:東京23区     921万人

スウェーデン      910万人

スイス         842万人

香港          740万人

シンガポール      561万人

デンマーク       540万人

フィンランド      530万人

ノルウェー       470万人

マカオ           62万人

ルクセンブルク       59万人

参考:東京都心3区    45万人

北欧を全て合わせてもその規模は東京都市圏(東京・神奈川・千葉・埼玉)よりも遥かに小さいものであり、同じ人口規模で比較するなら北欧の国は東京23区でようやく比較対象となるべきものです。ヨーロッパの一部の豊かな部分だけを切り取って「豊かだ」と断定するのは、東京23区のみを見て「豊かだ」と言っている事と同じです。日本全体として比較するべき対象はアメリカ合衆国やEUと言った単位であり、そうした基準で考えれば豊かさの指標は全く異なるものになります。マカオやルクセンブルクの規模は都心3区(千代田・中央・港区)と比較するようなものです。逆に考えると、人口が3億5千万のアメリカのGDPが6万ドルに迫ると言うのは想像を絶する事と言えます。これがアメリカが世界の頂点たる確固たる理由です。

この「基準を合わせた」豊かさの比較を1人あたりのGDPで行ってみると、以下のようになります。

アメリカ合衆国  55,805ドル

日本       32,485ドル 

EU         31,968ドル

(以上2015年基準)

東京23区     76,900ドル

ノルウェー    75,389ドル

シンガポール   57,713ドル

デンマーク    56,631ドル

スウェーデン   52,925ドル

香港       46,080ドル

フィンランド   45,927ドル

(以上2017年基準。東京23区は総生産85兆円÷921万人 1ドル120円)

「豊かな場所だけを切り取る」と言う数字の比較がいかに参考にならないものかが、お分かり頂けるかと思います。日本から東京23区だけを切り取った場合、その「豊かな場所だけなら」世界では未だにトップクラスに豊かだと言うことになります。大きな括りで考えるなら、EUは日本を下回っているとも言えるはずです。またシンガポールなどは、あくまで「東南アジアの金融センター」であるから豊かなのであり、大きな括りにするためには周辺の東南アジア諸国を含めて比較するのが正しい比較対象です。そうして考えた場合、東南アジアにおける貧富の格差は日本の東京と地方の格差とは比較にならないほど大きなものです。EUにおける格差も日本より遥かに大きいと言えるでしょう。それはデモの多発や政情不安、頻発するテロや高い失業率を見ても明らかなことです。EU全体での失業率はすでに9%にも達しています。「労働者が足りない」と騒ぎになっている日本と、どちらが幸せと言えるでしょうか。

また、これらはあくまでも数字の上だけでの比較です。他の要素を勘案すれば、北欧が必ずしも豊かとは言えない理由はたくさん存在します。

例えば、皆さまは「北欧の大企業」を聞かれたら、どれだけ挙げることができるでしょうか。ノキア、エリクソン、ボルボ、レゴ、イケア、スポティファイ…このくらいではないでしょうか。これはアメリカや日本はもちろん、ドイツ1国と比べても圧倒的に劣勢であり、学力が高いはずの北欧にはそれを受け入れるだけの環境が存在しないと言うことになります。学力が高いのに競争力のある企業が育たない、これは非常に矛盾していると思いませんか?これには北欧諸国が福祉の充実に注力し過ぎてしまった弊害が関係しています。

北欧の国での福祉が充実しているのは、紛れもない事実です。医療費、年金、社会保障と、人々は安定した裕福な福祉の恩恵を確実に受けており、これが一見すると「暮らしやすい」ように見える理由の一つです。しかし一方で、その福祉を維持するための税率は北欧では圧倒的に高くなっています。日本の消費税に相当する標準税率は22%から25%と、何をするにも税金で飛んで行ってしまいます。また産業の脆弱さから公務員比率が高くなっており、大半の国で公務員比率が30%を超えています。公務員の無駄な仕事が叫ばれる日本の比率が9%程度である事を見ても、これがいかに異常な数値かがお分かり頂けるかと思います。一体どうしてこれで豊かな国が成り立つのか不思議に感じられるかも知れませんが、その秘密は油田や鉄鉱石などの資源にあります。つまり経済は完全に資源依存で成り立っているのであり、これはアラブの産油国と何ら異なるものではありません。日本にはほとんど資源がないにも関わらずこれだけの経済力を知恵と勤勉で生み出している、これは逆に誇るべきことだと僕は考えます。

北欧の「豊かさ」とは、豊富な資源を背景に国民が高い税金を支払う事で全員が恩恵を受けましょう、そのような前提で成り立っているものです。国民がみな似たような水準で福祉を受けられる一方で、高水準の最低所得が国で定められているため製造業では国際的なコスト競争力が失われました。その結果残る仕事は研究開発を除けばドライバーやウエイターのような単純労働のみ。税率は高く、物価も高い。その代償として教育や医療が無料であると言う福祉が成り立っています。つまり「みんなでほどほどに幸せに暮らしましょう、大きな夢を見ることは出来ませんが」、そのようなものです。また働き口のない移民でも高い失業手当がもらえる事から無職の失業者が増加した結果、外国人への差別意識が非常に高くなっています。こうした状況と平行して低い出生率と高齢化も進み、人口も増加していません。豊かなはずの国の人口がなぜ増えないのか、それは良く考えてみる必要のあることです。国全体がお金を持ちながらも排他的な「老人ホーム」となっているようなものです。

先日このような事件があったのを皆さまはニュースでご覧になったでしょうか。北欧のとある国のホテルに予約の前日にチェックインしようとした中国人観光客が宿泊を断られ、ロビーで寝泊りしようとしたところを警察につまみ出されました。もちろん原因は中国人観光客のマナー違反であったのは疑いもありませんが、それを国のテレビ局が馬鹿にして番組を制作し、「中国人観光客の皆さまを歓迎致します。ただし、散歩をしている犬は食べ物ではありませんので食べないように(笑)また用を足す時はトイレに行く必要があるんですよ(笑)」と言う侮辱的な内容が放送され、国際問題にまで発展しました。もし日本のNHKがこのような番組を放送したら、皆さまは恥ずかしいと思いませんか?例え中国人観光客のマナーに怒りを覚えたとしても、人としての品位は守って然るべきもののはずです。この国では外国人への差別意識がこれだけ高いものであり、国民の民度は残念ながらこのように低いものだと言わざるを得ません。

さて、皆さまは日本の未来に何を望むでしょうか。北欧のように「排他的に小さくまとまる幸せ」なのか、「勤勉や努力、挑戦や多様性が認められる幸せ」か。僕は日本の未来は後者であって欲しいと願うばかりです。繰り返しになりますが、僕は愛国主義者ではありません。北欧を嫌悪する感情も一切ありません。それぞれの国にはそれぞれの考え方があって当然です。ただ、自分の生まれ育った国がより良くなって欲しいと言うことを、当たり前に願っているだけです。多様な人々がお互いを尊重する社会、私たちのスクールはその実現を目指しています。

“Hope we can respect the diligence, effort, challenge and diversity, to make our country grow up.”

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Santa Barbaraその15。

ここでは2001年の春に僕が初めての留学で滞在したカリフォルニアの小さな町、サンタバーバラでの体験について書いています。初めてこのブログをお読みになる方はぜひ、Santa Barbaraその1。からお読みください。

ユンが僕らのステイ先から韓国へ帰国したその週末、僕は近しい仲間たちとロサンゼルスで最後の週末を過ごす予定になっていました。1番近いロサンゼルスがなぜ最後の週末まで持ち越されたかと言うと、近しいメンバーの1人だったナギサがこの週末にロサンゼルスで友人と会う約束をしていたため、他の目的地(サンフランシスコ・サンディエゴ)を先に回したためです。ナギサとは2泊目のホテルで合流し、帰りは一緒にサンタバーバラへ戻る約束をして、旅の当初のメンバーは僕とナツコ、マユミ、ミチコの4人となりました。いま思えば、同一行動するならこのくらいの人数が最適なのかも知れませんが、留学中は何かと色々な人間が集まってしまうものなのかも知れません(苦笑)

金曜日の最後のクラスを終え、クラスメイトでもあったユンとは最後に記念撮影をしてお別れとなりました。もう少し僕が英語が話せたら、連絡先を聞いたりその後もやり取りを出来たと思うのですが、残念ながらその時はまだそこまで出来るようにはなっていませんでした。ですがこの時のサンタバーバラでの悔しさ・情けなさが、その後の僕が頑張れるようになった原動力であり今の全ての原点であるのは間違いありません。英語は上手くは話せませんでしたが、短くとも人生の転機だったと言える貴重な日々であったのだと思います。

<ユンと最後に撮影した写真。英語力の低さを痛感したことは大切な経験だった>

3度目の週末ともなれば小旅行の手配も慣れたもので、レンタカーはスクールから予約を入れてもらい、ホテルは自分で電話をかけて予約をしました。(←語学学校のコーディネーターは頼りにならないことはサンディエゴで学んだので…)1泊目はユニバーサルスタジオ・ハリウッドに近いモーテル、2泊目は最後の週末の記念に、歴代のアメリカ大統領も宿泊したと言う “Biltmore Los Angeles” に宿泊することにしました。日本の免許証を見せればサンタバーバラではレンタカーを借りられると言う悪知恵もしっかり付いていて(苦笑)、5人乗りのスポーツタイプのセダンをレンタカーしてロサンゼルスへと向かいました。この悪知恵が後に自分を窮地に追い込むことになります。(お読みの皆さまは「くれぐれも」真似をしないでください。汗)

<スポーツタイプのセダンは目線が低く運転し辛かった>



<1泊目はユニバーサルスタジオに近いモーテル>

金曜日の午前中のクラスを終えた僕ら4人は、まずモーテルにチェックインをしたあとにハリウッドの「ロデオ・ドライブ」へとショッピングへと向かいました。いま思えばハリウッドのセレブがスーパーカーで乗り付けて買い物をするロデオ・ドライブで、モーテルに宿泊するような一般庶民の留学生が買えるようなものはほとんどないのですが、観光的なノリも半分くらいでバックパックを背負ったようなカジュアルな格好で出かけてしまいました。本当にお上りさん丸出しだったかと、今は恥ずかしくもあります(苦笑)ミチコは記念にとカバンを一つ購入していましたが他のメンバーは結局何も買うこともなく、映画「プリティ・ウーマン」の舞台となった “Beverly Wilshire Hotel – Beverly Hills” を外から見学し、ビバリーヒルズの超高級住宅街の中をブラブラとドライブしたあと、ロデオ・ドライブ近くのイタリアンレストラン「プレゴ」にてディナーを取りました。本当に、知らないと言うのは恐ろしいことで…「プレゴ」の2階では何やら貸切りでのセレブなパーティーが開かれていましたが、そんなレストランにカジュアルな服装で入った挙句にメインディシュのみを頼んでシェアをすると言う、全く持って若気の至り的な、知らないから出来たような身分不相応な半日を過ごして、その日はモーテルへと帰ることになります。

<ロデオ・ドライブにて。>

翌日はユニバーサルスタジオ・ハリウッドを夕方まで満喫しました。ロサンゼルスと言えばディズニーランドも有名ですが、当時はまだ日本にはUSJも存在しなかった時代、ディズニーランドは東京とあまり変わらないと言うウワサも手伝って僕らの選択はユニバーサルスタジオ一択となりました。ウォーターワールドとジュラシックパーク・ライドでずぶ濡れになりつつも、カリフォルニアの乾いた空気と暖かな日差しの下でユニバーサルスタジオを満喫した僕らは、ロサンゼルスでも名門ホテルである “Biltmore Los Angeles” へと向かったのですが…

<ユニバーサルスタジオは当時はまだ日本には無かった>

ここでメンバーの誰もが経験したことのない壁が待ち受けていました、”Valet Parking” です。「バレー・パーキング」とは、ホテルの車寄せに自家用車で乗り付けると、係員がカギを預かって駐車場へと持って行ってくれるサービスのことです。映画のワンシーンでセレブがよくやっている、スマートにカギだけ渡してホテルへと入って行くこのサービスを、免許を取ってまだ数年の日本の大学生が経験したことなどあるはずもなく…(汗) あたふたと荷台から荷物を出し、何も分からないままカギを渡すと車を出す時の連絡の仕方を説明されたのですが、完全に舞い上がっていた僕らはチップすら渡すことが出来ませんでした。カジュアルな服装の子供みたいなアジア人がビニールバッグを背負ってロサンゼルスの名門ホテルのバレーパーキングへやって来た姿は、恐らく大層滑稽な光景だったことでしょう(苦笑)僕らにとっては良い勉強だったかも知れませんが、身の程知らずとはまさにこのことだったかと思います。

<Valet Parkingは日本人にはハードルの高いサービス(写真はフロリダにて)>

<ビルトモア・ホテルにて富裕層の“フリ”(笑)>

その後ゴージャスな部屋に大層はしゃいだ僕らは夕飯はどうしようかと言う話になったのですが、ガイドブックでコリアタウンがある事を知った僕は夕飯はコリアンBBQ(焼肉)にしよう、と安易に思いつきました。いま思えばアメリカでチャイナタウンやコリアタウンがどんな場所かも知らなかった僕らは、何とかバレーパーキングから車を取り出し(チップはまた渡し忘れた記憶が…)、車でコリアタウンのある住宅街へと向かいました。コリアタウンに差し掛かるとハングル表記の看板が現れ始め、「もうすぐだー」とはしゃいだのは一瞬で…中心部付近に着いているはずにも関わらずまばらに商店があるだけで薄暗い町を目の当たりにした僕らは(既に陽は落ちていた)、車から降りて歩き回ることは非常に危険だと言うことを明らかに察しつつありました(汗)「歩き回るのは危ないから、駐車場のある店に入るしかない」と考えた僕らは焼肉へのこだわりを捨て、とあるレストランの駐車場へと入ってそそくさと店内へと駆け込みました。

<コリアタウンは住宅街なので基本的に暗い>

思えばまだ日本人は韓国のことはほとんど知らなかった当時、「韓国料理」と言うものを食べるのは初めての経験でした。幸いなことにレストランには料理の写真が大きく貼り出されていたので、カルビ(と思われるもの)、トッポギなどいくつかの料理を頼んでシェアしたのですが、まだ辛い食べ物に慣れていなかった僕らはその辛さに驚きました。唇が痛くなるのを感じつつも初めての韓国料理を美味しく楽しんだ僕らは、ロサンゼルスに息づくコリアタウンの文化と状況も知ることができたのは今思えば良い経験だったのだと思います。

レストランで食事を終えたあと外に出ると、メンバーの一人が道路の反対側に小さな商店があるのを見つけ、飲み物などを買いたいと言い出しました。僕は正直、「信号を越えるだけでも歩くのは危ないんじゃないか」とは思ったのですが、素早く動けば大丈夫だろうと思い小さなリスクを伴うわずかなアドベンチャーに挑戦しました。(道の反対側へ渡っただけです。笑)幸いなことに暴漢に襲われることもなく車に無事に帰り着いた僕らは車で夜のハリウッドの方向へ向かったのですが、とある繁華街を通過した時にロサンゼルスを夜に出歩くのは危険だと言う雰囲気を感じ、車から降りることなくホテルへと帰ることにしました。

アメリカはどこの街も同じですが、夜に徒歩で歩き回るのは非常に危険です。特に人気のないダウンタウンや住宅街を、夜に一人で歩くのは自殺行為とも言える行動です。幸いなことに車で移動していた僕らは、コリアタウンや繁華街を車で通過することでそう言った雰囲気を肌で感じることも出来ました。アメリカはやはり車社会、車で移動できると言うことにはアメリカでは様々なメリットがありますが、翌日の夜にサンタバーバラへ帰る途中に無免許運転(正確には無免許ではなく国際免許証不所持)の代償も味わう事になります。続きは次回のブログにてご紹介致します。

To be continued.

Santa Barbaraその16。へ続く

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ドイツでは再生可能エネルギーが8割!?

まず始めに、僕は原発推進の立場ではない事はハッキリさせておきます。個人的には原子力発電所は最終的に無くせるのなら無くせる方が良いと思います。ここで述べたいことは、「現実的にそれを達成するためには何をすべきか」と言うことです。そのためには、ヨーロッパにおける成功と失敗の両面を知っておくべきだと考えます。

まず世間に広がっている2つの相反するイメージ、①「ドイツでは再生可能エネルギーが8割以上を占めるようになった」と、②「ドイツはフランスでの原子力発電からの電力輸入に頼っている」はどちらも間違いであることを指摘しておきたいと思います。

①の「再生可能エネルギーが8割」と言う数値はあくまで夏場のエネルギー消費が少ない時期(ドイツは夏も涼しいため大量の電力は必要としない)に、電力消費が理想的に少ない状況で夏の良好な環境の元に風力及び太陽光発電が理想的に行われた場合の「理想値」であり、このようなバラ色の環境が一年中続くことはあり得ません。

逆に②の「フランスの原子力発電に依存」も正確ではありません。ドイツは2018年時点でフランスに対しては電力の輸出超過となっており、フランスの原子力発電に頼っていると言う表現は間違いであると言わざるを得ません。

2011年に福島での原発事故が発生したのち、ドイツでは2022年までにエネルギーを原子力発電から脱却することを掲げて原子力発電所が閉鎖されて行きました。このエネルギー転換政策は一部は成功、一部は失敗と考えられる結果となっています。

<欧州で活用が進む再生可能エネルギーは不安定さを克服する段階にはない>

まずドイツが電力の「輸出国」であることからも分かるように、原子力発電を廃止しながらも、1990年には3%強しかなかった再生可能エネルギー(風力・水力・太陽光)の活用を全体の3割まで拡大させたことは大きな成功と言えるでしょう。ドイツでの発電コストは実際に、原子力大国であるフランスよりも安価なものとなっています。

一方で、全てがバラ色ではなかった現実も明らかになりつつあります。再生可能エネルギー技術はまだ発展途上であり、季節や気候の変動に弱いと言う弱点をカバーするには至っていません。夏場は大きなウェイトを賄える一方で、寒さが厳しい冬場は火力発電に頼らなければならないのが現実です。ご存知の通り火力発電とは石油・石炭や天然ガスと言った化石燃料を燃やして発電を行うものであり、当然それはCO2の排出を伴います。原子力と言うリスクを取り除いた結果、環境により大きな負担を掛けることになってしまったのもまた事実です。原子力が非常にリスクの高いものであるのは疑いも無い事実ですが、一方で温室効果ガスの問題も世界ではもうこれ以上看過出来ない深刻な問題です。しかしながらドイツではこのエネルギー政策転換の副作用により、温室効果ガスの削減を渋らざるを得ない状況になっています。また、再生可能エネルギーの不安定さを支えているのは他国と接続された電力のやり取りであり、これは地政学的に欧州のみで可能な方法です。自国の再生可能エネルギーのみで電力の全てを賄うことは現実には不可能であり、その再生可能エネルギーの不安定さを補うべく比較的環境負荷の少ない天然ガスの大部分をロシアからの輸入に頼った結果、欧州の経済とエネルギーはロシアにその生命線を握られてしまう結果となりつつあります。これは安全保障の観点からは大いに危険な状況です。

また、再生可能エネルギーの生産コスト自体は低く抑えられているものの、そのインフラ整備に想定以上のコストが重み環境税の高騰および家庭で発電された環境再生エネルギーの買い取りコストが跳ね返った結果、ドイツ国内の電気代は非常に高額なものとなっています。これは国民の消費力を圧迫するのみならず企業の生産活動にも影響を与えるものであり、工業が産業を支えるドイツの国家競争力を大きく低下させる事が懸念されています。それは最終的には、ドイツ経済に依存している欧州全体の地盤沈下を誘発するものであり、欧州が世界の中心的な存在としての役割を失って行く流れは、もはや今後取り戻すことは難しいでしょう。人とは経済活動があって初めて生活が出来るものです。経済力の沈下により職が失われれば、リスクを低下させた結果、人の生活が守られないと言う本末転倒の結果になると言わざるを得ません。特に移民や貧困、テロの問題が蔓延する欧州で経済力が沈下することは、ナショナリズムの高まりや更なる差別を再度誘発し兼ねず、それは一層の治安の悪化に通じます。また電力と言う生活必需品が高騰したということは国民に一律に負担が配分されたと言うことであり、このような一律の負担の増加は日本における消費増税と同じく貧困層になればなるほどその生活を圧迫することになるため、実質的には「貧富の格差を拡大させた」ことと同義となります。当然、その結果は現時点でも深刻である貧困層の拡大と治安の悪化に今後さらに通じて行くものです。理想を追求した代償は大き過ぎたと言わざるを得ないのが現実です。

<ドイツの電気料金は高騰を続け、フランスの2倍の額に達している>

また、ドイツが原子力発電を廃止したから、欧州全体が原子力を棄てることができる訳では決してありません。ドイツは電力の輸出国となりましたが、原子力で発電した電気の輸入を禁止した訳では決してなく、実際に独仏国境近くにあるカットノン原子力発電所(フランス)の大口顧客にはドイツも名を連ねています。「普段は原子力は要らないし国内に発電所は作らせないけど、困った時は売って下さい」と言うスタンスは残念ながら「偽善である」と言わざるを得ません。原子力発電を廃止するなら、原子力で発電された電力の輸入は一切禁止にするべきです。これは他国にリスクを押し出しているに過ぎません。

<欧州では電力供給の接続が進み相互に補完する仕組みだが、結果としてロシアへのエネルギー依存を招いた>

上記のような成功と失敗から、私たちは多くのことを学ばなければなりません。理想と現実の間には残念ながら大きなギャップが存在し、理想だけを信じて追求することは思いもよらぬ副作用をもらたす可能性があります。国境の概念を取り払い、人と物の往来を自由にすることを目指したEUと言う概念は、大都市への貧困層の一方的な流入と治安の悪化を招く結果となり、こうした副作用は次には差別とナショナリズムの高まりを誘発する結果となりました。英国がEUから離脱を決めたことは決して一時的な気の迷いではなく、こうした副作用に国民がNoを突き付けた結果であると言えます。EUと言う「理想」は事実上、現実とのギャップを克服出来ずに失敗に終わりました。

では、日本はどのような道を歩むべきでしょうか。まずエネルギー転換については、欧州のように陸続きになっている場所と海に囲まれている日本を同列に語ることは不可能です。また安全保障の観点からも、争い事が起きにくくなった欧州と、中国、北朝鮮、ロシアに囲まれている日本では全く状況が異なります。自国の安全に関わるエネルギーの問題をドイツのように周辺国と接続をすることで解決を試みることは、現時点では日本が選択することが出来ない方法であり、日本は発電とその安定性を他国に依存するような選択をすることは出来ません。それは国家、そして日本人の生活をも消滅させるリスクのあることです。

<日本が再生可能エネルギーを補完するために電力を接続出来る国は地政学上存在しない>

一方で、輸入するしかない石油や天然ガスにエネルギーを依存することも非常にリスクの高いことです。もし石油が入って来なくなれば、もしロシアに天然ガスでライフラインの供給源を握られれば、それは日本の生活は他国の気分次第で一瞬にして止められてしまうことになります。生活が止まらなくても、エネルギー源の価格をつり上げてその国の競争力や経済力を削ぎ落とす事は造作もないことです。

結論としては、日本は「現実的な選択」をする必要があります。エネルギーの供給源は多様性を保って行く必要があります。再生可能エネルギーの活用は増やして行く必要がありますが、そこに全て依存することは欧州を見る限り難しいと言わざるを得ません。いや、海に囲まれ周辺国と電力を接続することも出来ない日本にとっては「不可能なほど難しい」ことでしょう。リスクの分散と言う意味では、ロシアとの天然ガスのパイプラインを持つこと自体は良いと思います。石油の輸入は中国が活動を拡大する南シナ海やインド洋を経由しているため、エネルギーの供給源を北にも持つことにはリスク分散のメリットもありますし、ロシアとの関係を強化することは安全保障上のメリットもあります。しかしそこに大きく依存することは危険です。石油・天然ガス・再生可能エネルギーの割合は一点に依存せずバランスを保ってリスクの分散を図る必要があります。その上で原子力発電を一日も早く無くすためには、日本は「原子力の次」の技術を一日も早く確立する必要があります。それが核融合技術なのか、宇宙ソーラー発電なのかはまだ分かりませんが、少なくともこうした次世代の技術開発への投資を加速させ、必ず実用化を達成する必要があります。こうした技術を実用化しない限り、世界は原子力や化石燃料から完全に脱却することは出来ません。日本にはそうした技術を実用化出来る可能性のある技術力がまだ存在します。次世代の産業の核の一つとしても、このような分野への投資を惜しむべきではないと僕は思います。変な話、原子力発電所を衛星軌道上に作りケーブルを接続することだけでも出来れば、少なくともそのリスクは大きく低下するはずです。これは宇宙エレベーター技術を応用すれば、そこまで実現が難しいことではないはずです。少なくとも、津波が来る可能性のある場所にあるよりはずっと良いのではないでしょうか。それが理想の形であるとは言いませんが、繋ぎの姿としては「より良い形である」とは言えるかと思います。

<宇宙ソーラー発電の構想。マイクロ波によるエネルギー伝達を前提としているが、ケーブル等による物理的な接続などの現実的な選択肢はないのか>

世界の未来を担うことが出来るのは、実は日本に眠ったまま日の目を見ていない技術なのかも知れません。私たちはこうした技術をどうしたら「現実に出来るか」を考え、そのためのロードマップを早急に作成する必要があります。「原子力は危険だ」と理想を唱えることは誰にでも出来ます。しかし理想を唱えるだけでその代替手段を考慮しなければ、その理想が力を持つことは決してありません。代替手段を考慮しない人間に、理想を語る資格はありません。批判するだけなら誰にでも出来ますし、それは現実には全く意味のないことです。私たちがやるべきことは理想を語ることではなく、「何を現実に出来るのか」を考え実行すること、これまでの常識に囚われないイノベーションを「現実にすること」、それが問われているのだと僕は思います。

「何が悪いのか」ではなく、「どうしたら実際に改善出来るのか」を一度考えてみませんか。「出来ない理由を探す」ことより、「出来る方法を考える」ことに一度挑戦してみませんか。

“Do not find the excuse why you cannot conduct. Let’s find the method how we can realize.”

※ 英会話SSEAが『みんなの英語ひろば』の取材を受け、特集記事が掲載されました。ぜひご覧ください!

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アメリカ英語とイギリス英語の違いを考える必要がない理由

アメリカで話されている英語とイギリスで話されている英語に違いがある、と言うのは皆さまもご存知の通り、有名な事実です。アメリカ人に言わせれば、世界的にスタンダードなのはアメリカ英語だと言うでしょうし、イギリス人に言わせれば、英語はイギリスの言語なのだからイギリス英語こそが正しいと言うことでしょう。実際にアメリカ人とイギリス人が会話をすると、お互いに「その英語は間違っている」と訂正し合う、などと言う笑い話まであります。

では、皆さまはどのようにお考えになるでしょうか。世界の中心はニューヨークだから、アメリカ英語が正しいと思いますか?発音がクリアな、発祥の地であるイギリスの英語を学ぶべきだと思いますか?

結論から言ってしまえば「どちらが正しいかを考える事にはもはや意味がない」と言うのが正解です。なぜなら、英語とは今やアメリカ語でもなければイギリス語でもなく、「世界の共通語」として学ぶべきものだからです。

「そうは言っても少しでも正しい方が良い」と思う方もいらっしゃるかも知れませんが、そう言う方にまずお聞きしてみたいと思います。

「あなたは、英語を聞いた時にそれがアメリカ英語なのか、イギリス英語なのか、ハッキリ自信を持って区別出来ますか?」

もしアメリカ英語とイギリス英語を完全に聞き分けることが出来る方なら、おそらくTOEICなら900点以上のスコアが取れるでしょう。そのような方は、英語を習うよりもう教えた方が良いかも知れません(笑)逆に言えば、アメリカ英語とイギリス英語の違いとはTOEIC900点レベルになって初めて区別出来るものであって、アメリカやイギリスに移住する予定でもなければ、そのレベルに達するまでは考える必要のないことです。どちらの英語を学んでも、基本的な単語や文法は同じです。

そもそも21世紀の現在では、「どの英語が正しいか」を決めること自体にもはや意味がありません。英語はそれぞれの国や地域で異なるそれぞれの英語が使用されており、「スタンダードな英語」と言う概念は存在しないのです。アメリカではアメリカ英語が、イギリスではイギリス英語が、オーストラリアではオーストラリア英語、インドでは独自に発展した英語、シンガポールではシングリッシュが話されています。

<世界には国の数よりも多い英語がある>

もちろんインドの訛った英語やシングリッシュはかなりクセのあるものなので、それを基準に勉強したり文法や発音が明らかに間違っている可能性があるネイティブではない英語を学ぶことはお勧め出来ませんが、アメリカ、カナダ、イギリス、アイルランド、オーストラリア、ニュージーランドといった国のネイティブスピーカーから英語を学ぶのであれば、TOEIC900点を取るまではその違いにこだわる必要は全くありません。

例えば、もしあなたが「ニューヨークで話されている英語こそが世界基準だ」と考えてニューヨーカーの英語を徹底的に勉強したとすると、その中の「ニューヨーカー特有の表現」はニューヨークでしか通用しません。さらに言えば、ニューヨークの中でも人種によって話されている英語が違います。白人英語、黒人英語、アジア系の訛り、ヒスパニック系の訛り。ニューヨークの中だけ見ても、実は「英語とは1つではない」のです。

<ニューヨークで全員が同じ英語を使うわけではない>

例えば”often”という単語の発音を例に挙げてみましょう。日本ではこの単語は「オフン」と発音し、「tは発音しないのが正しい発音だ」と教えられていますが、実はこれも大きな誤りです。「tを発音する人もいる」というのが正解で、どちらの発音が正しいかを2人のアメリカ人に聞いてみたところ、1人は「アメリカの北部ではtを発音するけど、南部では発音しない」と答え、もう1人は「フォーマルにはtを発音して、発音しないとカジュアルな響きになる」と答えました。「アメリカの北部はフォーマルで南部はカジュアル…」と考えれば何となく辻褄も合うような気もしますが、いずれにせよ唯一真実と言えることは「発音は1つではない」と言うことです。

<アメリカでも北部と南部、東部と西部の英語は異なる>

また、”fish”と言う単語の複数形についても考えてみましょう。この単語は単複同形で、数が増えても”a fish, two fish, three fish…”となりますが、辞書には”fishes”と言う複数形も記されています。これはどういう理由かと言うと、同じ種類の魚は何匹いても”fish”ですが、複数の種類の魚に関しては一部の地域では”fishes”という複数形を使用することがあるためです。ニューヨークでは魚は何匹いようが何種類いようが単複同形の”fish”ですが、辞書にも記されている通り複数形を使用する地域があるのもまた事実です。これはネイティブスピーカー同士でも意見が分かれてしまう内容でどちらが正しいと決めることはできず、「2つの使い方がある」と結論づけるしかありません。

さて、そろそろ皆さまもお気づきかと思います。「英語には絶対の正解がない」と言う事実に。国によって、地域によって、人種によって、場合によっては個人によっても英語とはそれぞれ違うものなのです。特定の地域特有の英語を頑張って勉強しても、それは他の地域では通じない可能性すらあるのです。それだったら特定の地域の英語だけが分かるよりも、様々な英語を幅広く理解出来る方が良いと思いませんか?実際にネイティブスピーカーでさえも「実はネイティブスピーカーも実際には正しい文法で英語を話してはいない」と言っています。私たちがニュースで読まれているような綺麗な日本語を話していないのと、きっと同じなのでしょう(笑)

つまり英語を世界の共通語として学ぶ限りは、アメリカ英語とイギリス英語の違いにこだわる事はもはや何の意味もないことです。綺麗な英語にこだわるよりも、普遍的に誰もが分かるようなシンプルな言い方をする方がコミュニケーションはスムーズに運びます。発音も必要以上にこだわりを持つことは時間の無駄です。よく日本人は”R”と”L”の発音を使い分けられないと言って矯正しようとする講師がいますが、例えばレストランで”rice”(お米)を”lice”(シラミ)と発音したとして、勘違いするウエイターが果たしているでしょうか(笑)そもそも、アメリカやイギリスではウエイターが英語のネイティブスピーカーであるとも限りません。細かい発音の違いや正しい文法に時間を掛けてこだわるより、基本的な文法と必要な単語を覚えてシンプルかつ流暢に使える方が、コミュニケーション力は遥かに高まります。こういう細かい違いにこだわるのは、TOEIC900点が取れてからで十分です。

「世界の共通語」である英語において「正しい英語とは何か」を決めることにはもう意味がありません。アメリカ英語やイギリス英語、細やかな発音や難しい文法にこだわって勉強する前に、身近な外国人とシンプルにコミュニケーションを取ることに挑戦してみてはいかがでしょうか。

なぜなら英語とは、

「世界中で使われる、共通語としてのコミュニケーションの手段」

なのですから。

English is neither American nor British language. It’s “the common language” to understand and respect the difference of us all around the world.

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マイルで無料航空券をゲットしよう

海外旅行がお好きな方なら、きっとどこかの航空会社のマイレージ会員になったことがあるかと思います。今日はマイルを効果的に貯めて、無料航空券をゲットする方法をご紹介します。

まず、どこの航空会社のマイルを貯めればいいの?と思う方が多いと思います。目的地によって利用する航空会社は異なるので、もしかするとJAL、ANA、ユナイテッド航空、シンガポール航空、エールフランス、デルタ航空…など色々な会社のマイルをそれぞれ持っている、という方がいらっしゃるかも知れません。ここでまず知っておきたいことは、世界の航空会社はほとんどがどこかの「アライアンス」に属していて、同じアライアンスに属する航空会社であれば「他の航空会社のマイルを1つのアカウントに貯めることができる」ということです。日本人が良く利用する航空会社を、アライアンス別に見てみましょう。

①スターアライアンス

SA

ANA・ユナイテッド航空・ルフトハンザ ドイツ航空・シンガポール航空・タイ航空・エバー航空・タ―キッシュ-エアラインズ・中国国際航空・オーストリア航空・スイスインターナショナルエアラインズなど合計28社が加盟

②スカイチーム

SK

デルタ航空・エールフランス・チャイナエアライン・アリタリア-イタリア航空・KLMオランダ航空・中国東方航空・アエロフロート-ロシア航空・ベトナム航空・ガルーダ-インドネシア航空・アエロメヒコ航空など合計20社が加盟

③ワンワールド

OW

JAL・アメリカン航空・ブリティッシュエアウェイズ・キャセイパシフィック航空・フィンエアー・カンタス航空・マレーシア航空・カタール航空など合計13社が加盟

これらの航空会社は同じアライアンス内なら相互にマイルを貯めることが出来るので、「1つのアライアンスにつき1つのアカウントでマイルを貯める」のが最も効率的です。ユナイテッド航空に乗ったらANAのマイルを貯める、エールフランスに乗ったらデルタ航空のマイルを貯める、といった具合です。 スターアライアンスを例にすると、ヨーロッパあるいはアメリカへ旅行すれば往復で1万マイルほど貯まりますので、2回海外旅行に出かければ中国・韓国・台湾まで、3回で香港・タイ・シンガポールまでの無料航空券が手に入ります。また、マイルは座席のアップグレードにも使用できますので、自腹で払うと高額なビジネスクラスも、マイルでのアップグレードなら意外と手が届いてしまったりします。(近年、一部の航空会社のマイル加算方法がチケットの金額ベースに変更になりましたので、積算マイル数は参考程度にお考え下さい。)

じゃあ具体的にどの会社が良いの?と考えると、これは色々考え方によって違いますが、まずは日系の航空会社が選択肢になると思います。その理由として、「航空会社以外の提携パートナーが多い」と言うことです。

実はマイルを貯める方法は飛行機に乗る以外にも沢山あります。レンタカーを借りる、ホテルに宿泊する、レストランで食事をする、提携クレジットカードを使う、保険、銀行、ネットショッピング、電子マネーから提携ポイントとの交換に至るまで、ありとあらゆる方法でマイルを貯めることが出来ます。

① クレジットカード

この中で最も利用する機会が多いのが、「クレジットカード」です。いま皆さんが払っている支出の大半は、クレジット払いが可能です。日々のスーパーやドラッグストア、デパートでの買い物、携帯電話・公共料金の支払い、旅行代金や航空券の支払い、高速道路のETCカードや定期券・電車の運賃まで、全ての支払いを1枚のクレジットカードで行うと相当の金額になります。カード会社によって異なりますが、大体1,000円の利用で10~15マイルくらい貯まりますので、年間で100万円使うと1万~1万5千マイルを獲得でき、計算上はカードの支払いだけでも2年で海外旅行に行けてしまいます。

ただし、日系の航空会社のマイレージプログラムには1つ弱点があります。それは「貯めたマイルに有効期限がある」という点です。ANAとJALのマイルの有効期限は加算から36ヶ月(3年)となっています。つまり日系の航空会社のマイルは「貯まりやすい替わりに失効しやすい」と言えます。3年以内にマイルが貯まる人には良いのですが、頻繁に海外に行かない人にはリスクが大きいのです。失効しそうなマイルを他の提携ポイントに換える、という方法もありますが、やはり長い期間でじっくりマイルを貯めるには不向きと言えます。

長い期間をかけてマイルをコツコツ貯めたい方には、デルタ航空とユナイテッド航空のマイレージプログラムがお勧めです。デルタ航空のマイルには有効期限がないため、失効することがありません。ユナイテッド航空のマイルの有効期限は18ヶ月ですが、この期間内に1度でも加算すると有効期限が繰り下げになります。つまり「提携クレジットカードで公共料金等の支払いをしていれば、実質的に失効しない」のです。

僕の場合、海外へ出かけるのは年に1度か2度ですので、マイルが失効しないよう②スカイチームのマイルはデルタ航空に、①スターアライアンスのマイルはユナイテッド航空に貯めて、ユナイテッド航空の提携カードで公共料金等を払っています。そのためユナイテッド航空のマイルばかりが多く貯まりますが、スターアライアンスは加盟航空会社が多い世界最大の航空アライアンスなので、無料航空券の選択肢もそれだけ多く、無料航空券も取りやすいです。アジアだけ見てもANA・シンガポール航空・エバー航空・タイ航空・中国国際航空・アシアナ航空が利用できるので、アジア内のほとんどの目的地に行くことが出来ますし、国内でもANAのフライトで沖縄を除く目的地に片道5000マイルだけあれば行けてしまいます。逆にワンワールドのマイレージプログラムは非常に使い勝手が悪く、キャセイパシフィックに乗ってもJALのアカウントは加算対象外になったり、正直お勧めできません。

マイルの最善の貯め方は海外へ行く頻度や、良く利用する航空会社などによって異なってきます。僕個人の意見としては、クレジットカードを作るのであれば、日系ならANA、そうでなければユナイテッド航空がお勧めです。 また裏技として、「アメリカン・エキスプレス・スカイ・トラベラー・カード」と言うカードを使うと、貯めたポイントが提携する14の航空会社のマイルに移行でき、ポイントの有効期限が無期限となっています。(ただし、搭乗して貯めたマイルには有効期限がある、年会費が高額、ブランドがAMEXであるため支払い先が限られる、といった注意点もあります。)

MileagePlusセゾンカード(ユナイテッド航空 マイレージプラス)

マイレージプラスセゾンカード

ANA CARD 一覧 (ANAマイレージクラブ)

ソラチカカード

アメリカン・エキスプレス・スカイ・トラベラー・カード

アメックスSTカード

② ポイントサイト

クレジットカードと合わせて飛行機に乗らずにマイルを貯めるのに効率が良いのが「ポイントサイト」です。ポイントサイトとは、サイトのアンケートに答えたりポイントサイト経由でショッピングをしたりすることで、カードのポイントと2重にポイントを貯めることが出来るサイトのことで、代表的なものには moppy や Hapitas、ECナビなどがあります。これらのサイトで貯めたポイントをマイルに交換することによって、飛行機に乗らずとも年間に何万マイルも貯めることが可能です。このような方法で無料でマイルを貯めている人々は「陸マイラー」と呼ばれています。陸マイラーにとってもっともマイルを貯めることが出来るのがANAのマイレージプログラムで、これらのポイントサイトに加えて、楽天ポイントやTポイント、メトロポイントなど非常に多くのポイントがANAのマイルに交換することが出来ます。毎日コツコツとポイントを貯めることで、これらの人々は1円も使わずに年に数回も海外旅行へ行くそうです(笑)以下にmoppyと言うサイトをご紹介いたしますので、ぜひチェックしてみて下さい。年会費無料のクレジットカードや口座開設をするだけでも数万マイルを貯めることが可能です。また楽天市場を始めとするほとんどのインターネットショッピングや楽天デリバリーなど、オンラインで注文するもののほとんどにポイントを加算することが出来ます。陸マイラーの中には全く飛行機に乗らずに年間に20万マイルも30万マイルも貯める人がいるのだとか。ビジネスクラスでヨーロッパやアメリカに行けてしまいますね(苦笑)

moppy

URL:  http://pc.moppy.jp/entry/invite.php?invite=4bkSe11e

お金がたまるポイントサイトモッピー

以上、長くなりましたが、みなさんもぜひコツコツとマイルを貯めて、無料航空券で海外へ出かけてみましょう!

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アイルランドの歴史と言語事情

本日、SSEAでは新たにアイルランド出身のネイティブ講師がチームの一員となりました。

「あれ、アイルランドには、アイルランド語はないんだっけ?」

と気づいた方は鋭いお方です!実は「アイルランド語」と言う言語は確かに存在します。では、アイルランド語があるはずなのに、なぜアイルランド出身の講師は英語のネイティブ講師なのでしょうか。本日はその理由を、アイルランドの歴史と言語事情を交えてご紹介したいと思います。

<アイルランド共和国の国旗>

現在のアイルランドにおいては、アイルランド語を第一言語として話す人々はわずか数%と言われており、わずかな狭い地域のみで会話に使用されているのみで、アイルランド国民のほとんどが英語を母語として育った英語のネイティブスピーカーとなっています。アイルランドではアイルランド語が国語として定められているものの、ほとんどの国民は学校で勉強するのみで、会話に使用するのもままならないほどにその存在は危機に瀕しています。

この状況に危機感を持ったアイルランド政府によってアイルランド語復活政策が推進され、アイルランド国内の標識などには英語とアイルランド語の両方が表記されたり、義務教育や公務員試験においてもアイルランド語が必修とされているものの、就職後には多くの人が忘れてしまい、英語が第一言語である状況を覆せる可能性はほとんどないと言われています。

本来、ゲルマン語にルーツを持つ英語とケルト語の一派であるアイルランド語は完全に違う言語であり、当然ながら相互に意思疎通を図ることはできません。きっと、日本人と韓国人が自らの言語で会話をしようとするようなものでしょう。本来アイルランド語を話していた地域であったアイルランドが、なぜ英語が母語の国になってしまったのでしょうか。それには当然、隣接するイギリスとの歴史が大きく関係しています。

<アイルランドと周辺国の位置関係>

本来ケルト人が住み着いた地域であったアイルランドにゲルマン系のノルマン人の侵攻が始まったのは、はるか12世紀にまで遡ります。12世紀中には多くの豪族たちがイングランドの支配下におかれ、とうとう16世紀にはイングランド王ヘンリー8世が「アイルランド王」を自称することとなり、これ以降、多くのイングランド人がアイルランドに入植するようになります。1652年のオリバー・クロムウェルによるアイルランド侵略によりアイルランドは事実上イングランドの植民地となり、1801年にはイギリスによるアイルランド併合が行われ、イギリスによる統治は1922年のアイルランド自由国(イギリス自治領)の成立まで長きに渡り続きました。この間に起こったジャガイモ飢饉や、イングランドによる迫害を逃れた多くのアイルランド人がアメリカへ脱出したため、最盛期に880万人であったアイルランドの人口は現在でも約480万人ほどです。また、この自由国成立の際に北部6州は北アイルランドとしてイギリスに留まることになり、その後のアイルランド内戦へと発展したものの、様々な歴史を経て1998年に国民投票により北部6州の領有権は公式に放棄されました。北アイルランドが今もイギリスの一部となっているのは、イギリスによる植民化と分断の歴史によるものです。このような歴史から、アイルランドにおける対英感情は今でもお世辞にも良いとは言えないものとなっています。

<アイルランド共和国と北アイルランド(イギリス領)>

しかしこうした歴史や反英感情とは逆行するかのように、アイルランド固有の言語であったアイルランド語は第一言語の役割を英語に奪われたままとなったのです。隣接するヨーロッパの金融センターであるイギリスとの経済的結びつきは非常に重要なものであり、その実用性から多くの人々は独立後も英語を使い続ける道を選びました。1990年代の「アイルランドの奇跡」と言われる経済成長はアメリカやEUによる投資や援助が大きな役割を果たし、英語を母語としない者は社会的にも不利な立場になってしまうとの現実から、例えアイルランド語が話せる母親でもその子供は英語で育てるのが現状で、アイルランド人にアイルランド語で話しかけても相手が戸惑ってしまうくらいにその存在は小さなものとなってしまったのです。現代のアイルランドの街中でアイルランド語を耳にする機会はほとんどなく、多くの若者にとってアイルランド語は古典を学ぶような位置づけとなっています。

このような複雑な歴史から、独自のアイルランド語を持ちながら英語のネイティブ国家となったアイルランドですが、イギリス内でもイングランド人とスコットランド人には全く異なるアイデンティティがあるように、アイルランドとしてのアイデンティティはしっかりと残されています。アイルランドは第二次世界大戦中においても、当時は英連邦であったにも関わらず唯一対日参戦を行わなかった国であり、現在ではイギリスにただ傾斜するのではなくアメリカとの経済的結びつきも強めています。

<英語が母語の同じ西洋人でも性格や特徴は全く異なる>

日本人から見ればみな仲間かのように見える英語を母国語とする6か国(アメリカ・カナダ・イギリス・アイルランド・オーストラリア・ニュージーランド)ですが、それぞれにそれぞれの歴史とアイデンティティがあります。英語は現代の地球では「世界語」となった存在であり、もはや特定の国の言語ではない英語を学び話すことと自国のアイデンティティを保つことは、決して矛盾するものではないのかも知れません。今後は英語を積極的に学ぶことで、相互の交流によって逆に文化の違いを理解し尊重し合う事の重要性に気づくことが大切なのでしょう。日本にも近年では、多くの外国人が移り住むようになりました。20年前に、東京がこれだけ国際的な都市になる事を想像していた人がいたでしょうか。日本の良さを保ちながら、「異なる文化を受け入れ尊重する」ためにも、1人でも多くの皆さまに英語を学んで頂ければ幸いです。

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世界を旅して思うこと

今日は1人の日本人として、世界を旅して感じた事や日本に対して思う事を書いてみたいと思います。この記事は、新しく思う事が増えたり、考え方が変わった時は随時更新をして行きたいと思っています。今の時点で世界の全てのことを理解したつもりはなく、まだまだ見たり聞いたり、学ばなければいけない事がたくさんあると思います。

1番始めに述べたいことは、「日本人に生まれた事は幸せだった」と言うことです。他のブログ記事でも触れましたが、日本と言う国の生活環境、そして戦後日本人が築いて来た日本人の価値と評価は、概ね世界のほとんどの国で高く評価されています。どこの国へ行っても「日本から来た」と言って嫌な想いをした事や失礼な扱いを受けた事は、今まで記憶にありません。

それはこの国の人々が積み上げて来た技術や経済力、文化的あるいは自然環境の遺産に加えて、謙虚、勤勉、礼儀正しいと言った日本人の本質が世界の人々に伝わって来た結果であると、しみじみと思います。海外旅行でも、初期の頃は現地の文化や慣習に対する理解が及ばなかった時期もあったかとは思いますが、日本人としてのマナーを守り、現地の文化や慣習を尊重し、礼儀正しく振舞い続けて来た積み重ねがあったからこそ、今の日本人の高い評判へと繋がったのかと思います。他国で入国審査を受ける際も、日本のパスポートを出せばまず疑われる事はありませんし、列に並んでいたら「お前は日本人か?」と聞かれ、そうだと答えたら現地国籍のレーンに案内されそのまま優先的に通された事も1度ではありません。フランスに住む友人に聞く限りでは、同じアジア人でも「日本人」と「中国人」では全く逆のイメージを持たれているそうです。現地に住む台湾人の友人と過ごしていた時に、こんな事がありました。メトロの階段を上がるのに2人でベビーカーを担いでいた際に、後ろにいたフランス人から「見ろ、中国人がバカやってるぜ」と侮辱されていたらしいのです。僕はフランス語が分からないので気づきませんでしたが、ここでアジア人の見分けもつかないはずなのに(そもそも1人は日本人で1人は台湾人でしたが…)、軽蔑の言葉が「日本人がバカやってる」とならなかった事は、ある意味一つの証拠だったのかと思います。

<子供を大切にする先進国フランスでもバリアフリーは日本よりはるかに遅れている>

<乗客の座るスペースがないにも関わらず、椅子でお喋りを楽しむ中国航空会社のパイロットとアテンダント。カウンターのスタッフは飛行機が遅延してもアナウンスもせず、接客の際に足を組んで立つことすらなかった>

先のブラジルワールドカップでも、観戦後にゴミを拾って帰る日本人サポーターの姿が非常に高く評価され、その後の国際大会で真似をする国が続出しました。また、先日のテニスのU.S.オープンで優勝した日本人の血を引く大阪なおみ選手が、表彰式で現地の人々からブーイングを受ける中で行った「気遣いの込められたスピーチ」は、止むことのなかったブーイングを一瞬で拍手へと変えてしまいました。大阪なおみ選手がどの程度日本の文化や習慣に触れて育ったのかは僕には分かりませんが、少なくとも彼女の振る舞いは日本人の評価をまた一つ高めた事は間違いありません。

そして今、日本に憧れ日本を訪れる外国人がものすごい勢いで増加しています。特に若い世代の人たちは、小さな頃から日本製の電化製品や車、アニメ・ゲームや漫画などのサブカルチャーに触れて育って来ているため、欧米人でも有色人種として偏見の目を持つ人はかなり減っているように思います。日本人だけが特別扱いなのかも知れませんが、欧米の国々へ行っても自分が日本人だと言えばみんな嬉しそうな顔をして、親切にしてくれます。確かに日本は欧米以外からG7に参加するアジア唯一の先進国ですが、こうした経済の成熟度以上に力を発揮しているのは、日本人1人ひとりがこれまで積み重ねて築き上げた、日本の世界に対する貢献と日本人に対する評価であるのは間違いないと思います。また、フランスやカナダ、アメリカに行けば多くの中国系や韓国系、アジア・アフリカからの移民を見かけますが、日本人の移民を見かけることはあまり多くありません。中国や韓国ではチャンスさえあれば海外で就職をして国を脱出しようとする国民が増えていますが、逆に日本では留学へ行く若者が減っていると言う、全く逆の現象が起きています。留学に行く若者が少ないこと自体は憂うべきことですが、逆に言えば日本の経済と社会がそれだけ安定しており、居心地がよく海外へ脱出する必要がないことの裏返しでもあります。日本から人が出て行かないばかりか近年では外国人の移民や労働者がどんどん流入し始めており、日本は人気の移民先国家として既に世界の第4位となっています。英語圏やフランス語圏でない国にこれだけの移民が来ると言う事は、それだけ日本が魅力的な国なのだと言う確たる証拠でもあります。

このように世界を旅すればするほど、逆に日本の凄さを実感する僕が唯一「まだ及ばない」と感じた国があります。それは他のブログ記事でも度々話題に取り上げている、アメリカ合衆国です。

もちろん、アメリカが政治・経済・技術開発・軍事など多くの点で最先端にあり、世界の頂点に立つ国であることを疑う人はおそらくほとんどいないでしょう。しかし、僕が「日本はまだ及ばない」と感じた出来事は、実は本当にちょっとした事でした。2013年にアメリカ南部、テキサス・ルイジアナ・フロリダ州を訪れた時のことです。僕らはニューオーリンズからフロリダへ、世界初のLCCであるサウスウエスト航空のフライトを利用しました。フロリダの空港に到着し、飛行機から降りようとした時です。前の列にいた乗客がまだ準備に時間がかかりそうだったため、先に降りようした僕を1人の男性が制止しました。”Excuse me.”と…

その時初めて、僕は自分がマナー違反をしかけた事に気がつきました。アメリカでは例えLCCでも、乗客は前の列の人たちが降りるまで、決して前に進みません。正直なところ、これは僕には忘れられない衝撃的な出来事でした。「日本より進んでいる国がある」と言うことを、小さな事から嫌と言うほど痛感しました。そして、自分たちはまだまだ学ばなければならない事がたくさんあると思い知りました。「日本よりも遥かに前を走っている国が1つある。アメリカ合衆国と言う名の国だ」、少なくともこれは確かなことです。

<アメリカではLCCでも障害者や子供連れ家族の優先搭乗は徹底されている>

他の国へ行けば、「やはり日本の治安やサービス、人々のマナーと勤勉さは凄い」と思う一方で、アメリカへ行ったりそのニュースやイノベーションを聞くたびに「やはりアメリカは凄い、まだまだ及ばない」とも思います。日本は、非常に恵まれている国でしょう。おそらく世界で2番目に進んでいる国と言えるかも知れません。しかし一方で、「まだ2番」です。日本人にはまだまだしなければならない事がたくさんあります。まず今後国内でも進むであろう国際化・多様化する社会に適応することが緊急に必要で、そのためには海外の文化や「異なる考え方」を受け入れる下地を作らなければなりません。世界の共通語である英語を会話として使えるようになる事も大切でしょう。そして海外の現状や問題、あるいは見習うべきことを1人でも多くの若者が経験し、日本と言う国をさらに発展させて行く必要があります。

また同時に、「日本は世界への貢献がまだ足りない」とも思います。確かに技術面や経済面、文化的な影響を通じてこれまで多くの貢献をして来たとは思います。しかし、世界にはまだまだ多くの問題があります。「日本が幸せな国ならそれで良い」と考えてはいけないのだと思います。もっと積極的に、世界の平和や貧困の解消を目指して中心的な役割を果たして行かなければなりません。それは決して軍事力を拡大して戦争に加わるべきだ、と言う意味ではなく、環境・エネルギー技術の開発や発展途上国の産業の育成、あるいは国際社会でのリーダーシップや新しい枠組みの創設など、日本らしいやり方や新しい発想で世界をリードして行けるようにならなければならないと感じます。総合面で日本よりも進んでいる国は、アメリカしかありません。(全ての面ではないことは強調しておきます。)日本が国際社会で行うべき責務はもっと重いはずです。もっと日本の知恵と良さを世界に発信し、アメリカからは学ぶべきことを学び、世界に貢献出来る国となって欲しい、そう願うばかりです。

そのためにも、今後も多くの国々を訪れ見識を広げ、その経験を多くの日本の皆さまに英語と共にお伝えできたら幸いです。そして、世界に貢献するための最大の武器は、やはり英語なのだと思います。1人でも多くの方に、ぜひ英語と共に世界へ飛び出して多くのことを学び日本へ持ち帰って、その知識と経験をこの国と世界へ貢献する事に役立て欲しいと願い、僕自身もそのお手伝いが出来るよう、また自分自身も世界に貢献出来る人間になれるよう、今後も出来る限りのことに取り組んで行きたいと考えています。今後の若者には日本人としての誇りを忘れず、世界を学び日本を知り、そしてその知識と経験で日本と世界へ貢献して行って欲しいと思います。

We can change the world with English.

Find the world!

Find Japan again!

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ハンバーガーを単品で頼むときは (ボストン編)

海外でファストフードのレストランなどで注文をする際には大体のお決まりフレーズがあり、例え英単語や文法がしっかり分かっていたとしても、こう言った「型通りのフレーズ」を使わないとなかなか通じないことがたまにあります。特に移民国家であるアメリカでは、アルバイトスタッフは貧困層で英語のネイティブスピーカーでないことも多いため、慣れない表現を使うと相手も理解出来ないことがよくあります。

例えば日本では「持ち帰りたい」は「テイクアウト」ですが、これはかなりの和製英語で、使用しても通じない可能性が高い表現です。だいたいアメリカのファストフードのお店では店員に”For here or to go?”=「ここで食べるのか、持ち帰りですか?」と聞かれるのが一般的です。またお会計では”Cash or charge?”=「現金ですか、カード払いですか?」も頻出の決まり文句です。”to go”が持ち帰り、”charge”はカード払いと知っておかないと、ファストフードとは言え四苦八苦する可能性もあります。また「フライドポテト」は”french fries”、「バリューセット」は”value meal”と、日本で使われている表現とはだいぶ違うものもあります。本日は僕が若かりし頃に大失敗した「ハンバーガーを単品で」頼むためのフレーズを、エピソードと共にご紹介したいと思います。

僕がボストンに短期留学をしていた2001年の8月(9.11のテロの直前でした)のある日、夜に語学学校に帰る前に小腹がすいた僕は、マクドナルドでハンバーガーを単品で買って、路面電車の中で食べながら帰ることにしました。僕はお肉が大好きなので、大きなお肉の入った「クォーターパウンダー」と言う大きなハンバーガーを注文したのですが、「単品で頼む」と言うことをそれまでした事がありませんでした。当時の僕はTOEICのスコアも800点を越えており、日常会話はほぼ問題ないレベルで、セットのことを”meal”と呼ぶことも知っていたのですが、「単品で」と言うのは何と言うか、考えたこともありませんでした。中途半端に英語力があったため、「セットじゃなくて」と言えば通じるだろうと考えたのが最大の失敗でした。

<バリューミールがセットの意味と知ってはいたものの>

店員に向かって、”One Quarter Pounder please, not meal.”=「クォーターパウンダー1つ、セットじゃなくて」と言ったのですが、それを聞いた店員がけげんな表情をして、”Not meal?”と聞き返して来るのです。僕は単品で欲しかったのでもう一度、”Not meal.”と繰り返したところ、後ろのスタッフと相談を始めてしまいました…。ですが相談を受けた調理担当スタッフが手でOKサインを出したので、「やれやれ、理解したようだな」と思ったのですが…。

クォーターパウンダーの代金を支払いハンバーガーをテイクアウトした僕は路面電車に乗り込み、楽しみにハンバーガーの箱を開けたのですが、そこには衝撃的なものが入っていたのです…クォーターパウンダーの「お肉の入っていない」ハンバーガーが…(汗)

<Quarter Pounderは肉好きのためのメニューのはず…>

ハンバーガーのバンズの間には、何と野菜だけが挟まっていたのです…(汗)そう、”Not meal.”が彼には”Not meat.”に聞こえてしまったようで…。「クォーターパウンダーを注文して”Not meat.”なわけねーだろ!(汗)」と思いましたが、僕の発音がイマイチだったのと、慣れない言い方をされたため店員側もピンと来なかったのでしょう…。もしかしたら英語のネイティブではなかったのかもしれませんが、それにしてもクォーターパウンダーを「肉なしで」と注文するやつがどこにいるんだ?とおかしいやら呆れるやら…(苦笑)ただ、ここは相手の聞き慣れない言い方をした僕も未熟だったのは認めざるを得ません。その「肉なしクォーターパウンダー」はまあとりあえず食べましたが、しっかりクォーターパウンダーの代金を払って肉なしハンバーガーを注文するわけないだろう…と今でも思います…一生忘れられない「肉なしハンバーガー事件」の笑い話になってしまいました(笑)

<単品メニューには”SANDWICHES”と記載されている>

ハンバーガーを単品で注文する際は”Just Sandwich.” = 「サンドイッチだけ」と言うのが一般的です。「ハンバーガーなのになぜサンドイッチ?」と思われるかも知れませんが、アメリカではハンバーガーはサンドイッチの一種、という扱いです。実際、マクドナルドのメニューの看板には”Hamburgers”ではなく”Sandwiches”と記載しています。この「ハンバーガー」=「サンドイッチ」であることを知らないと、またまた店員と会話が噛み合わなくなります。例えば、”One hamburger, please.”と注文すると店員は必ず”Just sandwich?”=「サンドイッチだけ?」と聞き返して来ます。この時にサンドイッチがハンバーガーを指している事が分からないと、おそらく “No, hamburger!” と返してしまい、店員も会話がつかめなくなってしまうでしょう。たかがファストフード、されどファストフード…お決まりの現地で一般的なフレーズを知っておくのも、意外に大事だったりします。そうしないと、僕のように「肉なしハンバーガー」が出てきてしまうかも知れません(苦笑)

覚えておきましょう。「ハンバーガーを単品で」は、

“Just sandwich.”

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お台場に「自由の女神」がある理由

皆さん、「自由の女神」って、世界に一体いくつあるか、ご存知でしょうか?

「あれ、そういえばお台場にもあったような」と気付かれる方もいらっしゃるかも知れません。実のところ、偽物やレプリカは世界中に無数にあり、数えることは困難を極めます。実は日本にも、青森県のおいらせ町や北海道の函館などにもレプリカが存在します。ここでご紹介させて頂きたいのは、「公式な」自由の女神像は、世界にいくつあるかと言う点です。

<ラスベガスのホテルにあるレプリカは低クオリティ…>

世界で最も有名な自由の女神像は、世界遺産にも登録されており、ニューヨークのシンボルとなっている有名なものであるのは間違いないでしょう。もしかしたら、アメリカ人でも本物の自由の女神はニューヨークにしかないと信じている人がいるかも知れません。自由の女神は英語では”Statue of Liberty”と呼ばれています。”statue”は「像」を意味する単語で、”liberty”は「解放からの自由」を表す単語です。つまり直訳すると「自由の像」なんですね、女性の像なので日本語では「自由の女神」と呼ばれていますが、英語ではあくまでも”Statue of Liberty”です。

<ニューヨークの自由の女神像は合衆国のシンボル>

このニューヨークの自由の女神像は、アメリカ合衆国の独立100年を記念して、独立運動を支援したフランス人たちの募金によってパリにて建造され、完成の後に1886年にアメリカ合衆国へプレゼントされたものです。アメリカ合衆国の象徴のイメージが強い自由の女神像ですが、その生まれ故郷は実はフランスなんですね。

実は、世界にはもう一つ、「公式な」自由の女神像と考えられているものがあります。それは女神像の生まれ故郷である、フランス・パリのセーヌ川のグルネル橋のたもとに設置されているものです。大きさは高さ11.5メートルとニューヨークのものより小さいこの「パリの自由の女神像」は、フランス革命100周年を記念して、パリに住むアメリカ人たちによってニューヨークの女神像に対するお返しとして、1889年にパリへと寄贈されたものです。つまりアメリカ人とフランス人は、お互いに自由の女神像をプレゼントし合ったんですね。ですので、「公式な」自由の女神像と考えられるものは世界に2つ、と言うのが正解と言えるでしょう。その他のものは全てレプリカという事になります。

<パリの自由の女神像はセーヌ川の中州にある>

「あれ、じゃあお台場にある自由の女神は、やっぱりただの偽物なのかあ」と思った方、ちょっとお待ち下さい。確かに完全な「公式な」ものとは言えませんが、逆に完全な「偽物」とも言えない代物なのがお台場の女神像です。

まず、なぜお台場に自由の女神像が設置されたのか、その経緯をたどってみることにしましょう。お台場に初めて自由の女神像が設置されたのは遡ること1998年、日本におけるフランス年事業の一環として、本物の「パリの自由の女神像」が約1年ほど設置されたのが始まりです。本物の自由の女神像をパリから輸送して設置し、除幕式には当時の首相であった橋本龍太郎とフランスのシラク大統領も出席して、盛大に点火が行われました。日本は地震国であるため本物の自由の女神像に何かあってはならないと、設置する台座は耐震構造で入念に設計され慎重に設置されたそうです。つまりお台場には「本物の自由の女神像」が1年間、ちゃんと存在していたのです。

ところが…残念なことにこの女神像はパリの大切なものですので、やはり1年後には帰国し、元の場所に戻されてしまいました。しかしこの事業が好評を博したため、「お台場にも自由の女神像が欲しい!」と言う機運が高まり、その後フランス政府からレプリカの制作が認められたため、フランスのクーベルタン鋳造所にて複製されたブロンズ製のレプリカが、2000年に改めてお台場に設置されました。このフランス政府公認のレプリカは実際にパリの本物の自由の女神像から型を取って鋳造されたため、パリにあるものと全く同じ形の、パリ生まれでフランス政府公認の「東京の自由の女神像」なのです!もちろんアメリカとフランスがそうしたように「寄贈されたもの」ではないため公式な像にはカウントされませんが、フランス政府が公認した「準公式の」自由の女神像と言えるものです。これは日本人にも、フランス人にもほとんど知られていない事実で、お台場の自由の女神は決して「偽物」ではないのです。「世界で3番目の自由の女神像」と言っても過言ではないでしょう。

<東京の自由の女神像はフランス政府公認>

僕が10年ほど前に米国西海岸へ留学した際に、ホームステイした家のルームメイトがたまたまフランス人の青年でした。彼の名はセバスチャンと言い、週末に一緒に旅をしたりと割と親しく付き合ったのですが、ある日、自由の女神の話になり「そういえば、東京にも自由の女神があるんだよ」と彼に伝えたところ、彼は笑いながら「バカなことを言わないでくれ、自由の女神は世界に2つだけだ(笑)」と言ったのです。その時、僕はお台場になぜ自由の女神像があるのか、その経緯を知らなかったため、「いや、本当にあるんだって!」としか言えなかったのですが、一方で「ただのレプリカなのかな」とも思い、セバスチャンも全く信用していない様子だったのですが…。帰国してある日、お台場を訪れた際にこの自由の女神像がフランス政府公認のものであることを知り、「ちくしょう、あの野郎!フランス政府公認じゃないか!(笑)」と、今では非常に悔しく思います(苦笑)何しろこのように、日本人にもフランス人にもその経緯と正統性がほとんど知られていないのが、お台場にある「世界で3番目の自由の女神像」です。日本政府はもっと積極的に働きかけて、フランス政府と共に「自由の女神は世界に3つ、ニューヨーク・パリ・東京にある」と宣言したら良いのでは、と思います(笑)

<パリ出身のセバスチャンも東京の女神像の事は知らず>

このように、お台場にある自由の女神像は意外にもれっきとしたものです。皆さんもフランス人やアメリカ人と出会った際は、しっかりとその正統性を教えてあげてください(笑)「フランス政府公認の自由の女神」ですから!

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Santa Barbaraその13。

ここでは2001年の春に僕が初めての留学で滞在したカリフォルニアの小さな町、サンタバーバラでの体験について書いています。初めてこのブログをお読みになる方はぜひ、Santa Barbaraその1。からお読みください。

前日にメキシコのTijuana(ティファナ)からSan Diegoへと戻った僕らは夕飯にアメリカンなBBQを楽しみ、夜の遊園地やショッピングを楽しんでホテルに戻ると、ホテルの駐車場が満車になっていました。フロントのスタッフに「どこに車を駐車したら良いか」と尋ねると、「朝まではホテル前の路上に駐めておいても大丈夫だ」と言ったのでそうしたのですが…。朝6時頃、早めに起きて車の様子を見に行くと、周りにたくさん駐まっていた車が一台もいなくなっていました。「あれ、やっぱりマズかったかな」と思いましたが、特に駐車違反の切符や貼り紙などもなかったため、空いていたホテルの駐車場に車を移し、一安心したのですが…

<アメリカの駐車ルールの標識。厳守しないと必ず違反を取られる>

(この標識は「午前8時から午後6時は、1時間に限り駐車して良い(日曜日を除く)」との意味。アメリカでは警察が非常に頻繁に駐車状況をチェックしている。)

日本に帰国してからの話ですが、サンタ・バーバラから3月に帰国した僕のクレジットカードに、レンタカー会社から6月の日付で謎の請求が来たのです。「6月なんてアメリカにいるはずがないのに、いったい何の請求なのか、間違いではないのか?」とクレジットカード会社に調べてもらったところ、クレジットカード会社から、「レンタカーを借りていた間に駐車違反をしていたようで、その請求がレンタカー会社を経由して来たようです」との回答が…(汗)その添付資料にはしっかりと”Parking-Violation”(駐車違反)と書かれていました…。アメリカで長時間、路上に車を駐めたのはこのサン・ディエゴの1回だけでしたので、この際に駐車違反を取られたのはほぼ間違いないでしょう(泣)もちろん自分でしっかり確認しなかったのが悪いのですが、「くそー、ホテルのスタッフにダマされた!」と、泣く泣く罰金を払うことになりました。まあ、そのおかげで、駐車違反は英語では”Parking-Violation”と言うのだと学びましたが…。2度と忘れることのない英語表現の1つで、その時のクレジットカード明細は今でも記念にとってあります(苦笑)アメリカは駐車違反はもの凄く厳しくチェックしていますので、皆さんも路上駐車には気をつけてください。必ずその道ごとに駐めて良い時間や規則が書いてあります。

何しろその時は駐車違反をしたことに気づかなかったため、朝にホテルを出発した僕らはサン・ディエゴのSea Worldやオールドタウンを観光し、その夜にサンタ・バーバラへと帰着しました。

<朝食はカフェにて大きなホットドッグ。まだトラブルに気づいていない>

<サン・ディエゴのSea Worldはあいにくの雨天で寒かった>

「やれやれ、今回は先週と違ってトラブルの少ない平和な旅だった」と思ったのですが、翌日に語学学校に行った際にまたまた事件が発覚します。マユミが、同じ家に滞在していて同じ週末にサン・ディエゴとティファナを訪れたハウスメイトから「病院に一緒に来てくれ」と言われているが、理由が分からないと言うので彼と話してみたところ、彼も英語が堪能ではなかったのですが、何やらお腹をさすりながら、”liver, liver…”と言っているのです。「リバー…何か、肝臓がどうとか言ってるよ」、とマユミに伝えたところ、「ええっ!?」と驚きつつ、何がなんだか分からないまま、彼に病院へと連れて行かれたのです…。

そう、彼はティファナで非衛生なものを食べて、あろうことか肝炎(A型かB型か詳細は不明)に感染してしまい、「同じくティファナで食事をしたマユミも検査を受けた方が良い」と言いたかったのです(汗)幸いなことにマユミは肝炎には感染していませんでしたが、病院で注射などを受け、その夜は「自分もメキシコで物を食べてしまった」という不安と恐怖でずっと泣いていたそうです…。肝炎に感染したハウスメイトも彼女の部屋に謝りに来たそうですが、彼は肝炎に感染してしまった訳で、「もしティファナでしっかり食事をしていたらもしかしたら自分たちも…」と考えると、ゾッとしました…(汗)「絶対何も口にしない」と言ってくれたアンドレアに感謝しなければいけません(苦笑)

<レボルシオン通りの入口にて。ガイドブックに掲載のない場所で食事してはいけない(2001年基準)>

このように、一見無事に終わったかに見えたサン・ディエゴ&ティファナ旅行は、帰った後に色々とトラブルが判明することとなりましたが、こうしたトラブルも今思うと貴重な経験だったのかと思います。アメリカとメキシコの国境で今でも続いている問題を肌で感じ、今は違うかも知れませんが発展途上国でむやみに食べ物を選んではいけないと言う教訓も得ることが出来ました。それと、アメリカでの路上駐車のルールも(苦笑)

<ティファナは今でもアメリカとメキシコが交わる、不法入国や麻薬密輸の最前線>

とにもかくにも、健康だけは何とか守ってサンタバーバラへ帰ることが出来た僕らは、最後の週末はロサンゼルスへと車で向かうこととなりますが、そこでこの留学中、最大のピンチが僕を襲うことになります。続きはまた次のブログにてご紹介致します。

To be continued.

Santa Barbaraその14。へ続く

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日本で間違って広まった単語と和製英語

日本語にも英語からそのまま輸入されたと思われる単語がたくさんあり、私たちは知らず知らずのうちにそれを英語だと認識していますが、実は元の発音や意味からかけ離れてしまっているものや、日本で作られた和製英語で現地で使っても通じないものがたくさんあります。本日は日本で間違えて英語として使われている要注意単語やフレーズをいくつかご紹介したいと思います。

<①発音に注意な単語>

【theme】(✖テーマ → 〇スィーム)
何故か日本では「テーマ」と発音されているこの単語。おそらくラテン語系から発音が持って来られたのでしょうが、英語では”th”の発音なので「スィーム」となります。知らないと何の事だか全く分かりませんね(汗)

【pound(s)】(✖ポンド → 〇パウンド、パウンズ)
イギリスの通貨ポンドや重さの単位で知られる単語ですが、実際の発音は(1以外は)「パウンズ」と複数形になりますので、注意が必要です。

【ounce】(✖オンス → 〇アウンス)
こちらも重さの単位としてよく使用される「オンス」(ozとも表記)ですが、英語らしく発音すると「アウンス」です。これは知らなくても何とな~く想像はつくかも?

【buffet】(✖ビュッフェ → 〇バフェイ)
フランス語由来と思われ日本ではすっかり市民権を得てしまった「ビュッフェ」ですが、英語では英語風の読み方に変わってしまいます(汗)ネイティブスピーカーが発音すると「バフェ」としか聞こえないので、覚えておきましょう。

【cuisine】(✖キュイジーヌ → 〇クイジーン)
こちらも同じくフランス語由来と思われる「キュイジーヌ」。特定の国や地域、固有の名前のついた料理名によく使われます。例えば、中華料理は「チャイニーズ・クイジーン」、フランス料理なら「フレンチ・クイジーン」と言った具合。例えフランス料理でも英語で発音する時は「クイジーン」です!(笑)

【tomato】(トマト ✖ → 〇トメイトゥ)
トマト…そのまま読んでしまったのか、どこかの国の発音なのか分かりませんが、英語としてしっかり伝えるためには「トメイトゥ」と言わなければ通じません。恥ずかしいとか言わない!(笑)

【potato】(✖ポテト → 〇ポテイトゥ)
これもトメイトゥと発音ルールは似ているのですが、スペルをそのまま読んでもポテトにはなりませんね…(汗)誰か、語源を調べてください(苦笑)発音は恥ずかしくても「ポテイトゥ」ですよ!

【coffee】(✖コーヒー → 〇カフィ)
欧米で思いっ切り日本語発音で「コーヒープリーズ」と言うと、かなりの確率でコーラが出て来るそうです(汗)。聞いた話では、3回やったら3回ともコーラが出てきたなんて人も…「コ」の音を聞いたらもうコーラと認識してしまうんでしょうか…「カフィ」と発音すると通じ易いです。

【dollar(s)】(✖ドル → 〇ダラーズ)
アメリカ・ドル、香港・ドルなど世界的に使われている通貨単位ですが、発音は「ドル」ではなく「ダラー(ズ)」となります。1ドル(ワンダラー)以外は「ダラーズ」とsが付いた発音になります。ですのでほとんど場合が「ダラーズ」です!

【dessert】(✖デザート → ディザート○)
普通に日本語発音で「デザート」と発音すると、砂漠を意味する”desert”の発音になります。アクセントも砂漠は「”デ”ザート」と最初を強く発音するのに対し、”dessert”は「ディ”ザー”ト」と真ん中を強く発音します。ですが…さすがにこれは間違えて発音しても通じます(笑)レストランで砂漠を注文する人はいませんので(苦笑)ただし、砂漠のある国でガイドに「アイ ウォント デザート」と言ったらレストランじゃなく砂漠に連れて行かれる可能性はあるかも?(苦笑)

【allergy】(✖アレルギー → 〇アラジー)
医療関係の単語はドイツ由来のものが多いのですが、「アレルギー」はどこから入って来た読み方なのか…英語での発音は「アラジー」となります。日本でおなじみの花粉症は、”pollen allergy”(パラン・アラジー)と言います。”Hay Fever”(ヘイ・フィーバー)と言う別の呼び名もあります。ちなみに、外国では本当に病状の重い人以外は、マスクはしないのが一般的です。日本人はみんなマスクをするので、日本人の習慣を知らない欧米人が見るとビックリする(深刻な病人と勘違いする)とか(苦笑)

【often】(△オフン → 〇オフトゥン)
日本の学校では「オフン」と発音し、tは発音しないと教え込まれているため、日本人は「オフン」が正確な発音と認識していますが、当スクールのネイティブ講師(アメリカ出身)は2名とも「オフトゥン」と発音しています。現地ではどちらが正確な発音かと尋ねたところ、どちらも通じるが、フォーマルな発音は「オフトゥン」で、「オフン」と発音するとカジュアルな響きになるそうです。日本の英語教育、しっかりしてくれ!(汗)

<②意味に注意の単語とフレーズ>

【nervous】(ナーバス)
日本では神経質な人に使われていますが、現地ではよく「緊張している」の意味で使われます。”I’m nervous.”と言われたら「その人は神経質だ」、ではなく「緊張するなあ」と言うことを言っています。

【claim】(クレーム)
日本で「クレーム」と言えば文句や不満を言うことですが、この単語は本来「主張する」の意味で、文句の意味で使われるケースは稀です。文句・苦情は”complaint”(コンプレイント)、文句・不満を言うは”complain”(コンプレイン)を使います。

【gorgeous】(ゴージャス)
叶姉妹のイメージでしょうか…「ゴージャスだね」と聞くと何か無駄遣いや浪費をしているようなネガティブな響きですが、実は英語では純粋な褒め言葉で「素晴らしい」と言う意味です。例えばデートに来た女の子がドレスアップしているのを見て、”You are so gorgeous today”(今日の君は本当に美しい)と言うように使います。

【Nice to meet you.】(ナイストゥーミーチュー)
日本の学校で「はじめまして」ですよと教えられていますが、ちょっと待って下さい(汗)単語をよく見てみると、どこにも「初めて」と言う意味の単語は入っていません…。直訳すると「あなたに会うのはナイスだ」であり、「お会い出来て嬉しいです」と訳すのが本来のフレーズの持っている意味です。確かに初対面の人に使うフレーズですが、日本語とは言っている内容が違うことを知っておきましょう。

【How do you do.】(※この表現は忘れて下さい)
30歳、もしかしたら25歳以上の方は、むかし学校でこのフレーズが「はじめまして」ですよ、と習った記憶があるかと思いますが、こんなフレーズを使ったら、もしかしたら笑われてしまうかも知れません(汗)このフレーズは非常に非常に堅苦しい挨拶の表現で、日常生活はもちろん、ビジネスの場においても滅多に使われない表現です。使う機会はどんな場面か想像するに、結婚を決めた相手の両親に初めて挨拶するような時か、上司が突然変わってゴマをすりたい時くらいでしょうか…。昔の貴族が身分の上である人に対して挨拶をする時などに使われたフレーズで、日本語に訳すと「ご機嫌、麗しゅうございますでしょうか」くらいな感じかもしれません。英語は日本語よりもっと気軽な会話をする言語ですので、このような響きのフレーズを使ったら驚かれてしまうでしょう(苦笑)ビジネスでも初対面では”Nice to meet you.”で大丈夫です!

<③和製英語>

【テイクアウト】


日本で食べ物を持ち帰りする際は「テイクアウト」と言いますが、これは日本でしか通じないケースがほとんどで、アメリカでは”To go”、他の地域では”Take away”と言うのが普通です。アメリカのファストフードレストランでは必ず”For here or to go?”(ここで食べますか、持ち帰りですか?)と聞かれますので、よく覚えておきましょう。

【フライドポテト】


英語圏の国へ行かれたことのない方々は完全に英語だろうと信じてしまうこの単語も、完全に和製英語で現地では全く使いません。アメリカでは”french fries”(フレンチ・フライズ)と言うのが普通です。ここの”french”は「フランスの」の意味ではなく、「細切りにした」と言う意味です。

【バリューセット】

マク○○ルドなどで一時期よく使われていこのフレーズ、現地ではセットメニューのことをあまり”set”と表記しません。よく使われているのが”value meal”(バリューミール)と言う表現で、”meal”(お食事)がセットであることを指してポテトやドリンクがついているセットメニューになります。ちなみに”meal”とは日本語に訳すと「食事」となり、1度に食べる食事(複数のメニュー)をまとめて1つの”meal”と呼びます。ですので飛行機の機内食は”In-flight meal”と呼ばれています。また、話が戻りますが、マクドナルドを発音する際は「マク”ダ”ナルズ」と発音しないと中々通じません。”ダ”のところにアクセントをつけるのがコツです。

【ベランダ】


日本で「ベランダ」と呼ばれているものは英語だと”balcony”(バルコニー)です。”veranda”と言う英単語もあるのですが、これは1階の屋根が張り出した部分を指す単語で、日本で言う「屋根付きの縁側」です。誰だ、最初に日本でベランダと言い始めたヤツは?(苦笑)

【サラリーマン・OL】


完全に和製英語です。英語には存在しない単語です。英語で従業員は”employee”(エンプロイー)と言うのが一般的です。ちなみに雇用主はスペルが1つだけ変わり”employer”(エンプロイヤー)ですので、セットで覚えましょう。”employee”は最後の”イー”を上げて発音し、”employer”は”ロ”にアクセントをつけて発音します。 “OL”は「オフィス レディー」を訳したと思われる単語ですが、やはり英語には存在しません。そもそも従業員を男女別に呼ぶケース自体が稀です。オフィスで働く人なら”office worker”と言うのが良いでしょう。

【ノートブックパソコン】


いかにも英語っぽい感じの響きですが、これも違います。英語では”laptop”(ラップトップ)となります。ちなみに「デスクトップ」はそのまま”desktop”なので不思議なばかりです。パソコンが普及したのはそこまで昔ではないはずですが…(汗)

【マンション】


とんでもない間違いになってしまいます。英語では集合住宅は”apartment”で、木造のアパートであろうが超高層タワーであろうが、集合住宅はすべて”apartment”です。ちなみにこの単語は1室あたりを指す事が多いので、建物を表したい時は”apartment building”、団地のように建物がたくさんある場合は”apartment complex”と言うと良いでしょう。
英語では順番に、集合住宅=”apartment”、一戸建て=”house”、邸宅・豪邸=”residence”、そしてなんと大邸宅・大屋敷=”mansion”です!海外に行って「自分の家はマンションだ」なんて言ったら、どこの富豪かとビックリされちゃいますよ(苦笑)

【アルバイト】


これは語源は他の言語だったような…やはり英語には存在しない単語です。英語でアルバイトは”part-time job”で、アルバイトをする人は”part-timer”と言います。ちなみに契約社員は”contract employee”、派遣社員は”dispatched employee”、正社員は”full-timer”と呼びます。

【オーダーメイド】


言わんとしている事は分かるかも知れませんが…(汗)正確な英語では”custom-made”(カスタムメイド)または”tailor-made”(テイラーメイド)と言うのが普通です。なぜこう変換してしまったのか?

【ガソリンスタンド】


全く使わない表現です。そもそも”stand”とは小さな物を指す言葉で、万が一使ったとしても「給油機1台」でしょう。その給油機も現地では”pump”(ポンプ)と言うのが一般的です。「ガソリンスタンド」は英語だと”gas station”となります。「ガソリン」を”gas”で表してしまう点も併せて覚えましょう。

【パーキング】


これは現地でも実際に”Parking”とだけ表記しているケースも多いですが、正確にはこれは「車を駐車する行為」を表します。そのため「駐車場」と言いたい時は”Parking lot”となります。”lot”とは区画や場所を表す単語です。

【バイク】


英語で「バイク」と言うと、だいたい「自転車」と捉えられてしまいます。「バイク」はモーター付きなので、”motorcycle”(オートバイ)や”motorbike”(バイク)と言うと通じるでしょう。

【ホーム】


駅にあるホームは、おそらく”platform”を短くして、さらに発音も日本風に変わってしまったと思われます。日本語で言う「ホーム」は”platform”(プラットフォーム)で、「~番線」と言うときは”track”(トラック)もよく使われます。”platform”は「ホーム」を、”track”は「線路」を指しています。ですので「1番ホーム」なら”Platform 1″、「1番線」なら”Track 1″となります。

<④一見英語のような気がするが、実は異なる国の名前>

【スイス】

〇 Switzerland(スゥイッツァランド)…国名

✖ Swiss(スイス)…形容詞・スイス人・スイス語

【タイ】

〇 Thailand(タイランド)…国名

✖ Thai(タイ)…形容詞・タイ人・タイ語

【ベルギー】

〇 Belgium(ベルジャム)

✖ ベルギー

【オランダ】

〇 Netherlands(ネザーランズ)またはHolland(ハランド)

✖ オランダ

【イタリア】

〇 Italy(イタリー)

✖ イタリア

【ポルトガル】

〇 Portugal(ポーチュガル)

✖ ポルトガル

【インド】

〇 India(インディア)

✖ インド

ちょっと考えただけでも、日本には恐ろしい数の間違った英語が氾濫しています(汗)日常的によく使うものが多いため、それが英語なのだと信じて疑う機会も無いかも知れません…僕も知らず知らずのうちに間違った英語を英語と勘違いしている可能性もあります。
しかし、現地でコミュニケーションを取るためにはやはり正しい発音や表現でないと通じません。なかなか自分で自然に気付くのが難しいものですので、英会話を正確に身につけたい方は、ぜひ一度、当スクールへ体験レッスンにお越しください。

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香港のカウントダウン花火を見る方法

日本では除夜の鐘と共に厳かに新年を迎えるのが一般的ですが、海外では新年を迎えるタイミングで花火を打ち上げたり、爆竹を鳴らしてド派手に新年を祝うところが数多くあります。その中でも香港では、新年になると湾内に膨大な数の花火が打ち上げられ、夕方から町中の道路が歩行者専用となり、もの凄い数の見物客が花火を見ようと集まって来ます。このイベントは世界でも有数の派手さを誇り必見の価値があるものですが、何しろもの凄い数の人が集まって来ますので、見物するためには入念に準備をする必要があります。この準備をせずに見に行こうとすると、場所取りのために4時間も5時間も同じ場所にとどまる必要があり、トイレにも行けず寒さに耐え続け(12月は香港と言えど肌寒さを感じる気候です)、帰り道は満員の群衆に押しこくられながら、近いホテルでも1時間や2時間をかけてノロノロと歩いて帰る羽目になります。下手をすると「見に行ったけど人が多すぎて何も見えなかった」「海辺にすらたどり着けなかった」と言うことになります…実際にそのような体験談はネット上でたくさん見つける事が出来ます(汗)

そこで、本日はこの新年の香港のカウントダウンを快適に楽しむ方法についてご紹介したいと思います。

<香港の新年カウントダウンの花火>

<ネイザン・ロードもこの日は歩行者専用。人々は場所の確保に右往左往>

まず、このカウントダウンの花火が打ち上げられる場所ですが、これは九龍半島と香港島の間の湾内にて、船から打ち上げられます。ですのでこの湾内を見渡すことができる場所ならどこからでも見えるのですが、当然、眺めの良い場所は激戦区であり、簡単に場所を確保することは出来ません。また、夜景の美しさと同時に見たいところですので、やはり九龍側から香港島を望む方向で鑑賞するのがベストです。歩いて宿泊ホテルまで戻る事を考えても九龍側の場所を確保するのが良いのですが、みな考える事は同じもの…九龍サイドはもの凄い数の群衆で埋め尽くされ、上記のような悲惨な体験談のようになります。

<カウントダウンの後、帰宅する群衆>

そこで、快適に花火を見物するためには、以下の2つの方法があります。

① 湾内を見渡す事が出来るホテルの部屋を予約する(予算:8万円~天井知らず/1泊1部屋)

② 湾内を見渡すことができるレストランやバー・ラウンジを予約する(予算:2万円~5万円/人)

お金に余裕があるのであれば、もちろん①が最も快適で、プライベートな空間でゆっくりと花火を楽しめ、歩いて帰る必要もありません。誠にセレブな気分を味わう事が出来ること間違いナシです。この条件を満たすことが出来るホテルはと言うと、ペニンシュラホテル香港(ハーバービューの高層階限定)か、その隣に立つシェラトン・ホテル&タワーズ香港(ハーバービューの高層階限定)、インターコンチネンタル香港(ハーバービュー限定)と言った、湾に面して立っているホテルが候補となるでしょう。ですが、例え湾に面しているホテルだったとしても、ハーバービューでなかったり、低層階の部屋だと建物に遮られて十分な眺望は望めません。ですので、ツアーに組み込まれているような部屋からは、例えこれらのホテルでも見えない可能性が高いです(と言うより、絶対見えません…)。さらに、年末年始の香港はビックリするほどホテル代が高騰する上、カウントダウンが見えるハーバービューの部屋を予約するには、もはやセレブクラスのお金がかかります。また、予約も相当に早い段階で入れる必要があります。2018年4月時点で、シェラトンホテルの12/31のハーバービュールームは既に「空室なし」と出ています…(汗)

そこでおススメしたいのが、これらのホテルの最上階にあるバーやラウンジ、またはインターコンチネンタルホテルにある湾内を望むレストランを予約する②の方法です。こちらの方法であれば、予算は1人で2万円程度(最も安く抑えた場合)で済みますし、ネットからは直接予約出来ないスペシャルプランのため、7~8月頃に予約を入れてもまだ空きがあったりします。ただし、ネットからは予約出来ない特別プランですので、自分で電話で問い合わせる(英語)か、旅行会社などに特別に手配を依頼する必要があり、料金もクレジットカードによる予約時全額前払いとなります。

<シェラトン香港の最上階にはスカイラウンジがあり、夜景がきれいに見える>

<シェラトンホテルから見たカウントダウン花火のムービー>

<ペニンシュラ香港の最上階のバーもお勧め>

<インターコンチネンタルホテルの展望レストラン>

僕は2016年から2017年の年末年始に、友人とシェラトンホテルのスカイラウンジを予約しましたが、予約を入れたのは9月頃で、料金はHKD1,488+TAX10%(約20,000円+サービス税)でした。ただし、ウェルカムシャンパンに加えて飲み物は飲み放題、軽い(とは言っても豪華な)軽食も付いていて、窓の脇のテーブルに座ってゆっくり新年を待ち、トイレに困る事もなく華やかな音楽とカウントダウンの放送と共に、華やかで楽しい雰囲気の中、カウントダウンの花火を満喫する事が出来ました。帰る際も群衆が去るのを見てから落ちついて歩いて帰れましたので、払うだけの価値は十分にあったと思います。この予約を入れる際にペニンシュラホテルのバーにも問い合わせを入れましたが、どうやらすでに満席のようでした。ですので、やはり遅くとも夏には予約を入れた方が良いのかと思います。また予約をする際は必ず「窓際のテーブル」(Table next to the window)を予約しましょう。窓から遠ければ意味がありませんので…。また、僕が訪れた際にシェラトンホテルの前では何らかの建物が建設中であったので、出来ればペニンシュラかインターコンチネンタルを予約する方が良いかと思います。

<飲み放題とスナックのコースで2万円強だが、華やかなムード満点>

行き当たりばったりの海外旅行も良いものです。僕もアメリカなどに行く際はレンタカーのみを予約して、ブラブラと走ってたまたま見つけたモーテルに泊まったりする事もあり、それはそれで自由で新しい発見のある旅になります。ですが、このような大きなイベントを見る際は、やはり入念な準備と下調べが必要です。間違っても「何とかなるだろう」と言うノリで行ってはいけません。本当に、「人に押しこくられただけで何も見えなかった…」と言うことになりますので(汗)

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年末年始のヨーロッパを訪れると

「冬にヨーロッパに行くなんて、とんでもない」

凍えるほど寒いし、お店は閉まってるし、レストランはクリスマスやガラディナーで信じられないくらい高いし…と思っていませんか?

実は、残念ながらこれは全て正解です(苦笑)ヨーロッパの大部分は北海道かそれ以上の北に位置しており、冬は日本よりはるかに厳しい寒さとなり、観光で歩き回るのも大変なほどです。またクリスマス前後から始まるホリデーシーズンは休業するお店やレストランも多く、町によっては秋から春まで丸々閉まっているとか、交通機関もフェリーなどは冬は運航していないなど散々です。特にイタリアのアマルフィ海岸のようなリゾート地では、冬の期間は休業するお店やレストランが多く、冬の間はまるで眠りについているかのように思われるかも知れません。

しかし!冬のヨーロッパはネガティブな要素だけが増える訳では決してありません。冬には冬の良さがあり、冬だからこそ、むしろこの季節にしか見ることの出来ないものがたくさんあるのです!

まず、なんと言ってもこの時期にしか味わえないものは、本場のクリスマスシーズンの雰囲気です!町では至るところにクリスマスツリーが設置され、それぞれが個性を競い合いお祝いムードを高めています。また、バチカン市国のサン・ピエトロ大聖堂の前には、日本ではとても見ることが出来ないような大きく華やかなクリスマスツリーが飾られ、夜や早朝にライトアップされた大聖堂との競演は息を呑むほどに美しい光景です。

<サン・ピエトロ大聖堂とクリスマスツリー>

<街の至る所でツリーが迎えてくれます>

そして、飾られるのはツリーだけではありません。ローマの街中などは目抜き通りはもちろん、細い脇道もイルミネーションで彩られて街中が神戸のルミナリエのようにきらびやかな雰囲気に変身します。日本でイルミネーションのイベントを見に行けば、何時間も並んでようやく会場に辿りついて、さらにそこからも満員電車の中を歩くような状態になりますが、ローマでは全ての場所がルミナリエ!ゆっくり写真を撮って、散策を楽しむ事も出来ます。街中が華やかさと楽しい雰囲気にあふれていて、歩いているだけで幸せな気分になります。

<冬のローマは街中がルミナリエ!>

<広場には屋台も出てお祭りムード一色>

そして、上記したアマルフィ海岸ですが…もちろんピークシーズンが夏である事は間違いありません。多くの行楽客やバカンスを楽しむ人々で賑わい、夏の日差しが景色の美しさを際立たせ、「入れたら運が良い」とも言われるカプリ島の青の洞窟も、やはり入れる可能性が高いのは、波の高い冬を除いたシーズンです。

ですが…その魅力ゆえに、アマルフィ海岸では夏の時期、特に7月と8月は、その地域が受け入れることができる観光客のキャパシティーを超えてしまうそうです。一本しかない海岸線の道路は全く動くことが出来なくなるほど渋滞し、元々1時間に1~2本しかない路線バスは、座る事はおろか下手すると乗り切れず次のバスを待つ羽目になり、ホテルの料金はジョークかと思うほど高騰し、人気のレストランは予約すら取れない状況になります。町は地元の人でさえも「クレイジー」と表現するほど人であふれかえり、とても観光するのにはお勧め出来ないとあるお店のスタッフが言っていました。「暖かい時期に来るなら、7月と8月は外した方が良いよ」と地元の人にアドバイスされたのは、ある意味衝撃的でした。身動きが取れないほど人であふれ返ってしまうのは、もちろん地元で商売を営む人々にとっては有り難いことは間違いないのでしょうが、一方でそれを苦痛としても感じてしまうと言うのは、とても複雑な心境なのかも知れません…

<昔の修道院を改装した5つ星ホテル NH Collection Grand Hotel Convento di Amalfi 夏に泊まることは出来ないでしょう(苦笑)>

<夜には大聖堂前にて聖歌隊が演奏>

僕は1月1日にアマルフィを訪れましたが、雨はパラついていたものの寒すぎず散策には良い気候で、お店やレストランも一部閉まっていたものの十分に美味しい料理とショッピングを楽しみ、大聖堂の前では聖歌隊の演奏のパフォーマンスも見ることが出来ました。そして何より、ホテル代も手の届く範囲なので、アマルフィの町に宿泊し、普段であれば駆け足でしか滞在出来ないこの町をゆっくりと満喫することが出来ました。冬に来たのはある意味正解だったかも、と思ったほどです。行きも帰りも道が渋滞することもなく、サレルノから予約していた電車にもしっかり乗ることが出来ました。いつか暖かい時期にもまた来たい、と思いましたが、そう思えるのは実は冬に訪れたからなのかも知れません(苦笑)

<冬のアマルフィ 人混みもなく散策しやすい>

そしてもう1点…買い物がお好きな方なら、クリスマス後のホリデーセールも見逃せないハズです!  質の良いヨーロッパ製品を安く購入するチャンスは、ピークシーズンには味わう事が出来ない魅力と言えるでしょう。イタリアに出発した際には10kgと少しだった僕のスーツケースが、帰りの空港チェックインの際には許容重量スレスレだったのは、誠に恐ろしい限りです(笑)

確かにクリスマスのディナーや大晦日のガラディナーは高いです。高級なレストランであれば軽く400ユーロを超えてしまいます。ですが、それだけのお金を払っても、その日にしか味わえない特別なディナーだと思えば、決して無意味に高いと言う訳ではありません。ローマの地元ならではの年越しを経験出来るのですから。ローマでは新年になると同時に町中の至るところで花火が上がり、爆竹が鳴り響き盛大に新年を迎え、どこからともなく誰かの歌声が聞こえて来ます。それはこの季節にしかない、この季節ならではの、普段のヨーロッパとは異なる特別な経験となることでしょう。

<大晦日の特別なディナーメニュー>

ヨーロッパの冬は寒いイメージですが、ローマであればその気候は東京と大体同じくらいです。しっかり防寒着を着込んで、お化粧をしていっそう華やかになったヨーロッパを、ぜひ訪れてみてはいかがでしょうか。

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海外でのスマホ通信料を節約する方法

今では世界のどこへ行っても日本の携帯電話が繋がるようになり、非常に便利になりました。しかしスマートフォンを海外で使用すると非常に料金が高いのが悩みの種ですよね。今日は使用頻度に合わせて、スマートフォンの海外での通信料を節約する方法をご紹介したいと思います。

<① 日本と全く同じよう不自由なく使いたい>

これはもう通信キャリアの海外定額サービスを使わざるを得ません。近年各通信キャリアは海外でも通信料は定額に設定している場合がほとんどです。料金はdocomoが24時間定額で980円・1,280円・1,580円(国によって異なるが1,580円の地域が多い)、auは24.4MBまでが1日あたり1,980円、それを超えた場合は最大2,980円、SoftBankは25MB(LTE通信は12.5MB)までが1日1,980円、それを超えた場合は最大2,980円となっています。この方法は最も楽ですが、短期の旅行ならとにかく1週間や10日ともなるとかなり高額になるのは避けられません。またSoftBankの定額サービスはiPhoneのみが対象で、その他のスマートフォンは従量課金制(使った分を払う)になりますので、うっかり頻繁に使用すると、とんでもない料金になる可能性があります。

※追記   2017年現在、auには24時間あたり980円を支払えば、日本のデータ通信枠を利用してインターネットに接続できる「世界データ定額」のサービスが提供されており、使用可能な国では自動的にはデータ通信を開始しない便利なサービスがあります。

<② とりあえず電話だけ通じれば良い、メールはホテルで確認>

スマートフォンにはデータ通信のみをoffにする機能があり、これを設定すれば音声通話のみを使用することが出来ます。旅行中は緊急の連絡さえ出来れば十分と言う人にはこの設定がお勧めです。設定方法は機種によって若干異なりますが、だいたい「モバイルデータ通信」の設定項目があり、これをoffにすると音声通話とWi-Fiを除く一切の通信(メール、LINE、インターネットやアプリの通信)が遮断されますので、データ通信料の請求を回避出来ます。海外で1度でも通信してしまえば①でご紹介した定額の通信料がかかってしまうので、日本を離れる前に設定しておくと良いでしょう。また最近はホテルや空港、一部のレストランに無料あるいは有料のWi-Fiサービスがありますので、ホテルにいる時のみWi-Fiをonにすれば、ホテルでは無料で(Wi-Fiが無料であれば)メールやLINEをチェックしたり、ネットで必要な情報を調べたり出来ます。ここで誤って「モバイルデータ通信」をonにしないよう気をつけてください。
ただホテルのWi-Fiサービスは(国にもよりますが)電波状況が悪く、通信速度にイライラしたり全く使い物にならなかったりするのが難点です。(米国のホテルのWi-Fiはひどいものでした…)

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設定→モバイルデータ通信→モバイルデータ通信をoffに設定

<③ 24時間通信出来なくても良いが、必要な時には通信したい>

常にメールやネットを使える必要はないけど、たまに写真を送ったりメールのチェックや必要な情報を調べたいという方には、Wi-Fiルーターのレンタルサービスがおすすめです。この場合はモバイルデータ通信をoffにした上で、Wi-Fiのみでルーター経由で通信することになります。ルーターが3G対応かLTE対応なのか、またルーターのバッテリー持続時間によって料金にバラつきがありますが、大抵のサービスは通信キャリアの定額サービスより安く設定されていますし、通信品質もしっかりしているのでホテルのWi-Fiより役に立ったりもします。先のアメリカ旅行ではホテルのWi-Fiが使い物にならなかったのでルーターが大活躍し、メールやLINEの他にも、飛行機のオンラインチェックインや、日本のニュースと天気予報のチェック、Googleマップの使用などに非常に役に立ちました。ただ欠点としては、余分な機器を持ち歩かなければならない事と、バッテリーの持続時間が短く、連続使用可能な時間は4時間から長いものでも10時間強ですので、一日中使える訳ではなくあくまで必要な時だけ接続する感じになります。ホテルでは充電器に差しておけば夜はずっと使用出来ます。料金は国によりますが、大体1日500円から1,500円といった感じ。以下に「グローバルWiFi」という会社のプランを例としてご紹介します。

【グローバルWiFi 海外WiFi定額通信料】
Aエリア 670円/日(韓国 / 中国 / タイ等) Bエリア 970円/日(アメリカ / ハワイ / イタリア等) Cエリア 1,270円/日(ブラジル / UAE等) Dエリア 1,770円/日(エジプト / パラグアイ等) ヨーロッパ 840円~/日

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このようなWi-Fiルーターをレンタル出来ます。モバイルデータ通信をoffにした上で、ルーターにWi-Fiで接続

<④ とにかくお金は払いたくない、でもメールはチェックしたい>

お金を一切払わない方法もあります。スマートフォンの「機内モード」をonにしてしまえばWi-Fi以外の通信は一切遮断されますので、通信料も電話代もかかりません。通信はホテルや空港の無料Wi-Fiサービスを利用すれば、朝と夜の2回くらいはメールなどをチェックできますし、調べごとなども出来ます。また通信を必要としないアプリ(音楽・ビデオやカメラ、アラームと世界時計、電卓、為替計算アプリ、情報内蔵型の辞書、メモ帳など)は使う事が出来ますので、通信を除いたスマートフォンの機能を最大限活用出来るでしょう。ただ通信はホテルのWi-Fiの品質次第ということになります。

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機内モードをonにすれば、一切の通話・通信が遮断される。ホテルの無料Wi-Fiを使えば通信料はかからない。

<⑤ 現地のSIMカードを購入する>

SIMフリーのスマートフォンを持っているか、あるいはレンタルすれば、現地のSIMカードを購入して現地の通信キャリアの料金で通話・通信出来るので、料金は大分安く抑えられるでしょう。最近の新機種は数千円の手数料をキャリアに支払えば、SIMロックが解除できる機種が増えています。

ただデメリットとしては現地の電話番号が割り当てられることになりますので、デュアルSIM機能を持たない携帯は日本の番号の着信を受けられないことになります。ビジネスで渡航して頻繁に通話や通信をする方や、二週間以上の長期滞在をされる方には良いと思いますが、普通の旅行であればメリットはあまり無いかも知れません。旅行中にSIMカードを購入し設定をする手間も、時間がもったい無いかも知れませんね。

以上、様々なパターンをご紹介しましたが、皆さんが渡航先でどれだけ携帯電話を使いたいかによって、選択は変わってくるでしょう。大都市へ行くのであればWi-Fiルーターは便利でしょうし、リゾートホテルで過ごすのであればホテルのWi-Fiで十分かと思います。ツアーに参加するのであれば緊急の電話以外は必要無いかも知れません。せっかくの旅行を携帯なんかに邪魔されたくない方も多いのではないかと思います。

皆さんの旅行のスタイルに合わせて、是非研究してみてください!

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必ず3時間遅れるフライト?(ネパール編)

2011年の12月、僕はインドとネパールを訪れたのですが、今日は何とも呑気なネパールのフライト事情について書きたいと思います。

インドから陸路でネパールへ入国した僕らは、仏陀生誕の地であるルンビニから、首都であるカトマンズへ飛行機で向かう計画でした。バスもあるのですが、優に6時間はかかるしお腹を壊しているかも知れないし…ということで飛行機を選択し調べたところ、ルンビニからカトマンズへのフライトは(2011年時点では)イエティ航空があるのみでした。インターネットの口コミには、「必ず朝一番のフライトを予約しておくこと、遅延します」とあり、何故だろうと思いつつ僕らは朝8時のフライトを予約することにしました。

ルンビニの記念公園を散策してホテルに戻った僕らは、翌朝7時に空港に行きたいから送迎して欲しいとホテルで相談したところ、ホテルのスタッフは何故か「そんな時間に行っても飛行機は飛ばないよ」と言います…。そうは言っても8時のフライトなんだから7時に、と思うのは日本人だからでしょうか…。とにかく頼み込んで朝6時にホテルを出発してもらえることになり、とりあえずホッとしたのですが…

翌朝7時に空港に到着すると、フライト1時間前なのにも関わらず空港には誰もいません。カウンターの奥にいたスタッフにチェックインを頼むと、「This flight is delayed.」と…原因は空港に到着した際に分かったのですが、毎朝、深い霧に空港が包まれて離着陸する事が出来ないのです。だからホテルのスタッフは朝行っても無駄だと言ったのだと分かりましたが、それでも予定時間が8時なら7時に行かないといけないと思うのは、日本人だけなのでしょうか…

<霧で覆われた空港>

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毎朝飛べないなら8時のフライトを設定するなよ…と思いながらどのくらい遅れるのか尋ねると、お天気に聞いてくれなどと言います…1時間待ち…2時間経った頃に霧が晴れて来たため、そろそろかなと思いきや、今から飛行機がカトマンズから来るからと言われ…結局3時間遅れのフライトになってしまいました。朝一番のフライトを予約しておけば、昼にようやく出発出来る、だから必ず朝のフライトを予約しておかなければならない…昼のフライトだと夜になる…インターネットの口コミはこう言う事だったのかと、妙に納得しました…

カトマンズに3時間遅れで到着した僕らは荷物受け取り所のショボさに驚愕したのですが、話はこれで終わりませんでした。僕らの荷物を運んで来た車が何故か受け取り所で荷物を降ろさず通り過ぎたのです。「どこへ持って行くんだ」と追いかけると、なんとツアーバスの横で直接バスに荷物を積み込もうとしています。確かに他の乗客は全員タイ人のツアーだったのですが…危うく荷物と永久に別れるところだったのは想像に難くなく…

<荷物受け取り所へ荷物を運ぶ>

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「俺たちの荷物を返せ」と交渉してようやく自分の荷物を取り戻した僕らはホテルの送迎タクシーを探したのですが、3時間遅れでは流石に待っていないだろうと思いきや、なんとちゃんと待っていました。それとも遅れるのを見越して来たのでしょうか(汗)ネパールではこれが普通なのでしょうか…常識と時間の感覚が違い過ぎると思わされました…。

途上国では時として自分の常識を超えた事が起きますが、それも旅の楽しみと言えるのかも知れません。このブログをお読みになる方にはぜひ、旅のトラブルも楽しんで頂きたいと思います(苦笑)ところで、この単語は必ず覚えておきましょう。

delayed「遅れている」

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悪質なタクシーを撃退する英語(カルカッタ編)

2011年の年末年始にインドからネパールを回ったのですが、何しろインドの旅はトラブルの連続で挙げて行くとキリがないほどで、その中でもインドのタクシー運転手はかなり悪質な者もいて、スムーズに済んだ時の方が少ないほどでした。今日はインドのタクシー事情と、運転手と揉めた際に使用した英語表現をご紹介いたします。

バンコクからLCCでコルカタ(カルカッタ)に到着した僕らは、空港からホテルまでタクシーを利用しました。インドの空港では多くの町で空港で市内までの料金を前払いするプリペイドタクシーが利用出来ます。邪推になりますが、前払い方式にしておかないと、到着の際に法外な値段を要求するタクシー運転手が続出するのではないかと思います…ですのでプリペイドなら取り敢えず値段に関しては安心して利用出来ます。

<ムンバイ空港のタクシー乗り場で待ち構えるインド人たちと、ゴア空港のプリペイドタクシーのカウンター>

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ホテルまでの料金を前払いしてタクシー乗り場に向かうと、黄色に塗られた古いタクシーが行列していました。ムンバイ(ボンベイ)もそうだったのですが、インドのタクシーは本当に走れるのか不安になるほど古い、博物館にでもありそうな化石のようなタクシーばかりです。ムンバイの空港では外に出たらチップ目当てに強引に荷物を奪って運ぼうとする輩に囲まれて振り払うのが大変だったため、友人には荷物は絶対に手放さない様に言って身構えて外に出たのですが、カルカッタではその様な輩が少なく少し拍子抜けするほどでした。何しろインドのタクシーは悪質で有名で 、デリーでタクシーに乗る際にうっかり初めてデリーに来たと言うと、そのまま旅行会社に連れて行かれて市内ツアーを押し売りされ離してくれないそうです…もちろんタクシーの運転手は客を斡旋して手数料を稼ぐのが目的ですので、頼んでもいないのに強引に連れて行かれるとか…

<カルカッタのタクシー。展示用でなく現役で走っています…>

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荷物を積んでタクシーに乗り込み運転手にホテルの名前が記載されたレシートを渡すと、運転手はホテルがどこなのか分からない様子で、どこかに道を聞きに行ってしまいました…しばらくして戻ってきてようやく出発したのですが、1分ほど走ってはまた車を止めて場所を聞きに行ってしまいます…どうしてタクシーの運転手なのに道が分からないのかとお思いになるかと思いますが、インドのタクシー運転手は道を知らない運転手ばかりで、タクシーに乗るとかなりの確率でこの様な行動に遭遇します…この運転手は結局場所が分からなかったのか市内に到着してからも2度ほど道を聞きに出て行ってしまい、散々迷った末に何とかホテルに到着しました…これがプリペイドではなくメータータクシーだったらと考えると恐ろしい限りです。

<道を聞きに行って空になった運転席。オートリキシャーは安いが長距離は走ってくれない>

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市内では主に料金の安いオートリキシャーで移動したのですが、あるお寺から有名なモスクに移動しようとした際にリキシャーには遠すぎるからと何度も断られてしまい、仕方なくタクシーに乗ることにしました。流しのタクシーに乗る時は大体乗る際に料金を交渉して乗ることになるのですが、外国人には当然の様に高い値段をふっかけて来ますので交渉も一苦労です…ただメーターを回されたらどうなるか分かりませんので、割高に感じても料金を交渉して乗る方が良いかと思います。

目的地はガイドブックにも載っている有名なモスクだったのですが、相変わらずのように運転手は場所を知りませんでした…地図を見せて走り始めたものの正確には場所を把握していなかったようで、道に迷いあちこち回ったり道を聞きに行ったりして、ようやくたどり着いたのは良かったのですが、交渉して決めた料金を払って降りようとすると運転手はたくさん走ったからもっとよこせと言い始めたのです…そんな後から要求されたお金は払えませんし、そもそも道に迷ったのは運転手のせいで払う義理は全くありません。「迷ったのはあなたのミスでしょ?」と言いましたが運転手はしつこく追加料金を要求して譲らず次第に口論になり、とうとう僕は怒りが限界に達して「It’s your fault, IT’S YOUR FAULT !! OK!!??」(それはお前の責任だろ!! 分かったか !?)と怒鳴りつけて最初に決めたお金を叩きつけて強引にタクシーを降りました。余分な料金は払わずに降りたものの、しばらく怒りで気分が悪かったのは言うまでも無いかと思います…

インドには良い人もいるのでしょうが、観光客と関わる人間は総じてしたたかだったり悪質だったりすることが多く、次から次へとトラブルに遭遇しますので本当に疲れます。ですが時には喧嘩してでもハッキリ主張しなければ言いなりにボラれてしまいますので、この様なキツい言葉も覚えておくと良いと思います…それも怒鳴るくらいキツく言ってやりましょう…口に出して練習してみてください、

「It’s your fault !!」(それはお前の責任だ!!)

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ネパールのストライキ

このブログは2011年の12月にインドからネパールを旅した際の体験です。ぜひ「インドの食あたりその2(2011年編)」から続けてお読みください。

前日にインドでホテルの弁当に食あたりし、なんとか国境近くのホテルにたどり着いた僕は友人に薬を飲ませて、なんとか翌日には移動出来る程度に回復しました。この日はスノウリから約20km離れた、仏陀生誕の地であるルンビニを訪れ、翌日の飛行機でカトマンズへ行く予定でした。

朝、まだ青白い顔をしていた友人はバナナ1本しか食べることが出来ず、体調が心配だったのですが、この日にルンビニへ行かないともう訪れる機会はないだろうと思い、「まあ、20kmならタクシーで1時間もあれば着くだろう」などと楽観視していました。ホテルをチェックアウトしてフロントでタクシーを呼んでくれと言うと、「今日はストライキだからタクシーはないよ」と言います。「え?じゃあバスか何か?」と尋ねると、「バスもない。国中ストライキだから何もない」と言います。

翌日の飛行機でカトマンズへ行ってしまうから、どうしてもこの日にルンビニへ行きたかったので、ホテルのスタッフに何か方法がないか尋ねると、「リキシャーなら捕まるかも」と言います。「リキシャーか…快適じゃないけどしょうがない…」と思いましたが、とにかく捕まえてくれと頼むと、何とやって来たのはバイクのオートリキシャーではなく、自転車のサイクルリキシャーだったのです、しかも細くて歳をとった運転手の…

<サイクルリキシャーの運転手>

「これで20km移動するの…?マジか…?」と思いましたが、他に手段はないとホテルのスタッフが言うので、どのくらいかかるか聞いた所、「まあ、1時間半くらいじゃない?」などと適当な事を言います…(20kmと言えば、東京からだと横浜の手前まで行ってしまう距離です、それを自転車とは…)しかし他に手段はなく、かくして大人2人と荷物3つを載せたサイクルリキシャーの旅が始まった訳です…

<荷物を載せるとこの状態>

何しろ重いので、リキシャーは中々進みません。運転手も「どうしてよりによってこの人を捕まえたんだ…」と思うほど頼りなく、上り坂になると最早こぐことも出来ません。本当に1時間半で着くのかと思っていたら、1時間半後に何やら10kmという標識が…そうです、ようやく半分です…。結局ルンビニまで3時間、冬の風が吹きつけるサイクルリキシャーの上で過ごすことに…唯一の救いだったのは、体調不良の友人はずっと眠っていたことでしょうか…

<道端には貴重な光景も>

何とかルンビニのホテルにたどり着くと、すぐに記念公園を見に行こうとしたのですが、リキシャーの運転手がもう疲れたから行くのはイヤだと言い始めました。実は最初に料金を交渉した際は、ルンビニまで行って、記念公園の中を周って30ドル(値段は定かではない)と決めたのです。記念公園を周るリキシャーの値段は一律いくらと決まっているので、「じゃあもういいから、記念公園の分10ドルは払わないよ」と言うと、運転手はそれじゃ少なすぎるとゴネ始めます…ホテルのスタッフに通訳してもらい散々揉めましたが、結局25ドルほど払ってあげる事になりました。まあ3時間大人2人荷物3つを運んで、また3時間かけて帰る訳ですから…ホテルのスタッフも「リキシャーでスノウリから来たの!?」と驚く始末。でもおそらく彼は1日で1週間分は稼げたのではないかと思います…

<ルンビニ記念公園>

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途上国でのトラブルは何が起こるか想像もつきませんが、そんな時に重要なのは交渉力です。英語が上手ければ良いと言うよりは、臆せず何でもハッキリ主張することが重要かも知れません。途上国の個人旅行はトラブル続きですが、ぜひチャレンジしてみて下さい。

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インドの食あたりその2(2011年編)

2011年の12月、僕らはインドとネパールを周ることにしました。僕は3年前のインド旅行でひどい食あたりにあい、命からがら帰国した経験から、インドを訪れるのは正直イヤだったのですが、友人がどうしても行きたいと言うので渋々承諾しました。

詳細は「インドの食あたり(2008年編)」をご覧頂きたいのですが、インドで食べ物にあたると、その悲惨具合は日本とはレベルが違います。下痢と嘔吐を繰り返し身体中の水分が抜けて、高熱でもあるかのようにフラフラして歩くのもままならない程です。もちろん日本で市販している下痢止めや整腸剤は全く効きません。かと言って現地の薬を飲むのも怖いなと思った僕は、ネットでアフリカなどに渡航する方などが注射を射ったりする「トラベルクリニック」というものを見つけました。そこで強い下痢止めと抗生物質が手に入るということで、あらかじめ薬を用意することにしました。

トラベルクリニックを訪れ下痢止めセットを10日分ほど購入してお会計に進むと、なんと1万円だと言います。「そんなに高いの!?」と思ったところ、薬の事前処方は症状がないため、健康保険の適用外とのこと。お財布は空になってしまいましたが、後々この薬に救われることになります。

こうしてインドに再び足を踏み入れた僕らは、コルカタ〜バラナシ〜サールナート〜クシナガラとヒンドゥー教と仏教の聖地をめぐり、ゴラクプルからスノウリを経由して陸路でネパールに入国する計画を立てました。気をつけたことは、ホテルのミネラルウオーター以外は飲まない、ガイドブックに記載のないレストランで食事しない、町中や駅で売っているものは食べないなど、衛生面を徹底した上で移動もトイレのある飛行機と鉄道のみとしました。

旅はトラブル続き(他のインド関連ブログ参照)でしたが、なんとか予定通りに仏陀が亡くなった地であるクシナガラに到着しました。クシナガラは小さな村で、外国人が快適に宿泊出来るホテルは一軒しかありません。翌日ゴラクプル経由で鉄道でナウタンワまで行き、ネパールへ抜ける予定だった僕らは、このホテルでランチボックスを作ってくれないか頼みました。メニューはチキン、マフィン、オレンジ、そして何故かおにぎりでしたが、これで無事にインドを抜けられるとホッとしました。この弁当が再びの悲劇を導くとは疑いもせずに…

<ホテルで注文した弁当>

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鉄道の中でお弁当を食べ、ナウタンワからリキシャーでスノウリに入り、無事にネパールに陸路で入国した僕は正直作戦勝ちを確信していたのですが、ネパールのイミグレーションで入国手続きをしていると、友人が気持ち悪いと言い出しました。僕は何とも無かったので、とにかく急いでホテルへ向かおうとタクシーを探していたら、後ろにいたはずの友人が見当たりません。遥か後方に彼を発見した僕は戻ってどうしたのらか尋ねると、なんと路上で吐いてしまったと言います。ホテルの部屋にたどり着くと、今まで一度もお腹を壊したことのなかった彼がトイレから出て来ません。嘔吐と下痢の症状はまさに3年前に僕が経験した「インドの食あたり」でした…しかしまさかホテルの弁当で当たろうとは…やはりインドはインドということでしょうか…

<インドのイミグレーション>

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しかしこんな時のために用意した高価な薬です。飲ませておとなしく休んでいたら、友人は丸一日ベッドから立ち上がることが出来なかったものの、翌日にはなんとか移動出来る程度に回復しました。まさに薬に救われた訳ですが、一体弁当の何が悪かったのかは謎のままです。彼が食べて僕が食べなかったのはマフィンだと言うのですが、果たしてマフィンでも当たるのがインドなのか、はたまた僕には3年前に抗体が出来ていたのか…いずれにせよインドの食あたりの洗礼からは逃がれられないのだと痛感しました…

<国境近くのホテル>

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余談ですが、トラベルクリニックの薬は高いので、薬を用意する時はかかりつけの医院で出してもらう方が安く済むかもしれません。ただインドの食あたりは菌によるものなので、抗生物質がないと効きません。お医者さんには、「インドでも通用する」1番強い薬をリクエストしましょう(苦笑)

ネパールのストライキ」に続く

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スピード違反で捕まった(フロリダ編)

2013年の年末から14年の年始にかけて、アメリカのテキサス州・ルイジアナ州・フロリダ州をレンタカーで周りました。13日間の旅行は良いことも悪いことも盛り沢山でしたが、色々な意味で最も記憶に残ったのは、フロリダで「スピード違反の取締り」に引っ掛かった事です。

(フロリダ南部の地図 マイアミからキーウエストまで約4~5時間のドライブ)

12月31日、旅行も終盤に差し掛かった大晦日の朝、僕らはアメリカ最南端の島、キーウエストを早朝に出発し、マイアミビーチを目指しました。キーウエストとフロリダ半島の間は片道1車線のUS-1号線があるだけなので、混まないうちに抜けてしまおうとしたのが間違いだったのかも知れません。早朝なので車は少なく、時速45マイル(72km)で順調に走っていました。二時間半ほど走りもうすぐフロリダ半島に入る所で、ガソリンスタンドでトイレ休憩を取りました。この休憩が運命の分かれ道だとは知らず…

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(フロリダ半島からキーウエストまで続くUS-1号線。海の上と連なる島々を抜けて行きます)

休憩を終え、マイアミまでもう少し、「さあ急ごう」と僕はスピードを45マイルまで上げて行きました。その時、前後には全く車がいませんでした。時速45マイルにスピードが達した時、急にルームミラーに赤と青の光が映りました。どこかで見たことのある光…「そう!パトカーだ!」と気づいた時は既に手遅れです。ガソリンスタンドの近くで隠れていたスピード違反の取締りに引っ掛かってしまいました…

実は、アメリカでスピード違反で捕まるのは2度目でした。さかのぼる事10年以上前、初めて留学した時にカリフォルニアで捕まった事があります。(その時のことはまた改めて書こうと思います。)それ以降、アメリカの取締りが厳しい事は知っており気をつけてはいたのですが、ふと気が緩んでしまいました。

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(取締りのパトカー。赤と青の光の点滅が後ろに見えたら素直に諦めましょう)

「ああ、しまった!」とは思いましたが、以前に捕まった経験があったこと、前回の罰金はクレジットカードで払えたことから、その時はそれ以上深い心配はありませんでした。車を止めると警官がパトカーから降りて来ます。窓を開けると彼は「Hello, how are you?」とまるでお店の店員のように気さくに話しかけて来ました。スピード超過の旨を伝えられ、日本の免許証とレンタカー会社発行の免許証の翻訳文(州によりますが、アメリカでは国際免許証の代わりにこのような翻訳文を使う事ができ便利です。あくまで有効なのは、日本の免許証原本とされています)を渡すと彼はパトカーに戻り違反チケットを作成して戻って来ました。スピード違反の手続きは一応、違反した地区の裁判所への出頭となるのですが、旅行者などは行ける訳もないのでその時間が無いと伝え、罰金の額を尋ねたところ、なぜか「分からないから1月2日以降に電話してくれ」と言います。聞いたところによると31日と1日は祝日のためオフィスが閉まっていると… 「オフィスは休みなのに取り締まりはしっかりやるのかよ…3日の飛行機で日本に帰るんだが…」と手続きがすぐに出来ないことに不満を覚えましたが、「まあカード番号を電話で知らせれば済むだろう」と、その時は深く考えずにその場を離れました。

マイアミに到着し、ホテルのコンシェルジュにチケットの処理方法を尋ねると、コンシェルジュはチケットを読んで「ここの地区のチケットはどうやらカード払いが出来ないようだ。1番簡単な方法はマネーオーダーを購入して送ることだ」と言います。10年以上前でもカードが使えたのに、なんてド田舎の警察署だ…と呆れましたが、その「マネーオーダーって何だ?」という所から始めなければなりませんでした…聞いたところ、マネーオーダーは公共のスーパーやドラッグストアで手続きをする小切手のようなもので、それを購入して郵送しなければならないと言います。ですが罰金の額が分からなければマネーオーダーを購入することも出来ず、結局2日までは出来ることは何もないと…

日本に帰る前日に、朝オフィスが開くのを待って電話をし、マネーオーダーを購入出来る場所を探して手続きをして、さらにそれを郵送する…最低でも2時間はかかるだろう…  罰金を払うことより、旅行の限られた貴重な時間を奪われ、そのせいで行かれるはずの場所が減るだろう、その事が何より頭に来ました。もちろん自業自得なのは頭では分かっていましたが、不満をぶつける場所もなく、街は新年のカウントダウンで盛り上がっていましたが、天気が悪かったのも拍車をかけその日1日は暗い気分を抜くことができませんでした…

2日の朝、コンシェルジュで罰金の額を確認してもらい、マネーオーダーを探しに出掛けたのですが、何しろマイアミビーチは観光地なので、大きなスーパーというものが中々ありません。ドラッグストアで断られ、銀行で断られ、30分ほど歩いてようやくマネーオーダーを扱うスーパーを発見しました。急いでホテルに戻り、コンシェルジュに世話になりつつ書類を記入し、ポストへの投函はホテルに頼み、ようやくチケットの処理を終えることが出来ました。やはり2時間ほどロスしたのに加え、罰金280ドルにタクシー代にコンシェルジュのチップと散々でしたが、実はこの不運が思わぬ出来事に繋がったのです。

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(苦労して探したマネーオーダーとお世話になったマイアミビーチのホテル)

コンシェルジュでチケットの処理をしていた時に、1人の他の若いホテルスタッフが話しかけて来ました。「ああ、スピード違反のチケットだね、運が悪かったね…。ホリデーシーズンは取締りが多いんだ、僕の兄弟は1年に何度も捕まってるよ」「どこから来たの?」などと話してくれ、僕らが日本から来たと言うと、彼は「実は僕は日本の文化に興味があって日本語を学んでるんた。いつか日本にも行ってみたいよ」と話してくれました。感じの良い好青年だったので、僕は自分のメールアドレスを渡して「日本に来る時は連絡を下さい、東京を案内しますよ」と伝えると、彼も自分のアドレスを教えてくれました。彼は僕らの荷物を車まで運んでくれ、一緒に写真を撮り、お互い「See you again!」と約束をして別れました。

彼とは今でもメッセージのやり取りをしますが、「初めて日本人の友達が出来たから、とても嬉しいよ!」と言ってくれます。スピード違反については散々でしたが、そのおかげで新しい友人が出来たのだから、結果的には良かったのだと今は思っています。次に彼に会った時はきっと、田舎町のパトカーに感謝出来ることでしょう(笑)

<アメリカで運転する際は>

※ 駐車違反スピード違反に気を付けましょう。どちらも取締りは厳しく、駐車違反は違反すればほぼ確実に取られます(頻繁に巡回している)。スピード違反は特に早く走行している車を捕まえるのではなく、5マイルでもオーバーしていればパトカーが最初に見つけた車が捕まります(見せしめの要素が大きい)。前後の車が速く走っているときは、列の一番前や後ろを走らないようにしましょう。また田舎の町中など制限速度が下がっている区間、ホリデーシーズン、周りの車が妙にゆっくり走っている時は要注意です。また必ず「日本の免許証」と「国際免許証または公的な翻訳文」を所持して下さい。レンタカー会社によっては日本の免許証の提示だけでレンタカーが借りられる場合がありますが、万が一の事故や違反時に英文の免許がないと大変なことになります。また英語ができないフリをして見逃してもらったという経験談を見た事がありますが、これは警官によっては警察署へ連行されるリスクがある事を覚悟しましょう。

※ 英会話SSEAが『みんなの英語ひろば』の取材を受け、特集記事が掲載されました。ぜひご覧ください!

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レンタカーが、パンクした。

2006年の10月から11月にかけて、僕は会社を退職して少し休暇を取り、2001年に初めての留学で滞在したアメリカ西海岸の小さな町サンタバーバラに、6週間ほど滞在することにしました。今日はその滞在中に休日旅行でサンフランシスコを訪れた際のトラブルについて書きたいと思います。

滞在はホームステイで、僕のルームメイトはセバスチャンというフランス人だったのですが、そのセバスチャンにThanks Givingの翌日からの休日を利用してサンフランシスコへ仲間と行くから、一緒に行かないかと誘われました。僕はセバスチャンと非常に親しかったのでもちろんOKしたのですが、何と全員合わせると10人以上のグループになると言います。そんな大勢で一緒に行動出来るかな…とは思いましたが、なるようにしかならないだろう、と成り行きに任せることにしました(苦笑)

Thanks Givingの翌日、ダウンタウンのバスディーポに集まったのは、フランス人、ベルギー人、ドイツ人、トルコ人、韓国人、日本人、そして誰の知り合いなのか地元のアメリカ人を含む多国籍軍でした。アメリカ人の車1台に乗り切れる訳もなく残り2台をレンタカーする予定だったらしいのですが、何と予約をしておらずレンタカー会社には車が1台もありません…本当にたどり着けるかな(苦笑)と思いましたが、3時間ほど待ってようやく返却された車2台を借りることが出来ました。1台をトルコ人2人、もう1台を僕とセバスチャンが運転することになりました。僕らの車は韓国のKIAというブランドの小さな車だったのですが、3台で高速に入るとアメリカ人とトルコ人の運転の荒さが尋常ではなく、僕らの小さな車はエンジンの大きさからとても付いて行けず、いきなりはぐれてしまいました。かくして僕とフランス人2人、韓国人の女の子の4人での旅が始まったのです。

<レンタカーのKIAと多国籍軍>

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サンフランシスコでは他の車と合流したり、はぐれたりしながら観光しましたが、基本的には僕とセバスチャン、フランソワ(フランス)、ジェニファー(韓国)の4人(と時折ベルギー人のステファニー)での行動になりました。観光は充実していて色々な思い出が出来ましたが、最後サンタバーバラへ帰る日は残念ながら雨に降られてしまいました。そしてこの雨のハイウェイでの帰路にてかつて経験した事もないトラブルが起こります。

<左からジェニファー、ステファニー、セバスチャン、フランソワ。多国籍軍は最後までまとまりませんでした>

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サンフランシスコで他の車たちと別れ、サンタバーバラへ帰る高速道路を僕は運転していたのですが、ちょうど半分くらい来たあたり(SF-SB間は車だと約6~7時間)で、車が突然ガタガタと揺れ始めました。その揺れはかなり激しくハンドルも右に左に取られる感じがしたので、僕は経験が無いながらも薄々「タイヤがパンクした(got a flat tire)」のだと気付きました。高速を降りて車を止めると、見事に右前のタイヤがペチャンコに…付近は真っ暗で助けを求めようにもガソリンスタンドひとつ見当たりません。途方に暮れた僕らは相談した結果、スペアタイヤに交換しようと言う結論になったのです…

セバスチャンがタイヤの交換の経験があったので、スペアタイヤをトランクから出してジャッキアップまでは出来たのですが、タイヤのナットが固くどうしても外す事が出来ません。灯りもなくデジカメの液晶の明かりで照らしながら雨の中格闘しましたが、どうにもならず途方に暮れていると、ジェニファーが通りかかった1台の車に助けを求めました。親切なアメリカ人のおじさんは僕らがタイヤが交換できずにいることを知ると手伝ってくれ、僕に運転席でブレーキを踏む(Step on the brake!)ようにと言いました。そうして格闘すること15分、なんとかおじさんの助けでタイヤを交換することができ、親切なおじさんはお礼を言う間も無く行ってしまいました。かくして僕らは交換したタイヤでそろそろと走りながら、サンタバーバラへ帰り着くことが出来たのです。

翌日レンタカーを返却する際に、頭に血が上りやすい僕はカウンターで散々クレームを付けました。寒くて暗い雨の高速でタイヤを交換したんだと言うと、彼らは交換したタイヤを見て申し訳ないと言ったあと、レンタカー代は半額にすると言いましたが、次からパンクした際はロードサービスに電話したら良いと言うのです。しかしナビも付いていなかった当時、550キロはあろうかと言うSF-SB間(東京~神戸間に匹敵する距離です…)のどこにいるか分からないと言ったら、果たして彼らは何時間以内に来てくれたのでしょうか…親切に手伝ってくれたアメリカ人のおじさんにお礼を出来なかったのが悔やまれます…それ以前に、パンクするようなレンタカーを扱わないで欲しいと思います、Enterprise Rent-A-Car…(アメリカでは割と大手で1番安いのですが、もう使う気になれません…)

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皆さんもパンクした際にロードサービスに電話をする際に必要なこの単語、ぜひ覚えてください。

We got a flat tire! 「タイヤがパンクした!」

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モロッコと西サハラ

2005年の2月、僕らは貯まりに貯まった有休を使ってモロッコを約1週間かけて周りました。初めてのアフリカ、そして初めてのイスラム教の国の旅でしたので、期待と不安の入り混じった旅行でしたが、これまで見たことのない文化圏への旅行は非常に刺激的で貴重な経験だったと思います。今日はその旅の中で初めて知ることになった、「西サハラ問題」についてご紹介したいと思います。

<英語ガイド兼ドライバーのハリディと、砂漠の要塞アイトベンハッドゥ。ハリディは腰が悪いらしく、長い運転がいつも辛そうでした>

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モロッコでは専用の英語ガイド兼ドライバーと共に、マラケシュ、アイトベンハッドゥ、ワルザザート、トドラ渓谷、エルフードと周り、メルズーガの丘からサハラ砂漠を眺め、最後にフェズ を訪れ、カサブランカからトランジットで経由したパリに一泊して帰国しました。モロッコは旧フランス圏なので公用語はフランス語で、英語はあまり通じません。また古都であるマラケシュやフェズの旧市街(メディナ)はまさに迷宮で、現地ガイドなしでは迷って出れなくなってしまいますので、英語のできるガイドは本当に頼りになりました。

<トドラ渓谷と水を飲むラクダ。モロッコ南部は大部分が砂漠地帯で、この様なオアシスは本当に貴重です>
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旅の中盤、ワルザザートからトドラ渓谷へ向かう途中の小さな町を過ぎた丘の上で、ハリディ(英語ガイド兼ドライバー)が、「ここは眺めが良いから、写真を撮ったら良い」と言って車を止めました。丘の上から写真を撮っていた僕は、反対側の丘の斜面に書かれた大きなアラビア文字があることに気がつきました。「あれは何て書いてあるの?」とハリディに尋ねると、彼は「西サハラは我々の領土だ」と書いてあるのだと教えてくれました。その時に「西サハラ」と言う地名を初めて聞いたのですが、何だか政治的に微妙な問題である臭いがしたので、僕はそれ以上尋ねることはしませんでした。後でモロッコのガイドブックを見てみると、確かにモロッコの隣に「西サハラ」と載っていましたが、そこは国ではなく、かと言ってモロッコ領でもない、空白地帯のような扱いとなっていました。

<立ち寄った小さな町と、丘に書かれたアラビア文字。「西サハラは我々の領土だ」と書かれています>

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西サハラとはモロッコの西側に位置する地域で、人口は約27万人(2004年)、住民の大多数はサハラウィー人、アラブ人やベルベル人で遊牧民も数多く生活しています。1969年まではスペイン領の一部でしたが現在の帰属は未確定で、亡命政権であるサハラ・アラブ民主共和国とモロッコ王国が領有を主張しており、国連の「非自治地域リスト」に1960年代以来掲載されています。1975年にスペインが領有権を放棄すると、1976年にモーリタニアとモロッコが分割統治を開始しましたが、一方で西サハラの独立を目指すポリサリオ戦線が武力闘争を開始し、1976年にアルジェリアで亡命政権「サハラ・アラブ民主共和国」を樹立しています。1979年にモーリタニアはポリサリオ戦線と和平協定を締結し西サハラ領有権を放棄しましたが、同年モーリタニアが放棄した領域をモロッコ軍がすぐに占領し、現在に至るまで独立をめぐる問題が続いています。モロッコによる領有権の主張は大多数の国から認められておらず、アフリカ・中南米・南アジア諸国を中心に約80か国がサハラ・アラブ民主共和国を国家として承認していますが、欧米や日本などの先進諸国はモロッコとの関係上からサハラ・アラブ民主共和国を国家として承認しておらず、国連にも加盟できていません。モロッコは国王の相次ぐ西サハラ訪問やインフラ整備などにより西サハラの実効支配を既成事実化し、サハラ・アラブ民主共和国の独立を妨害しています。サハラ・アラブ民主共和国は1982年にアフリカ統一機構(現在のアフリカ連合)に加盟しており、一方でモロッコがアフリカで唯一アフリカ連合に加盟していないのは、サハラ・アラブ民主共和国の加盟に反発して脱退したためです。そのためサハラ・アラブ民主共和国はアフリカ連合のみの加盟、モロッコは国連のみの加盟となっています。

<アフリカ・西サハラ・モロッコの地図>
アフリカ地図西サハラ地図モロッコ地図

モロッコ旅行も終盤に差し掛かり、パーキングエリアでコーヒー休憩を取っていた時に、ハリディが僕の持っていた地球の歩き方の地図を見せてくれと言いました。彼は西サハラがモロッコと分離されている地図を見て、「この地図は間違っている。西サハラはモロッコの領土だ。この地図が分離して載せていると言うことは、日本政府が西サハラをモロッコ領だと認めていない証拠だ。」と言いました。僕らは西サハラに関する知識はほとんどありませんでしたし、政治的に微妙な話題なので、「自分たちはその事は良く知らないんだ。西サハラについて教えてくれ」と言うと、彼はフランス語訛りの聞き取り辛い英語で西サハラについて語り始めたのです。長い話でしたし、聞き取れない部分もかなりありましたが、「モロッコは西サハラを自分たちの領土として道路などのインフラを整備したし、学校を作ってモロッコの税金で教育を行っているのに、国際社会が西サハラをモロッコ領と認めないのはおかしい」といった内容で、穏やかな語り口ながらもその言葉はとても強く、興奮を押し殺しているかのような様子で話していました。日本では当時は愛国心やナショナリズムを示すことは悪いことだと言う空気があった時代でしたので、彼が強く主張する様子は僕らにとってはとても新鮮な体験だったことを思い出します。

日本にも多くの領土問題がありますし、海外の人々とこうした内容の話をする機会がまたあるかも知れませんが、領土問題にはそれぞれの立場と言い分があり、全てを客観的に理解することは難しい事だと思います。そうした際に、問題に対する十分な知識なく話をすることはとても危険な事なのでしょう。日本にいるとどうしても目が内向きになりがちですが、世界に存在する様々な問題に興味を持つことは大切なんだと感じた経験でした。無知であることは時にその国の人々を傷つけることにもなります。そうならないためにも、日本のこと、世界のこと、これからもしっかり理解して行きたいと思います。

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海外で怪我をする(台湾編)

2007年の9月、僕は台湾の友人に誘われて約10日間の台湾周遊旅行に行くことにしました。昔ボストンに留学した際に台湾人の友達が出来たのですが、その友人が大学院を卒業したあと、2006年に来日して日本の語学学校で日本語を1年間勉強した際に、その子を通じて台湾人の友人が沢山出来ました。日本語を勉強していた友人ばかりなので日本語で会話出来ますし、何でも通訳してくれるので困ることは何もありません。みんな優しく親切な友人ばかりで、ぜひ自分の家にと言って泊めてくれますし、家族の方々にもとても暖かく迎えて頂きました。台湾の人たちは親日的な人が多く町の人もみんなフレンドリーですし、この国に友人が出来たことはすごく幸せなことで、本当に良い出会いに恵まれたと思います。

この旅行では台北を中心に、九份、基隆、烏来、淡水、三峡、鶯歌、そして台湾中部の人気の観光地である日月譚(リーユエタン)を巡りました。移動は友人たちが運転してくれたので、本当に快適な旅です(台湾は日本とは逆の右側通行なのに加えてオートバイが非常に多く、慣れない日本人が運転するのは困難です)。旅行も半分が過ぎた日月譚からの帰り道に、僕らは客家(ハッカ)の人たちが住む内湾(ネイワン)という小さな町に立ち寄りました。客家と言うのは漢民族の中でも中原発祥の中華文化を守ってきた正統な民族で、そのルーツを辿ると古代中国の中原や中国東北部の王族の末裔であることが多く、多くの家に古代からの族譜があり祖先信仰が強く風習を頑なに守ってきたため、移住先では住民から“よそ者”とされ「客家」と呼ばれることになった人々で、今でも独特の言語と文化を受け継いでいて、内湾はそうした人たちが集まっている町だそうです。町は日本のガイドブックに載っているような有名な観光地ではないものの台湾では人気の場所のようで、メインストリートは沢山の人で賑わっていて、お土産屋さんやレストランも沢山あり、台湾の友人が連れて行ってくれなければ訪れる事は出来なかったであろう貴重な所でした。しかしこの小さな町で、旅慣れた僕にとっても初めての経験となる事件が起こります…

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日月譚と内湾のメインストリート

町には名所の一つとして立派な吊り橋があり、メインストリートを散策したあとその橋を渡って夕飯にしようということになりました。「せっかくだから、橋の上で皆で記念写真を撮ろう」と思っていたのですが…橋をみんなで渡り始めたその時、何を思ったのか、1人が急に走り始めたのです。実は彼女は極度の高所恐怖症で、怖いので下を見ないで走り抜けてしまおうとしたらしいのですが…

「おいちょっと待て皆で写真を…」と思っていた僕は慌てて追いかけようとしたのですが、当時27歳だった僕は久しく走ると言う行動をしておらず、情けない事に足がもつれて転倒してしまったのです…もう若い時のように体が思い通りについて来る年齢ではなかったようで…(さすがに20代後半でこれは情けないですが、皆さんも気をつけて下さい。体はいつか言うことを聞かなくなる時が来ます…)転倒した時は痛いと言うよりまず恥ずかしいと言う感情が先に来ました。なんてカッコ悪いんだろうと思いましたが、立ち上がった時に恥ずかしいでは済まなかった事に気付きました。転倒の仕方が悪かったようで足を捻っていて、立ち上がった瞬間に激痛が走りました。僕が転倒したので驚いて戻って来たので写真は撮れたものの、歩くのもままならないほど酷く捻ってしまい、激痛を押し殺して夕飯に向かいましたが皆について行くことが出来ず1人どんどん遅れてしまいます。台湾の友人が1人気付いて一緒にゆっくり歩いてくれましたが、その激痛具合に軽傷ではないことはすぐに分かり、正直「骨が折れたのかも…」と思うほどでした。怪我の具合が心配でその後は客家料理の夕食も友人との会話もまったく楽しむことが出来ず、落ち込んだ気分のまま台北に帰り着いた僕は、夜も深くなっていたので友人に頼んで薬局へ行ってもらいました。

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客家料理。しっかり味わう余裕はありませんでした…

薬局で靴下を脱いでみると、足はかつて見たことが無いほど膨れ上がっており、僕の気分は更に沈みました。ひょうきんな薬局の店主は湿布薬を持って来て、「これは物凄い効くんだ!明日には治っちゃうだろうね!治らなかったら湿布では治らない状態ってこと!」などと陽気にサラッと言ったのを聞き、僕の不安は更に更に深まりました…。翌朝に腫れが引くのを祈って眠りましたが朝起きても足の様子には全く変化がなく、その日は台南に行く計画でしたがさすがの僕も病院に行かないとマズいと判断し、友人に頼んで病院へ連れて行ってもらう事になってしまったのです…

まず病院に行く前に旅行保険の確認をしました。病院によっては保険会社が治療費を立て替えてくれる所もありますが、日本のコールセンターに問い合わせたところ台北には提携している病院がなく、実費で支払いをして日本で請求をすることになりました。(旅行保険を請求する時は病院に行く前にまず一報する事をお勧めします。事後請求だと保険が降りない可能性もあります。)健康保険制度がしっかり整っている日本ではイマイチ実感出来ませんが、医療費は実費で支払うとかなりの高額になります。日本は3割負担ですので少なくともその3倍以上、国によっては更に高額な所もあります。実費負担も不安でしたが足の状態はそれ以上にずっと不安で、大きな総合病院に連れて行ってもらい診察を受けると医師はレントゲンで判断すると言いました。レントゲン撮影を終えて医師が写真を見ている時に、僕の緊張はピークに達しました…折れているのか…大丈夫なのか…

レントゲンを見た医師は僕が日本人だから漢字が分かるだろうと思ったのか、紙を取り出し、そこに「没問骨」と書きました。「没」と「骨」という字を見た僕は血の気が引くのを感じたのですが、友人がすぐに「骨は大丈夫」と教えてくれました。「没」は中国語で「無い」と言う意味なんですね…骨折は免れたものの重度の捻挫とのことで、医師は足首を固定した方が良いと言い、巻き付けたらカチカチに固まるバンドを巻くことになりました。費用も2万円弱で収まり事なきを得ましたが、足を固定してしまったので歩くことが出来ず、友人に車椅子を借りてもらい、その後の旅行は車椅子で押されて周るということに…台湾人の友人はみんな車椅子を押そうとしてくれましたが、僕はあまりの申し訳なさに言葉がありませんでした…台北101では車椅子で訪れたため料金が障害者割引になり、エレベーターも待たずに優先的に乗せてもらうことに(苦笑)かくしてこの台湾旅行の後半はほとんどを車椅子の上で過ごしました。有名な士林夜市の人混みも車椅子で移動しましたので、周りからは大層奇妙なグループに見えたことと思います(苦笑)

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坂で有名な九份は、車椅子と松葉杖には厳しい場所…

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友人は夜市の人混みもずっと車椅子を押してくれました。左足は靴を履けない状態…

こうして台湾の友人に徹底的にお世話になった旅行は終わりました。空港では出国の際も日本に入国の際も、空港職員に押されて特別レーンでの優先審査でした。イミグレーションに並ばないという経験は、後にも先にもこの時だけです(苦笑)空港に迎えに来てくれた両親は車椅子に乗って出て来た僕を見て大層驚きましたが…(笑)足をキツく固定し過ぎたのか僕の足は帰国の頃には紫色に染まり、翌日すぐに日本の病院で診察を受けました。完治までは3〜4週間を要したと思います。

こうして海外で怪我をして病院へ行き、保険を請求したことで分かった事がいくつかあります。怪我をした際はまず保険会社に一報しなければならないこと、旅行保険で一定以上の金額を請求すると、次の旅行の際は保険に入り難くなることなど…(保険に入る際に「以前に○万円以上の保険金を申請したことは無い」という欄があります。この時はギリギリ基準額以下でしたが…)

もし病院のないような僻地で怪我をしてヘリコプター搬送をされたりすると、何百万という請求が来るそうです。近年は多くのクレジットカードに海外旅行保険が付帯していますが、保障金が十分で無かったり審査が厳しかったりしますので、やはり海外旅行の際は保険に入ることをお勧めします。もちろん、怪我をしない様に慎重に行動することがまず大事だというのが、この旅行の教訓だったのですが…(苦笑)

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本場アメリカのステーキ事情

ステーキと言えば、やっぱりアメリカが本場ですよね!ですが近年、アメリカのステーキ事情に大きな変化の兆しが…そんなアメリカのステーキ事情についてご紹介したいと思います。まず、アメリカでのステーキの種類を見てみましょう。

<RIB EYE(リブアイ・ステーキ)>

日本で言うとリブステーキです。脂がのっていて肉質は少し固めですが、肉好きが最も愛するステーキです。

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<NEW YORK STRIP(ニューヨークストリップ)、KANSAS CITY STEAK(カンザスシティ・ステーキ)>

日本では(お店によっては現地でも)サーロインステーキと呼ばれます。脂はRIB EYEより少なくフィレよりは多い、肉質はRIB EYEより柔らかいもののフィレよりは固め、といった感じ。ちょうどほどほどなお肉なので人気があります。

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<Filet Mignon(フィレミニョン)、Tenderloin(テンダーロイン)>

フィレステーキです。脂は少なくてあっさりしていますが非常にやわらかく、牛一頭から取れる量が少ないためお値段も高めです。

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<Porterhouse(ポーターハウス)、T-bone steak(ティーボーン)>

T字型の骨の左右にフィレとサーロインが付いている、一度で二種類のお肉が楽しめる大きなステーキです。

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<Tomahawk(トマホーク)>

テキサスなどのステーキハウスにある、非常に巨大なRIB EYEステーキで、その大きさは38オンス(1077グラム)や50オンス(1417グラム)など、まさにアメリカンサイズ!

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<Prime Rib(プライムリブ)>

これは焼いたステーキとは調理方法がやや異なり、リブの肉をかたまりのままじっくり焼き上げ、食べる際に切り分けて盛り付ける温かいローストビーフのことです。

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さて、このステーキの本場で、ある異変が起きていることをご存知でしょうか。なんと今アメリカでは、和牛が大ブームになっているのです。有名なステーキハウスのメニューを見て頂くと分かるのですが、評価の高いステーキハウスは軒並み和牛を売りにしています。和牛の名称もバラエティに富んでおり、WAGYUだったりAKAUSHIとか、KOBE BEEFと記載している所もあります。

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余談になりますが、「神戸牛」というのは兵庫県で生産された「但馬牛(たじまうし)」からとれる肉が一定以上の基準を満たした場合にのみ用いることが出来る高級な牛肉のブランド名であり、日本三大和牛の1つとして非常に希少なものであるためほとんど海外には流通しておらず、アメリカに神戸牛が氾濫しているはずはないのですが…(苦笑)アメリカでは日本で飼育されたものでなくても、種牛が和牛であればWAGYUと呼ばれているようで、アメリカ産に加えてオーストラリア産の「WAGYU」まであります(笑)僕が先の年末年始にフロリダのステーキハウスで食事をした際に、ウエイターが特別な牛肉があると言って誇らしげに2つのお肉を持って来て見せてくれました。1つは宮崎牛のフィレで、もう一つはオーストラリア産のWAGYUのリブアイだと言っていました。もちろんアメリカに行ってまでわざわざ和牛を食べるのは本末転倒ですので、僕らはアメリカ産アンガス牛のステーキを注文しましたが…それにしても彼らが宮崎牛だと言っていたフィレは目玉が飛び出るほどの値段でした…

一昔前までは和牛は柔らかすぎて脂っこくてこれは本物のステーキじゃないとアメリカ人は言っていたような記憶もありますが…時代は変わるものですね…いずれにしても日本の畜産農家の努力と研究の賜物である和牛が世界で評価されていることは、日本人として喜ばしい限りです。神戸牛は2009年に、米メディアが選んだ「世界で最も高価な9種類の食べ物」にキャビア、フォアグラ、白トリュフらと共に選出されたと言うから驚きですね。品質を追求する日本人の底力は食材の分野でも発揮されつつあるようです。

ですが、本場のアメリカらしいステーキを食べたいと思っている方は、レストランに行く前にどこのお肉を扱っているのかチェックすることをお勧めします(苦笑)

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高速鉄道の「お見合い席」に注意

2009年の9月、僕らは夏季休暇を利用してポルトガルを約10日間ほどかけて周りました。なぜポルトガルを選んだかという理由がまた単純なのですが、当時マスターカードのCMで、「○○○、何ユーロ。△△△、何ユーロ。□□□の思い出、Priceless。お金で買えない価値がある。買えるものはマスターカードで。」というものがあったのを覚えている方はいらっしゃいますでしょうか。そのCMの舞台にポルトガルが使用されていて、何となく行ってみたくなったという、何とも単純と言うか影響されやすいと言うか、そんな動機でした(笑)思い返すと、モロッコに行った時の理由も同じCMだったような…(笑)

とにもかくにも、このような単純な動機から始まったポルトガル周遊旅行で、リスボン・オビドス・ナザレ・アルコバサ・エヴォラ・ポルト・シントラなどをバスと鉄道で移動しながら周りました。ヨーロッパは公共交通機関が発達している代わりに、古くからの町は道が狭く駐車場も少ないので、レンタカーより鉄道での旅が良いですね、風情もありますし。いつかはレンタカーも使ってみたいと思ってはいますが。

ポルトガルは「バカリャウ」と呼ばれる、タラを塩で漬けた食材が有名ですが、何とも塩辛く僕の口には若干合いませんでした…。旅の中盤から食傷気味になって、とうとうステーキしか注文しなくなった記憶が(苦笑)1番美味しいと思ったのはイワシの塩焼きでした…、ポルトガルの食事はしつこくないので、比較的食べやすいとは感じましたが。

<バカリャウのグリルとバカリャウのグラタン>

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<後半はステーキばかり注文…イワシの塩焼きは日本で馴染みのある味(笑)>

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ポルトガルは世界遺産こそ多くは無いかも知れませんが、オレンジの屋根と白の壁で統一された町並みは美しく、古い小さなお城や修道院を改装した「ポサーダ」と呼ばれるホテルに宿泊したり、独特な小さな教会や修道院を巡ったり、ポートワイン(一次発酵の途中でブランデーを加えて発酵を止めるためとても甘く、好みは分かれるそうです)で有名なポルトのワイナリーを訪れたり、オビドスやシントラなど小さくて美しい町や村も魅力的で、中々に充実した旅になりました。

旅行も後半に入り、僕らはエヴォラからバスでリスボンへ戻り、そこからポルトガル第2の都市であるポルトへ向かいました。ポルトへはポルトガルの高速鉄道「アルファ・ペンドゥラール」(略称AP。最高速度は220キロくらい)を利用して、約3時間の旅です。

<世界遺産ジェロニモス修道院とリスボンの町並み>

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<オビドスの小さな町と、シントラのペーニャ宮殿。シントラの文化的景観は世界文化遺産に登録されている>

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<ドウロ川を挟んで見るポルトの町並みと、ポートワインの試飲が出来るワイナリー>

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リスボンに到着し、僕らはAPの切符を購入しようとしたのですが、お昼過ぎに着いたにも関わらず空席は夕方の便まで無いと言うのです…本数が少ないからでしょうか…。帰りのAPはネットで予約しておいたのですが、行きはエヴォラから戻る時間が読めなかった事もあり予約していなかったのが災いしてしまいました。まあ、当日中に着けば良かったのでしょうがないと思い、スーパーでショッピングなどをして時間を潰したのですが、この待ちに待ったAPの3時間が、この旅行では最悪と言える時間だったかも知れません…
ヨーロッパの高速鉄道の座席は、日本の新幹線のように全て進行方向を向いてはいないことが多く、たいていの場合車両の後ろ半分が前向きで、前半分は後ろ向きで、中央の席は向かい合う「お見合い席」になっていて、座席は固定なので向きを変えることができません。日本の新幹線みたいに可動式の座席にすれば良いのにとは思うのですが、ヨーロッパの高速鉄道は途中で進行方向が変わったりするので(大きな駅が行き止まり方式なので、前向きに入って行って出て行くときは反対に進むしかない)、可動式にすると混乱を招くといった事情があるのかも知れません。ですが、時速200キロ、300キロで走る高速鉄道に後ろ向きで座るのって、結構キツいですよね。僕は昔、新幹線でボックス席にして後ろ向きに座ったら乗り物酔いした記憶があります(苦笑)やっぱり日本の新幹線は、少なくとも実用性においては世界最高水準と言えると思います。

かくして待ちに待ってAPに乗り込むと、取れていた座席は後ろ向きの、しかも「お見合い席」だったのです…。知らない人と向き合って3時間過ごすだけでも悲惨と言えますが、APのお見合い席は足元が狭く、さらに欧州人は身体が大きいので、足が思いっきりこちらに伸びて来ていて、お互いの足が重なって座るしかないので全く足を動かすことが出来ません…。長時間待っていて疲れているのに、リラックスするどころか身体は全く動かせず、在来線を高速化したせいなのか乗り心地も悪く揺れるので、後ろ向きの座席で酔って気分が悪くなり、この状態で3時間を過ごした僕らはポルトに到着した時はもうボロボロで食欲もない状態に…。やぱりスケジュールをしっかり決めて事前に予約をしておくべきだったと、後悔の嵐だったことは言うまでもありません…。

<ポルトガルの高速鉄道Alfa Pendular>

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帰りは通常の前向きの座席だったのでそこそこ快適でしたが、なにしろ「お見合い席」は最悪だと思いました。フランスのTGVやドイツのICEが同じ状況かどうかは分かりませんが(ICEには乗った事がありますがお見合い席や後ろ向きではなかったので…)、何しろ後ろ向きに座るだけでもかなり不快ですので、高速鉄道の座席は早めに予約しておくことをお勧めします…。

海外旅行に行くと、日本で当たり前のように利用しているサービスがいかにきめ細かく出来ているのか実感される方も多いと思います。僕らが住んでいる国がどれだけ恵まれている場所なのかを知るという意味でも、海外へ出て様々な経験をすることは本当に貴重だと思います。ですがみなさんが高速鉄道にお乗りになる際は、「お見合い席」だけはやはり避けたほうが良いと思います(苦笑)

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Online Check-in 活用法

中々使用した経験がある方は多くないかも知れませんが、飛行機に乗るために「オンラインチェックイン」が出来るとお聞きになったことはないでしょうか。国内線では手荷物が無ければゲートに直行できるメリットがありますが、海外旅行の場合、「どうせ空港で荷物を預けるのに、前もってオンラインでチェックインして何か良いことがあるの?」と思われる方がほとんどかと思います。僕もずっとそう思っていました。ですが年末年始の米国旅行の際に、思わぬメリットを発見したのでご紹介したいと思います。

最初に、どんなメリットがあったかと言うと、僕の場合は次の3点でした。

① 希望の座席をゲットできた。
② 空港でのチェックイン待ち時間が短縮された。
③ 紙のボーディングパスが減った。

まず、どうして僕がオンラインチェックインをするに至ったか、経緯からご説明したいと思います。2013年の年末年始の旅行であったので、僕は7月の時点でユナイテッド航空のサイトで正規割引の航空券を購入しました。だいぶ早く購入したつもりだったのですが、さすがは年末年始だけあって許容範囲の値段(燃油サーチャージを含めて往復15万円前後)の航空券は、もうギリギリのタイミングでした。購入したのはユナイテッド航空のチケットですが、一番安いチケットはコードシェア便であったため、国際線区間は行きは深夜の羽田発、帰りは夜の成田着のANA運航便になりました。まあユナイテッドに乗るより得した気分になりましたが(笑)。

ついでに座席も予約しておこうと思ったのですが、席は3人掛けの窓側の席しか取れないと言うのです、まだ7月にも関わらず…。 長距離の国際線にお乗りになったことのある方はお分かりかと思いますが、長距離便は通路側を予約するのが鉄則です。窓側だと、トイレなどの際に眠っている通路側の他人を起こす羽目になるからです。また通路側が取れても、3人掛けだと逆に起される羽目になりますので、3-3-3の並びではむしろ中央の3人掛けの通路側の方が良かったりします。深夜発で(乗り継いで)早朝に米国に到着する便で眠れないのはキツいのでなんとか快適な席が欲しかったのですが、もう全て予約されていてどうしようもないと言います。困った…と思い、たまたまユナイテッド航空のマイレージを持っていたので、行きだけでもエコノミープラス(2-4-2の座席配置)か、最悪ビジネスクラス(2-2-2の座席配置)にアップグレードしようとしたのですが、なんと運航がANA便であるため一切のアップグレードが出来ないと言うのです(怒)。ユナイテッド航空の航空券なのにユナイテッドのマイルが使えないなんて予想外でした。そんな馬鹿な話あるかとユナイテッド航空に散々文句をつけ、ANAの予約センターとも掛け合いましたが、どちらもどうしようもないと繰り返すのみ…コードシェア便ってすごくグレーゾーンがあるんですね…。

諦めず何回も電話をかけていたら、ANAの担当者がこんなことを言い始めました。「当日、空港で空席を確認して下さい」「出発の24時間前から、オンラインチェックインで空席があれば変更できます」と…。実は飛行機の座席には、「事前に予約できる座席」と、「当日空港でしか予約出来ない座席」の2種類があります。特に非常口の脇にある、前に座席がない場所(CAとの「お見合い席」なんて呼ばれたりしますね)などはこの「当日にならないと予約できない席」に含まれるのですが、それが24時間前からオンラインチェックインで取れてしまう…。これは目からうろこで、僕らにとってはまさに最後の希望でした。ユナイテッド航空の予約番号とは別に、ANAの予約番号があるのでそれでログイン出来ます、とその担当者は予約番号を教えてくれました。「しつこい客だ」と思われたのかも知れませんね(笑)

出発の24時間前、僕は電話の時報をスピーカーホンにして、秒単位で正確にANAのオンラインチェックインに臨みました。すると、見事に「お見合い席」が空席になってるじゃありませんか!かくして僕は予約は難攻不落と言われるお見合い席をゲット出来たのです。前の座席が無いので、足元も広々…もちろん他人を起こす必要も起こされることもありません。まさに「災いが福に転じた」瞬間でした。
味をしめた僕は帰りの出発時間(シカゴ発アメリカ中部時間)を計算し、やはり24時間前きっかりにマイアミのショッピングモールの駐車場でiPadを使って帰りのオンラインチェックインを行いました。お見合い席は取れませんでしたが、壁の後ろの足元の広い席が取れ、帰りも快適にぐっすり眠って帰ることが出来ました。お見合い席が埋まっていたのは解せませんが、おそらく航空会社にコネがあれば事前に取れてしまうのでしょう。世の中、不公平ですね(笑)

<最前列なので足元も広々、同じエコノミーでも全然違いますね>

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また、オンラインチェックインをすると当日空港で「手荷物預入れ専用カウンター」を利用できるので、少なくともチェックインの長い行列に並ぶよりはマシになります。あと、スマートフォンにバーコード表示するボーディングパスを使用できる(ただし乗り継ぎ便は紙になります)ので、地味に嬉しいですね。紙のボーディングパスって、大きくていつもしまう場所に苦労します。セキュリティチェック、イミグレーション、搭乗する際と、3回も提示させられますからね…。少なくとも座席は当日の空席があればウェブ上で見ながら好きな場所を取れますので、それだけでも使う価値アリだと思いました。旅行会社発行の格安航空券やツアーの航空券はどういう扱いになるのか分かりませんが、もし事前に予約番号が分かっている場合は皆さんもぜひ試してみて下さい。

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インドの食あたりその1(2008年編)

2008年の11月、僕は両親と共に初めてインドという国に足を踏み入れました。インドと言えば、暑くて、食べ物は全部カレーで、カーストと呼ばれる生まれながらの身分制度が今でもあり、人口が中国を追い越しそうなくらい多くて、空気や衛生状態が悪い…そんな前知識は持っていましたが、そんな秘境に行ってみたいとずっと思っていました。そこが想像以上に恐ろしい場所なのだとは思いもせずに…

インドと言えばバックパッカーの聖地。そして初めて訪れた人が必ず経験するのが「食あたりによる下痢」です。ガイドブックには「お腹は必ず壊すので諦めて下痢とうまく付き合いましょう」、などと無責任な事が書いてあります(苦笑)僕らはバックパッカーではありませんが、父は旅行会社で嫌と言うほどツアーの添乗をしていたので、家族旅行は当然のように個人旅行です。そのため「自分の身は自分で守る」しかありません。何しろインドでは、水道水を飲むのはもちろん、町中に売っているミネラルウォーターすら信用できません。入れ物だけ再利用して川の水を入れて売っているなんて話があるくらいで、スーパーでも水を買うときはフタが開かれた形跡が無いかどうか確認する必要があります。両親は「水は日本から持っていくものしか飲まない、歯磨きも日本の水で」と言ってトランクに水のボトルを詰め込んでいました。「さすがにそこまでしなくても…」なんて僕は思ったのですが、インド旅行はどれだけ対策を練ってもやりすぎることは無いのだと、後ほど嫌と言うほど思い知らされることになります…

<水は日本から持参か、ホテルのものをずっと持ち歩く>

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旅行は香港乗り継ぎでムンバイへ入り、そこからフランシスコ・ザビエルの遺体が安置されたことがあるゴアへ、ムンバイ経由で飛行機を乗り継ぎデリーを観光して、デリーからタージ・マハルのあるアーグラーへ日帰りし、ムンバイ・香港経由で日本へ帰るというコースでした。香港・バンコクを経由したキャセイパシフィック航空でムンバイへ到着したのは夜。空港を出た瞬間、僕は今までに感じたことのない空気を感じました。「この国はヤバい」という空気を…

<冷房付き?のプリペイドタクシー。 トランクも閉まらないままひもで縛って発車…>

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空港でプリペイドタクシーのチケットを購入した時、タクシーには冷房がついているとの事でしたが、実際の車を見て固まってしまいました。「この車、本当に走るのか?」、そういうレベルです。荷物も多い方では無かったのですが、なんとトランクに入りません。すると運転手はトランクのカバーが閉まらないので、ロープで縛り始めるじゃないですか…こんな状態で30キロはあろうかと言うムンバイの中心街まで行けるのか、本当に不安を感じました。走り出すと町は暗く、人が何もせずに道のわきでブラブラしていて、町並みはかつて見た事がないくらい古くて貧しく、本当にタイムスリップしたんじゃないか、そんな気分になりました。近代的なホテルに無事にチェックインした時は本当にホッとしたものです。

<ムンバイのタージホテルとスラム街で魚を売る人々。タージホテルでは帰国後テロで爆発がありました…>

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<デリーの町中は牛だらけ。オートリキシャーには信じられない数の人が相乗りしていました…>

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翌日からの旅は思いのほか順調でした。食べ物はカレーばかりながら安くて美味しく、ガイドブックに載っている店なら大丈夫だろうと、僕は好物のマンゴーラッシーなどを平気で飲んだりしていました。両親は「そんなの飲んで大丈夫か…」みたいな雰囲気でしたが、全くお腹を壊すこともなく、ムンバイ・ゴア・デリー・アーグラーと観光して、旅行も残り2泊を残すのみとなりました。その日本に帰国する前々日の夜、少しカレーに飽きた僕は、夕飯は中華を食べようと提案しました。ニューデリーのコンノート・プレイスと言う、ちょっとお洒落で高めのレストランが集まる場所で、僕らはインドではおそらく立派すぎるであろう中華料理レストランで夕飯をとりました。食べたものは、炒飯、麻婆豆腐、肉や野菜を炒めたものや餃子など、火の通っているものばかりでまさか食あたりするなどとは夢にも思わないものばかりだったのですが…

<この中華料理が原因なのかどうかは今も不明>

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その日の夜中、僕はお腹が痛くなりトイレで目が覚めました。やはり下痢だったので、ああ、とうとう当たっちゃったか、最初はその程度の感覚でした。しかししばらくすると気分が悪くなり、吐いてしまいました。その後下痢と嘔吐を繰り返し眠ることが出来ず、朝には外に出るのも厳しい状態に…。両親は大丈夫な様子だったので、僕はチェックアウトまで1人でホテルで休むことにしました。胃腸薬、下痢止めなど飲みましたが全く効かず、体調は悪くなる一方です。両親が戻り昼食を食べに出たのですが、何しろ吐き気で食べることが出来ず、飲み物を飲んだらすぐにお腹を下してしまいます。昼食後お土産を買いに町へ出ましたが、頭は高熱でもあるかのように熱く足はフラフラして歩くのもままならず、貧血のように血の気が引いて気が遠くなり、お腹も痛くトイレも我慢できないので、僕は両親に頼んで残りの時間をホテルのカフェで休むことにしたのですが、水分を摂っても摂っても下してしまい、身体は脱水症状で全身から水分が抜け、力は入らず頭はクラクラしてもうろうとし、高熱でうなされているような、宙に浮いているような、まるで全身が自分の体ではないような感覚です。「これ、もしかして死ぬんじゃないか…、明日日本に無事に帰れるだろうか…」そんなことを本気で考えました。その夜LCCでムンバイに戻ったのですが、冷房の効きすぎた空港で飛行機が3時間も遅れ、ただでさえ瀕死だった僕はもう「生きるのか、死ぬのか」、そんな状態でした。新聞紙を体に巻いて寒さをしのぎ、やっとの思いで乗り込んだLCCには毛布もなく、父がジャケットを貸してくれましたが、「命からがら逃げ帰る」、まさにこの言葉がピッタリで、飛行機から降りる際は階段から落ちてしまい、周りから「Are you okay!!??」と叫ばれる始末…。翌日ムンバイの空港でキャセイパシフィックの飛行機を見た時、そして飛行機から香港の街が見えた時、文明の有難さをこんなに実感したことはありませんでした…インドから「救出された」のだと…

<この飛行機を見た時は涙が出そうになりました…香港の街が見えた時は「ああ、これで助かる」と…>

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ちなみに、母親は帰国の前夜、父親は帰国の翌日にやはりお腹を壊しました。僕は症状が最も酷く、日本に帰国してからも下痢が約2週間続きました。トラウマでそれまで大好きだったインドカレーもかなりの期間食べることが出来ませんでした。「もう二度と、インドには行かない…」少なくとも2年くらいはそう決意していたと思います(苦笑)インドで食べ物に当たると「お腹を壊した」程度の症状では済みません。もしツアーに参加するのであっても、医者が処方するような強い下痢止めと抗生物質を持って行くことをお勧めします。(その後、2回目のインドの旅では薬に救われることになります。2度目の食あたりについては「インドの食あたりその2(2011年編)」もぜひお読みください。)

インドは、非常に魅力的な国です。美味しい食べ物、混沌としてエネルギッシュな雰囲気、タージ・マハルなどの美しい建築物や価値ある遺跡…そして何より、人が必死に生活していることを肌で感じることが出来る貴重な場所です。インドが普通の文明国になってしまう前に見ておくべきだと、僕は思います。ですが、くれぐれも念入りに準備をして渡航して下さい。万が一にも犬に噛まれたら「命に係わる」、そのような国ですので…

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バラナシの「自称ガイド」

2011年の年末年始にかけて、両親の還暦を記念して家族でタイ、カンボジアを訪れたのですが、その旅行と合わせてインドとネパールを旅しました。トータルで19日間に及ぶ壮大な旅になりましたが、今回はインドのバラナシで遭遇した「自称ガイド」のことを書きたいと思います。

インドを訪れたのは人生で2回目でした。初めて訪れた時は食べ物にあたりひどい目にあい、命からがら帰国してもう二度と行くまいと思ったのですが、数年経つとトラウマも薄れていたのでしょうか、またこの恐ろしい国に足を踏み入れてしまいました。今回はバンコクからカルカッタへ入り、飛行機でガンジス川の沐浴で有名なバラナシへ移動、仏教の聖地であるサールナートとクシナガルを訪れ、そのまま北上し陸路でネパールへ抜ける計画を立てました。移動は飛行機と鉄道で、バスは絶対に使わないようにしました。(体力の節約とお腹を壊した際のトイレを考慮して)

バラナシの空港からホテルまでプリペイドタクシーを利用すると早速車内で彼らの「営業」に悩まされました。「サールナートへ行くんだろう、タクシーで往復するのにとても安い値段で行ってやるぞ、どうだ?」と持ちかけて来ます。絶対にボラれるのは分かっていたので「No,thank you.」と言ってもしつこく営業して来るので、「I want to see the view of the outside, please be quiet.」と突っぱねましたが、インド人はそんな事では諦めるはずもなく、結局ホテルに着くまでずっとこの営業を聞かされ続けました。

バラナシの洗礼にうんざりしつつも何とか逃げ切り、ホテルにチェックインした後、早速ガンジス川を見に行くことにして、ホテルの前でオートリキシャーに乗り込むと、突然1人の男がリキシャーに乗り込んで来ました。

<オートリキシャーと「自称ガイド」の男>

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走り出すと「ガンジス川へ行くんだろう?俺に任せておけ」みたいな事を言います。同じリキシャーに乗っているので逃げることも出来ず、諦めているとリキシャーは当初指定した場所とは違う所へ到着しました。どうやらこの「自称ガイド」が運転手を丸め込んだようで、リキシャーを降りると「こっちだ、ついて来い」と…

もう今いる場所がどこかすら分からないので行くしかありません。しばらく歩くと、ガンジス川へ出たのですが、「ここからボートに乗れ、川の上からプジャ(ヒンドゥー教のお祈りの儀式)が見られるぞ」と言います。しょうがないのでボートの値段を聞いてみると、貸切の割に値段は高くなかった(他のこの手のボートは人を満杯に詰め込んでいました)ので、ボッタクリではないのかな…と思いつつボートで約1時間のクルーズ(と言うよりは、漂流?)とプジャの見物をしたのですが、冬のガンジス川は思いの他寒く(まさかインドが寒いとは想定外で)、凍えながらもボートは出発した場所へ戻りました。ボートの漕ぎ手にも「ボート代はボートの所有者が全部持って行ってしまうんだ、だから俺にチップをくれ」などとせがまれました…。岸に着くとさっきの自称ガイドが待っていたので、「これから夕飯を食べに行くから、ラディソンホテルへ行ってくれ、それで君はいくら欲しいんだ?」と聞くと、「Nothing. Because I can get the next chance. You are going to Sarnath(サールナート) tomorrow?」と言います。明日も付きまとうのかよ…と思いましたが、リキシャーもボートもひどくボッタくる事はしなかったので、次の日も彼に任せることにしました。

<ボートとバラナシの風景>

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翌日は朝6:00に彼と運転手がホテルに迎えに来て、再びガンジス川クルーズ(漂流?)へ向かいました。それは沢山の人が早朝にガンジス川で沐浴をするので、それを見るためです。2時間の見物を終えてホテルに戻り、朝食を食べてリキシャーでサールナートへ向かいました。サールナートは仏教の四大聖地のひとつで、仏陀が初めて説法をしたとされる地です。サールナートへ向かう車内で、彼に「So, how much is your guide?」と聞くと「As you like.」などと自分はボッタくりガイドではないことを強調します。

サールナートの遺跡を見物し、周辺の寺院をいくつか訪れたあと、リキシャーに乗り込むと、彼は「これから少しショッピングに連れて行くから」と…

「狙いはこれか!」と思いましたが、インドで車などをチャーターするとお土産屋に連れて行かれるのは定番なので、とりあえず行ってみました。しばらくするとリキシャーはシルクの織り工房件販売所に着きました。元々インドでシルクのスカーフをお土産に買うつもりだったので、工房で散々本物かどうか店員と揉めて(どうやらちゃんとした品物でしたが)、およそ1万円分のスカーフを購入しました。

<サールナートとシルク工房>

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リキシャーでバラナシへ戻る際に、もうさすがに自由に行動したかったので、「ガンジス川へ行ってくれ、そこでガイドは終わりにしていいから」と伝えると、彼はもう十分に目的は果たしたのか、素直にガンジス川の入り口へ僕らを連れて行きました。リキシャーのチャーター代を払うと彼は小声で「And guide….」とちゃっかりガイド代を要求して来ます。「やっぱり欲しいんじゃん」と思いつつ2000円ほどを渡すと彼は嬉しそうにして、「You are very nice person! When you walk around the river, watch your bag. Some people try to steal it.」などと親切なアドバイスまでくれる始末でした。そんなに満足なのだから、さぞお土産屋からのキャッシュバックがあるのだろうと僕は興味がわき、「I will never get angry, so please let me know honestly. How much can you get from that silk shop?」と突っ込んで聞いてみると、彼は満足気に「2%!」と。1万円のうちの2%が彼の取り分ということは…200円?200円のためにこんなことしてるのかと衝撃を受け、そりゃあ2000円のガイド代をもらえれば最高だろうなと納得しました…インドの金銭感覚を知る良い勉強になりました…

強引な自称ガイドの押し売りでしたが、ボッタクることもなくトータルでそんな悪いサービスでは無かったかなと思い、次の日駅に向かうのにタクシーを手配できるか訪ねると、「大丈夫だ、必ず迎えに行く」と。翌朝は朝の列車だったので、早朝に待ち合わせしたのですが、10分前…約束の時間…10分が過ぎ…タクシーが来る気配はありません。「ああ、やられた!!」と思いましたが列車に乗り遅れる訳にはいかず、別のタクシーを探しましたが早朝なので全く走っていません。困っていると、近くに止まっていた観光バスのガイドの人が「どうしたんだ?」と声をかけてくれたので、駅に行かなければならないんだけどタクシーが捕まらないと言うと、彼は1台のオートリキシャーを捕まえてくれました。大きな荷物が3つあるのでちょっと…と思いましたが、なんとか荷物を積むことができ、リキシャーで30分ほど走り、何とか駅にたどり着き事なきを得ました。バラナシには駅が複数あるのでちゃんと目的地が伝わっているのか不安でしたが、観光バスのガイドはどうやらちゃんと運転手に伝えてくれたようです。

かくしてバラナシではインド人の強引さ、たくましさ、しつこさ、あざとさ、無責任、親切など様々な側面を経験しましたが、観光地であるためか総じて歩くだけでも災難が飛んでくるような町です。ガンジス川の周りではボートや両替の勧誘がしつこく、無視すれば「このゴミ!来るな!」などと罵声を浴びせられ、話しかけて来る奴は勝手にガイドを始めお金を要求する…もう周囲のインド人全てが敵に見えます。バラナシを個人旅行で訪れる際は、鉄の意志を持って、断固拒否の態度を示して歩きましょう。「手強い」インド人たちがあなたを狙っていますので(苦笑)

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フィジーの「木彫りおじさん」

海外旅行の楽しみの一つに、現地の人々との会話があります。旅行先で現地の人が親切にしてくれた思い出は、どんな有名な観光地よりも深く記憶に留まるものです。ですが、海外で話しかけてくるすべての人が良い人であるとは限らないのが残念なところで、特に発展途上国を旅行する際は注意が必要です。今日は僕らがフィジーで遭遇した「木彫りおじさん」のことを書きたいと思います。

僕がフィジーを訪れたのは2004年の6月、社会人になって2年目の頃でした。それまでに僕が訪れたことのある場所と言えば、ハワイ、香港、アメリカ、韓国、台湾、ヨーロッパなど、比較的治安の良い国や先進国ばかりで、思えばフィジーは初めての発展途上国だったのですが、ガイドブックには「安全なリゾート国で、人々は穏やかでフレンドリー」とあったのでそれほど心配はしていませんでした。

フィジーを訪れる人の多くは離島のリゾートで海を満喫する方が多いのですが、ビーチで遊ぶだけではつまらない、現地の町や人々の暮らしを見たいと考えた僕は、離島ではなく本島であるビチレブ島のコーラル・コーストのホテルを選び、近くの町や首都であるスバを訪れる計画を立てました。

思い出せば、異変は入国の段階から始まっていました。入国審査を通り税関に進むと、係員が僕らを制止して荷物をチェック、とここまでは普通だったのですが突然「Give me some money.」と言ったのです。何か関税のかかるものを持っていたかな?と思いつつとりあえず僕は「Why?」と理由を尋ねました。彼らは理由を答えずにただ「Some money.」と言っていたのですが、僕が払うそぶりを見せずにいると、諦めたように「行っていいぞ」というようなジェスチャーをしました。税関の職員と言えば国の職員のはずですが、その立場を利用してこのように「money」と言えば、きっと訳が分からないまま払ってしまう人もいるのでしょう。国の職員や警察でも完全には信用できないのが発展途上国なのだと、初めて感じた経験でした。

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コーラル・コーストのリゾートホテルに宿泊して、近くの素朴な町や美しいビーチ、フィジーの伝統的なダンスと食事を満喫、と滞在は素晴らしいものでした。フィジーを訪れて2日目、僕はレンタカーを借り、首都のスバを訪れることにしました。スバまではホテルから、一本道を約3時間のドライブです。道を走っていると、現地の人は道端でオレンジを売っています。それも村を抜けるたびに…

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果たして一日に何個売れるのだろう?と疑問に思いつつ、車は首都のスバに入りました。

南太平洋の島国に立派な町があるものだと思いながら駐車場を探して、信号待ちで停車していた時です。ある男が車に近寄ってきて「次の交差点を右に曲がればパーキングがあるぞ!」と言うのです。どうして駐車場を探していると分かったのだろうと思いながら右に曲がると、確かに駐車場が。車を止めて降りるとそこにさっきの男が現れて、「Lock nicely.」などと言っています。そして「どこへ行きたいんだ?」と言うのでショッピングをすると答えると、「ついて来い」と。 この男は何なのだろう?と少し怪しく思ったのですが、フィジーの人は陽気でフレンドリー、とガイドブックにあったので、とりあえず行ってみることにしました。彼は歩きながら、「自分は元ラグビーの選手で、日本に行ったこともある。僕らの滞在していたホテルで働いていたんだ」、などと言います。今思えば怪しい臭いがプンプンする内容なのですが、現地の人と触れ合いたいと思っていた僕は不覚にも彼の会話に引きずり込まれて行きました。

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ショッピングをしている時も彼は通訳などをして、さあ次はどこへ行く?と言うので僕はそろそろ昼食を食べる、と言うと、レストランの近くの広場に僕を連れて行き、「自分はそろそろ行かなければならないが、君と友達になった証に木彫りの人形をプレゼントするよ。僕は国に登録されている木彫り職人だ。君の名前のイニシャルを彫るから教えてくれ」とライセンス(本物かどうかは不明)らしきものを見せながら言います。そしてイニシャルを彫った木彫りを僕に渡して、「Give me some money.」と言うのです。まあ、親切にしてくれたし、チップくらい払うかと思い5ドルほどを渡すと急に顔つきが変わり、「これでは足りない。この木彫りはハンドメイドで高いんだ。イニシャルも彫った。」と迫って来たので、カチンと頭に血が上った僕は「I don’t need this.」と木彫りを突き返し、その場を立ち去りました。その男は元ラグビー選手と嘘をつくぐらい立派な体格の男で、今思えば本当に危ないことをしたと思うのですが、人のいないような場所ではなかったのでそれ以上追っては来ませんでした。果たしてこのような状況で身を守るためにお金を払うべきかどうかは意見の分かれる所だと思いますが、それ以前に最初について行ってしまったのが最大の間違いだったのだと思います。

後でガイドブックを見ると、読者の投稿に「木彫りおじさんに注意」とのコラムが。どうやら彼は日本人を狙ってこんなことを繰り返している有名人だったようです(苦笑)

その後も色々な発展途上国に行きましたが、大体親切に話しかけて来る人はお金目当てであることが多いです。タクシーなんかも、客引きをしている車に乗ったらメーターが細工してあり、法外な料金(と言っても日本人にはたいしたことない額ですが)をボラれたなんてこともありました。いつも途上国に行くと「現地の人と会話したい」と言う欲求と「お金を取られる」という警戒感の間で揺れてしまいます。必要以上に警戒することは旅の楽しみを減らしてしまいますが、途上国では自分の身の安全は自分で守る以外ありません。特に日本人は狙われていて、警察すらグルである可能性もあります。みなさんも海外を旅行するとき、特に途上国では、危険な行動や場所には気をつけて下さい。

追伸  途上国の全ての人が悪い人間である訳ではありません。本当にいい思い出や出会いもあります。それは皆さんの目で、確かめてみて下さい。そんなことも旅の楽しみの一部であると思います。

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