必ず3時間遅れるフライト(ネパール編)

2011年の12月、僕はインドとネパールを訪れたのですが、今日は何とも呑気なネパールのフライト事情について書きたいと思います。

インドから陸路でネパールへ入国した僕らは、仏陀生誕の地であるルンビニから、首都であるカトマンズへ飛行機で向かう計画でした。バスもあるのですが、優に6時間はかかるしお腹を壊しているかも知れないし…ということで飛行機を選択し調べたところ、ルンビニからカトマンズへのフライトは(2011年時点では)イエティ航空があるのみでした。インターネットの口コミには、「必ず朝一番のフライトを予約しておくこと、遅延します」とあり、何故だろうと思いつつ僕らは朝8時のフライトを予約することにしました。

ルンビニの記念公園を散策してホテルに戻った僕らは、翌朝7時に空港に行きたいから送迎して欲しいとホテルで相談したところ、ホテルのスタッフは何故か「そんな時間に行っても飛行機は飛ばないよ」と言います…。そうは言っても「8時のフライトなんだから7時に」と思うのは日本人だからでしょうか…。とにかく頼み込んで朝6時にホテルを出発してもらえることになり、とりあえずホッとしたのですが…

翌朝7時に空港に到着すると、フライト1時間前なのにも関わらず空港には誰もいません。カウンターの奥にいたスタッフにチェックインを頼むと、「This flight is delayed.」と…原因は空港に到着した際に分かったのですが、毎朝、深い霧に空港が包まれて離着陸する事が出来ないのです。だからホテルのスタッフは朝行っても無駄だと言ったのだと分かりましたが、それでも予定時間が8時なら7時に行かないといけないと思うのは、日本人だけなのでしょうか…

<霧で覆われた空港>

毎朝飛べないなら8時のフライトを設定するなよ…」と思いながらどのくらい遅れるのか尋ねると、「お天気に聞いてくれ」などと言います…1時間待ち…2時間経った頃に霧が晴れて来たため、そろそろかなと思いきや、「今から飛行機がカトマンズから来るから」と言われ…結局3時間遅れのフライトになってしまいました。朝一番のフライトを予約しておけば、昼にようやく出発出来る、だから必ず朝のフライトを予約しておかなければならない…昼のフライトだと夜になる…インターネットの口コミはこう言う事だったのかと、妙に納得しました…

カトマンズに3時間遅れで到着した僕らは荷物受け取り所のショボさに驚愕したのですが、話はこれで終わりませんでした。僕らの荷物を運んで来た車が何故か受け取り所で荷物を降ろさず通り過ぎたのです。「どこへ持って行くんだ」と追いかけると、なんとツアーバスの横で直接バスに荷物を積み込もうとしています。確かに他の乗客は全員タイ人のツアーだったのですが…危うく荷物と永久に別れるところだったのは想像に難くなく…

<荷物受け取り所へ荷物を運ぶ>

俺たちの荷物を返せ」と交渉してようやく自分の荷物を取り戻した僕らはホテルの送迎タクシーを探したのですが、3時間遅れでは流石に待っていないだろうと思いきや、なんとちゃんと待っていました。それとも遅れるのを見越して来たのでしょうか(汗)ネパールではこれが普通なのでしょうか…常識と時間の感覚が違い過ぎると思わされました…。

途上国では時として自分の常識を超えた事が起きますが、それも旅の楽しみと言えるのかも知れません。このブログをお読みになる方にはぜひ、旅のトラブルも楽しんで頂きたいと思います(苦笑)ところで、この単語は必ず覚えておきましょう

delayed「遅れている」

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ネパールのストライキ

このブログは2011年の12月にインドからネパールを旅した際の体験です。ぜひ「インドの食あたりその2(2011年編)」から続けてお読みください。

前日にインドでホテルの弁当に食あたりし、なんとか国境近くのホテルにたどり着いた僕は友人に薬を飲ませて、なんとか翌日には移動出来る程度に回復しました。この日はスノウリから約20km離れた、仏陀生誕の地であるルンビニを訪れ、翌日の飛行機でカトマンズへ行く予定でした。

朝、まだ青白い顔をしていた友人はバナナ1本しか食べることが出来ず体調が心配だったのですが、この日にルンビニへ行かないともう訪れる機会はないだろうと思い、「まあ、20kmならタクシーで1時間もあれば着くだろう」などと楽観視していました。ホテルをチェックアウトしてフロントでタクシーを呼んでくれと言うと、「今日はタクシーはないよ」と言います。「え?じゃあバスか何か?」と尋ねると、「バスもない」と。「え、何か交通手段は?」と聞いたら、「今日はストライキだから、国中何もないよ」という驚愕の返答が…

翌日の飛行機でカトマンズへ行ってしまうからどうしてもこの日にルンビニへ行きたかったので、ホテルのスタッフに何か方法がないか尋ねると、「リキシャーなら捕まるかも」と言います。「リキシャーか…快適じゃないけどしょうがない…」と思いましたが、とにかく捕まえてくれと頼むと、何とやって来たのはバイクのオートリキシャーではなく、自転車のサイクルリキシャーだったのです、しかも細くて歳をとった運転手の…

<サイクルリキシャーの運転手>

これで20km移動するの…?マジか…?」と思いましたが、他に手段はないとホテルのスタッフが言うので、どのくらいかかるか聞いた所、「まあ、1時間半くらいじゃない?」などと適当な事を言います…(20kmと言えば、東京からだと横浜の手前まで行ってしまう距離です、それを自転車とは…)しかし他に手段はなく、かくして大人2人と荷物3つを載せたサイクルリキシャーの旅が始まった訳です…

<荷物を載せるとこの状態>

何しろ重いので、リキシャーは中々進みません。運転手も「どうしてよりによってこの人を捕まえたんだ…」と思うほど頼りなく、上り坂になると最早こぐことも出来ません。本当に1時間半で着くのかと思っていたら、1時間半後に何やら10kmという標識が…そうです、ようやく半分です…。結局ルンビニまで3時間冬の風が吹きつけるサイクルリキシャーの上で過ごすことに…唯一の救いだったのは、体調不良の友人はずっと眠っていたことでしょうか…

<道端には貴重な光景も>

何とかルンビニのホテルにたどり着くとすぐに記念公園を見に行こうとしたのですが、リキシャーの運転手が「もう疲れたから行くのはイヤだ」と言い始めました。実は最初に料金を交渉した際は、ルンビニまで行って、記念公園の中を周って30ドル(値段は定かではない)と決めたのです。記念公園を周るリキシャーの値段は一律いくらと決まっているので、「じゃあもういいから、記念公園の分10ドルは払わないよ」と言うと、運転手はそれじゃ少なすぎるとゴネ始めます…ホテルのスタッフに通訳してもらい散々揉めましたが、結局25ドルほど払ってあげる事になりました。まあ3時間大人2人荷物3つを運んで、また3時間かけて帰る訳ですから…ホテルのスタッフも「リキシャーでスノウリから来たの!?」と驚く始末。でもおそらく、彼は1日で1週間分の稼ぎを得たのではないかと思います…

<ルンビニ記念公園>

途上国でのトラブルは何が起こるか想像もつきませんが、そんな時に重要なのは交渉力です。英語が上手ければ良いと言うよりは、臆せず何でもハッキリ主張することが重要かも知れません。途上国の個人旅行はトラブル続きですが、ぜひチャレンジしてみて下さい。

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インドの食あたりその2(2011年編)

2011年の12月、僕らはインドとネパールを周ることにしました。僕は3年前のインド旅行でひどい食あたりに遭い命からがら帰国した経験からインドを訪れるのは正直イヤだったのですが、友人がどうしても行きたいと言うので渋々承諾しました。

詳細は「インドの食あたり(2008年編)」をご覧頂きたいのですが、インドで食べ物にあたるとその悲惨具合は日本とはレベルが違います。下痢と嘔吐を繰り返し身体中の水分が抜けて、高熱でもあるかのようにフラフラして歩くのもままならない程です。もちろん日本で市販している下痢止めや整腸剤は全く効きません。かと言って現地の薬を飲むのも怖いなと思った僕は、ネットでアフリカなどに渡航する方などが予防注射を射ったりする「トラベルクリニック」というものを見つけました。そこで強い下痢止めと抗生物質が手に入るということで、あらかじめ薬を用意することにしました。

トラベルクリニックを訪れ下痢止めセットを10日分ほど購入してお会計に進むと、なんと1万円だと言います。「そんなに高いの!?」と思ったところ、薬の事前処方は症状がないため健康保険の適用外とのこと。お財布は空になってしまいましたが、後々この薬に救われることになります。

こうしてインドに再び足を踏み入れた僕らは、コルカタ〜バラナシ〜サールナート〜クシナガラとヒンドゥー教と仏教の聖地をめぐり、ゴラクプルからスノウリを経由して陸路でネパールに入国する計画を立てました。気をつけたことは、ホテルのミネラルウオーター以外は飲まない、ガイドブックに記載のないレストランで食事しない、町中や駅で売っているものは食べないなど、衛生面を徹底した上で移動もトイレのある飛行機と鉄道のみとしました。

旅はトラブル続き(他のインド関連ブログ参照)でしたが、なんとか予定通りに仏陀が亡くなった地であるクシナガラに到着しました。クシナガラは小さな村で、外国人が快適に宿泊出来るホテルは一軒しかありません。翌日ゴラクプル経由で鉄道でナウタンワまで行きネパールへ抜ける予定だった僕らは、このホテルでランチボックスを作ってくれないか頼みました。メニューはチキン、マフィン、オレンジ、そして何故かおにぎりでしたが、「これで無事にインドを抜けられる」とホッとしました。この弁当が再びの悲劇を導くとは疑いもせず…

<ホテルで注文した弁当>

鉄道の中でお弁当を食べ、ナウタンワからリキシャーでスノウリに入り無事にネパールに陸路で入国した僕は正直作戦勝ちを確信していたのですが、ネパールのイミグレーションで入国手続きをしていると友人が気持ち悪いと言い出しました。僕は何とも無かったのでとにかく急いでホテルへ向かおうとタクシーを探していたら、後ろにいたはずの友人が見当たりません。遥か後方に彼を発見した僕は戻ってどうしたのか尋ねると、なんと路上で吐いてしまったと言います。ホテルの部屋にたどり着くと、今まで一度もお腹を壊したことのなかった彼がトイレから出て来ません。嘔吐と下痢の症状はまさに3年前に僕が経験した「インドの食あたり」でした…しかしまさかホテルの弁当で当たろうとは…やはりインドはインドということでしょうか…

<インドのイミグレーション>

しかしこんな時のために用意した高価な薬です。飲ませておとなしく休んでいたら、友人は丸一日ベッドから立ち上がることが出来なかったものの翌日にはなんとか移動出来る程度に回復しました。まさに薬に救われた訳ですが、一体弁当の何が悪かったのかは謎のままです。彼が食べて僕が食べなかったのはマフィンだと言うのですが、果たしてマフィンでも当たるのがインドなのか、はたまた僕には3年前に抗体が出来ていたのか…いずれにせよインドの食あたりの洗礼からは逃がれられないのだと痛感しました…

<国境近くのホテル>

余談ですが、トラベルクリニックの薬は高いので、薬を用意する時はかかりつけの医院で出してもらう方が安く済むかもしれません。ただインドの食あたりは菌によるものなので、抗生物質がないと効きません。お医者さんには、「インドでも通用する」1番強い薬をリクエストしましょう(苦笑)

「ネパールのストライキ」に続く

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バラナシの「自称ガイド」

2011年の年末年始にかけて、両親の還暦を記念して家族でタイ、カンボジアを訪れたのですが、その旅行と合わせてインドとネパールを旅しました。トータルで19日間に及ぶ壮大な旅になりましたが、今回はインドのバラナシで遭遇した「自称ガイド」のことを書きたいと思います。

インドを訪れたのは人生で2回目でした。初めて訪れた時は食べ物にあたりひどい目にあい、命からがら帰国してもう二度と行くまいと思ったのですが、数年経つとトラウマも薄れていたのでしょうか、またこの恐ろしい国に足を踏み入れてしまいました。今回はバンコクからカルカッタへ入り、飛行機でガンジス川の沐浴で有名なヒンズー教の聖地バラナシへ移動、仏教の聖地であるサールナートとクシナガルを訪れ、そのまま北上し陸路でネパールへ抜ける計画を立てました。移動は飛行機と鉄道で、バスは絶対に使わないようにしました。(体力の節約とお腹を壊した際のトイレを考慮して)

バラナシの空港からホテルまでプリペイドタクシーを利用すると早速車内で彼らの「営業」に悩まされました。「サールナートへ行くんだろう、タクシーで往復するのにとても安い値段で行ってやるぞ、どうだ?」と持ちかけて来ます。絶対にボラれるのは分かっていたので「No,thank you.」と言ってもしつこく営業して来るので、「I want to see the view of the outside, please be quiet.」と突っぱねましたが、インド人はそんな事では諦めるはずもなく、結局ホテルに着くまでずっとこの営業を聞かされ続けました。

バラナシの洗礼にうんざりしつつも何とか逃げ切り、ホテルにチェックインした後、早速ガンジス川を見に行くことにして、ホテルの前でオートリキシャーに乗り込むと、突然1人の男がリキシャーに乗り込んで来ました。

<オートリキシャーと「自称ガイド」の男>

走り出すと「ガンジス川へ行くんだろう?俺に任せておけ」みたいな事を言います。同じリキシャーに乗っているので逃げることも出来ず、諦めているとリキシャーは当初指定した場所とは違う所へ到着しました。どうやらこの「自称ガイド」が運転手を丸め込んだようで、リキシャーを降りると「こっちだ、ついて来い」と…

もう今いる場所がどこかすら分からないので行くしかありません。しばらく歩くと、ガンジス川へ出たのですが、「ここからボートに乗れ、川の上からプジャ(ヒンドゥー教のお祈りの儀式)が見られるぞ」と言います。しょうがないのでボートの値段を聞いてみると、貸切の割に値段は高くなかった(他のこの手のボートは人を満杯に詰め込んでいました)ので、ボッタクリではないのかな…と思いつつボートで約1時間のクルーズ(と言うよりは、漂流?)とプジャの見物をしたのですが、冬のガンジス川は思いの他寒く(まさかインドが寒いとは想定外で)、凍えながらもボートは出発した場所へ戻りました。ボートの漕ぎ手にも「ボート代はボートの所有者が全部持って行ってしまうんだ、だから俺にチップをくれ」などとせがまれました…。岸に着くとさっきの自称ガイドが待っていたので、「これから夕飯を食べに行くから、ラディソンホテルへ行ってくれ、それで君はいくら欲しいんだ?」と聞くと、「Nothing. Because I can get the next chance. You are going to Sarnath(サールナート) tomorrow?」と言います。明日も付きまとうのかよ…と思いましたが、リキシャーもボートもひどくボッタくる事はしなかったので、次の日も彼に任せることにしました。

<ボートとバラナシの風景>

翌日は朝6:00に彼と運転手がホテルに迎えに来て、再びガンジス川クルーズ(漂流?)へ向かいました。それは沢山の人が早朝にガンジス川で沐浴をするので、それを見るためです。2時間の見物を終えてホテルに戻り、朝食を食べてリキシャーでサールナートへ向かいました。サールナートは仏教の四大聖地のひとつで、仏陀が初めて説法をしたとされる地です。サールナートへ向かう車内で、彼に「So, how much is your guide?」と聞くと「As you like.」などと自分はボッタくりガイドではないことを強調します。

サールナートの遺跡を見物し、周辺の寺院をいくつか訪れたあと、リキシャーに乗り込むと、彼は「これから少しショッピングに連れて行くから」と…

狙いはこれか!」と思いましたが、インドで車などをチャーターするとお土産屋に連れて行かれるのは定番なので、とりあえず行ってみました。しばらくするとリキシャーはシルクの織り工房件販売所に着きました。元々インドでシルクのスカーフをお土産に買うつもりだったので、工房で散々本物かどうか店員と揉めて(どうやらちゃんとした品物でしたが)、およそ1万円分のスカーフを購入しました。

<サールナートとシルク工房>

リキシャーでバラナシへ戻る際に、もうさすがに自由に行動したかったので、「ガンジス川へ行ってくれ、そこでガイドは終わりにしていいから」と伝えると、彼はもう十分に目的は果たしたのか、素直にガンジス川の入り口へ僕らを連れて行きました。リキシャーのチャーター代を払うと彼は小声で「And guide….」とちゃっかりガイド代を要求して来ます。「やっぱり欲しいんじゃん」と思いつつ2000円ほどを渡すと彼は嬉しそうにして、「You are very nice person! When you walk around the river, watch your bag. Some people try to steal it.」などと親切なアドバイスまでくれる始末でした。そんなに満足なのだから、さぞお土産屋からのキャッシュバックがあるのだろうと僕は興味がわき、「I will never get angry, so please let me know honestly. How much can you get from that silk shop?」と突っ込んで聞いてみると、彼は満足気に「2%!」と。1万円のうちの2%が彼の取り分ということは…200円?200円のためにこんなことしてるのかと衝撃を受け、そりゃあ2000円のガイド代をもらえれば最高だろうなと納得しました…インドの金銭感覚を知る良い勉強になりました…

強引な自称ガイドの押し売りでしたが、ボッタクることもなくトータルでそんな悪いサービスでは無かったかなと思い、次の日駅に向かうのにタクシーを手配できるか訪ねると、「大丈夫だ、必ず迎えに行く」と。翌朝は朝の列車だったので、早朝に待ち合わせしたのですが、10分前…約束の時間…10分が過ぎ…タクシーが来る気配はありません。「ああ、やられた!!」と思いましたが列車に乗り遅れる訳にはいかず、別のタクシーを探しましたが早朝なので全く走っていません。困っていると、近くに止まっていた観光バスのガイドの人が「どうしたんだ?」と声をかけてくれたので、駅に行かなければならないんだけどタクシーが捕まらないと言うと、彼は1台のオートリキシャーを捕まえてくれました。大きな荷物が3つあるのでちょっと…と思いましたが、なんとか荷物を積むことができ、リキシャーで30分ほど走り、何とか駅にたどり着き事なきを得ました。バラナシには駅が複数あるのでちゃんと目的地が伝わっているのか不安でしたが、観光バスのガイドはどうやらちゃんと運転手に伝えてくれたようです。

かくしてバラナシではインド人の強引さ、たくましさ、しつこさ、あざとさ、無責任、親切など様々な側面を経験しましたが、観光地であるためか総じて歩くだけでも災難が飛んでくるような町です。ガンジス川の周りではボートや両替の勧誘がしつこく、無視すれば「このゴミ!来るな!」などと罵声を浴びせられ、話しかけて来る奴は勝手にガイドを始めお金を要求する…もう周囲のインド人全てが敵に見えます。バラナシを個人旅行で訪れる際は、鉄の意志を持って、断固拒否の態度を示して歩きましょう。「手強い」インド人たちがあなたを狙っていますので(苦笑)

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