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本当の意味の「多様性」とは何か

本当の意味の「多様性」とは何か

「多様性を認めることは大事だ」と良く言われます。それはただの理想論だ、受け入れられない関係や文化は必ず存在する、と多様性に否定的な見解を持つ方も少なくはないかと思います。私たちが子供の頃には、「ニューヨークは人種のるつぼである」とその民族や人種の多様性が教えられていましたが、その後その表現は「人種のモザイクである」と訂正され、現在では「人種のサラダボウルである」と言う表現になっています。これが意味することは、多様な人々が同じ街に住んではいるけれども、結局は同じ文化の人種や民族が固まって生活し、その境界線が実はハッキリ存在する、あるいはごちゃ混ぜに存在していても同化することはない、と言うことです。つまり多様な人々が同じ場所に生活していても「一つになってはいない」と言うことです。

<人種のサラダボウルには分布図も>

<ニューヨークのエスニックタウン>

ですが、そもそも「多様性」とは何なのでしょうか。異なる人々が完全に混じって一緒に暮らさなければ、それは多様性とは呼べないのでしょうか。

僕は個人的には、文化や宗教が異なる人々が完全に混ざって同じ方向を向いて暮らすことはおそらく不可能だと思っています。いや、人種、民族、文化や宗教以前に、そもそも個人とは一人ひとりがそれぞれに異なるものです。その異なる個人個人に一つの理想を押し付けることは、それは間違っても多様性とは呼べないものだと思います。国境を消滅させることで画一的な地域を作ろうとしてもその中で人々が画一的にはならないと言うことは、混乱を極める欧州を見れば明らかなことです。移民に対する排斥デモは、差別と復讐がぶつかりエスカレートを極めています。例え同じ都市に様々な人種や民族が存在していても、それらが衝突し合っている状況は「多様である」とは言えないものです。都市の中に細かな国境と紛争が存在しているようなものです。

<欧州で多発している移民排斥デモ>

僕が考える「多様性」とは、おそらくまず人々が「自分と他人は異なっているのだ」と言うことを受け入れることではないかと考えています。様々な人々に一つの理想や考え方を強制することで安定を図ろうとすることは、それは逆に多様性を殺すことであると思います。これは個人や個性、あるいは異なるそれぞれの文化を消滅させるに等しいやり方です。

自分と他人は異なっている事を受け入れた上で、それぞれの違いや考え方を理解し尊重することこそが「多様性」と呼べるのではないでしょうか。お互いの違いを許容することが出来て初めて、差別や衝突、紛争が減るのではないでしょうか。

では、これを国家と言う単位の中で実現するためには、人々は何を学ばなければならないでしょうか。それはおそらく、異なっている人々を否定しないこと、自らのやり方を強制しないことから始まるのではないかと思います。もちろん、一定のルールは必要です。法律やモラルが守られなければ、それはただ治安の悪化した社会に通じるだけだと思います。そのルールの基本はやはり、元々にその場所に存在していたもの、現地の文化が基準となるべきです。ですので逆に、移民をして行った人々が現地で、「我々の文化も尊重しろ、我々は我々の文化を貫く」と言うスタンスを取れば、それはやはり差別や衝突へ通じるだけでしょう。他国へ移住するのであれば、その国の文化を尊重しなければなりません。自分たちの文化を捨て去る必要はありませんが、現地のルールに混乱をもたらすような固執は避けるべきです。受け入れる側も受け入れられる側も、現地のルールを基準にした上でお互いを理解し尊重することが、あるべき姿なのではないかと思います。

そう言った意味では、日本は多様性を実現する下地があるのではないかと僕は考えています。日本は島国で国民の大部分が大和民族であった画一的な国でしたが、一方で外部からのお客さまを受け入れる際の「おもてなし文化」も持っていました。現在では日本でも移民や外国人労働者が急速に増加していますが、細かい問題はあるにせよヨーロッパのような大きな差別や混乱は今のところ生じていません。日本で働く外国の人々も上手く日本の社会に溶け込んで、都心のコンビニへ行けばスタッフが外国人ばかりと言うケースも増えていますがそれでも大きな違和感が社会に生じていないのは、日本人が近しい人を差別せず寛容に受け入れられること、そうした社会に海外の方が溶け込もうと努力をしている事が、これまで大きな混乱を生んでいない理由なのかも知れません。

これは逆に海外へ出て行った日本人にも同じ特徴が見られます。日本人は海外へ出て行けば現地で日本社会を無理矢理作るようなことをせず、比較的現地の文化に従って生活をしています。それは世界中にコリアタウンやチャイナタウンがあれども、ジャパンタウンが非常に稀であることからも明らかです。柔軟に現地の文化に溶け込む努力、それこそが真の多様性に通じるものでは無いのかと僕は思います。

<チャイナタウンは小さな物も含めれば世界に数え切れないほどの数が>

今後は日本でも国際化と多民族化が一気に進むことでしょう。その中で私たちが今の平和な日本をこれからも守るためには、日本のやり方を強制するのではなく「異なるものを受け入れ尊重する姿勢」が大切なのだと思います。日本の文化を伝えつつも、お互いが理解をし、お互いが歩み寄り、お互いを尊重して違いを受け入れること、そうすることで私たちは、これまで築いて来たこの平和な国をこれからも保って行けるのだと僕は考えています。

異なるものを理解し受け入れるためには、やはり外国人と触れ合うと言う経験は欠かせません。そして世界の共通語である英語を学び自らの口で話すことは、異なる価値観を発見する第一歩であるのは間違いないと思います。

多様な人々がお互いの違いを認め合い尊重できること、お互いを理解し受け入れることで平和を築くこと、私たちのスクールは英語教育を通じてそうした社会の実現を目指しています。多様な社会の実現に世界でも貢献出来るような、そのような人材の育成を目指しています。

“You and I are different. It’s not a problem at all and let’s accept and respect each other.”

※ 英会話SSEAが『みんなの英語ひろば』の取材を受け、特集記事が掲載されました。ぜひご覧ください!

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