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防疫の結果で国を評価する事に欠けているもの

始めに述べておきたい事として、台湾は僕にとって大切な友人が沢山住んでいる世界で最も愛する場所の一つだと言う事です。僕のこれまでの海外渡航の中で、台湾はその回数の半分近くを占めています。美味しい食べ物、安心出来る治安、そして何より心の温かい台湾人そのものが、日本が親友として台湾と共に歩むべき事を僕にいつも実感をさせてくれます。

しかしながら近日、台湾の様々な側面を考慮せずにウイルス防疫の結果だけを見て「台湾は優等生」と断じる意見があまりに目に付き、そこで語られている事が背景にある原因や問題点を完全に見落としているために、残念な気持ちでこの記事を書くことにしました。

まず始めに記事の趣旨として書きたいことはと言うと、防疫の結果だけでその国の評価を考える事はあまりに軽率だと言う事です。参考として考えるべき事はもちろん沢山ありますが、その前提として「なぜそうなったのか」「その成功は本当に良いことなのか」を考える必要があると僕は思います。

まずこのコロナウイルスに対して台湾が行った対策の柱をいくつか考慮すると、1.早期の中国人の入国禁止及び強制退去措置、2.強権を利用した医療用品のコントロール、3.高額な罰金による市民の行動管理、と言った3つの要素があります。

まず1.の中国人の入国禁止ですが、世界の中でも台湾は最も早い段階で中国からの入国禁止を行い、ウイルスの発生源であった武漢からの旅行客に対しては期日を決めて半ば強制的な退去措置を行いました。このような行動を可能にしたのは中国と台湾の切実な国家関係により台湾政府が日頃から中国国内での情報収集及び監視を行っていたことに加え、WHOから除外されていた事により逆にその勧告を加味する必要性が無かったこと、反中の立場を掲げて選挙に圧勝した蔡英文は1月の総統選挙の勢いを利用して思うがままの政策を進めることが可能な状況であった事などが背景にあります。これは皮肉にも、台湾の政治的な不安定さと中国との関係、及び国際社会との協調の必要性の薄さに助けられた結果とも言えます。それは逆に言えば、国際社会に責任がある先進国には出来なかった対応だったとも言えます。

次に2.強権を利用した医療用品のコントロールですが、台湾は中国からの入国禁止を行ったのと非常に近いタイミングでマスク等の海外への持ち出しを禁止して国内での備蓄を行いました。僕が1月下旬頃に訪れた時はすでに、台湾からのマスク持ち出しは1人250枚に制限をされていた記憶があります。台湾の国内事情を優先にしたのは当然と言えますが、同時期に状況が悪化のピークであった中国に対して医療用品の支援を積極的に行っていた韓国や日本と比較して、それが100%正しい姿勢なのかについては議論が残るところかも知れません。近年世界で常に議論の主題である「自国ファースト」を、世界のどの国より明確に行ったのは台湾であったと言うのもまた事実です。またその後の台湾市民へのマスク配布は1人あたりの枚数を決めて販売を政府が国民身分証の元に実名制にて管理する方法が取られました。この方法は非常時には物品を効率的に管理する方法としては最良のものですが、そこには徴兵制が残る戦時下に近い政府の強権力と、個人の権利やプライバシーの制限があったと言う要素も同時に見落としてはならない側面です。

そして3.の高額な罰金による市民の行動管理ですが、台湾では防疫の指示に違反した人間に対して最高で約360万円もの罰則を定め、違反者が出ることを徹底的に抑え込みました。これは非常事態宣言の元においてもあくまで「要請」としていかなる罰則も設けなかった日本とは、正に非常に対照的なやり方です。また州知事によって出された外出禁止令に対して市民が違憲を訴えてデモや訴訟を起こした米国ともやはり、全く性格を反するものだったと言えるでしょう。

実は僕はこのウイルス騒ぎが発生する以前から、市民の行動を罰金で抑制することが本当に価値ある事なのかどうかを考えることがよくありました。なぜなら台湾のMRT(地下鉄)では、車内での飲食に対して高額な罰金が課されるからです。車内の清潔を保つために効果的なのは理解出来ますが、その罰金の掲示を見るたびに感じたのは「罰金が無ければこの国の人々はモラルを守らないのだろうか」と言う事です。「お金のために」マナーを守る事は果たして、その国民のモラルを高める事が出来るでしょうか。例えマナーの意識が根付いたとしても、そのマナーの目的は「他人のため」にはならずに、あくまで個人個人の「自分のため」になるのではないか、果たしてそれを「モラル」と呼べるのだろうかと、ずっと疑問として感じていた事です。

これと対照的な例が実は日本にあります。外国人が日本に来た時に驚く事の一つに、「通勤電車の座席が布貼り」である事があります。「こんな風にしたら汚れるだろう、何故プラスチックにしないんだ!」これがほぼ全ての外国人が持つ感想です。しかし日本では、車内飲食に対する罰金もプラスチック製の座席も必要ありませんし、その環境でも座席は汚れません。それは逆に、「個人を信じることでモラルを育む」文化だと言えるでしょう。

さて、防疫に比較的成功したアジア各国のやり方に対して寄せられた欧米からの意見がありました。「人権やプライバシーを侵害して国民を管理するやり方は、独裁国家のやり方と何が違うのか」と言うものです。

これを被害を食い止められなかった欧米の嫉妬である、と片付けることは簡単でしょう。しかしながら、欧米の先進国から見ればやはりこれは独裁的な性格を持つ人権の侵害に見えたと言う事です。それは逆に考えれば、自由の大切さを知っていてそれを確立するための努力や戦いをして来た人間にしか理解出来なかったものなのでしょう。知らなければ当然、政府に管理される事に対して感じる抵抗は小さいのかも知れません。しかし、自由や人権を確立して来た人間は、そうした個人の権利を社会が失うことの危険さを十分に理解しています。それは歩んで来た「歴史や考え方の深さ」であるとも言えるでしょう。

一方で深刻な被害が拡大したアメリカのメディアを見ていて気づいた事があります。アメリカでは被害が収束するよりずっと早くから、感染の拡大防止だけでなく「個人が働く権利や外出する自由を守ること」がずっと議論されていたと言う点です。そして多くの州にて外出禁止令に対するデモや訴訟が発生し、実際に経済の再開がアジアがまだ様子を眺めている段階から始まりました。感染の収束時期の地域差を考慮すれば、米国の経済活動再開はアジア各国と比較して余りに早すぎます。彼らは命は大切では無いのだろうか、それを勇気と呼べるのかそうで無いのかを考えながらも、一つだけハッキリ感じることが出来たことはアメリカ人にとって「理念」は何よりも大切だと言うことです。その理念とは様々な考え方があるにせよ、全ては「人が大切と信じるべきこと」です。それは命や金銭よりも「人間らしく生きること」が大切と考える文化であり、理念によって建国され発展して来たアメリカ合衆国の底にある力を逆に見せつけられたような気もしました。アメリカ合衆国の理念を理解するために最も大切なキーワードの一つに”liberty”があります。単純なる自由を表している単語である”freedom”とは違い、「束縛からの解放と自由」を意味する単語である”liberty”は、合衆国のシンボルである”Statue of Liberty”(自由の女神)にも使用されている事からも分かる通り、アメリカにとって揺るぐことがない理念です。アメリカ人にとって政府の強権的な管理やコントロールを受けることとは、合衆国の理念に反する「絶対に受け入れられないこと」です。

このウイルスによって世界最悪の被害が発生したのは、皮肉にもこの自由の女神が設置されているニューヨークだと言う見方が有力です。確かに世界で最も被害が大きかったアメリカの中でも、ニューヨークの被害の大きさは突出しています。

では、ニューヨークは全てを失敗したからそうなったのか、と言えば僕はそれは違うと思います。被害の大きさだけを比較してその都市の環境や事情を考慮しない事は、あまりに浅い議論と言えます。ニューヨークとは過密で、世界で最も国際的に海外に開かれていて、ありとあらゆる人種と民族が住み超富裕層から超貧困層までを抱える多様性を持ち、リベラルな自由と言う理念の元に高い市民意識や労働倫理、人権意識を持って世界の最先端を歩く都市であり、世界の中心が持つそうした魅力が皮肉にもウイルスには最もネガティブな結果を生み出した、僕はそのように感じています。ウイルスに対して最悪の結果を生み出したのは、日頃に培われていた最高の環境だったのでは無いか、それならこの結果はニューヨークが未だ世界のトップであったことを逆に証明したのではないか、結果の背後にある事を考えれば、印象とは全く逆にもなるのかも知れません。ウイルスを最初に食い止めた独裁政権が、世界で最も嫌われる存在となりつつある事はその反証でもあります。

台湾に話が戻りますが、台湾にはまだまだ先進国には及ばない他の欠点もたくさんあります。先の総統選挙前に台湾に滞在していた時に僕がTVで見た光景は衝撃的で、総統選の候補者の1人が電波を独占して年明けカウントダウンイベントの中心を務めていました。街中にも選挙の政治的な看板が無造作に乱立していましたが、これらは日本では公正な選挙を妨げるものとして公職選挙法違反となる可能性が高いものばかりです。少なくとも選挙期間中に、特定の政党の代表が1人で電波を独占して一方的に喋る事はあり得ませんし、看板の乱立を許すことは選挙の結果を資金だけで変えてしまう可能性のあるものです。台湾は間違いなく僕にとって素晴らしい場所ですが、国民の遵法意識や国家の仕組みはまだまだ未成熟であり、政治意識は「対中国」の基準から抜けられない一方でメディアは逆に中国資本の支配下に置かれています。台湾に限らず、他国を仮想敵国として認識する事が政治を左右する結果により国家としての理念が後回しとなっているアジア各国が欧米と直接比較されるのは正直、まだ早すぎると僕は感じています。

この新型ウイルスは人の本質を今一度炙り出したと言われています。僕にとっては、人命と理念のバランスはどうあるべきか、独裁と自由の理想的な中間点はどこにあるのか、それを再び考え直すきっかけともなりました。

しかしながら唯一希望することは、人間にとって大切である価値観や理念が一過的なウイルスによって崩壊しない事、そのことを切に祈るばかりです。ウイルスを基準に物事の正否を決めるような表面的な議論が進むのでは無く、せめて被害を糧として人々が多角的な物の見方や考え方を養う機会であって欲しいと思います。

※ 英会話SSEAが『みんなの英語ひろば』の取材を受け、特集記事が掲載されました。ぜひご覧ください!

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Dreams come true. は正しくない。

「夢は実現する」を表すこのフレーズは有名な映画のタイトルや音楽グループの名前にもなっていますが、この表現には少し間違いがあります。

なぜでしょうか。実は完全に間違いと言うことではなく、

「夢は勝手には実現しない」

と言うことです。

某歌手の歌にも「夢は叶うものじゃなく、叶えるもの」とありますが、全く持ってその通りです。自分で夢を実現する努力が無ければ、その夢は100%実現しません。努力をしていない人が「夢なんて叶わない」「現実は残酷」「社会が悪い」と口にするのは、残念ですがただ自分で可能性を諦めるための言い訳では無いでしょうか。そんな悪い環境が見えるなら、むしろ自分で社会を変えてみてはどうでしょうか。今ある社会は全て、過去の社会の個人が努力によって作り上げたものです。個人は社会に作られますが、社会は個人によって作られています。それは一方通行の関係では決してありません。

人生には必ず辛い事や不運な事があります。しかし諦めなければ、そこから回復してまた飛び立つ事が出来る可能性があります。「これ以上は悪くならないだろう(笑)」と良い意味で(幸運を期待することを)諦めて笑うことが出来れば、少しずつ人生は良い方向に向かう事でしょう。しかし何かに文句を言ったり他人のせいにしている限りは、自分を見つめ直して努力を始めるチャンスを放棄しているので何も良くなる事はあり得ません。某アニメの有名なセリフの通り、「諦めたらそこで試合終了」なのです。

もしあなたが前向きに何かを頑張っていれば、どんな小さな事でもそれは必ず誰かが見ています。そしてそのような小さな評価が必ず次のチャンスに繋がります。そのチャンスとは「幸運」では決して無く、「自分が確かに頑張った結果」です。例えばアルバイトを頑張っていれば、その頑張りが認められて正社員、その次はマネージャーを頼まれる事もあるでしょう。そして優秀なマネージャーなら必ず、次は経営に参加を求められます。例えいま仕事が上手く行っていなくても他人のために頑張れる人なら、自然と誰かに信用をされて良い仕事を紹介もされるでしょう。

どんな大学でも、頑張ればいつかは入れます。お金が足りないなら、まずは貯めてみましょう。日本はアルバイトだけでも、十分に貯金まで可能な国です。また大学に行かなくても、工夫次第でいくらでも楽しい幸せな人生は実現出来ます。結局「自分の敵は、実は自分自身の弱さだけ」です。

「人生が上手く行かない」と思ったら、まず社会に文句を言ったり誰かのせいにする前に自分を見つめ直してみましょう。少しずつでも「自分」を変えることが出来れば、それで人生も少しずつ変わり始めます。自分を変えれば、あなたは必ずあなたの人生を自分で変えることが出来ます。やるかやらないか、勇気を持てるかそうでないか、そのシンプルな差があるだけです。社会はすぐに変えられなくても、「自分」は自分1人ですぐに変える事が出来ます。

成功する人は必ず「感謝することの大切さ」を知っています。そのような人だからこそ、周りにも信用されサポートをしてもらえます。人間は結局、1人で成功することも生きて行くことも出来ません。ですのでコミュニケーション力と自分自身の価値を磨くことが何よりも大切です。いきなり結果を求めるのでは無く、努力を積み重ねたら結果になる、と考えましょう。成功とは1%の才能と99%の努力です。つまり努力だけで99点の成功は実現出来ます(笑)

英語を勉強して、自分を見つめ直し磨くためにぜひ世界を見に行ってみてください。比べて初めて分かることが、たくさんあります。英語学習とは言語自体が大切なのでは無く、その「姿勢を磨くこと」であり「経験をするための道具」です。

Dreams never come true by themselves. “Make” your dream come true.

(夢はそれ自身が叶う事は、決してない。あなたの夢は、あなた自身で実現させよう)

It’s “all up to you”.

(すべて「あなた次第」です)

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人間らしさ

世界には次々と終わらない悲劇が起こるものです。それは私たちが人間と言う「動物」である以上、避けられない事かも知れません。動物は必ず、欲をベースにしなければ生きて行けないからです。

しかし、人類はその欲を抑えるための能力も少しずつ育てています。悲劇が起こって辛い時ほど、人を批判したり攻撃するより笑っていられたら良いと僕は個人的に思います。可能なら、誰かを笑わせてみましょう。自分のためではなく人のためにする行動は、とても「人間らしい」行いではないでしょうか。

日本には、葬儀でワザと笑うような文化があります。「自分のために悲しむ」より「みんなのために笑う」と言う他人の気持ちをまず考えるこの特殊な行動は、間違いなく正しい「思いやり」の文化です。

先日とあるアメリカのニュースで、コロナウイルスと戦っている人たちを放送していました。そのテロップに、こう書いてありました。

「命を犠牲にして仕事をする私たちのヒーローを助けましょう」

日本ではもう禁句と言われる可能性もあるフレーズかも知れません。政治的なプロパガンダだと批判する人もいるでしょう。

しかし、例えそれが政治的なプロパガンダであったとしても、僕がアメリカ人ならやはり応援したいと思います。少なくとも、その人たちは自分を犠牲にして他人のために頑張っている、それは間違いなく「尊い」と思うからです。もし人間が自分のことを常に最優先にするなら、それは動物と何が違うのでしょうか。自分の権利だけが大切なら、どうやって争いを回避出来るのでしょうか。自分をまず優先にしている人が、他人や政治を批判することを僕は見ている事が出来ません。

あなたは、人のために自分を犠牲に出来ますか。もし出来なくても、それは批判されるべき事ではありません。自分を守る事は、全ての人が持つ当たり前の権利だからです。

Amazonのジェフ・ベゾスの言葉に、このようなものがあります。

Cleverness is a gift, kindness is a choice.

「才能は与えられた物でも、親切は自分が選択出来る」

僕はこのように変えてみたいと思います。

Life is a right, generosity is a contribution.

「生きることは権利だが、寛容であることは貢献」

権利を主張するだけでなく、人に貢献が出来て初めて、私たちは人間なのではないでしょうか。例え貢献するような仕事が出来なくとも、せめて人のために頑張っている人をただ批判するのはやめませんか。ベゾスの言葉を借りれば、あなたは寛容である事を「選ぶ」事が出来ます。

僕はやはり、批判するよりまず応援したいと思います。

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「英語を勉強して良かった」1番大切な理由

「英語って、何のために勉強するの?」

皆さんが英語や英会話を学ばれる理由は様々だと思います。「旅行をもっと楽しみたい」「留学やホームステイに行きたい」「受験のシステムが変わる」「仕事で英語が必要だ」「就職や転職で有利になる」「外国人と話してみたい」「外国人の友達や恋人が欲しい」「もうすぐ東京オリンピック!」「シェアハウスに入居したら周りがみんな外国人」…その目的、動機は人によって千差万別でしょう。きっかけや目的が何であれ、英語を身に付ける事はその方々にとっては必ず何らかのプラスになるはずです。僕に至っては、大学時代に父に「学生のうちに留学くらいしておけ」と言われたのがきっかけです(笑)もちろんそれ以前からTOEICくらいは受けないと…と思って単語を覚える程度はしていましたが、本格的に背中を押してくれたのはその父の一言だったのは間違いありません。詳しくは留学時代の体験 「Santa Barbaraその1。」のブログからお読み頂ければ幸いですが、何しろ僕はそのようなきっかけでロクロク会話の経験もないまま留学へ出発し、現地で打ちのめされ自分の情けなさを痛感し、そこから必死に英語の勉強を始めることとなりました。

きっかけはこのような情けないものですが、とにもかくにもその後英語を身につけた事で、次の留学では海外に多数の友人ができ、その後9.11直後の超氷河期の就職活動を勝ち抜き、海外旅行へ行っても不自由なく行きたい所へ行き、やりたい事をやり、食べたい物を食べ、相手を怒らせるまで値切り(笑)、時には英語でケンカをする事も出来ます。今ではネイティブと英語で議論してもそう簡単には負けません。そして何より、いまこうして英語を教えると言う仕事を立ち上げる事も出来ました。まさにあの時の父のひと言が、僕にとってはかけがえのない一生ものの財産となりました。恥ずかしくて口では伝えられませんが、僕はその時の父のアドバイスに、本当に深く深く感謝をしています。日本語しか話せなければコミュニケーションが取れるのはせいぜい1億人と少しですが、英語と言う「世界の共通語」でコミュニケーションが取れる人の数は、少なく見積もっても世界の半分、約35億人に上るでしょう。つまり僕の世界は父のおかげで35倍の広さになったのです。世界を自由自在に旅をして、35億の人々と会話ができ、様々な知識や経験を得て無限の魅力と出会うことが出来る。こんなに素晴らしい事は無いと思います。

しかし、僕が「英語を身に付けて良かった」と思う1番大切な理由は、実は上記したような事ではありません。僕にとっては世界を知ることで、「日本のことを初めて正しく知ることができた」と言うことが、もっとも大切な事だったといま思えることです。

実は僕は若い頃は、いつか日本を出て行きたいと思っていました。こんな経済が低迷し、刺激的な事が少なく、政治家や官僚は悪事ばかりを働き、過労死するほど働かなければならない国に住むのは不幸だと勘違いをしていました。ただ僕がこのように思っていた事は実はそれほど稀なケースではなく、実際に日本の若者は他国の若者と比べて自分たちを幸せだと感じていない、と言う調査データが出ています。つまり日本人、特に若者は日本に生まれた事を「幸せでない」と思ってしまっているのが現状なのです。それは実は大きな勘違いなのですが、残念ながらそれが勘違いだと気付くチャンスや方法が日本の若者にはないのかも知れません。それは日本の教育政策の失敗と、マスメディアがネガティブな内容ばかりを批判的に報道する偏向的な姿勢、そして何より、若者が内向的にならざるを得ない英語教育のレベルの低さに大きく起因しています。

僕は英語が話せるようになってから、色々な国の友人と話をしたり、中々行く事が出来ないような場所にも行けるようになり、個人的に旅行が好きだった事もあり世界各地の様々な場所へ行き、様々な現状や問題を自らの目で見て感じる事が出来ました。そしてその中で、初めて気付くことが出来たのです。「自分は何て恵まれた国に生まれ育ったのだろう」と言うことに。

<これだけの大都市にも関わらず、東京の空は青い。韓国や中国からの観光客は、まず空の色が違う事に驚くそうです。アジアやヨーロッパの大都市の空が青い事は、近年ほとんど無くなりました>

世の中面白いもので、日本に生まれて日本しか見た事がなかった時は、実は日本のことは何も分かっていなかったのです。世界に飛び出して他国と日本を比べた時に初めて、日本は世界の中でもズバ抜けて幸せな国だと気付きました。治安が良く女性が夜に繁華街や住宅街を1人で歩いても何も問題がなく、町は清潔で人々は勤勉で礼儀正しく親切、カフェでバッグを席に残してトイレに行っても盗む人もおらず、電車にスマホを忘れてもかなりの確率で戻って来ます。サービスのクオリティは世界のトップと言えるほど優れており、仕事を探そうと思えば労働者の数より求人の数の方が多い、賃金の水準もバブル期のように世界トップでは無いにしろ、先進国に相応しい十分に裕福な生活を送ることができ、ほとんどの国民が海外旅行を楽しめ、日本のパスポートを見せればビザも免除され疑われることもほとんどありません。世界のトップを争う技術や医療環境も存在し、選挙権も表現の自由も当たり前のように与えられている。自然に恵まれ美しい景色と文化的な財産を持ち、水資源に困るどころか水道の水をそのまま飲むことまで出来る。首都である東京都市圏は人口ベースでも経済ベースでも世界最大の都市で、世界中の料理を楽しめ、世界中のエンターテイメントや芸術がやって来て、手に入らないものの方が珍しく、ありとあらゆる種類の娯楽を楽しむことができ、把握仕切れないほどの新スポットが次々と生まれ、ニューヨークと世界一を争う事が出来るくらい刺激と新しさに満ちあふれています。高品質で新鮮な食材があふれていて、美味しいものがいくらでもあり、和食は世界的にも最も価値のある料理の1つとして世界遺産にもなりました。高級な食べ物でなくてもクオリティが高く、安くて美味しいものが沢山あります(安くても美味しい、と言うのは他国では非常に稀なことです)。アニメや漫画と言ったサブカルチャーは世界中の若者を魅了して日本好きの外国人がどんどん増えていて、逆に海外へ行けば日本人だと言うだけで親切にされたり礼儀正しく扱われる。これだけ恵まれている国は世界のどこにもありません。日本より進んでいる国はおそらく、アメリカぐらいのものでしょう。そのアメリカですら、全ての面で日本より優れている訳ではありません。

<イタリア・ナポリのメインストリート。経済状況が悪化しゴミの回収がままならないそうです>

先進国が集まるヨーロッパでさえ失業率が10%を超える国が続出し、10人に1人は仕事がありません。多くの国は砂漠化と水資源の確保に苦しみ、水道水を安心して飲めるなどと言う国はほとんどなく、移民の受け入れに問題があった国では差別や貧困が蔓延し治安も悪化しています。パリやロンドンでテロが頻発しているのは皆さまもおそらくニュースでご覧になった事があるかと思います。近年、規模の上では日本より大きくなった中国では大気汚染と水質汚染に歯止めがかからず健康を維持することすら難しくなりつつあり、選挙や表現の自由もない独裁状態であるばかりか賄賂次第で無実も有罪に、有罪も無実になる有様で、国民は常に海外へ脱出するチャンスを探しています。他のどの先進国を見ても発展途上国を見ても、日本のように何一つ不自由がない国は1つもありません。

<北京の大気汚染。管制塔が霞むほど深刻な状況です>

日本人は自らが築いて来た文化、歴史、経済や自然環境にもっと誇りを持っても良いと、僕は思います。これだけ素晴らしい国は見つける事が不可能だ、と言っても決して過言ではないと思います。逆に日本を知る外国人の方が、日本の事をよく分かっていたりします(苦笑)ただ、それは残念ながら、日本にいたら分からないこと、世界へ出てみて初めて気付くことです。その意味で、僕は英語を身に付ける事ができて本当に良かったと思い、もっと日本の良さを世界に発信したい、そして日本の皆さまにも、私たちの住む国のことをより良く知って頂けたら、と思います。そして私たちは恵まれているからこそ、もっと世界に貢献する事も忘れてはならないと感じます。

そのためにも、僕は今後も日本の英語教育を変えると言う目標に挑戦し続けたいと思います。そして日本の未来を創って行く若者に、ぜひ世界に飛び出して見識と経験を広げ、今後の日本をより良くして行って欲しいと願うばかりです。皆さまが世界を知り日本を知る、そのお手伝いが少しでも出来たら幸いです。

Learning the world means learning your own country. Find and love the country where you have grown up. Contribute to and improve your home country and the world.

“Find the world. Find Japan again!”

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異文化を理解すること “You and I are different.”

英会話を学ぶことの大きな目的の一つに、「異なる文化や価値観を理解すること」があります。この相互の理解は今後の世界から宗教対立や民族紛争を無くすためには必ず必要なことと言えるでしょう。

それでは、「異なる文化を理解する」とは、一体どのような姿なのでしょうか。

僕がこれまで様々な国を訪れて色々な国の人間と話したり交流をして来た中でこれが人間にとって最善であると考えたのは、実はこれまで世界が考えて来たような「お互い仲良く交流を深めよう」と言うような姿ではありません。とても冷徹に聞こえるかも知れませんが、僕はこのように結論付けました。

「お互いを理解し尊重した上で、一致を求めずお互い必要以上の干渉を避けるべきである」

なぜこのような結論となったかと言うと、結局私たちはそれぞれが生物としての欲をベースとして生きている人間と言う名前の動物だからです。つまりお互いに近づこうとする行動は私たちの「欲」であり、等しくなろうとする試みは私たちが互いの価値観の一致を要求すると言う自分のためでしかない行動であるからです。私たちが欲を元に生きている人間である以上、最終的にたどり着ける姿とは可能な限りこの欲を抑えること、つまり「他者に自らの価値観を求めないこと」です。

この「価値観の一致を求める」と言う行動が残念ながら、これまでの対立や紛争に終止符を打つことが出来なかった根本的な原因です。西洋社会を中心とした今までの理想がたどり着いたのは結局、宗教対立とテロリズム、民族対立と差別であり、それは圧力と反発が終わらず繰り返される世界であったことは否定出来ません。圧力はかつてよりは争いの数を減らすことは出来たかも知れませんが、対立を無くすことは出来なかったと言う点においてここが限界であると考えられます。

この現状を私たち世界がもう一歩進めることが出来るとすれば、それは自らの価値観の押し付けを止めて他者を尊重すること、異なるものを異なるままに容認することではないでしょうか。そのためにはお互いの価値観を交換し理解したら、それ以上のことをお互い求めない事が必要です。それ以上は他者や他文化に「干渉しない」と言う、ある意味で大人としての振る舞いが大切です。

誤解を招かないようにすると、「必要以上の干渉をしない」と言うのは「理解を諦める」と言うことではありません。まずコミュニケーションを取った上でお互いの違いを理解し認め合い、可能な限り譲り合う努力をしながら自らの価値観を押し付けることをやめる、と言うことです。異なる文化や他者を尊重し共生するとはそうあるべきものです。「協力」をする一方で「一致」を求めてはいけません。「お互いのため」が「自分のため」に変わった瞬間に、人間には必ず衝突が生じます。自分と同じであることを求めてはいけません。

これまでの世界は国境を無くしたり共同体の設立による同化と一体化を押し進めて来ましたが、それはEUの崩壊や国連の無力化を見る限り限界であると言えるでしょう。それは元々に異なるものを無理矢理一つにしようと試みた事に原因があります。つまり人類は「理想を追い求め過ぎた」と表現することができます。私たちが生き物である限りは、欲を完全に放棄して理想的に生きることは出来ません。現在の世界は、無理な理想が副作用としての反発と対立を生み出している状況です。

身近な人間関係に戻って考えてみましょう。価値観の一致や過剰な干渉がもらたす代表的な失敗例として分かりやすいのは家族関係、特に親子関係です。子離れ出来ない親、親離れ出来ない子供の関係とは必ず、その後の関係とその他の人間関係の中に支障を来します。相互が過剰に依存していて過剰に期待をしているために相互を束縛し、その期待に応えない場合にはそれが衝突へと発展します。マザコンやファザコンを想像すれば分かりやすいかと思いますが、こうした関係において子供が自らの思い通りにならなければそれだけで親は不満を覚え、子供は親が助けてくれるのが当然、そうでなければ裏切りと判断してしまいます。このような過剰な依存や干渉は相互の自立を妨害するだけでなく、「期待に応えないのは悪いこと」と言う自らの欲望を増幅させる結果となります。こうした人間関係は親子に限ったものではなく、かつての日本に見られたような「家を継ぐのは当然」「子供が親の面倒を見るのは義務」と言うような束縛を生み、その束縛はそれが実現しなかった際の衝突へと通じます。しかしながらその原因とは実は「過剰に期待していること」、つまりそれぞれ個人の欲でしか無いものです。これらは「友達だから」「同郷だから」と言ったケースも同様で、自己の責任を他者へと転嫁する欲望の口実でしかありません。自立出来ない関係とは結局、他者に負担を押し付けるための準備を常に行っているようなものです。

これは国家間や異文化間でも同じことが言えるだろうと僕は考えています。過剰に価値観を押し付けることや異なる存在を尊重出来ないことはそれぞれの欲でしか無く、その欲が満たされない時に必ず衝突へと変わってしまうものです。世界の各個人はそれぞれ自立をして、協力はしても干渉はしないことがあるべき姿と言えます。理解をしてそのまま違いを受け入れ許容し合う事が必要です。

価値観の一致を強要することは結局、世界レベルで全体主義を求めているようなものです。そうではなくこれからは他者との違いを理解し受け入れるために、多様で異なっていることを尊重できるように、私たちはぜひ日本の皆さまに英会話をもっと学んで欲しいと願っています。それは私たちが自らの価値観を押し付けるためではなく、異なる存在を理解し受け入れるために持つべきスキルと姿勢であると考えています。「あなたと私は違うけど、それで良いのだ」と言う、新しい国際関係のあり方をぜひ皆さまにもお考え頂けたら幸いです。

“You and I are different.”

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