英会話 SSEA (セブンシーズ・イングリッシュ・アカデミー) 公式サイト

英会話SSEA「氷川台校」「地下鉄赤塚校」公式サイト。練馬区・板橋区でメディアも高く評価する人気沸騰中の英会話レッスン。英会話・TOEIC・TOEFL・IELTS・ビジネス英語・ツーリズム・受験・留学・ホームステイ・米国大学進学。英会話 SSEAは板橋区下赤塚・上板橋、練馬区田柄・光が丘・氷川台から「誰もが身近に英会話に親しめる社会の実現」を目指す英会話スクールです。

TEL:氷川台校 03-6877-0720 地下鉄赤塚校 03-6671-0216
E-mail : 氷川台校 ssea.hikawadai@gmail.com
地下鉄赤塚校
sevenseasenglish@gmail.com
EUが失敗したこと-教科書が教えない歴史と民主主義の本質

EUが失敗したこと-教科書が教えない歴史と民主主義の本質

非常に長い記事となってしまったため、ご興味のある方だけお読みください(苦笑)

世界の情勢は近年、大きく変わりつつあります。経済の影響力や国際関係の大きな話題がアジアにその軸を移す中で、欧州は相対的にその地位を低下させています。Brexitの不確実性も手伝って政治的な混乱と経済力の低迷が進み、失業率がトータルで10%に迫る中でEUの枠組みと足並みを揃えることなく、中国が進める経済イニシアチブ「一帯一路」に先進国から初めてイタリアが署名をする事態に陥りました。政治的混乱、経済力の低迷と共に人種差別やナショナリズムが深刻化し世界での中心的役割を失いつつあるEUは、どこでその進路を誤ってしまったのでしょうか。正確に表現するなら「進路を誤った」のではなく、「最初からその構想に矛盾を含んでいた」のだと僕は考えています。その原因を紐解くためには、現状だけではなく長く連なって来た様々な歴史的経緯を理解する必要があります。

第二次世界大戦が終結した時点で欧州は、米国と共に西側諸国を構成する世界の中心的プレイヤーであったことは間違いありません。第二次世界大戦で荒廃した世界は戦勝国を軸として、国際連盟より一層強い権限を持つ国際連合を発足させました。国際連合とは世界平和のための機関であり、世界は世界大戦の反省から国際連合を生み出した、と言う常識が一般的ですが、実はそれは正解でもあり不正解でもあります。

国連とは残念ながら「正義の機関」では決してありません。安保理で拒否権を持つ常任理事国5か国(アメリカ・イギリス・フランス・中国・ロシア)とはただの第二次世界大戦の戦勝国であり、国連とは最終的にはこの5か国が国益を追求する場から脱する事が全く出来ていません。これらの国の利害がぶつかる場となった結果、米ソ冷戦、米中冷戦、米欧対立が発生しても常任理事国に拒否権があるため、国連はただただ機能不全に陥って来ました。このように国連が常任理事国=戦勝国の国益を追求するための場となっているため、世界に公正な国際機関と言うものは未だ存在していません。現にシリア問題、パレスチナ問題、アフガン問題、ロシアのウクライナ侵攻、中国・香港・チベット・ウイグルでの人権侵害など、常任理事国の利害が絡む近年の世界の主要な問題や地域紛争に国連が影響力を行使出来たケースは、ほとんど皆無なのが現状です。拒否権を持つ常任理事国5か国の組み合わせを見るだけで、国連が重要な事を決議するのが不可能な組織であることは明らかです。

こうして国際連合が無力な存在となっている一方で、現在の世界の問題は実はその国連常任理事国である英仏由来のものが大半です。英仏の侵略の歴史は21世紀の現在でも世界中に現存しており、香港の混乱、シンガポールと言う切り取られた都市国家、イスラエルとパレスチナ問題、アフリカ内戦、ジブラルタル海峡に残るイギリス領、北アイルランドなど、世界の問題の中で英仏、特にイギリスが関わっていない問題を見つける方が難しく、未だ英仏領である島々は世界中に無数に点在しています。

日本の歴史も実は無関係では全くありません。戊辰戦争とは薩長側をイギリスが、幕府側をフランスが裏でサポートしていた「主導権争いの代理戦争」的な側面もありましたし、日露戦争に至ってはロシアの影響力を牽制したかったイギリスが日本を利用した事に誘発されたものです。

まず世界は、戦勝国(=国連)が絶対の正義で、戦敗国が絶対悪、と言う白と黒しかない認識から抜け出す必要があります。世界の歴史の教科書はユダヤ人を虐殺したナチスドイツが歴史上の「絶対悪」であると教えているのが一般的ですが、歴史的事実を詳細に確認すればユダヤ人を虐待していたのはドイツだけでは決してありません。ユダヤ人が虐げられていたのはイギリスでもフランスでもそしてロシアでも同様であり、ナチスがユダヤ人を迫害し始めた当初はこれらの国は手を叩いて応援していたとさえ言われます。ナチスドイツが英仏露と敵対したため、もちろんナチスによる迫害のレベルは常軌を逸していたものの、全体的に見ればユダヤ人迫害の罪は全てそこに押し付けられてしまったに過ぎません。ユダヤ人迫害に関してだけ言うならナチスドイツは「スケープゴート」にされてしまったのであり、そしてそのナチスを生み出した責任はヒトラー個人のみに起因するのでは決してなく、第一次世界大戦の多大なる賠償金によってドイツを圧迫した結果としてヒトラーと言う存在を生み出したのは「ヨーロッパ」そのものであり、その責任を個人一人に押し付けることは本来の歴史的本質から目を逸らすことでしかありません。ヨーロッパの大半の国ではナチスを賛美したり研究し直したりすること自体が法律により禁止されてしまっていますが、ナチスが悪であったにしろその他の責任の所在を国際社会は正しく認識をすべきであり、欧州人は全てを正義と悪に二分するのではなくその欧州全体の歴史と責任を受け止める必要があります。(誤解を招かないようにすれば、ここの趣旨はナチスとヒトラー個人を擁護しているのではなく、ナチスドイツと言う歴史的悲劇は欧州全体による創作物であったと言うことです。)

そしてなぜユダヤ人が欧州で迫害されたのかを理解するためには、中世以前より続くユダヤ人の歴史も理解する必要があります。

当初現在のイスラエル、パレスチナ近辺でユダヤ教を信仰していたユダヤ人は、その戦乱の歴史の中でその土地と民族的統一性を失い、ヨーロッパを中心に世界各地へと散って行きました。その非常に複雑な歴史の詳細はここでは割愛致しますが(こんな数行で記載できるような歴史ではありません)、ローマ帝国、十字軍、オスマン帝国などから宗教的迫害を受け続けたユダヤ人は離散しながらもその宗教的信仰と繋がりを失うことはありませんでした。ヨーロッパ各地で迫害を受けて、農業・商工業に就く事はおろか土地所有も認められずしばしば追放の憂き目にあっていたユダヤ人が生きて行く方法は、消費者金融や行商の手段しか無かったと言われています。キリスト教社会で「不浄で卑しい仕事」とされた金貸し業を生業としたユダヤ人は、その身分の低さと矛盾した裕福さに対する嫉妬からヨーロッパにおいてさらに一層激しい差別と迫害を受ける結果となり、ユダヤ人は11世紀の終わりにはすでに「高利貸し」という蔑称の代名詞となっていました。ユダヤ人に対する迫害はこうした歴史的・宗教的経緯により中世からすでにヨーロッパ全土にて行われていたことであり、ナチスドイツによってのみ突発的に行われたことでは決してありません。しかし皮肉なことに、このような迫害の歴史の代償としてユダヤ人は莫大なる富を築く結果となり、現在の世界経済の中心を成すアメリカ金融のほとんどがユダヤ資本であると言われています。

そして、21世期の現在となっても米国が遠く離れた中東問題に必ず干渉するのは、こうしたユダヤ人とヨーロッパの歴史ともちろん無関係ではありません。イスラエル-パレスチナ問題の元凶は英国がその戦争のためにユダヤ資本を利用する目的でイスラエル建国を約束した「バルフォア宣言」、及びそれと矛盾して各国に都合の良い約束をした「三枚舌外交」によるものですが、第二次大戦が終了してこの問題とユダヤ資本に関わる必要の無くなった英国はとうとう、1948年にイスラエル委任統治から逃亡します。その後この地の問題は国連に委ねられることとなりますが、上記した通りまともに機能しない国際機関である国連はこの問題に終止符を打つ事は出来ずに、今でも常に戦火の日々が続いているのは皆さまもご存知の通りです。そしてヨーロッパが中東問題から逃亡した後も、その経済の中心にユダヤ資本を抱えているアメリカは常にイスラエルをサポートせざるを得ないのです。例えアメリカの大統領であったとしても、この莫大な力を持つユダヤ資本を無視することは出来ません。ユダヤ資本無くしては大統領選挙に勝つ事が非常に難しく、経済の実権を握っているユダヤ資本は米国の世論と景気に直結しているからです。米国が常に直接の脅威ではないイランと衝突するのは、このユダヤ資本=イスラエルを常に守る必要性から来ています。ユダヤ人の歴史とヨーロッパでの迫害の事実は、21世紀の今も現在進行中の国際問題に、密接に脈々と繋がっています。香港の問題やアフリカの内戦も含めて、現在の国際問題とは全て、ヨーロッパの歴史問題そのものなのです。

長くなってしまいましたが、欧州に話を戻したいと思います。ブレグジットの本質とはまさに、目先の利益のために嘘と矛盾を使いこなしながら手のひらを返し続けて来た英国の歴史そのものです。EUを発足させたことにより比較的裕福な地域である英国には、欧州各地から貧困層の移民が大量に雪崩れ込みました。しかしこうした移民に仕事を奪われ地域社会と文化の崩壊の危機に瀕した英国市民は、国民投票によりアッサリとEU離脱の方向へ舵を切ってしまいます。しかしEUと言う合従連衡に加わろうとした英国が真っ先にEUから逃亡しようとした際に障壁となってしまっているのが、その侵略の歴史の象徴とも言うべき「北アイルランド問題」です。(詳細は別記事:「アイルランドの歴史と言語事情」をお読み下さい)

英国政府とEUはすでにその離脱の内容について合意をしており、EUからして見れば「裏切り者は早く出て行け」と言う気分でしかありません。しかしここで問題になってしまっているのが、英国の侵略により分離したアイルランドと北アイルランド間に新たに発生することになる新しい国境の扱いです。アイルランドが北アイルランドの領有権を放棄する際に英国と合意したのが、「アイルランドと北アイルランド間には国境を設けず、人や物の移動は自由とする」と言う内容です。英国がEUに留まっている限りは同じEU国家であるアイルランドとの間ではこれで全く問題が無かったのですが、英国がEUから離脱するためには当然、そこに国境を復活させなければなりません。その国境を例外的に境界線無しとすることは英国にとってのEUへの「バックドア(裏口)」となるため、EU側がこれを認めていません。しかし英国は北アイルランドでのアイルランドとの移動の自由を認めているため、今度は国境が復活する事が北アイルランド人にとって受け入れられません。この北アイルランド問題を解決する手段がないために北アイルランドからの一定数の議員を抱える英国議会はBrexitを可決することが出来ず、この問題はEUの手を既に離れて英国の国内問題となってしまっており、EUとの離脱協定を議決出来ないまま期限切れとなる「合意なき離脱」の可能性は日に日に高まっています。この「合意なき離脱」に至った場合、英国とEUには一切の協定が無い状態となり双方の貿易や金融のハードルが非常に高くなることから、これが現実化した際には英国に深刻な経済危機が訪れるのはまず疑いはありません。

ではそもそも、EUとは何のために発足したのでしょうか。その最初の狙いとはシンプルに、長い欧州の歴史と世界大戦の中で英仏と常に敵対した「ドイツを内部に取り込んで抑え込む」ことだったと言われています。つまり英仏はドイツと一体化を進めてその政治的・経済的独立性を弱めることで、ドイツをコントロール下に置き二度とドイツが英仏に敵対しない状況の実現を図ったと考えられます。

こうした目的から欧州の統合は第二次世界大戦後のドイツ重工業の解体から開始されており、戦争の目を摘むことを目的として石炭の産出地を分離し国際管理下に置くことから始まりました。1946年にウィンストン・チャーチルがヨーロッパ合衆国構想を提唱すると、1949年には初の機関である欧州評議会が設立され、翌年にはヨーロッパの石炭と鉄鋼という戦争に必要な2つの素材に関する産業を統合することを目的とした共同体を設立すると言う「シューマン宣言」がフランス外相より宣言されます。1951年にフランス、イタリア、ベルギー、オランダ、ルクセンブルクと西ドイツが欧州石炭鉄鋼共同体を設立するパリ条約に署名し、EUの原形である欧州石炭鉄鋼共同体が翌年に発足します。そしてその際に設置された最高機関と共同総会が、現在の欧州委員会、欧州議会へと発展して行きます。

その一方で「とにかくドイツに戦争をさせないこと」を目的とした欧州は、経済共同体で目的を達成した代償として欧州防衛共同体と欧州政治共同体の設立構想を失敗させてしまいました。英仏の当初の目標は一定の成果を収めて欧州からは戦争の可能性がかなり無くなりましたが、欧州はそのようにドイツを経済的に抑え込めたことで同時に、「欧州を1つの国にする」と言う政治的理念を皮肉にも失ってしまったとも言えます。その後の欧州では経済連携が中心に進められ、欧州連合の存在意義は政治的目的から「米国経済に規模で対抗する」と言う、実利のための経済的な目的へと変わって行きました。政治統合を行わないままに通貨統合や人の移動の自由化などを推し進めたことが政治的な部分に大きな混乱をもたらす結果となり、政治理念の薄い「実利のための共同体」は徐々にその混乱によって足並みを乱して行く結末を迎えます。Brexitによる英国の離脱やイタリアの一帯一路への署名は、もはや欧州の強大国同士ですらも政治的には同じ方向を向いてはいないことを意味しています。次にEUを離脱するのは経済的に疲弊し中国の影響力が強まっているイタリアかギリシャであると言われており、EUの崩壊は今まだ始まったばかりであると考えられます。

結局、政治的に統一するのではなく「集合することで」見せかけの規模を大きくしても、欧州はその政治と経済に質的変化を起こすことが出来ずに米国経済に対抗することも叶いませんでした。米国のようなイノベーションを生み出すことは無かったのみならず技術や人口規模でアジアとの競争にも敗北し、その経済と地位は今も相対的に下げ止まることがありません。また欧州経済を実質的に一国で支えているドイツはその経済の命運を中国市場に、天然ガスと言うエネルギー源の供給元をロシアに依存してしまった結果、その経済とエネルギーの生命線を社会主義国家に握られてしまっており、欧州が世界のリーダーとしての主導的な役割を果たすことはもはや構造的に不可能な状況と言えるでしょう。英仏が警戒心を見せる一帯一路にイタリアが署名しドイツ首相が中国詣でを繰り返している状況において、EUが足並みのそろった将来像を描くことはほぼ出来なくなっていると言えます。こうした結果を招いた原因の全ては「目指すべき理念の足並みを先に揃えなかった、経済原理優先の共同体であった」と言うことに帰結します。

こうしてEUと言う共同体が政治理念よりも経済原理を優先させてきた結果、移民の大移動、それに伴う地域経済・文化の破壊と、地域経済・文化の破壊に対する感情的な反応としての人種差別の激化とナショナリズムの台頭、貧困とデモの両方に起因する治安の悪化、そしてそれらの混乱により政治的な足並みがさらに乱れると言う悪循環に陥っており、EUと言う枠組みが例え無くならないにしても、それはもはやポジティブな方向に向かうことなく今まさに後退を始めた入り口にあると僕は考えています。EUの一番の失敗と言うのは経済だけを先に統合して文化や政治的理念を統合出来なかったことであり、政治的な統一性がないまま経済的に問題ある移民を移動させたことが人種差別とナショナリズムを誘発し、これがついにブレグジットと言う結果となった根本的な原因でもあります。残されたEU諸国も完全に足並みが乱れており、域内格差や資源の有無、福祉レベルの絶対的な差を考慮すれば、今後の強い再結束は望めず最善でも現状維持が精一杯であると考えられます。EUは国家間の戦争を防止した替わりに個人間・民族間の対立を生み出してしまったと言う点において、実は世界大戦前と何一つ変わっていません。自らの欲を抑えて寛容に他者を受け入れる事が出来なければ、衝突の歴史はまた繰り返すことでしょう。

そもそも英国は、ユーロの発足時にその通貨統合には加わりませんでした。EUとしての一体性よりも自らの金融センターのポジションとポンドの価値を守ろうとしたその真の姿は、EUに参加しながらも一定の距離を保つことでそのメリットの「良いとこ取り」を図ったものであり、英国には最初からEUと全ての命運を共にする覚悟など無かったのだと言えます。当初からそのようなスタンスであった英国がEUのデメリットを体感して間もなくBrexitへ傾いた結果はある意味では自然な結果なのであり、EUとは最後まで強く連帯することが叶わなかった「寄せ集め」に終わってしまったと言えるでしょう。元々に大きく異質であった国々を束ねると言う理想は最初から最後まで理想でしかなく、現実との溝や矛盾を埋めることに失敗をしたのです。

このような歴史から、私たちが学ばなければならないこと、世界がやってはいけないことがたくさん見えて来ます。人と人、国と国と言うのは本来それぞれに異なるのが当たり前の存在なのであり、協力をすることは欠かせませんが一方で「自らと同化させようとしてはならない」と言えます。もちろん他国の領土や文化を侵しては絶対にならないですし、自らの価値観を他人に強要してもいけません。互いに違いを認め尊重し、他国や他の文化に「干渉してはいけない」のです。他人、他国の異なったその姿を「認めて受け入れる」ことが大切です。

突き詰めていけば、貧困の格差を埋めると言って先進国の視点で援助するのが正しいとは限りません。本当の支援とはその国が望むことをサポートすることでありその国の自立を促すことですから、他国が自らの価値観で過剰に干渉するべきものでは決してありません。幸せの価値観とは国によって、地域によってそもそも異なるものであり、全てを等しく同じ状況にすると言う共産主義や全体主義が失敗することはすでに、世界の歴史が完全に事実として証明しています。国の将来を決めるべきはそれぞれの国の国民、個人の将来を決めるのはそれぞれの個人であり、世界は「絶対的な平等や均質化」を追い求めずに、「個の自由」と勤勉や努力と言った「機会の平等」を尊重しなければなりません。その中で尊重しなければならない概念とは民主主義による共通のルールのみであり、自分のことは自分が決める、他人に必要以上には干渉しない、そしてその個々が衝突しないためのルールは投票で決めるという「真の自由と公平」が実現されなければ、人々が争いや対立を減らしていくことは出来ないでしょう。人間はどこまで行っても人間と言う動物であり、神さまではありません。「絶対に正しい個人や国」など存在し得ないのです。自らが正しいと言う保証が全く存在しない以上、理由があって存在する国境をルールなく統一することは衝突を生むだけの結果となります。本当に統一する気ならそれだけの強い理念とルールが必要ですが、機能不全の国連に代表されるように、世界には国家を越える政治的に有効な機能は残念ながらまだ存在していません。

世界は各地域の文化、自立性、価値観とアイデンティティを尊重しなければならないと僕は考えています。経済協力と政治的な干渉は、一定の線引きをする必要があるでしょう。それを表現するなら「個々は協力はするけど相互には強制をしない」と言うイメージです。もちろんこうした方向性において、独裁や人権侵害、覇権主義や借金外交が拡大することは決して容認されるべきではありません。他国にこのような影響力を行使しようとする国や個人に協力をしてはならないし、その拡大を容認してもなりません。国際社会の一員となるために個々の地域が果たすべき責務は、個人や地域の自由と民主主義を同時に尊重することです。個々が一方的な強制を求めるのではなく全体で共通の理念を決める必要があります。

地域の自由と民主主義を守り、相互の過剰な干渉を避け互いに尊重すること、相互の違いを認めて受け入れること。それが最終的には世界全体での民主主義と地域主権を実現することに通じるのだと思います。米国内で実現されているような全体での民主主義と地方自治の両立、それを世界レベルで実現することこそがより平和な世界を実現する道ではないかと僕は考えています。共通に大切にする理念を持ちながらもそれ以外の違いを許容し尊重できるかどうか、これからの世界にはそうした新しい価値観が求められています。

※ 英会話SSEAが『みんなの英語ひろば』の取材を受け、特集記事が掲載されました。ぜひご覧ください!

無料体験レッスンのお申込み・お問い合わせは以下のページの「お問い合わせフォーム」より。

氷川台校 スクール情報

地下鉄赤塚校 スクール情報

« »