「英語を勉強して良かった」1番大切な理由

「英語って、何のために勉強するの?」

皆さんが英語や英会話を学ばれる理由は様々だと思います。「旅行をもっと楽しみたい」「留学やホームステイに行きたい」「受験のシステムが変わる」「仕事で英語が必要だ」「就職や転職で有利になる」「外国人と話してみたい」「外国人の友達や恋人が欲しい」「もうすぐ東京オリンピック!」「シェアハウスに入居したら周りがみんな外国人」…その目的、動機は人によって千差万別でしょう。きっかけや目的が何であれ、英語を身に付ける事はその方々にとっては必ず何らかのプラスになるはずです。僕に至っては、大学時代に父に「学生のうちに留学くらいしておけ」と言われたのがきっかけです(笑)もちろんそれ以前からTOEICくらいは受けないと…と思って単語を覚える程度はしていましたが、本格的に背中を押してくれたのはその父の一言だったのは間違いありません。詳しくは留学時代の体験 「Santa Barbaraその1。」のブログからお読み頂ければ幸いですが、何しろ僕はそのようなきっかけでロクロク会話の経験もないまま留学へ出発し、現地で打ちのめされ自分の情けなさを痛感し、そこから必死に英語の勉強を始めることとなりました。

きっかけはこのような情けないものですが、とにもかくにもその後英語を身につけた事で、次の留学では海外に多数の友人ができ、その後9.11直後の超氷河期の就職活動を勝ち抜き、海外旅行へ行っても不自由なく行きたい所へ行き、やりたい事をやり、食べたい物を食べ、相手を怒らせるまで値切り(笑)、時には英語でケンカをする事も出来ます。今ではネイティブと英語で議論してもそう簡単には負けません。そして何より、いまこうして英語を教えると言う仕事を立ち上げる事も出来ました。まさにあの時の父のひと言が、僕にとってはかけがえのない一生ものの財産となりました。恥ずかしくて口では伝えられませんが、僕はその時の父のアドバイスに、本当に深く深く感謝をしています。日本語しか話せなければコミュニケーションが取れるのはせいぜい1億人と少しですが、英語と言う「世界の共通語」でコミュニケーションが取れる人の数は、少なく見積もっても世界の半分、約35億人に上るでしょう。つまり僕の世界は父のおかげで35倍の広さになったのです。世界を自由自在に旅をして、35億の人々と会話ができ、様々な知識や経験を得て無限の魅力と出会うことが出来る。こんなに素晴らしい事は無いと思います。

しかし、僕が「英語を身に付けて良かった」と思う1番大切な理由は、実は上記したような事ではありません。僕にとっては世界を知ることで、「日本のことを初めて正しく知ることができた」と言うことが、もっとも大切な事だったといま思えることです。

実は僕は若い頃は、いつか日本を出て行きたいと思っていました。こんな経済が低迷し、刺激的な事が少なく、政治家や官僚は悪事ばかりを働き、過労死するほど働かなければならない国に住むのは不幸だと勘違いをしていました。ただ僕がこのように思っていた事は実はそれほど稀なケースではなく、実際に日本の若者は他国の若者と比べて自分たちを幸せだと感じていない、と言う調査データが出ています。つまり日本人、特に若者は日本に生まれた事を「幸せでない」と思ってしまっているのが現状なのです。それは実は大きな勘違いなのですが、残念ながらそれが勘違いだと気付くチャンスや方法が日本の若者にはないのかも知れません。それは日本の教育政策の失敗と、マスメディアがネガティブな内容ばかりを批判的に報道する偏向的な姿勢、そして何より、若者が内向的にならざるを得ない英語教育のレベルの低さに大きく起因しています。

僕は英語が話せるようになってから、色々な国の友人と話をしたり、中々行く事が出来ないような場所にも行けるようになり、個人的に旅行が好きだった事もあり世界各地の様々な場所へ行き、様々な現状や問題を自らの目で見て感じる事が出来ました。そしてその中で、初めて気付くことが出来たのです。「自分は何て恵まれた国に生まれ育ったのだろう」と言うことに。

<これだけの大都市にも関わらず、東京の空は青い。アジアからの観光客は、まず空の色が違う事に驚くそうです。アジアやヨーロッパの大都市の空が青い事は、近年ほとんど無くなりました>

世の中面白いもので、日本に生まれて日本しか見た事がなかった時は、実は日本のことは何も分かっていなかったのです。世界に飛び出して他国と日本を比べた時に初めて、日本は世界の中でもズバ抜けて幸せな国だと気付きました。治安が良く女性が夜に繁華街や住宅街を1人で歩いても何も問題がなく、町は清潔で人々は勤勉で礼儀正しく親切、カフェでバッグを席に残してトイレに行っても盗む人もおらず、電車にスマホを忘れてもかなりの確率で戻って来ます。サービスのクオリティは世界のトップと言えるほど優れており、仕事を探そうと思えば労働者の数より求人の数の方が多い、賃金の水準もバブル期のように世界トップでは無いにしろ、先進国に相応しい十分に裕福な生活を送ることができ、ほとんどの国民が海外旅行を楽しめ、日本のパスポートを見せればビザも免除され疑われることもほとんどありません。世界のトップを争う技術や医療環境も存在し、選挙権も表現の自由も当たり前のように与えられている。自然に恵まれ美しい景色と文化的な財産を持ち、水資源に困るどころか水道の水をそのまま飲むことまで出来る。首都である東京都市圏は人口ベースでも経済ベースでも世界最大の都市で、世界中の料理を楽しめ、世界中のエンターテイメントや芸術がやって来て、手に入らないものの方が珍しく、ありとあらゆる種類の娯楽を楽しむことができ、把握仕切れないほどの新スポットが次々と生まれ、ニューヨークと世界一を争う事が出来るくらい刺激と新しさに満ちあふれています。高品質で新鮮な食材があふれていて、美味しいものがいくらでもあり、和食は世界的にも最も価値のある料理の1つとして世界遺産にもなりました。高級な食べ物でなくてもクオリティが高く、安くて美味しいものが沢山あります(安くても美味しい、と言うのは他国では非常に稀なことです)。アニメや漫画と言ったサブカルチャーは世界中の若者を魅了して日本好きの外国人がどんどん増えていて、逆に海外へ行けば日本人だと言うだけで親切にされたり礼儀正しく扱われる。これだけ恵まれている国は世界のどこにもありません。日本より進んでいる国はおそらく、アメリカぐらいのものでしょう。そのアメリカですら、全ての面で日本より優れている訳ではありません。

<イタリア・ナポリのメインストリート。経済状況が悪化しゴミの回収がままならないそうです>

先進国が集まるヨーロッパでさえ失業率が10%を超える国が続出し、10人に1人は仕事がありません。多くの国は砂漠化と水資源の確保に苦しみ、水道水を安心して飲めるなどと言う国はほとんどなく、移民の受け入れに問題があった国では差別や貧困が蔓延し治安も悪化しています。パリやロンドンでテロが頻発しているのは皆さまもおそらくニュースでご覧になった事があるかと思います。発展途上国では水不足に水質汚染と大気汚染が深刻化しており、他のどの先進国を見ても発展途上国を見ても、日本のように何一つ不自由がない国は1つもありません。

日本人は自らが築いて来た文化、歴史、経済や自然環境にもっと誇りを持っても良いと、僕は思います。これだけ素晴らしい国は見つける事が不可能だ、と言っても決して過言ではないと思います。逆に日本を知る外国人の方が、日本の事をよく分かっていたりします(苦笑)ただ、それは残念ながら、日本にいたら分からないこと、世界へ出てみて初めて気付くことです。その意味で、僕は英語を身に付ける事ができて本当に良かったと思い、もっと日本の良さを世界に発信したい、そして日本の皆さまにも、私たちの住む国のことをより良く知って頂けたら、と思います。そして私たちは恵まれているからこそ、もっと世界に貢献する事も忘れてはならないと感じます。

そのためにも、僕は今後も日本の英語教育を変えると言う目標に挑戦し続けたいと思います。そして日本の未来を創って行く若者に、ぜひ世界に飛び出して見識と経験を広げ、今後の日本をより良くして行って欲しいと願うばかりです。皆さまが世界を知り日本を知る、そのお手伝いが少しでも出来たら幸いです。

Learning the world means learning your own country. Find and love the country where you have grown up. Contribute to and improve your home country and the world.

“Find the world. Find Japan again!”

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“Amazing Grace”と言う歌の意味とその背景

おそらく皆さまも一度はどこかで耳にしたことがあるであろう曲、”Amazing Grace”(アメイジング・グレイス)ですが、この曲は実はキリスト教の賛美歌であると言うことをご存知でしょうか。恥ずかしながら僕もつい先日までは知りませんでした(苦笑)本日はこの曲が持つその意味と、この曲が生まれた背景から僕が考えたことを書いてみたいと思います。

    <AMAZING GRACE (Hayley Westenra)>

“Amazing Grace”は「素晴らしいグレースさん」と言う意味ではもちろんありません。ここで使われている”Grace”とは「神の恵み」「恩寵」の意味であり、日本語に訳すと「すばらしき神の恩寵」となります。神の恵みに感謝することを歌うこの曲は、イギリスの牧師であるJohn Newtonによって1772年に作詞されました。彼がこの曲を作詞するに至った背景には、彼が牧師となる前に行なっていた過去の行いと、それに対する後悔の念が大きく関係しています。

<John Newtonの肖像画>

John Newtonは実は、当初は船乗りとして黒人奴隷貿易によって富を築いていた商人でした。当時の奴隷に対する扱いは想像を絶する家畜以下のものであり、多くの奴隷は輸送中の非衛生的な環境の中でその命を落としたと言われています。彼はそのような罪深いビジネスに従事して富を得ていましたが、1748年のある日、彼の船が嵐により浸水し、沈没の危機に瀕しました。彼はクリスチャンとして育ったものの、救いを求めて本当に心の底から神に祈りを捧げたのは、この時が初めてのことでした。
船は運良く沈没を免れ彼は生き延びることとなりますが、この日を境に彼の考え方は大きく転換し、「奴隷貿易を行なっていたような罪深い自分にも、神は赦しを与えた」ことに対して深く感謝をするようになります。その後もしばらくは奴隷貿易に従事し続けたものの飲酒やギャンブルなどを控えるようになり、1755年にはついに船を降りることを決断し、その後勉学と多額の献金を行い、彼のその経験を伝える事ができるよう牧師へと転身したのです。

こうした後悔の気持ちと、それを赦した神への感謝を述べるために作詞されたのが、今では広く知られることとなった”Amazing Grace”です。”amazing”(驚くべき)の単語が使用されたことからも、彼にとって神の赦しは驚くべきほど深いものだったのでしょう。当初彼が作詞したオリジナルの歌詞には次のように綴られています。

<Amazing Grace(オリジナルの歌詞)>

Amazing grace! how sweet the sound
That saved a wretch like me!
I once was lost but now am found
Was blind, but now I see.

‘Twas grace that taught my heart to fear.
And grace my fears relieved;
How precious did that grace appear,
The hour I first believed.

Through many dangers, toils and snares.
I have already come;
‘Tis grace has brought me safe thus far,
And grace will lead me home.

The Lord has promised good to me,
His word my hope secures;
He will my shield and portion be,
As long as life endures.

Yes,when this flesh and heart shall fail,
And mortal life shall cease;
I shall possess, within the vail,
A life of joy and peace.

The earth shall soon dissolve like snow
The sun forebear to shine;
But,God who called me here below,
Will be forever mine.

<アメイジング・グレイス(日本語訳)>

驚くべき恵み なんと甘美な響きだろう
私のように悲惨な者を救って下さった
かつては迷ったが、今は見つけられ、
かつては盲目であったが、今は見える

神の恵みが私の心に恐れることを教え、
そして、これらの恵みが恐れから私を解放した
どれほどすばらしい恵みが現れただろうか、
私が最初に信じた時に

多くの危険、苦しみと誘惑を乗り越え、
私はすでに辿り着いた
この恵みが、ここまで私を無事に導いてくださった
だから、恵みが私を家に導くだろう

神は私に良い事を約束して下さった
彼の言葉は私の希望の保障である
彼は私の盾と分け前になって下さる
私の命が続く限り

そう、この体と心が滅び、
私の死ぬべき命が終わる時、
私は、来世で得るものがある
それは、喜びと平和の命である

地上はまもなく雪のように白くなり、
太陽は光を失うだろう
しかし、私を御許に召して下さった神は、
永遠に私のものになる

このように、”Amazing Grace”とは、過去の自らの過ちを悔い改め、それを許してくれた神に感謝の祈りを捧げた賛美歌なのです。そして人が過ちを犯したならそれを悔い改め、自らを律して正しく生きて行くべき事を、彼はその賛美歌の歌詞へと込めました。

話が全くそれますが、僕は誰かに「人は何のために生きているのか」と聞かれた時は、こう答える事にしています。

「人は、幸せになるために生きている。人生を楽しむために生きている。」

なぜなら、幸せではない人生、楽しくない人生はウソだと思うからです。人も生き物である以上、その欲望から完全に逃れることは出来ません。食欲、性欲、睡眠欲と言った動物が本能として備えている欲に加えて、「美味しいものを食べたい」「旅行に行きたい」「物を手に入れたい」「他人とコミュニケーションが取りたい」「人に理解されたい」「もっと多くのことを知りたい」と言った、知恵や知識があるからこそ生まれる、人間ならではの欲もあります。僕は一応(というか日本人の大部分は)仏教徒になるかと思いますが、仏陀のように欲を完全に捨てることは、おそらく僕には無理だと思います。

しかし一方で、人間にはその欲を抑えたり他人を思いやると言う「理性」や「倫理観」、「社会性」も同時に備わっています。これは人間がその進化の過程で知恵と同時に培って来た、生命体では人間のみが持つ能力です。人間にはその知恵ゆえの欲望がある一方で、それを制したり反省する知恵もあるのが私たち「人間」と言う生き物と言えます。

宗教もこうした歴史の過程で、人が自らを律したり、生きるべき道を示したり、時に自らの過ちを認め悔い改めるために生まれて来た概念と言えます。僕は特定の宗教を深く信仰するタイプではありませんが、宗教の考え方やその背景にある事実を知ることは「人がどのように生きるべきか」「社会はどうあるべきか」と言う事を考えるきっかけを与えてくれるものです。

<世界にある様々な宗教は人々を導くためのもの>

“Amazing Grace”を聴いたりその歌詞や誕生の背景を知ることで、「人は時には過ちを犯すことが必ずある。そうした際には、その過ちを認め悔い改め、その先にある人生に生かしていくべきだ。」と言うことを、僕はまた1つ知ることができました。皆さまもこの心に染み渡るメロディーを耳にした際は、人には人間のみがもつ「欲」と「理性」が両方とも存在し、それをどのようにバランスを取るべきなのか、そして「人はみな幸せになるために生きている」が、そのためには「過ちは悔い改め正しく生きて行く必要がある」と言うことを、思い出してみて下さい。

We must make mistakes sometimes, as long as we are human being. But we should not give up improving ourselves and realizing our happiness.

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海外でのスマホ通信料を節約する方法

今では世界のどこへ行っても日本の携帯電話が繋がるようになり、非常に便利になりました。しかしスマートフォンを海外で使用すると非常に料金が高いのが悩みの種ですよね。今日は使用頻度に合わせて、スマートフォンの海外での通信料を節約する方法をご紹介したいと思います。

<① 日本と全く同じよう不自由なく使いたい>

これは大手通信キャリアの海外ローミング定額サービスを使うのが最も簡単です。現在各大手キャリアでは24時間あたり980円を支払えば日本のデータ通信枠を利用してインターネットに接続できる「世界データ定額」のサービスが提供されており、使用可能な国では自動的にはデータ通信を開始しない便利なサービスもあります。通信品質も大手キャリアのローミングサービスなので、安定度は抜群です。この方法は最も楽ですが、短期の旅行ならとにかく1週間や10日ともなるとかなりの高額になるのは避けられません。また一部の機種や国がサービス対象外の場合もあり、従量課金制(使った分を払う)でうっかり頻繁に使用するととんでもない料金になる可能性があるので注意が必要です。

<② 電話だけ通じれば良い、メールはホテルで確認>

スマートフォンにはデータ通信のみをoffにする機能があり、これを設定すれば音声通話のみを使用することが出来ます。旅行中は緊急の連絡さえ出来れば十分と言う人にはこの設定がお勧めです。設定方法は機種によって若干異なりますが、だいたい「モバイルデータ通信」の設定項目があり、これをoffにすると音声通話とWi-Fiを除く一切の通信(メール、LINE、インターネットやアプリの通信)が遮断されますので、データ通信料の請求を回避出来ます。海外で1度でも通信してしまえば通信料がかかってしまうので、日本を離れる前に設定しておくと良いでしょう。また最近はホテルや空港、一部のレストランに無料あるいは有料のWi-Fiサービスがありますので、ホテルにいる時のみWi-Fiをonにすれば、ホテルでは無料で(Wi-Fiが無料であれば)メールやLINEをチェックしたり、ネットで必要な情報を調べたり出来ます。ここで誤って「モバイルデータ通信」をonにしないよう気をつけてください。
ただホテルのWi-Fiサービスは(国にもよりますが)電波状況が悪く通信速度にイライラしたり全く使い物にならなかったりするのが難点です。(米国のホテルのWi-Fiはひどいものでした…)

設定→モバイルデータ通信→モバイルデータ通信をoffに設定

<③ 24時間使えなくても良いが、必要な時には通信したい>

常にメールやネットを使える必要はないけど、たまに写真を送ったりメールのチェックや必要な情報を調べたいという方には、Wi-Fiルーターのレンタルサービスがおすすめです。この場合はモバイルデータ通信をoffにした上で、Wi-Fiのみでルーター経由で通信することになります。ルーターが3G対応かLTE対応なのか、またルーターのバッテリー持続時間によって料金にバラつきがありますが、大抵のサービスは通信キャリアの定額サービスより安く設定されていますし、通信品質もしっかりしているのでホテルのWi-Fiより役に立ったりもします。先のアメリカ旅行ではホテルのWi-Fiが使い物にならなかったのでルーターが大活躍し、メールやLINEの他にも、飛行機のオンラインチェックインや、日本のニュースと天気予報のチェック、Googleマップの使用などに非常に役に立ちました。ただ欠点としては、余分な機器を持ち歩かなければならない事と、バッテリーの持続時間が短く、連続使用可能な時間は4時間から長いものでも10時間強ですので、一日中使える訳ではなくあくまで必要な時だけ接続する感じになります。ホテルでは充電器に差しておけば夜はずっと使用出来ます。料金は国によりますが、大体1日500円から容量無制限なら2,000円といった感じ。2人以上なら1台のWi-Fiをシェアすることで、グループのトータルでの通信費はだいぶ節約可能です。

このようなWi-Fiルーターをレンタル出来ます。モバイルデータ通信をoffにした上で、ルーターにWi-Fiで接続

<④ とにかくお金は払わないが、メールだけはチェックする>

お金を一切払わない方法もあります。スマートフォンの「機内モード」をonにしてしまえばWi-Fi以外の通信は一切遮断されますので、通信料も電話代もかかりません。通信はホテルや空港の無料Wi-Fiサービスを利用すれば、朝と夜の2回くらいはメールなどをチェックできますし、調べごとなども出来ます。また通信を必要としないアプリ(音楽・ビデオやカメラ、アラームと世界時計、電卓、為替計算アプリ、情報内蔵型の辞書、メモ帳など)は使う事が出来ますので、通信を除いたスマートフォンの機能を最大限活用出来るでしょう。ただ通信はホテルのWi-Fiの品質次第ということになります。

機内モードをonにすれば、一切の通話・通信が遮断される。ホテルの無料Wi-Fiを使えば通信料はかからない。

<⑤ 現地のSIMカードを購入する>

SIMフリーのスマートフォンを持っているかレンタルすれば、現地のSIMカード国際SIMカードを購入して現地の通信キャリアの料金で通話・通信出来るので料金は大分安く抑えられます。最近の新機種は数千円の手数料をキャリアに支払えば、SIMロックが解除できる機種が増えています。オンラインで手続きすれば、購入後数か月で無料でSIMフリーに出来るケースも一般的になって来ました。また近年の最新機種は物理カードを差し替える必要のない「eSIM」機能を内蔵しており、旅行前の購入や日本のSIMと現地SIMとのデュアルスタンバイも便利になって来ました。デュアルスタンバイを利用することで、電話は日本の番号で着信を受けながらデータ通信だけ現地のキャリアに接続すると言う使い方が可能で、SIMカードやeSIMのプラン次第では旅行あたり1,000円以下(容量制限アリ)に抑える事が可能です。

デメリットとしては物理SIMカードを差し替えると現地の電話番号が割り当てられることになりますので、デュアルSIM機能を持たない携帯は日本の番号の着信を受けられないことになります。またSIMの選択次第では通信が出来ても不安定だったり、通信速度が著しく低速な場合もあります。最悪のケースでは、お持ちのスマートフォンがSIMカードが接続するキャリアの周波数に未対応のケースもありますので、十分に理解をしてから購入することも必要です。ビジネスで渡航して頻繁に通話や通信をする方や二週間以上の長期滞在をされる方、海外渡航慣れをしている方にはこの方法はベストですが、短期の旅行であったりテクノロジーに不慣れな方にはデメリットが多い知れません。旅行中にSIMカードを購入したり設定をする手間も、時間がもったい無いかも知れませんね。

以上様々なパターンをご紹介しましたが、みなさまが渡航先でどれだけ携帯電話を使いたいかによってその選択は変わってくるでしょう。街を歩き回るのや出張に地図が必要ならローミングや海外SIMが便利でしょうし、グループや家族の旅行なら人数が増えるほどにWi-Fiルーターは節約を可能にします。リゾートホテルでゆっくり過ごすのであれば、きっとホテルのWi-Fiで十分なことでしょう。ツアーに参加するのであれば緊急の電話以外は必要無いかも知れませんし、添乗員がWi-Fiルーター接続を提供してくれる場合もあります。せっかくの旅行を携帯に邪魔されたくない方も多いのではないかと思います。

皆さんの旅行のスタイルに合わせて、是非研究してみてください!

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ハンバーガーを単品で頼むときは (ボストン編)

海外でファストフードのレストランなどで注文をする際には大体のお決まりフレーズがあり、例え英単語や文法がしっかり分かっていたとしても、こう言った「型通りのフレーズ」を使わないとなかなか通じないことがたまにあります。特に移民国家であるアメリカでは、アルバイトスタッフは貧困層で英語のネイティブスピーカーでないことも多いため、慣れない表現を使うと相手も理解出来ないことがよくあります。

例えば日本では「持ち帰りたい」は「テイクアウト」ですが、これはかなりの和製英語で、使用しても通じない可能性が高い表現です。だいたいアメリカのファストフードのお店では店員に”For here or to go?”=「ここで食べるのか、持ち帰りですか?」と聞かれるのが一般的です。またお会計では”Cash or charge?”=「現金ですか、カード払いですか?」も頻出の決まり文句です。”to go”が持ち帰り、”charge”はカード払いと知っておかないと、ファストフードとは言え四苦八苦する可能性もあります。また「フライドポテト」は”french fries”、「バリューセット」は”value meal”と、日本で使われている表現とはだいぶ違うものもあります。本日は僕が若かりし頃に大失敗した「ハンバーガーを単品で」頼むためのフレーズを、エピソードと共にご紹介したいと思います。

僕がボストンに短期留学をしていた2001年の8月(9.11のテロの直前でした)のある日、夜に語学学校に帰る前に小腹がすいた僕は、マクドナルドでハンバーガーを単品で買って、路面電車の中で食べながら帰ることにしました。僕はお肉が大好きなので、大きなお肉の入った「クォーターパウンダー」と言う大きなハンバーガーを注文したのですが、「単品で頼む」と言うことをそれまでした事がありませんでした。当時の僕はTOEICのスコアも800点を越えており、日常会話はほぼ問題ないレベルで、セットのことを”meal”と呼ぶことも知っていたのですが、「単品で」と言うのは何と言うか、考えたこともありませんでした。中途半端に英語力があったため、「セットじゃなくて」と言えば通じるだろうと考えたのが最大の失敗でした。

<バリューミールがセットの意味と知ってはいたものの>

店員に向かって、”One Quarter Pounder please, not meal.”=「クォーターパウンダー1つ、セットじゃなくて」と言ったのですが、それを聞いた店員がけげんな表情をして、”Not meal?”と聞き返して来るのです。僕は単品で欲しかったのでもう一度、”Not meal.”と繰り返したところ、後ろのスタッフと相談を始めてしまいました…。ですが相談を受けた調理担当スタッフが手でOKサインを出したので、「やれやれ、理解したようだな」と思ったのですが…。

クォーターパウンダーの代金を支払いハンバーガーをテイクアウトした僕は路面電車に乗り込み、楽しみにハンバーガーの箱を開けたのですが、そこには衝撃的なものが入っていたのです…クォーターパウンダーの「お肉の入っていない」ハンバーガーが…(汗)

Quarter Pounderは肉好きのためのメニューのはず…>

ハンバーガーのバンズの間には、何と野菜だけが挟まっていたのです…(汗)そう、”Not meal.”が彼には”Not meat.”に聞こえてしまったようで…。「クォーターパウンダーを注文して”Not meat.”なわけねーだろ!(汗)」と思いましたが、僕の発音がイマイチだったのと、慣れない言い方をされたため店員側もピンと来なかったのでしょう…。もしかしたら英語のネイティブではなかったのかもしれませんが、それにしてもクォーターパウンダーを「肉なしで」と注文するやつがどこにいるんだ?とおかしいやら呆れるやら…(苦笑)ただ、ここは相手の聞き慣れない言い方をした僕も未熟だったのは認めざるを得ません。その「肉なしクォーターパウンダー」はまあとりあえず食べましたが、しっかりクォーターパウンダーの代金を払って肉なしハンバーガーを注文するわけないだろう…と今でも思います…一生忘れられない「肉なしハンバーガー事件」の笑い話になってしまいました(笑)

<単品メニューには”SANDWICHES”と記載されている>

ハンバーガーを単品で注文する際は”Just Sandwich.” = 「サンドイッチだけ」と言うのが一般的です。「ハンバーガーなのになぜサンドイッチ?」と思われるかも知れませんが、アメリカではハンバーガーはサンドイッチの一種、という扱いです。実際、マクドナルドのメニューの看板には”Hamburgers”ではなく”Sandwiches”と記載しています。この「ハンバーガー」=「サンドイッチ」であることを知らないと、またまた店員と会話が噛み合わなくなります。例えば、”One hamburger, please.”と注文すると店員は必ず”Just sandwich?”=「サンドイッチだけ?」と聞き返して来ます。この時にサンドイッチがハンバーガーを指している事が分からないと、おそらく “No, hamburger!” と返してしまい、店員も会話がつかめなくなってしまうでしょう。たかがファストフード、されどファストフード…お決まりの現地で一般的なフレーズを知っておくのも、意外に大事だったりします。そうしないと、僕のように「肉なしハンバーガー」が出てきてしまうかも知れません(苦笑)

覚えておきましょう。「ハンバーガーを単品で」は、

“Just sandwich.”

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「ネイティブ講師」と「外国人講師」の違い

「外国人講師」=「ネイティブ」ではない

おそらく皆さまが電車内の吊り広告やTVのCM、インターネットのホームページで英語を教える講師の説明で、この2つの表現を良く見かけるかと思いますが、この2つの違いを十分に知っておかないと、もしかしたら詐欺のようなレッスン代を支払ってしまう可能性があります。今日はこの2つの違いと定義について、明確にご紹介させて頂ければと思います。

外国人講師??

「外国人講師」とはその日本語の通り全ての国からの「外国人」を指している言葉であり、当然、その外国人の母語が英語であるとは限りません。フィリピン、インド、シンガポール、フィジー、インドネシア、バングラデシュ、ドイツ、ブラジル、デンマーク、トルコ…こう言った国の出身者は全て「外国人講師」と呼ぶ事が出来ますが、もちろん彼らの本当の母語は英語ではなくそれぞれ各国の言葉の元で育ったはずであり、正確に表現するなら「日本人を除いた英語を上手に話せる人」となります。また更に酷いパターンでは、アメリカ国籍やカナダ国籍と大々的にアピールしておきながら、実はこれらの国籍を持つ日本人と言うパターンも見かけます。これを本当に外国人と呼んでも良いものでしょうか。

上記のような国の外国人や外国籍を持つ日本人から英会話を学ぶと言うことは単に「英語が上手な人から学ぶ」だけのことであり、それは英語が上手く話せる日本人から英会話を学ぶのと何ら変わりはありません。それならむしろ、文法や単語を日本語で説明することができる日本人講師から英語を学ぶ方がはるかに効率が良いです。彼らの母語は英語ではないため、どんなに上手く英語を話せる外国人だとしてもその発音・文法や使い方に間違いがある可能性は相当に高く、大手のスクールで複数の講師から英会話を学んでいると「A講師とB講師で言っている事が違う」などと言う話もよく耳にします。ただ「外国人」だと言うだけで日本人講師より格段に高いレッスン代を払うことは、正直なところ無意味に高い買い物であると言わざるを得ません。またこうした英語を母語としていない外国人講師を「ネイティブ」と表現して広告しているのであれば、それは法律上でも詐欺と呼ばれるべきものです。

ネイティブ講師

では、「ネイティブ講師」とは上記のような外国人とはどう違うのでしょうか。そもそも”native”(ネイティブ)と言う単語は「生まれつきの、母国語の」と言う意味であり、「ネイティブ講師」と言うのは「英語を母語として育った講師」と言うのがその言葉の定義です。つまりネイティブ講師であればその使用する英語が間違っている可能性は限りなく低く(ゼロではありません)、正しい英語を学ぶことができるのは外国人講師ではなく「ネイティブ講師のみ」であると言えます。英語は世界の共通語となりましたが、一定以上の大きさで英語が完全な母国語となっている国は実は世界には6つであり、アメリカ合衆国、カナダ、イギリス、アイルランド、オーストラリア、ニュージーランド出身の講師だけが「ネイティブ講師」と言う定義に当てはまります。(他の国に住むネイティブスピーカーもいますが、英語がその国の母国語となっていると言う定義からは外れます。)

<英語を母国語とする国々>

ですが、ここで1つ気をつけたい点もあります。例えこの6つの国の出身であったりその国籍を持っていたとしても、その講師が本当に英語を母語として育ったかどうかは実は100%確かではありません。これらの国には他国からの移民が多く流入しており、これらの国の中でも実は他の言語(スペイン語、ドイツ語、フランス語、中国語、イタリア語など多数)を母語として育っている人間も多く、上記した「アメリカ国籍の日本人」もそうですが、本当の意味での「ネイティブ講師」とは呼べない場合も多数あります。こう言った講師を「ネイティブ講師」として宣伝するのは実質的に嘘であり、その講師が本当に英語を母語として育ったのかをしっかりと確認することが必要です。

外国人講師とネイティブ講師を混ぜている事も

多くの英会話スクールではネイティブ講師と外国人講師を明確に区別していない場合が多くネイティブ講師に習っても外国人講師に習ってもレッスン代が同じということがほとんどで、ある日はネイティブ講師、ある日は他の外国人講師、と言うパターンまであります。外国人講師のレッスン代がネイティブ講師のレッスン代と同じであるのは明らかに詐欺に近いものであり、そのような環境に費用をかけるのは「無意味に高額な料金を支払わされている」と言わざるを得ません。また、オンライン英会話の講師のほとんどはコストカットのため現地在住のフィリピン人であり、いくらリーズナブルであるとは言え正しい英語を学べる可能性は相当に低く、講師も日替わりでただのおしゃべりをアルバイト感覚で行っていることがほとんどです。こうしたおしゃべりをするだけの「チャットレッスン」は上級者が英語のスピーキングを練習するための聞き役になってもらうなら意味がありますが、初級・中級の方や正しい英語を学びたい方にはただおしゃべりをするだけのチャットレッスンはほとんど効果がありません。フィリピン、フィジー、インドといった国では英語は「公用語」であり、それは国内に複数の言語が存在するため共通の言語として英語が使われているだけなので、当然それは彼らの「母語」ではありません。普段は別の言葉を使っている人間がレッスン時のみ英語で話しているだけであり、そうした環境で正しい英語を学ぶことは不可能であるばかりか、間違った英語を使う習慣がついてしまうと言う点においてマイナスですらあります。一度つけてしまった間違った習慣を後から矯正することは容易ではありません。

上記の理由から、SSEAでは日本人講師と異なるレッスン代を頂いて英会話のレッスンを行う資格があるのは「英語を母語とするネイティブ講師のみ」であると考えております。当スクールでは英語を母語として育った本物のネイティブ講師のみを厳しい面接で精査の上で採用しております。ぜひ「講師プロフィール」のページにてそのプロフィールをご参照ください。

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本気の留学ならアメリカに行くべき10個の理由

一言で「留学」と言っても、中高生のホームステイ体験から超一流大学でのMBA取得まで、その内容は様々です。英語を学ぶのが目的なのであれば、英語圏の国ならどこへ行っても良いだろうと思うかも知れません。また、近年ではフィリピンやフィジーといった格安で語学留学できる国も人気です。(ただし、フィリピンやフィジーでは英語は「公用語」であり、「母国語」ではありません。)

ですが、本気で様々な実力を養いたいのであれば、僕は留学先はアメリカを選ぶべきと考えます。それはホームステイであっても、語学留学であっても、大学院への進学であっても同じです。今日は僕がそのように考える10個の理由について、ご紹介したいと思います。

①研究のレベル

まず、大学・大学院へ留学するのであれば、世界の研究の最先端を走っているのは間違いなくアメリカです。ここで幾つかのデータをご紹介したいと思います。

【世界大学ランキング2018(THE)】

1位 オクスフォード大学(イギリス)

2位 ケンブリッジ大学(イギリス)

3位 スタンフォード大学(アメリカ)

3位 カリフォルニア工科大学(アメリカ)

5位 マサチューセッツ工科大学(アメリカ)

6位 ハーバード大学(アメリカ)

7位 プリンストン大学(アメリカ)

8位 インペリアル・カレッジ・ロンドン(イギリス)

9位 シカゴ大学(アメリカ)

10位 ペンシルバニア大学(アメリカ)

1位と2位がイギリス…なら、イギリスが良いんじゃない?と思われるかも知れませんが、もう少ししっかりと全体像を見ると違うことが見えて来ます。上位20校の大学の数を国別に見てみると、

アメリカ 15校

イギリス 4校

スイス  1校

と、アメリカの大学が圧倒的に多いことが分かります。更に、海外の大学で学ぶ価値のある分野の1つである経営学修士(MBA)に限って見てみると、

【Financial Times MBA Ranking 2018】

1位 Stanford Graduate School of Business(アメリカ)

2位 Insead(フランス・シンガポール)

3位 University of Pennsylvania: Wharton(アメリカ)

4位 London Business School(イギリス)

5位 Harvard Business School(アメリカ)

6位 University of Chicago: Booth(アメリカ)

7位 Columbia Business School(アメリカ)

8位 Ceibs(中国)

9位 MIT: Sloan(アメリカ)

10位 University of California at Berkeley: Haas(アメリカ)

2・4・8位以外は全てアメリカの大学で、総合ランキングで1位と2位のオクスフォードやケンブリッジは10位以下です。更に、The Economistのランキングでは上位10校は全てアメリカの大学が占めています。

また、もう1つ、海外で学ぶ価値があると考えられる理工系、特にコンピューターサイエンスや宇宙科学の分野は、分野毎に見ることが難しいので、次のような指標を見てみてください。

【世界の国際特許出願件数 国別ランキング2019】

1位 中国     59,005件

2位 アメリカ   57,723件

3位 日本     52,665件

4位 ドイツ    19,329件

5位 韓国     19,085件

6位 フランス    7,929件

7位 イギリス    5,774件

8位 スイス     4,607件

9位 スウェーデン  4,189件

10位 オランダ    4,033件

近年1位は中国となりましたがこの数字の中には基幹技術ではないものが多いためここでは割愛します。アメリカが世界の重要な技術のほとんどを占めている状況は過去半世紀に渡り変化しておらず、その次に続くのは大学ランキングでは全く名前の出てこなかった日本で、この点も長らく変化していません。つまり日本では、研究開発は大学よりも民間企業を中心に行われていることが分かります。英語圏で2番目に名前の出てくるイギリスの出願数はアメリカの10分の1にとどまり、傾向としてむしろ上位3か国とその他の国の差は年々拡大しつつあります。近年日本の技術力低下を叫ぶ風潮がありますがあくまでそれは一部の情報分野と商業ベースで見た偏向的な視点であり、世界の基礎研究と基幹技術の90%以上は未だ日米で占められています

<半導体の製造も基幹技術は欧州1社以外は日米の技術の寡占>

また、あくまで大学の研究開発のみを指標として見るのであれば、この様な数字もあります。

【ノーベル賞(自然科学分野)の2000年以降の受賞者数】

1位 アメリカ 59人

2位 日本   16人

3位 イギリス  10人

4位 フランス  7人

5位 ドイツ  6人

6位 イスラエル  5人

※ 以下、人数が少ないため省略

以上のように、物理・科学・工学・医学でもアメリカでの研究は群を抜いていて、技術分野で次に続いているのは日本である事が分かります。つまり、日本より研究が進んでいる、あるいは日本では勉強が難しい自然科学分野を勉強するなら、やはりアメリカのみが選択肢と言うことになります。

②学生のレベル

①で見てきた研究開発のレベル以上に大きな要素と考えられるのが、集まって来る学生のレベルと多様性です。移民国家で様々な人種が混在しながらも、人口が3億2千万を超え、そこに世界中から各国のトップの学生が殺到するアメリカの学生のレベルと多様性は、他の国とは比較にならないと言っても過言ではありません。英語圏の国々の人口を見てみても、

アメリカ    3億2,300万人

日本(※参考) 1億2,700万人

イギリス    6,400万人

カナダ      3,600万人

オーストラリア 2,400万人

ニュージーランド 476万人

アメリカの人口は他の英語圏の国々よりも圧倒的に多いことが分かります。その数は日本の3倍イギリス比では5倍にも上ります。当然、競争は熾烈を極めており、トップ大学のレベルはそれに比例して高くなります。

また、外国人留学生の数を見ても、

アメリカ      975,000人

イギリス      312,000人

オーストラリア   348,000人

カナダ      19,5000人

とアメリカが群を抜いており、MBAランキングなどを考慮すればその質も他国とは比較出来ないと考えられます。つまり数を見ても質を見ても、アメリカに集まる学生のレベルと多様性は圧倒的と言えるのです。例え英語学習のみが目的の語学留学だったとしても、米国の大学への進学を目指す質の高い学生との交流は、大きな刺激や経験となることでしょう。

③イノベーションは常にアメリカから始まる

上記した数字以上にアメリカの凄さを象徴しているのは、「イノベーション」が常にアメリカから始まるという点です。これは金融のメソッドから新しいコンピューターソフトウェアの開発、宇宙工学の研究や開発に留まらず、電気自動車に代表されるテスラ・モーターズや民間宇宙開発の先頭を走るスペースXのようなベンチャー企業、世界で初めて「LCC」と言うカテゴリーを具現化し、世界の空の旅を身近なものにしたサウスウエスト航空、自動運転車やハイパーループのような社会的実験、州ごとに法律や規制が異なり、州政府に一定の裁量権が与えられている地方自治のあり方のような社会制度の仕組みに至るまで、新しい技術や発想のほとんどがアメリカで誕生しています。

身近な例で言えば、AppleのiPhoneや検索サイトのGoogle、SNSのFacebookはその象徴的な例と言えるでしょう。初めてスティーブ・ジョブズがiPhoneを発表した時、正直僕は「こんなボタンも無くて入力がしずらい携帯電話が売れるのか」と思いました。しかしいつの間にか、iPhoneが創造した「スマートフォン」と言うデバイスはもはや生活の全ての基準となり、近年の若者はスマホのせいでPCを使わなくなったとまで言われています。実は、iPhoneを分解してみると、大半の部品は日本製、あるいは日本製の製造装置を使って作られています。日本の技術がなくては製造すら出来ないかも知れないのが実はiPhoneなのですが、重要なのはそこではなく、「スマートフォン」と言う発想を生み出し世界の基準の全てを変えたのが、たった1人の天才によって成し遂げられたと言う点です。日本には技術はあったが発想がなかった、そこが決定的な差になったのが現実で、こうした新しい、他人が考えなかった発想=イノベーションがほとんどアメリカで生まれていると言う事実を、私たちは認識する必要があるでしょう。また同時に、「なぜイノベーションはアメリカでばかり生まれるのか」についても知らなければなりませんが、そのためにはやはり、まずアメリカと言う社会を肌で感じ、何が他の国と違うのかを考える必要があります。人種の多様性による産物なのか、教育レベルの高さ故なのか…ただ、人種が多様で教育水準が高いだけの国なら他にもたくさんありますので、それとは異なる、自由な発想を生む何らかの下地があると考えるべきでしょう。そうした環境の中へ留学に行く事こそが特別な経験と言えます。その意味で、アメリカで勉強する事の意味は、他の国でのそれとは全く違うことなのです。

④留学の目的は学位だけでなく人脈と経験

留学と言えば勉強すること、とは限りません。実際、MBAを取るためにアメリカの大学を選ぶ理由はその学位の名声よりむしろ、世界中から集まる超一流の人材と触れ合う経験と、そこでのみ築くことが可能な高レベルでの人脈作りだと言われています。

学校で勉強する、というのはあくまで机上の空論です。もちろんMBAのプログラムでは実際のビジネス環境や成功例を取り上げて勉強しますが、そのクラスにおいても実は大切な要素はそのクラスに集まっている学生の質です。世界中の一流企業からのトップ人材が集まるプログラムの中で議論したり他国の状況を学んだりするからこそ価値があるのであって、逆に言えば一定の地域からの留学生しか集まらない環境は、あまり参加する価値があるとは言えません。アメリカは世界のトップだからこそ世界中から一流のトップ人材が集まるのであり、逆に言えば一流の人材であればあるほど、アメリカ以外の大学を選択しません。つまり本当の一流の人材と触れ合い刺激と経験を獲得すること、その環境によってのみ作り出される高いプログラムや教育環境の質、そしてそこで築かれる最高の人脈は、アメリカにのみ存在すると言っても決して過言ではないのです。
これは何もMBAに限った事ではなく、例え英語の学習のみが目的の語学留学であっても、基本的な環境は類似しています。向上心が高い人材なら当然、質の高い学生が集まる国での勉強を選択しますし、語学学校にはアメリカの大学への進学を目指す1流の学生も多数在籍しています。そうした学生と出会い、触れ合う事で受けることの出来る刺激と経験は、きっと他のどの場所よりも貴重なものとなり、あなたの向上心や目標を高めてくれることでしょう。

⑤世界の縮図アメリカ

アメリカと言う国は、おそらく世界で最も多様性のある国です。世界中から人が集まる場所ですので、人種・国籍・宗教・バックグラウンドから信念や哲学・考え方に至るまで、ありとあらゆる「異なるもの」が1つの国の中に混在しています。良い人もいれば悪い人もいて、大富豪もいれば貧しい人もいる、世界のすべての宗教が存在し、もしかしたら世界の全ての国の出身者がいるかも知れません。当然、差別や争い事もあり、人種差別、宗教対立、保守とリベラルの意見の対立、貧富の差の拡大など、世界のあらゆる問題がアメリカ国内に同じように存在しています。そしてそれに人々がどのように取り組んでいるか、と言う点も知る事が出来るでしょう。

つまり、それは良くも悪くも「世界の縮図」なのであり、世界を感じて理解を深めるのにはこれ以上の場所はおそらくないでしょう。日本ではあまり感じることが出来ない「他人と自分は異なっている」という事が当たり前のように存在する、それは今後の国際社会、そして外国人観光客や労働者の増加が見込まれる日本が、いま一番学ばなければいけないことです。「異なる人間とどう共存するか」は、アメリカの良い所も現状の問題点も両側面を自分の目で見て感じることで、初めて現実の問題としてしっかりと考え直すことが出来るのではないでしょうか。

⑥フロンティア精神とチャレンジスピリット

イノベーションのほとんどがアメリカで起こっている背景にある要素の1つは、アメリカ建国の歴史にあるのかも知れません。それはよく「フロンティア精神」「チャレンジスピリット」と言う言葉で表現されます。

アメリカへ最初に移民をした西洋人は、当初は各国のカトリック達が入植しましたが、それに続いたのはイギリスで宗教的に迫害を受けていたピューリタン達でした。彼らは自分たちが生活できる新天地を求めて、まだ良く知られていなかった未開の地である北米大陸へと、船で大西洋を横断して渡りました。おそらくそれは、当時は命がけの挑戦であったことでしょう。その後もアメリカの人々は、合衆国の建国、イギリスからの独立、西部フロンティアの開拓、南北戦争による奴隷の開放と、挑戦の歴史を歩んで来ました。もちろんその過程でネイティブアメリカンの土地を奪ったり虐殺したという負の歴史もありますが、負の歴史を全く持たない国など、世界には存在しないでしょう。

こうした「挑戦の歴史」の中で培われてきたのが、おそらくリスクを恐れず挑戦すると言う「フロンティア精神」なのかも知れません。もともと国家のない場所に、自由と平等と言う理念と星条旗の元に、様々な人種や国籍の人々が1つになる事を目指して築き上げたのが、アメリカ合衆国と言う国家です。(本当に自由と平等が達成されているか、についてはもちろん議論の余地はあります。)つまり、様々な人種も環境も異なる人々が共通の理念の下で国家を形成しているのがアメリカであり、「昔からそこに住んでいたから自然と成立した国家」とはその誕生の過程が全く異なっています。一つの理念=目標を達成するために既存の考え方や特定の文化から抜け出し、新しい発想で理念を達成しようとして来た「挑戦の歴史」が、今もiPhoneやGoogleと言ったイノベーションを起こす下地の要素の1つとなっているのは十分な可能性と言えるのではないでしょうか。こういった「既存の文化や発想に捉われない」「目標・理念のためにリスクを恐れず挑戦する」と言った姿勢が、政治や経済においてアメリカを世界のトップへと押し上げてきたという経緯を私たちは知る必要があり、そうした自由な発想と創造力を今後は自分たちも養って行かなければなりません。そのためにも、日本の多くの若者に、アメリカで英語や学問・技術、そして「アメリカ合衆国」と言う国について学んで欲しいと願うばかりです。

⑦日本で学べる事は日本で

「英語や学問は海外で勉強するほうが良い」と思いますか?実はそれは正解でもあり不正解でもあります。

例えば、海外で1年間ワーキングホリデーをした人間と、日本でコツコツと2年間英会話を自力で勉強した学生を比較すると、「国内で学んだ学生の方が英語が上手だ」という事が良くあります。ワーキングホリデーとはその名が示す通り「休暇」です。現地でアルバイトをしたとしても、仕事で使うフレーズは毎日お決まりの、英会話のごくごく一部に過ぎません。カフェや農場でアルバイトをしても自分で英語を勉強する努力が無ければ、おそらくちゃんとした「会話」をすることなく遊んで帰って来るだけの結果になるでしょう。英語の勉強だけなら日本でも十分にできます。要は本人の意識と努力次第です。

また、技術系に関して言えば、日本が研究のトップを走っている分野もたくさん存在します。そうした技術を身につけたいのであれば、海外の名もなき大学に入って母国語でない言語で技術を学ぶより、その分野で研究成果を上げている日本の大学や企業へ入る方が遥かに良いでしょう。

留学は何でもとにかく海外に行けば良い、と言うものではありません。留学の目的をはっきりとさせ、日本では学べない知識や経験を学びに行くものです。ただ「海外に行ってみたい」というのが動機の留学の多くは失敗に終わります。日本で学ぶべきことは日本で、日本で取得すべき学歴は日本で取得した上で、プラスアルファで日本で学べないことを学びに行く必要があります。もしカナダ人になりたいのであればカナダの大学に入って現地で就職し、カナダ国籍の取得を目指せばそれで良いと思います。もしフランス人になりたいのであればフランスで同じようにすれば良いでしょう。ですが、「日本人として」国際感覚や技術を身につけたいのであれば、まず日本でやるべきことをやり、その上で高い志をもって留学へ出発しましょう。そして、高い志があるのであれば、ぜひ世界のトップを肌で感じてみてはいかがでしょうか。

⑧社会の「未来」を学ぶ場所

アメリカは良くも悪くも、世界で最も進んでいる国です。イノベーションや先端技術、金融の新しいメソッドが次々と生まれる一方で、様々な社会問題や人格障害、悲惨な犯罪が最初に発生するのもアメリカです。つまりアメリカを知るという事は、良い点も悪い点も「自分とその国の将来を考えること」でもあるのです。アメリカでこう言う問題が起こっている。いつか日本でも起こるだろう。じゃあその時、自分たちはどのように取り組んだらよいか、そう言ったお手本として、あるいは反面教師として、良くも悪くも自分たちの未来を考え学ぶことができる国と言えます。

日本にはアメリカより優れている側面もたくさんあります。いくつかの技術や製造業の質、社会の安定性や治安などは単純に比べれば日本の方が優れているでしょう。しかし、アメリカは全体的に日本の15年先を走っていると考えて下さい。もしかするともっと前を走っているかも知れません。アメリカで発生する問題は、次は日本でも発生します。例えば、電子産業はまずアメリカで発達しましたが、その主導権は1980年代以降日本に移り、そして2000年代になると韓国へ、現在は中国へと移行しつつあります。中国の後はインドや東南アジアに移るかもしれません。その間にアメリカは産業構造を変革し、金融やサービス業、最先端のITビジネスやベンチャー企業を発達させて来ました。アメリカではすでに、宇宙開発さえも民間企業に移行しつつあります。日本はまだ、それを追いかけている状況です。追いつくことが出来るかどうかは誰にも分かりません。しかし、後ろからも追われている以上、日本も未来について学び、社会や産業を進化させて行かなければなりません。「日本より前を走っている国がある」、その国を研究して追いかけない理由はどこにもないのです。

⑨「平等」とは何かを考える

アメリカは「平等」とは程遠い国だ、そう思いますか? 確かに、貧富の差は激しく、大富豪がプライベートジェットで移動する一方で、貧しい暮らしに困る人も多いのは事実でしょう。

では、貧富の差が少なく、国民がみな同じような水準で暮らしていれば、それは本当に平等と言えるのでしょうか。僕はそれはおかしいと思います。頑張ったら報われて、努力しなければ結果は付いて来ない、社会はそうあるべきだと思います。もちろん、生まれつきの貧富の差で有利不利はあるでしょう。しかし少なくとも、「機会」は全員に開かれている、それがアメリカという国です。頑張って勉強すれば奨学金がもらえますし、創意工夫でビジネスを起こせばゼロからだって成功できる。そのような「機会の平等」があるからこそ、努力の差によって貧富の差が生まれるのがアメリカと言えます。実は、アメリカは貧富の差が大きいと言いますが、アフリカ諸国のように仕事も食べ物もない、という訳では決してありません。貧困層向けの職業訓練やボランティアのサポートなど、社会のセーフティネットはちゃんと存在します。「恵まれない環境に生まれたから貧乏だ」、と愚痴を言うのは簡単ですが、チャンスは実は誰にでもある。愚痴を言う時間があるならその時間を努力に使えば良いだけの事です。平等とは誰もが同じように暮らすことではないのだ、むしろ全員が同じであることの方が異常なのかも知れないと気付かされます。

「頑張ったら、報われる。頑張らなければ、当然報われない。自分の人生は、実は全て自分次第である。」こんな簡単なことですが、意外と気づかないものです。特に貧富の差が比較的小さい日本では。頑張っても頑張らなくても結果があまり変わらない国というのは、実は非常に危険な状態なのかも知れません。頑張ってもあまり報われない国であれば、頑張る人が減って行き、優秀な人材は海外へ流出して国の成長エネルギーは徐々に失われてしまうでしょう。アメリカでは初の黒人大統領も誕生し、大企業の女性CEOも数え切れないほどです。果たして日本とアメリカで、平等を達成している国はどちらでしょうか。「平等とは何か」、アメリカではそれを考え直す機会も得ることができると思います。

⑩帰国後のキャリア形成

留学はいつか終わるもの、留学に行くのであれば当然、留学後の進路やキャリアを考える必要もあります。留学に行って現地で就職し、日本に戻らないつもりであればそれはそれで良いでしょう。

しかし残念ながら、現実はそんなに甘くはありません。現地の国籍を持っていなければ当然、「外国人」として現地で働くことになります。当然、現地のネイティブより出世したり同等の待遇を手に入れることは、相当に難しいことです。同じ能力なら、現地の人間の方が高く評価される。残念ですが当然と言えば当然です。現地で就職したけど、次の契約をもらうことが出来なかった。当然、労働ビザは切れてしまいます。そうなると、現地のネイティブと結婚する以外には日本に帰国するしかありませんが、帰国してからの就職も困難を極めます。例えば、日本の大学に入学せず海外の名もなき大学に入って卒業した場合、日本の企業ではそれは大卒の資格としてみなされません。つまり「高卒扱い」となり、大卒総合職としての就職はほとんど不可能になります。海外の大学を卒業したけどロクな就職ができなかったというのは、残念ながら非常によくあるケースです。

また、近年よく耳にする「世界大学ランキング」を鵜呑みにするのは現実とはかけ離れています。世界大学ランキングはあくまで欧米基準の物差しで、英語で書かれた論文のみを評価対象とし、さらに自然科学分野を圧倒的に重視したアカデミックなランキングであり、それは社会や企業での評価とは必ずしも一致しないものです。ここでこの「世界大学ランキング」と矛盾する、もう一つのランキングをご紹介したいと思います。

【世界の大学就職力ランキング2018(QS)】

① スタンフォード大学(アメリカ)
② カリフォルニア大学ロサンゼルス校(アメリカ)
③ ハーバード大学(アメリカ)
④ シドニー大学(オーストラリア)
⑤ マサチューセッツ工科大学(アメリカ)
⑥ ケンブリッジ大学(イギリス)
⑦ メルボルン大学(オーストラリア)
⑧ オクスフォード大学(イギリス)
⑨ カリフォルニア大学バークレー校(アメリカ)
⑩ 清華大学(中国)
⑪ ニューヨーク大学(アメリカ)
⑫ コロンビア大学(アメリカ)
⑬ プリンストン大学(アメリカ)
⑭ 東京大学(日本)
⑮ 北京大学(中国)
⑮ トロント大学(カナダ)
⑯ スイス連邦工科大学(スイス)
⑰ ユニバーシティ・カレッジ・ロンドン(イギリス)
⑱ コーネル大学(アメリカ)
⑲ エール大学(アメリカ)
⑳ 香港大学(香港)
㉑ シカゴ大学(アメリカ)
㉒ ペンシルバニア大学(アメリカ)
㉔ ウォータールー大学(カナダ)
㉕ ミシガン大学(アメリカ)
㉖ 早稲田大学(日本)
㉗ 復旦大学(中国)
㉘ エコール・ポリテクニーク(フランス)
㉙ インペリアル・カレッジ・ロンドン(イギリス)
㉚ カールスルーエ工科大学(ドイツ)
㉚ シンガポール国立大学(シンガポール)
(中略、以下日米の大学のみ記載)
㉜ ノースウェスタン大学
㉞ デューク大学
㊸ ブラウン大学
㊼ パデュー大学
㊸ ジョージア工科大学
㊺ 慶應義塾大学(日本)
(以下、主要大学のみ記載)
ボストン大学(51位)
京都大学(53位)
東京工業大学(57位)
南カリフォルニア大学(59位)
ジョンズ・ホプキンズ大学(64位)
ワシントン大学(64位)
カリフォルニア工科大学(73位)
大阪大学(76位)
アリゾナ州立大学(81位)
ペンシルバニア州立大学(87位)
名古屋大学(90位)

このランキングは各大学の卒業生を、政治やビジネスのリーダーから、ジャーナリスト、科学者、文学やアートの分野に至るまで、①「雇用者の評判」、②「卒業生の成功指標」、③「雇用者とのパートナーシップ」、④「雇用者と学生の関係」、⑤「卒業生の就職率」の5つの要素を基に、世界の大学がどれだけ社会の中で評価されているかを指標化したもので、皆さまがお持ちのイメージと近い「現実的なランキング」と言えるでしょう。世界大学ランキングでは全く低評価を受けている日本からも、上位50位以内に東京大学・早稲田大学・慶應義塾大学がしっかりとランクインしています。ボストン大学やカリフォルニア工科大学もアメリカでは「一流大学」と呼ばれる優秀な大学ですが、世界基準で見ても日本の一流大学の後塵を拝し、それが日本基準になればその評価はさらに低いものになることは容易に想像できます。州立大学レベルの学位は就職活動では「その他の大学」のカテゴリーに分類されてしまうでしょう。日本で正当に「一流の学歴」と評価されるには、少なくとも東京大学より上位にランキングされているアメリカの8大学(スタンフォード、UCLA、ハーバード、MIT、UCバークレー、ニューヨーク、コロンビア、プリンストン)での「実用的な学位」(経済学、経営学、法律、自然科学分野など)が必要となって来ます。それが「日本における現実の評価」と言えます。

また、MBAを取りに行く際も注意が必要です。MBAとは「経営学修士」との名前が示す通り、企業の経営について学ぶ学位です。つまり経営マネジメントに携わるレベルの人間だけが必要な学位であり、そうした優秀な人材が学びに行くべき大学は上記したMBAランキングの上位20校程度ということになります。「MBAさえ持っていれば評価される」と言う訳ではありません。「どこの大学のMBAを持っているか」まで、キッチリ人事担当者に評価されます。名もなき大学のMBAを取って帰って来ても、「なんでそこの大学のMBAを取ったの?」、「そもそもあなたにMBAの資格が必要だったの?」と言う反応しか返って来ないでしょう。つまり、下手をすると「自分が分析できていない」と言うマイナス評価にしかならないのです。ですので、MBAを取るなら最低条件はアメリカの大学(とその他数校)かつ、日本人が知っている上位校のみが評価対象なのが現実でしょう。

「留学に行って知識や経験を深めたい」と言う志は非常に素晴らしいものであり、当スクールでは可能な限りそのお手伝いをさせて頂ければ幸いと考えております。しかし、目的意識のない長期の海外渡航や日本の慣習を考慮していない留学については、ご本人のためにもあまりお勧めできません。留学をしたからにはその結果を求められてしまうのも留学です。行ったから無条件に評価されると言うものでは決してありません。「どこの国に、何のために行って、その後どうするか」と言う点について、しっかりと目標を定めて努力する必要があります。そして、留学して一番多くの事を学べ、最も評価される国はアメリカであるのは間違いありません。「本気で留学するなら」僕はやはりアメリカをお勧めしたいと思います。英語や留学、将来のキャリア形成にご興味のある方は、ぜひ一度、当スクールへご相談ください。その生徒さまに最も合った留学のスタイルと事前準備をご提案し、お手伝いをさせて頂けましたら幸いです。

※ 英会話SSEAが『みんなの英語ひろば』の取材を受け、特集記事が掲載されました。ぜひご覧ください!

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選んではいけない英会話スクールやレッスンの特徴

SSEAには様々な英会話スクールや他のレッスンから移られて来る生徒さまが沢山いらっしゃいますが、そこでお話しをお聞きする度に「日本の英会話ビジネスは本当にただの詐欺である」事を毎回実感します。大手のスクールからオンライン英会話に至るまで、これまで僕がお聞きした中で「効果があった」と言うレッスンは一つもありません。こうした場所でも「効果がある方」は、実はどんな勉強の仕方をしても自分の力だけで英会話を身につけられる方です。そのような方は、日本にはおそらく5%程度もいない事でしょう。そしてその5%の方だけが英語を話すことができるのが、今の日本の現実です。私たちSSEAはもちろん上級の生徒さまにも最高の環境をご提供しておりますが、そうではない残りの95%の方にこそ、英語を身につけて頂く事を目標としています。

本日はこれまでお聞きした、「通ってはいけない英会話レッスン」の特徴をご紹介したいと思います。

【費用に関すること】

「半年、一年の受講ならこれだけ安くなります」

→ 途中で退会しようとすると割引適用を後から外され、ほとんど費用が返って来ない。「一括で払ってもらえたらもう返す必要はない」のでレッスンやカリキュラムの質も低い。高い入会金や一括での支払いを求めるスクールは大体がこのパターン。最初の支払いさえしてもらえれば、後は辞めてもらって構わないと考えている。

「月謝が格安です」

→ 入会金や諸経費・教材費が高く、結果的に割高になる。更新費用と言う名目で入会金のようなものを毎年払わされる。他にも管理費や年間教材費など、理由のよく分からない諸経費がある。入会金や更新費用は支払ったら返還されないため、失敗したと思っても1年間は通学せざるを得ない。

【システムに関すること】

「マンツーマン専門です」

→ 費用が高額過ぎて、とても続けられる水準ではない。マンツーマンだからとカリキュラムを用意していない事が多く、友達とお喋りをしているのと実は同じ。

「オンラインで好きな時間に受講出来ます」

→ スカイプ等で顔が見えるだけなので、ただお喋りをする「チャットレッスン」がほとんど。費用が安いと言う事は講師もアルバイトでやっていると言う事なので、真剣に教えようとする姿勢もない。テキストはおろかカリキュラムすら何もない事も。ただお喋りをするだけなら友達と喋っても同じであり、日替わり講師とただフリーにお喋りする事は上級者以外の生徒には効果がほとんど無い。さらに講師が日替わりだと毎回同じような話をしていて進歩も望めない。アルバイト感覚の講師は生徒の英語が間違っていてもそのまま流してしまうので、「間違った感覚」が身についてしまい矯正出来なくなることも。

【講師に関すること】

「ネイティブ講師です」

→ 出身をよく聞いてみるとドイツ、スペイン、トルコ、フィリピンなど、英語が母国語の国の出身ではない。アメリカやカナダの出身でもアジア系など母語が英語ではない。

「バイリンガルです」

→ 日本語とのバイリンガルとは限らない。下手をすると英語も日本語も中途半端にしか出来ない。講師が帰国子女だったりすると、英語が出来ない人が「なぜ出来ないのか」が全く分からず、出来ない人の気持ちも理解できない。

「好きな講師を選べます」

→ 講師が日替わりになり毎回同じような話をするだけで進歩がない。希望の人気講師は予約が取れないのに、予約を取らないと有効期限が切れて支払った費用が消えてしまう。

「指導の資格を持っています」

→ 海外で座学で勉強してテストを受ければ取れる資格ばかりで、実際の指導力との関係はあまりない。資格があることを理由にスクールがしっかりトレーニングをしていないので、実はどのように教えたら良いか全く知らない。特に「日本人に対する教え方」については全くノウハウがない。

【振替レッスンに関すること】

「振替レッスンがあります」

→ 実際は予約が取れない。取れても希望の講師は常に満席。さらに有効期限があるため、予約が取れないのに受講する前に失効してしまい、費用が消えて行ってしまう。回数の制限があると、使い切った後に急な用事があると休まざるを得ない。

【クラスに関すること】

「少人数クラスです」

→ 時間帯によって人数がバラバラで、1人で受講出来る場合もあれば10人くらいクラスにいる場合もある。生徒が4人以上いるクラスではもう会話の練習にならない。

「レベルごとにクラス分けをしています」

→ 初級・中級・上級と言った大雑把なクラス分けのため、クラス内でのレベルに差が出る。1番レベルの高い生徒が会話を独占するため他の生徒は聞くだけになる。年齢層や学習の目的もバラバラのため、実のある会話は出来ず差し障りの無い表面的な内容しか学べない。

「テストで定期的にレベルを確認します」

→ 定期的にテストがあり半ば無理矢理に上のクラスへ移されてしまう。スクールが「生徒のレベルが上がった」と言う実績にしたいだけで、受講者の利益に全くならない。スタッフが「点数が上がりましたから、上達しましたよ!」と言うが、体感的にあまり変わっていない気がするし、実際は本当に上達もしていない。テストのスコアが変わっただけである。コミュニケーション力が本当に向上したかどうかは、テストの数字では本当は分からない。

「宿題をすることは大切です」

→ 大量に課題を出す場合は、スクール外で無理矢理勉強をさせることでレベルを上げようとしている。レッスンの質はあまり関係ない。これなら自宅で自力で勉強する事と全く同じ。そして生徒の自助努力の結果を「レッスンの効果」として宣伝する。本当はレッスンの効果自体はほとんど無く費用の無駄遣いである。

どうして日本にはこのような英語教育しか存在しないのかが逆に不思議になるほどですが、おそらく全ては利益目的のビジネスであり、生徒さまの英語力が本当に向上するかどうかの優先順位は後回しか、全く考慮されていないのでしょう。

SSEAではこうした日本の英語教育の問題点を徹底的に洗い出した上で、「生徒さまのためのシステム作り」を絶えず行っています。入会金無料の月謝制、無理がない水準で分かりやすい料金システム、生徒さま全員が必ず主役である定員2名以下クラス、有効期限や回数制限のない振替システム、予約が必ず取れるように設けている振替専用枠、1人の講師が生徒さまの上達をずっと把握してカリキュラムを組んで行く担任制、フリートークと文法セクションの両方を設けて視覚的な素材を活用する最高品質のカリキュラム、そして学習を継続するために最も重要である「会いに行くのが楽しみになるような講師たち」。

楽しみながら英語学習を継続して、確実に効果を得るためにはどうしたら良いかを徹底的に考慮して、SSEAの「生徒さまのためのシステム」は作り上げられています。それは私たちの目標がビジネスで成功する事ではなく「日本の英語教育を変えること」だからです。1人でも多くの方に英会話を学んで頂く事で、私たちは日本と世界をより素晴らしい場所に変えることが出来ると信じています。

ぜひ一度、他とは全てが異なるSSEAのレッスンをお試しください。私たちは、生徒さまが英会話を学ぶ上での全ての要素が最高であることを自信を持ってお約束致します。

※ 英会話SSEAが『みんなの英語ひろば』の取材を受け、特集記事が掲載されました。ぜひご覧ください!

SSEAのレッスンはオンライン受講が可能になりました!詳細は「オンライン受講」ページをご覧下さい。

無料体験レッスンのお申込み・お問い合わせは「お問い合わせフォーム」より。

英語4技能検定試験に欧米のネイティブスピーカーとの会話が必要な理由

① 受験はもはやペーパーテストだけでは負けてしまう

近年の入試形態は、急速にその傾向を変えつつあります。従来から大学入試ではその配点の半分またはそれ以上が英語による合否でしたがその英語試験の内容が大きく変わりつつあり、ペーパーテストによるものから配点の大きな部分を面接や作文、リスニングのスコアが占めるようになっています。また長文読解も難解な文法を読み解くものより、大量の長文を読み飛ばして記述で論述する形式への変化が見て取れます。

こうした試験には従来型の学校教育や学習塾・予備校の机上での学習では対応が出来なくなりつつあり、英語試験に関しては日頃からの「会話力」と「日本語を介する必要のない英語の感覚」によって決定的な差がつくことになります。こうした「コミュニケーション力」は長期に渡る積み重ねによってのみ向上するもので、残念ながら受験対策で瞬間的に身につけることは出来ないスキルです。表現するなら受験英語とは「短距離走」から「マラソン型」の対策が必要と変わったと言えるでしょう。

<早稲田大学政治経済学部の入試は2021年度より、英語の配点比率が教科全体の62.5%に。独自入試問題は大量の英語長文を読み解く形式>

② 英検・TEAP・IELTSなどの4技能検定には必ず面接とライティングがある

近年の入試形態の特徴としてもうひとつ挙げられるのが、「民間英語能力検定試験」の導入です。英検・TOEFL・TEAP・IELTSなど事前に取得した民間英語検定のスコアが入試にも反映され、スコアが総得点に加点されるものや英語試験の90点あるいは95点としてみなされるパターン、あるいはスコアの提出によって英語試験が免除されるもの等がありますが、いずれにせよこれら民間英語検定のスコアが受験前から決定的な差をつけてしまうことになります。

例えば大学入試なら以前は問題の60%~65%を正答できれば合格ラインだったのが、民間検定が90%換算されることになればその時点ですでに25点から30点の差がついてしまうことになります。そしてこれらの4技能検定には必ず面接とライティングがあり、会話力、リスニング力、作文能力などの「日常的なコミュニケーション力」がスコアに決定的な差をつけます。

③ 試験はすべて、『欧米の英語の音』によって行われる

もう一点見落とされがちなのが、これらの英語試験の音はすべて『欧米の英語の音』であると言う事です。基本的にはアメリカ英語とイギリス英語のみでリスニングが吹き込まれるのが一般的ですが、発音範囲を拡大したTOEICでも英語は「アメリカ英語・イギリス英語・カナダ英語・オーストラリア英語・ニュージーランド英語」の5か国の音によるものです。

試験における英語とは基本的に「欧米の言語」であり、こうした地域にしか存在しない音はフィリピンやフィジー、インド、シンガポールといったアジア圏のノンネイティブスピーカーや日本語を母語としている帰国子女やバイリンガル講師はしっかりとは持っていないものです。確実な英語力に結び付けたいならなおさら、欧米のネイティブスピーカーとの会話訓練を避けて通ることが「目には見えないところで」非常に大きな効果の差をつけて行くことになってしまいます。これは高校までの英検2級程度のような目先のテストの結果では分からない「長期的な貯金量の差」となり、大学生となった頃から少しずつ現れ始めます。

④ 受験が終われば、その先に待っているのは就職も昇進もTOEICによる審査

受験が終わったからもう英語は勉強しなくて良い…そう思っている方はいないでしょうか。英語から逃げれば逃げるほどに陥るのがこの罠ですが、まず大学を卒業して、就職活動で履歴書やエントリーシートと共に提出が必要となったのがTOEICのスコアです。今の大人世代が仕事を探していた頃なら600点あれば「英語も勉強したんだね」となりましたが、TOEICが定着してほぼ全員が取得するようになった現在ではおそらく、プラス評価の対象となるのは740点以上、大手上場企業ならエントリーする学生は当たり前のように800点や900点を持っているでしょう。

そして、TOEICは990点満点のスコアのその半分がリスニング、さらにリーディングも文章が非常に長く常に時間との戦いを要求するシステムになっており、Test of English for International Communicationとの名称が示す通り「コミュニケーション力がなければとれだけ文法が得意でもスコアが上がらない仕組み」になっています。どれだけ一流大学を卒業した人でも会話力がなければ人並みのスコアにも届かないのは、「TOEICとはコミュニケーション力を測定するテスト」だからです。そして企業でも外国人労働者の増加を受けてエンジニア分野でもTOEICのスコアはもはや昇進の条件となり、社会人ならその人生設計そのものに大きく影響を与えるようになりました。理系学部に進学したとしても論文は英語で作成し学会で発表を行う必要もあり、英語を避ければ避けるほど後から壁にぶつかり後悔する結果となります。

⑤ 格差社会が到来し、就職や転職、昇進でのライバルは徹底的な言語教育を受けた外国人スタッフに

そして今後は、社会に出た後にさらに厳しい競争環境に直面します。新型コロナウイルス感染の拡大前から、日本においても正規社員と非正規社員、学歴に留まらないスキルのある勝ち組と机上のテストしかできない負け組の間の格差が開きつつありましたが、アフターコロナの社会ではこうした格差拡大に一層の拍車が掛かることが予想されます。

テレワークや業務のIT化が進むことで逆に、「機械にもできるようなコミュニケーションを必要としない単純労働はそもそも要らない」時代があっという間にやって来ることでしょう。こうした社会では幅広い知識や業務マネジメントスキル、チームの管理能力とコミュニケーション力に欠けるスタッフの業務は「AIかアルバイトか外国人で十分」と考えられることになります。そして現在の日本は労働人口の減少に伴って移民や外国人労働者の流入がかつてない勢いで加速しており、企業側も無意味に人件費の高い日本人正社員よりもこうした新しい労働力を「適材適所」で使用しようと考え始めています。またそもそも、「このIT化の時代に、海外に安く発注できる業務なら国内で行う必要がない」とも考えており、単純労働力がコンピューターや外国人労働力に置き換わることで「外国人も管理できる日本人管理職」と「人件費の安さで外国人には勝てない日本人」の2極化が進行することでしょう。すでにコンピュータエンジニアやプログラミングにおいても、スタッフの大部分が外国人になったようなケースが増えています。

そして日本にやって来る外国人労働者が単純労働だけを担当するとは限りません。日本に移り住んでくる外国人は母国で徹底的にITや経営、金融の実務的なスキルと外国語教育を受けて来たエリートが増加しており、プログラミングのような実務スキルに加えて「母国語・日本語・英語の3か国語」を自在に使いこなすことがすでに当たり前となっています。アジア圏では1流の就職を得るにはTOEIC900点や海外での留学経験を持つことが必須条件となりつつあり、こうした人材を管理することは言語スキルがなければもちろん不可能、むしろ逆に馬鹿にされてしまうばかりか、下手をすれば同僚との競争にも負け外国人が自分の管理者となることも想定されます。こうした環境においてはますます、全ての分野で言語スキルのない人材はただ「格差社会の負け組」となってしまう事でしょう。

SSEAがご提供するサービス

SSEAではこうした社会を見据えて、コミュニケーション力が重視される英語環境に最適な学習法としてネイティブ講師と日本人講師の双方から英語を学ぶ『会話・文法パラレルコース』を設定しております。欧米の本物の英語を話す経歴も一流のネイティブ講師と、バイリンガル講師としてネイティブレベルで会話を使いこなしながらも日本人目線で生徒さまのお悩みやつまずきを理解し受験対策まで指導できる日本人講師の組み合わせは、日本人が本当の英語力を身につけるためには無くてはならない組み合わせです。日本語も英語もネイティブではないアジア人講師やノンネイティブスピーカー、逆に日本人のお気持ちやお悩み、日本の学校や受験環境の理解できない経歴不足の日本人講師は採用を行っておりません。

<従来型の塾と英語塾の英語レベルと環境の格差>

代表講師が「日本人として日本で育ちながら英語を身につけた方法」を、その経験から教育法として実現した学習法がSSEAのオリジナルプログラムです。それは「長い間海外にいたから英語が話せるようになった」「海外の大学やインターナショナルスクールを卒業した」場合には逆に抜け落ちてしまう経験であり、こうした経歴がないからこそ生み出すことが出来た全くオリジナルの、しかし実際にそれが成功した学習法です。

日本のスクールで勉強したい皆さまは、ぜひお試しください。私たちが全力でお手伝いをいたします。

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フィジーの「木彫りおじさん」

海外旅行の楽しみの一つに、現地の人々との会話があります。旅行先で現地の人が親切にしてくれた思い出は、どんな有名な観光地よりも深く記憶に留まるものです。ですが、海外で話しかけてくるすべての人が良い人であるとは限らないのが残念なところで、特に発展途上国を旅行する際は注意が必要です。今日は僕らがフィジーで遭遇した「木彫りおじさん」のことを書きたいと思います。

僕がフィジーを訪れたのは2004年の6月、社会人になって2年目の頃でした。それまでに僕が訪れたことのある場所と言えば、ハワイ、香港、アメリカ、韓国、台湾、ヨーロッパなど、比較的治安の良い国や先進国ばかりで、思えばフィジーは初めての発展途上国だったのですが、ガイドブックには「安全なリゾート国で、人々は穏やかでフレンドリー」とあったのでそれほど心配はしていませんでした。

フィジーを訪れる人の多くは離島のリゾートで海を満喫する方が多いのですが、ビーチで遊ぶだけではつまらない、現地の町や人々の暮らしを見たいと考えた僕は、離島ではなく本島であるビチレブ島のコーラル・コーストのホテルを選び、近くの町や首都であるスバを訪れる計画を立てました。

思い出せば、異変は入国の段階から始まっていました。入国審査を通り税関に進むと、係員が僕らを制止して荷物をチェック、とここまでは普通だったのですが突然「Give me some money.」と言ったのです。何か関税のかかるものを持っていたかな?と思いつつとりあえず僕は「Why?」と理由を尋ねました。彼らは理由を答えずにただ「Some money.」と言っていたのですが、僕が払うそぶりを見せずにいると、諦めたように「行っていいぞ」というようなジェスチャーをしました。税関の職員と言えば国の職員のはずですが、その立場を利用してこのように「money」と言えば、きっと訳が分からないまま払ってしまう人もいるのでしょう。国の職員や警察でも完全には信用できないのが発展途上国なのだと、初めて感じた経験でした。

コーラル・コーストのリゾートホテルに宿泊して、近くの素朴な町や美しいビーチ、フィジーの伝統的なダンスと食事を満喫、と滞在は素晴らしいものでした。フィジーを訪れて2日目、僕はレンタカーを借り、首都のスバを訪れることにしました。スバまではホテルから、一本道を約3時間のドライブです。道を走っていると、現地の人は道端でオレンジを売っています。それも村を抜けるたびに…

果たして一日に何個売れるのだろう?と疑問に思いつつ、車は首都のスバに入りました。

南太平洋の島国に立派な町があるものだと思いながら駐車場を探して、信号待ちで停車していた時です。ある男が車に近寄ってきて「次の交差点を右に曲がればパーキングがあるぞ!」と言うのです。どうして駐車場を探していると分かったのだろうと思いながら右に曲がると、確かに駐車場が。車を止めて降りるとそこにさっきの男が現れて、「Lock nicely.」などと言っています。そして「どこへ行きたいんだ?」と言うのでショッピングをすると答えると、「ついて来い」と。 この男は何なのだろう?と少し怪しく思ったのですが、フィジーの人は陽気でフレンドリー、とガイドブックにあったので、とりあえず行ってみることにしました。彼は歩きながら、「自分は元ラグビーの選手で、日本に行ったこともある。僕らの滞在していたホテルで働いていたんだ」、などと言います。今思えば怪しい臭いがプンプンする内容なのですが、現地の人と触れ合いたいと思っていた僕は不覚にも彼の会話に引きずり込まれて行きました。

(男の後姿。残念ながら正面からの写真はありません…)

ショッピングをしている時も彼は通訳などをして、さあ次はどこへ行く?と言うので僕はそろそろ昼食を食べる、と言うと、レストランの近くの広場に僕を連れて行き、「自分はそろそろ行かなければならないが、君と友達になった証に木彫りの人形をプレゼントするよ。僕は国に登録されている木彫り職人だ。君の名前のイニシャルを彫るから教えてくれ」とライセンス(本物かどうかは不明)らしきものを見せながら言います。そしてイニシャルを彫った木彫りを僕に渡して、「Give me some money.」と言うのです。まあ、親切にしてくれたし、チップくらい払うかと思い5ドルほどを渡すと急に顔つきが変わり、「これでは足りない。この木彫りはハンドメイドで高いんだ。イニシャルも彫った。」と迫って来たので、カチンと頭に血が上った僕は「I don’t need this.」と木彫りを突き返し、その場を立ち去りました。その男は元ラグビー選手と嘘をつくぐらい立派な体格の男で、今思えば本当に危ないことをしたと思うのですが、人のいないような場所ではなかったのでそれ以上追っては来ませんでした。果たしてこのような状況で身を守るためにお金を払うべきかどうかは意見の分かれる所だと思いますが、それ以前に最初について行ってしまったのが最大の間違いだったのだと思います。

後でガイドブックを見ると、読者の投稿に「木彫りおじさんに注意」とのコラムが。どうやら彼は日本人を狙ってこんなことを繰り返している有名人だったようです(苦笑)

その後も色々な発展途上国に行きましたが、大体親切に話しかけて来る人はお金目当てであることが多いです。タクシーなんかも、客引きをしている車に乗ったらメーターが細工してあり、法外な料金(と言っても日本人にはたいしたことない額ですが)をボラれたなんてこともありました。いつも途上国に行くと「現地の人と会話したい」と言う欲求と「お金を取られる」という警戒感の間で揺れてしまいます。必要以上に警戒することは旅の楽しみを減らしてしまいますが、途上国では自分の身の安全は自分で守る以外ありません。特に日本人は狙われていて、警察すらグルである可能性もあります。みなさんも海外を旅行するとき、特に途上国では、危険な行動や場所には気をつけて下さい。

追伸  途上国の全ての人が悪い人間である訳ではありません。本当にいい思い出や出会いもあります。それは皆さんの目で、確かめてみて下さい。そんなことも旅の楽しみの一部であると思います。

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変わり行く大学受験と、今後も変わらないこと

みなさまもご存知の通り、2020年度から大学入試のシステムは大きく変わります。現行のセンター試験が廃止され、「大学入学共通テスト」が導入されます。これまではマークシートで回答でしたが多くの教科で記述式の問題が導入され、特に全ての大学で要求される英語においては、これまで「読んで聴ければ」良かったものが、「話す・書く・聴く・読む」の4技能が必要となり、そしてこの4技能を重視した英語の外部認定試験(TOEFL・IELTS・TEAP・英検)などを活用する入試形態も今以上に増加することでしょう。こうした傾向は特にその入試形態の自由度が高い私立大学で顕著に見られ、現在でも外部認定試験で一定のスコアを満たせば一般入試の英語が免除になるケースも多く見られるようになりました。

また、私立大学で最難関に数えられる早稲田大学の政治経済学部はその入試形態を大きく変える事を既にアナウンスしており、大学入学共通テスト(外国語・国語・数学・選択一科目)を合計で100点、外部認定の英語試験(30点満点)と学部独自試験(日英両言語による長文読解70点満点)の合計200点満点による選抜となり、早大の他学部もこの方式に追随するとも言われています。私大の定員厳格化と数学の義務化と言う流れは今後の大学入試の傾向を大きく変えることになりますが、共通の要素として要求されるのは「英語力と論理的な思考能力」が「知識偏重のテスト」より重視されると言う点です。今後の学生は「受験に留まらない幅広い分野の知識を日頃からよく考えること」が要求されることになるでしょう。

<英語力重視と数学義務化に舵を切る早稲田大学政治経済学部>

こうして各大学がその入試に独自性を出して行く中で、これまでのように「似たようなレベルの大学を併願する」と言うことが少しずつ難しくなって行きます。例えば東京大学や一橋大学を第一志望にする学生が、対策なしに早稲田大学や慶應義塾大学に合格することは、これまでのようには行かなくなるでしょう。また同じ私立大学でも、早稲田と慶應義塾の入試は今後、全くの別物となってしまいます。今後の学生には高校生のうちに、「どこの大学を第一志望にして、何を勉強するか」を明確にしておくことが求められます。

一方で、入試形態が大きく変わっても社会の中でなかなか簡単には変わらないであろう事も存在します。それは今も昔もそしてこれからも、「学歴の差は就職活動の時点で明確になり、一生ついてまわる」と言うことです。昨今の就職活動でたびたび話題になる「学歴フィルター」と言う存在は企業であれば当たり前のように存在するものであり、説明会の時点であからさまに切られることが例え無いとしても、エントリーシートを提出してみればそれはすぐに分かることです。それは差別とお感じになる方も多いと思いますが、企業側からすれば効率的に採用を行うためには完全に理にかなっている事です。エントリーをして来る学生全員と面接を行える企業はまず存在しません。大学入試とはすでに就職における競争の一部なのだと言うのが現実です。「学歴は差別だ」と言い訳をする前に、目の前の受験を勝ち抜くことが当たり前ですが非常に大切です。その努力の結果を企業が第一の評価基準とすることは、しごく当たり前のことです。

さらに細かく見て行けば、一部の企業や組織には「学部フィルター」まで存在することもあります。官僚組織であれば昇進するためには東大法学部の学歴が必要であるのは周知の事実ですし、僕が就職活動を行った企業の中には「早稲田大学は政治経済学部からしか採用しない」と思われる企業もありました。社会とはブラックなものだなと思いますが、もし将来に叶えたい目標があるのであれば、学生のうちにこうした社会の現実を知っておくことも大切です。一流企業の「学歴フィルター」であれば、私立大学であればその境界線はGMARCHである事も有名な事実です。

では大学選びはどうすれば良いのか、と言う究極のテーマですが、僕の個人的な考えとしてはやはり、「将来どんな事をしたいのか」で決めた方が良いかと思います。何故なら就職とは、一律に大学の偏差値に比例するとは限らないからです。

例えば「将来は省庁で働きたい」のであれば、前出しましたが東京大学、それも法学部を卒業していることが最低条件と言えます。他学部や他大学から省庁へ行く事も可能は可能ですが、そこでの昇進には明らかな差がつきます。「入る前から勝負は既に決まっている」のが現実です。また、公務員ではなく一流企業での就職を希望するのであれば、日本経済において最大の影響力を持っているのは、実は東京大学ではなく慶應義塾大学です。実際に上場企業の社長の出身大学をランキングにすると、2018年時点で

① 慶應義塾大学 260人

② 東京大学・早稲田大学 172人

④ 日本大学 81人

⑤ 京都大学 79人

と、慶應大学の勢力は他大学を圧倒しています。その背景には「慶應三田会」と呼ばれる卒業生のネットワークがあり、この卒業生の強固な結びつきがこうした圧倒的な状況を作り出しています。日本の富裕層や財閥の子息が受験の道より慶應幼稚舎を選択する理由もここにあります。慶應幼稚舎にはそこでしか築くことの出来ない、一般の人々には想像すら難しいような日本最強の人脈ネットワークがあるのでしょう。逆に考えれば、「慶應閥の企業では他大学の卒業生は昇進に不利になる」と言うことは明確です。もし日本の一流企業に就職したいのであれば、僕は迷わず「慶應に行け」とアドバイスするでしょう。

<日本の財界で最強の影響力を持つのは慶應義塾大学>

一方でこの大まかな流れが当てはまらない企業もあります。例えば電気・ガス・交通などインフラ系の企業やメガバンクでは、やはり東京大学の卒業生が有利です。これらの企業は政府との関係性が重要であることから、トップは同じ学歴である事が望ましいと考える傾向があります。また一方で、マスコミ、出版業界やジャーナリスト、政治の世界を目指すのであればその世界に強みを持つのは早稲田大学と言われています。このようにそれぞれの組織や企業にはそれぞれに影響力を持っている大学があり、一概に偏差値や学部で勉強した内容だけでは決まらない側面もあります。そうした意味でも、「将来のイメージ」を高校生のうちに作っておくことが大切です。

これもおかしな話に聞こえるかも知れませんが、「東京の大学へ行くか、地方の大学へ行くか」も実は無関係ではありません。東京に本社を置く企業へ行きたいのであれば、東京にある大学を卒業する方が圧倒的に有利になります。特に一流企業であれば、地方の大学であれば旧帝国大学の国立大学以外からは、もうそこに就職出来る可能性はほとんど宝くじを引くようなものです。東京で就職活動を行うこと自体も大変になりますし、企業の人事部は地方の名門大学や国立大学よりも、多少の偏差値の差であれば東京の有名私大を好む傾向があります。逆に関西や地方に本社を持つ企業は、その地域の大学から優先的に採用する傾向があります。本社が大阪であるパナソニックは関西の大学を優先に、愛知に本社のあるトヨタであれば名古屋周辺の大学から多くの人材を採用しています。もちろん地方自治体の公務員になるにはその都道府県にある国立大学がもっとも有利なのは明らかです。就職には実は「地域性」も確実に存在するのです。そして企業へ就職したいのであれば、日本のほとんどの企業の本社は東京に集中している事を疑う人は、おそらくどこにもいないでしょう。

また、もし将来海外で働きたいのであれば、海外の大学へ行くと言う選択肢も有効です。日本の企業へ就職したいのであれば日本の大学が圧倒的に有利ですが、米国や欧州で就職したいのであれば現地の大学を卒業する方が、言語の壁を考慮しても明らかに良いでしょう。世界の大学ランキングでは日本の大学は不当とも思えるほどに低い評価となっていますので、海外で働くのであれば日本の学歴はほとんど役に立ちません。ただし、海外で働くと言うことは「外国人として働く」と言うことになりますので、米国の超一流大学へ行く事が出来るくらいでなければ結局、最終的には日本へ戻って来る事になります。海外で日本の学歴が役に立たないのと同様に、日本では米国の超一流大学以外の学歴はほとんど役に立ちません。海外の大学へ行くのであればそのくらいの強い意志が必要です。そして米国で就職をすると言うこと、特にGAFA(Google, Apple, facebook, Amazonの略語)のような世界のトップ企業で働くことは、米国の超一流大学や東京大学を卒業するような人材にとっても全く甘くない事です。世界中の超一流の人間が集まる米国企業ではそのポジションを維持することすら非常に難しい事であり、能力が無いと判断されればアッと言う間にその職を失い帰国することになります。そして世界中の超一流の人材が集まっていても、最終的には米国のネイティブが有利に生き残ると言うこともまた事実です。同じ能力なら現地の人材の方が評価される、それはどこの国でも至って当然のことです。そうした海外でのリスクを考慮した上で最も理想的なのは、日本の大卒の学歴を持った上で海外の有名大学院へ進学する事でしょう。

<GAFAで生き残ることはハーバードを卒業する事より難しいだろう>

そして、進路の選択肢は文系に進むか理系に進むかによっても全く異なります。上記の話はあくまでゼネラリストとして文系に進んだ場合が前提です。文系に進むのであれば東大、早稲田、慶應、あるいは一橋や東京の有名私大に進む方が圧倒的に有利ですが、理系に進むのであれば東大・東工大以外なら地方でも国立大学へ行く方が圧倒的にお勧めです。私立大学は学費が高いと言う問題もありますが、技術・研究職である理系は各企業や組織がそれぞれの大学の研究室と密接に結びついており、そして研究室の質を決める予算は国から国立大学へと圧倒的に優先して配分されるからです。理系は分野にもよりますが、東大、京大、東工大の次の選択肢は確実に地方の旧帝国大学と言えるでしょう。理系から一流企業の研究職へ進める私立大学はおそらく、あくまで一般論ですが早稲田、慶應、東京理科大の3つしかないかも知れません。理系に進むのであればやはり、国立大学が優位と言う状況は今後も変わらないものと考えられます。また愛知工業大学など、私立であっても地域性の優位を生かしてトヨタなどに多くの卒業生を送り込んでいる大学もあります。理系は文系以上に、将来におけるビジョンが大学の選択時に明確である必要があります。

高校生のうちに将来の人生を選択すると言うのは難しい事に聞こえるかも知れませんが、大学に入学した後に考える事も可能な日本はむしろ特殊な方と言えます。アメリカでは大学の専攻次第でその先に出来る仕事はほぼ自動的に決まってしまいますし、欧州では高校に入る時点で大学を目指す進学校へ行くのか、職業訓練校へ行くのかの二択を迫られます。就職活動の直前まで自分の将来を考えることができる日本はある意味では恵まれているのかも知れませんが、そうは言っても進学先の大学にその就職を左右されるのもまた事実です。今後の若者には自分の可能性を広げる意味でも、大学を選ぶ前に海外の事を知り英語の重要性を理解し、自分のやりたい事や大きな夢を目指すキッカケを持ってもらう事を願うばかりです。SSEAは受験のための塾や予備校ではありませんが、英語教育を通して皆さまの将来の可能性、そして日本の未来の可能性を広げるお手伝いをさせて頂ければ幸いです。

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イギリス=イングランドではない

本日は、日本で多くの方に勘違いをされている「イギリス=イングランド?」問題について、イギリスと言う国家の成り立ちと共に整理してみたいと思います。

まず根本的な勘違いとして、世界に「イギリス」と言う国家名自体が存在しません。このイギリスと言う日本でのみ使用されている国名は、遡ること江戸時代に日本に入って来たポルトガル語「イングレス」やオランダ語「エンゲルシュ」が国内で「エゲレス」と訛ったものが残っているものであり、世界のどこへ行っても「イギリス」と言う国家名を理解出来る場所は存在しません(苦笑)日本でイギリスと呼ばれている国家の正式名称は、「グレートブリテン及び北アイルランド連合王国」、英語名では”the United Kingdom” (通称the UK)であり、United(連合)Kingdom(王国)の名前が示す通り、4つの旧王国であるイングランド、スコットランド、ウェールズ並びに北アイルランドが連合国として国家を形成しているものです。つまりイングランドとは”the United Kingdom”の一部でしかない訳であり、「イギリス=イングランド」と言う認識はイングランド外の英国市民にとっては失礼以外の何者でもありません。歴史上、イングランドがウェールズ、スコットランド、北アイルランドの順に征服をして形成されたためイギリス女王=イングランド女王であるのは紛れも無い事実として今も残っていますが、イングランド女王も日本の天皇制と同様に政治的な権限のない国家元首となっており、英国=イングランドとの認識は100%間違いです。

<イギリスに存在している4つの王国>

<ユニオンフラッグ(英国旗)成立の経緯>

では、なぜ日本ではこの「イギリス=イングランド」と言う誤った認識が広がってしまったのでしょうか。理由はもちろん複数あり、イングランド女王がイギリス女王であることや、イングランドにあるロンドンが首都であることも影響があったかとは思いますが、おそらく最大の要因はサッカーのワールドカップ本大会に「イングランド代表」だけが出場していることが大きく関係したのではないかと僕は個人的には考えています。

そもそも国家ではない「イングランド代表」がワールドカップに出場しているのは、そのサッカーの歴史によるものが大きく起因しています。サッカー発祥の地であるイングランドは国際サッカー連盟(FIFA)でやや特殊な扱いとされており、イングランドのみの代表チームの存在が認められているのです。逆に言うと、実は「スコットランド代表」「ウェールズ代表」及び「北アイルランド代表」と言うチームも確かに存在するのですが、残念ながらヨーロッパ予選を通過してワールドカップに出場することが出来ないために、日本のほとんどの皆さまが「イングランド代表」のみをワールドカップ中継で見た結果、「ああ、イングランドはイギリスの事なんだな」と言う勘違いへと通じてしまったものと考えられます。

<左上から時計回りに、イングランド、スコットランド、ウェールズ、北アイルランドの代表チーム>

サッカーの話はさておき、英国ではそれぞれの地域に明確に異なる文化とアイデンティティがあり、スコットランドの人々は自らを「スコットランド人」として、ウェールズ人や北アイルランド人も同様に自らを「イングランド人ではない」と考えており、これらの人々を「イングランド」と言うカテゴリーに入れてしまう事は大変な失礼にあたります。このような誤った認識を現地の人へ伝えてしまえば、彼らは大変不快に感じることでしょう。イングランド人が”English”なら、スコットランド人は”Scot”または”Scottish”、ウェールズ人は”Welsh”、北アイルランド人は”Northern Irish”とそれぞれ別個の単語があります。イングランド人以外は”English”ではありません。知らずの事とは言え、日本での誤った認識とはこのような深刻なものと言えます。そもそも「イギリス」が英単語だと思っていて、英語での正式な呼称やその理由を知らない方も大変多いかと考えられます。

英語を学ぶ際には、それに関わる国々の歴史や文化、そして正確な知識も同様に身につけるべきものと僕は考えています。正確な知識なく英語だけを話すことは、時に外国の方々に対して侮辱にすらなり得るからです。英語を学ぶと同時に、世界の様々なことを学ぶことが大切です。

SSEAは英語だけを学ぶ場ではなく、英会話を学ぶ方々が1人の立派な日本人として成長出来るような場でありたいと考えています。そのためには講師・スタッフもただ何かをお伝えする立場ではなく、生徒さまとご一緒に1人の立派な世界市民となれるよう、自ら学び生徒さまから学び、常にご一緒に成長を続けて行けましたら幸いです。SSEAのスタイルが「完成する」ことは決してありません。私たちはいつまでも「変わり続けて成長し続ける」ことが出来るよう、常に最善と改善に挑戦し続けて参ります。

“Keep changing, keep challenging!”

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“I can do it.” “I will do it.” は “I have done it.” ではない。

“I can do it.” “I will do it.” と “I have done it.” 日本語に訳せば「私にはそれが出来る」「私はそれをするつもりだ」と「私はそれをやり遂げた」となりますが、皆さまはこの前者2つと後者の間にある決定的な差に、お気づきになりますでしょうか。

簡単に言ってしまえば、前者はまだ実際には何も行われていない状態に対して、後者は実際にやり遂げられたということの違いです。では、前者はいつか必ず後者になるかと言うと、それは99%以上の確率でそうはなりません。実際に「やり遂げた」とハッキリ宣言出来る確率は、実は1%にも満たないものです。

例えば日本でビジネスを起業して、それが実際に成功する確率を大雑把に計算してみましょう。おそらく世の中で働く人の半分は、「自分の商売を持ったら」くらいのことが頭をよぎったことがあるかも知れません。誰かが成功した例を見て、「あれくらいなら自分にも出来るだろう」と思う事もあるでしょう。

しかし実際に、日本の総人口を約1億2千万人と仮定して、その中で実際に自らのビジネスを持っている、あるいは始められる人の数はわずかに30万人ほど、割合にしてたったの0.25%です。この時点で既にもう1%にすら達していません。さらにこの0.25%が始めたビジネスが10年後に生き残っている確率は、0.25%の中のさらにわずかに6%です。つまり日本人がビジネスを所有して成功した確率と言うのは0.0025 × 0.06 = 0.00015、つまり0.015%でしかありません。1万分の1.5と言うことです。実際に起業において「やり遂げた」と宣言出来る人は、1万人に2人もいないと言うことになります。しかもこの数字には元から所有されているビジネスも含まれているため、本当にゼロから「やり遂げる」ことが出来る人の確率はおそらく、計算すら出来ないほどに小さなものでしょう。

歴史の中にはこの「やれば出来る」と「やり遂げた」の違いを端的に表した良いエピソードがあります。それは「コロンブスの卵」と言われるストーリーです。

コロンブスは皆さまもご存知の通り、アメリカ大陸を歴史上初めて発見した西洋人です。その業績の是非はここでは問いません。(米国ではこれはすでに少し敏感な内容です。)ただ、アメリカ大陸を発見した人物が歴史上ただ1人であったこと自体は、疑いようのない事実です。コロンブスは本来、インドへたどり着く目的で大西洋の逆の方向へと船を走らせましたが、それが結果として偶然の新大陸発見へと繋がりました。

コロンブスが帰国したのち、その偉業を称えるための晩餐会が開かれた中で、その偉業に嫉妬した1人の人物が次のように吐き捨てました。「なんだ、大西洋を反対に進めば誰にでも見つけられたじゃないか」と。

するとコロンブスは机の上にあったゆで卵を持ち上げてこのように言いました。「誰か、この卵を直立に立ててみて下さい」と。全ての列席者が挑戦しましたが、当然ながら誰も立てることは出来ませんでした。ゆで卵は丸いので、当然のことに思えるかも知れません。

列席者が「そんなことは不可能だ」と言ったところで、コロンブスは「じゃあ私がやって見せましょう」と言って、彼はその卵をテーブルに叩きつけました。卵は底面が潰れ、確かに直立したのです。

その時にまず列席者から返って来た言葉は、「なんだ、そんなやり方なら誰にでも出来る」と言うものでした。しかし、そこでコロンブスはこう明言しました。「そうです。これは誰にでも出来たことです。しかし、実際にそれをやったのは私1人だけです」と。これが「やれば出来る」と「やり遂げた」の明確な差を表した「コロンブスの卵」と呼ばれるエピソードです。

さて、そろそろこのブログの結論へと移りたいと思います。考えるだけなら誰にでも出来ることです。現状に不満や文句を言うことも簡単です。しかし、それを本当に実行に移して、あるいは問題を解決するために新しい方法を確立して「やり遂げた」人間とは、起業に絞って考えてみてもわずかに0.015%以下、世界で初めての事を成し遂げる人間は歴史上にそれぞれ1人しかいないと言うことです。頭で考えただけのことや口に出しただけのことには、何の価値もありません。むしろ行動に移さない口実にすると言う意味ではマイナスですらあります。物事は実際に「やり遂げて」こそ初めて価値が生まれます。あれこれ考えるよりも、出来ない理由を探すよりも、まず挑戦してみることにこそ価値があります。失敗することを恐れている限りは、私たちは何も「やり遂げる」ことは出来ません。10,000の失敗から1の成功が生まれれば、それは間違いなく100%の成功なのです。

ぜひ一度、振り返ってみてください。あなたは実際に何を「しました」か?頭でだけ何かを考えていませんか?口だけで何かに不満や文句を言っていませんか?

その時間とエネルギーがあるなら、それを「実際にやり遂げる」事に使うべきだと僕は思います。それは別に、起業や歴史的な発見のような大きな事である必要は全くありません。例えば、海外のレストランで自分で注文できたなら、日本で外国の方に少しでも道案内が出来たなら、それは「やり遂げた」ことです。子供が何か習い事をする気持ちに変わったなら、それも親御さんにとっての間違いのない「成功」です。

SSEAはそんな、失敗を恐れず挑戦する生徒さまお1人おひとりのお手伝いをさせて頂ければ幸いです。綺麗な英語、美しい発音、完璧な文法で英語が話せなくても、それは何も問題のないことです。なぜなら英語とは「人とコミュニケーションを取るための会話の手段」であって、100点を取るべきテストでは決してないからです。つたない英語でも英語でコミュニケーションが取れたなら、それはすでに皆さまにとっての「成功」であり「やり遂げたこと」であると私たちは考えています。失敗を恐れて何も挑戦しなければ、それはコロンブスにただ嫉妬した人物と何ら変わりません。10,000回失敗しても1度成功すれば、それはゼロよりもはるかに価値のある事です。「失敗して何かを失えばマイナスだ」とお考えになる方もいらっしゃるかも知れませんが、実は「挑戦しないことで失うものの方がはるかに大きい」ものです。なぜなら時代は常に変わって行きますが、その中で自分だけが変わらないのであれは、何もしないことによって自分の価値は相対的に下がって行くのだと言うことを意味します。例え失敗をしたとしても、少なくとも失敗からも必ず何かしらを学ぶ事が出来るはずです。私たちはそんな価値観をお伝え出来るような、英語を身近なものとして挑戦して頂けるようなスクールでありたいと考えています。

SSEAは日本の英語教育を変えることを目標としています。今はまだ “We will do it.”ですが、それは必ず近い将来に “We have done it.” にしたいと考えています。ですが、私たちはゴールだけを見て急いで走ることはしません。私たちはゴールに向かって、毎日の一歩一歩、生徒さまとのひと言ひとことの会話を、大切に積み重ねています。講師・スタッフの全員が1人ひとりの生徒さまを大切に、全力で向き合ってお手伝いをさせて頂きます。1人ひとりの生徒さまに1人でも多くの方に英語を好きになって頂くことが、私たちの “We have done it.” へ続く階段を一段ずつ上ることです。例えその成功率が1%に満たないとしても、それを日本で実際にやり遂げることをSSEAは目指しています。

“Be a person who will have done it.”

※ 英会話SSEAが『みんなの英語ひろば』の取材を受け、特集記事が掲載されました。ぜひご覧ください!

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“Better than Nothing”

“Better than Nothing”

(何もないよりずっと良い)

これは僕がスクールのネイティブ講師と会話する中で、僕自身のジェットコースターのような人生をジョークにする時によく使うフレーズです。辛いことや悲しいことがあっても、それは自分にとって何らかの糧になっているはずだと言うことを笑って話せるように思いついたフレーズです。(希望的観測とも呼びます。笑)

個人的な話で恐縮なのですが、僕の人生は本当に山あり谷あり、いやエベレストとマリアナ海溝を常に上っては下っているような毎日です(笑)当然上っている時は良いことが、下っている時は「マジか(汗)」と思うくらい悲惨な事が起こります。悪い方だけを列挙すれば、高校生の時は不登校の一歩手前まで行きましたし、就職活動の直前には9.11の同時多発テロがただでさえ最悪だった就職氷河期に拍車をかけました。それでも何とか勝ち取った就職は僕にとってはただの悪夢でしたし、その後の職場にもお世辞にも恵まれたとは言えません。プライベートでは近しい人にこっぴどく裏切られた事や親友が自殺を図ったこと、そして詐欺に遭ったことまであります。本当に話題には事欠きません(苦笑)

ですが、こうした悲惨な経験も含めてこそ今の自分とその成長があったのだと今では思えます。辛い経験からも非常に多くの事を学ぶことが出来ましたし、その経験こそがより大きな世界を僕に見せてくれる事となりました。ですので僕はこうした悲惨な経験をした事を今では全く後悔していません。むしろ有り難かった、そのおかげで最高の人生を見つけられたとすら思っています。不思議なことですが、物事は成功よりも失敗から学ぶことの方が多いものです。だからこそ日々何か悪いことがあったとしても、”Better than Nothing” とジョークで笑い飛ばすことが出来ます。

人生には、世界には、必ず良いことと悪いことが両方存在します。程度の差こそあれ、そのプラスマイナスは必ずゼロなのだと僕は考えています。ですので、下り坂のあとには必ず上り坂があり、努力を諦めなければそれは何らかの形で必ず報われるのだと信じることが出来ます。良いことと悪いことの両方を経験した事こそが僕の原動力であり、今後の大きな目標を追うための知恵であり経験でもあります。

実は、僕には英語が話せたからこそ起こった(起こってしまった)事も沢山ありました。英語が話せれば良いことは数え切れないくらい沢山ありますが、同時にそれが災難をもたらした事もあります(苦笑)ですがそれも含めて、僕はより広い世界、より多くの事を経験し学ぶことが出来て、本当に幸せだと思います。英語は自分自身を何倍も大きくしてくれたのだと、今では感謝の気持ちしかありません。まさに僕にとっては全てのことが “Better than Nothing” です。こんなにワクワクするような人生を歩めて、幸せだと思えます。

僕が人生に迷った時に、よく確認する文章があります。何かネガティブな事に遭遇した時に、自分を奮い立たせるためのものです。

I’m not afraid of being hurt.

Whatever happens in my life,

I will never give up, and keep challenging.

Even if I fail once, it’s the path to the next challenge.

To make my dream come true.

I’m not afraid of being hurt.

As we get hurt more, we can learn much more.

As we shed more tears, we can be much sweeter.

So I’m not afraid of anything.

To make me grow up.

悪いことがあっても辛いことがあっても、それは必ず自らを成長させてくれるものです。退屈な平穏にしがみつくより、失敗することの方がずっと価値があると思っています。だからこそ失敗することを恐れず、とにかく挑戦してみよう、失敗したとしてもそれはむしろ良い勉強なのだと、全て笑い飛ばしながら人生を楽しめたら最高だと思います。

SSEAはそんな価値観に出会うことが出来るような、失敗することを恐れない人材を育成することが出来るような、そんな場所であり続けたいと思っています。

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北欧は本当に「豊か」なのか

皆さまが「北欧」と聞いて連想するのは恐らく、「生活が豊かだ」「福祉が充実」「学力が高い」「洗練されたデザイン」と言ったポジティブなイメージだと思います。それに比べて日本は仕事は忙しいし、待機児童は多いし、ゆとり教育でレベルが落ちて…とネガティブに感じられるかも知れません。

では、本当にこのイメージは正しいと言えるのでしょうか。僕が客観的に考える限り、この対照的なイメージはマスコミが意図的に誇張した偏ったものと言わざるを得ません。僕は決して右翼や愛国主義者ではありませんが、客観的な視点を日本の人々が正しく持つ必要があると思いますので、あえて事実関係をここで考えてみたいと思います。また、始めに北欧に嫌悪感を持っているのでは無いことも予めお断りしておきます。

まず目につくのは豊かさの指標として最も一般的な「国民1人あたりの名目GDP」ですが、その数字は以下のようになっています。

<2017年の世界のGDPランキング(1人あたり)>

1.ルクセンブルク 105,863ドル

2.スイス     80,637ドル

3.マカオ     77,111ドル

4.ノルウェー     75,389ドル

<中略>

8.アメリカ合衆国  59,792ドル

9.シンガポール   57,713ドル

10.デンマーク    56,631ドル

12.スウェーデン   52,925ドル

16.香港       46,080ドル

17.フィンランド   45,927ドル

25.日本       38,449ドル

このランキングを見てショックを受ける方は少なくないはずです。かつて世界一にもなった日本の1人あたりのGDPは今や25位、北欧はおろかシンガポールや香港にも及ばない…とマトモに考えては実はいけません。確かに国家と言う単位で括ればこのようになりますが、そもそも人口や地理などの条件が全く異なります。人口の少ない場所や都市国家は1人あたりのGDPが大きくなるのは当然です。これを単純に比較しては、実態を見誤ります。上記の国の人口を大きい順に見れば、

参考:EU         約5億人

アメリカ       約3億5千万人

日本         約1億2千万人

参考:東京都市圏    約4000万人

参考:北欧総人口    約2700万人

参考:東京都      約1400万人

参考:東京23区     921万人

スウェーデン      910万人

スイス         842万人

香港          740万人

シンガポール      561万人

デンマーク       540万人

フィンランド      530万人

ノルウェー       470万人

マカオ           62万人

ルクセンブルク       59万人

参考:東京都心3区    45万人

北欧を全て合わせてもその規模は東京都市圏(東京・神奈川・千葉・埼玉)よりも遥かに小さいものであり、同じ人口規模で比較するなら北欧の国は東京23区でようやく比較対象となるべきものです。ヨーロッパの一部の豊かな部分だけを切り取って「豊かだ」と断定するのは、東京23区のみを見て「豊かだ」と言っている事と同じです。日本全体として比較するべき対象はアメリカ合衆国やEUと言った単位であり、そうした基準で考えれば豊かさの指標は全く異なるものになります。マカオやルクセンブルクの規模は都心3区(千代田・中央・港区)と比較するようなものです。逆に考えると、人口が3億5千万のアメリカのGDPが6万ドルに迫ると言うのは想像を絶する事と言えます。これがアメリカが世界の頂点たる確固たる理由です。

この「基準を合わせた」豊かさの比較を1人あたりのGDPで行ってみると、以下のようになります。

アメリカ合衆国  55,805ドル

日本       32,485ドル

EU         31,968ドル

(以上2015年基準)

東京23区     76,900ドル

ノルウェー    75,389ドル

シンガポール   57,713ドル

デンマーク    56,631ドル

スウェーデン   52,925ドル

香港       46,080ドル

フィンランド   45,927ドル

(以上2017年基準。東京23区は総生産85兆円÷921万人 1ドル120円)

「豊かな場所だけを切り取る」と言う数字の比較がいかに参考にならないものかが、お分かり頂けるかと思います。日本から東京23区だけを切り取った場合、その「豊かな場所だけなら」世界では未だにトップクラスに豊かだと言うことになります。大きな括りで考えるなら、EUは日本を下回っているとも言えるはずです。またシンガポールなどは、あくまで「東南アジアの金融センター」であるから豊かなのであり、大きな括りにするためには周辺の東南アジア諸国を含めて比較するのが正しい比較対象です。そうして考えた場合、東南アジアにおける貧富の格差は日本の東京と地方の格差とは比較にならないほど大きなものです。EUにおける格差も日本より遥かに大きいと言えるでしょう。それはデモの多発や政情不安、頻発するテロや高い失業率を見ても明らかなことです。EU全体での失業率はすでに9%にも達しています。「労働者が足りない」と騒ぎになっている日本と、どちらが幸せと言えるでしょうか。

また、これらはあくまでも数字の上だけでの比較です。他の要素を勘案すれば、北欧が必ずしも豊かとは言えない理由はたくさん存在します。

例えば、皆さまは「北欧の大企業」を聞かれたら、どれだけ挙げることができるでしょうか。ノキア、エリクソン、ボルボ、サーブ、レゴ、イケア、スポティファイ…このくらいではないでしょうか。これはアメリカや日本はもちろん、ドイツ1国と比べても圧倒的に劣勢であり、学力が高いはずの北欧にはそれを受け入れるだけの環境が存在しないと言うことになります。学力が高いのに競争力のある企業が育たない、これは非常に矛盾していると思いませんか?これには北欧諸国が福祉の充実に注力し過ぎてしまった弊害が関係しています。

北欧の国での福祉が充実しているのは、紛れもない事実です。医療費、年金、社会保障と、人々は安定した裕福な福祉の恩恵を確実に受けており、これが一見すると「暮らしやすい」ように見える理由の一つです。しかし一方で、その福祉を維持するための税率は北欧では圧倒的に高くなっています。日本の消費税に相当する標準税率は22%から25%と、何をするにも税金で飛んで行ってしまいます。また産業の脆弱さから公務員比率が高くなっており、大半の国で公務員比率が30%を超えています。公務員の無駄な仕事が叫ばれる日本の比率が9%程度である事を見ても、これがいかに異常な数値かがお分かり頂けるかと思います。一体どうしてこれで豊かな国が成り立つのか不思議に感じられるかも知れませんが、その秘密は油田や鉄鉱石などの資源にあります。つまり経済は完全に資源依存で成り立っているのであり、これはアラブの産油国と何ら異なるものではありません。日本にはほとんど資源がないにも関わらずこれだけの経済力を知恵と勤勉で生み出している、これは逆に誇るべきことだと僕は考えます。

北欧の「豊かさ」とは、豊富な資源を背景に国民が高い税金を支払う事で全員が恩恵を受けましょう、そのような前提で成り立っているものです。国民がみな似たような水準で福祉を受けられる一方で、高水準の最低所得が国で定められているため製造業では国際的なコスト競争力が失われました。その結果残る仕事は研究開発を除けばドライバーやウエイターのような単純労働のみ。税率は高く、物価も高い。その代償として教育や医療が無料であると言う福祉が成り立っています。つまり「みんなでほどほどに幸せに暮らしましょう、大きな夢を見ることは出来ませんが」、そのようなものです。また働き口のない移民でも高い失業手当がもらえる事から無職の失業者が増加した結果、外国人への差別意識が非常に高くなっています。こうした状況と平行して低い出生率と高齢化も進み、人口も増加していません。豊かなはずの国の人口がなぜ増えないのか、それは良く考えてみる必要のあることです。国全体がお金を持ちながらも排他的な「老人ホーム」となっているようなものです。

先日このような事件があったのを皆さまはニュースでご覧になったでしょうか。北欧のとある国のホテルに予約の前日にチェックインしようとした中国人観光客が宿泊を断られ、ロビーで寝泊りしようとしたところを警察につまみ出されました。もちろん原因は中国人観光客のマナー違反であったのは疑いもありませんが、それを国のテレビ局が馬鹿にして番組を制作し、「中国人観光客の皆さまを歓迎致します。ただし、散歩をしている犬は食べ物ではありませんので食べないように(笑)また用を足す時はトイレに行く必要があるんですよ(笑)」と言う侮辱的な内容が放送され、国際問題にまで発展しました。もし日本のNHKがこのような番組を放送したら、皆さまは恥ずかしいと思いませんか?例え中国人観光客のマナーに怒りを覚えたとしても、人としての品位は守って然るべきもののはずです。この国では外国人への差別意識がこれだけ高いものであり、国民の民度は残念ながらこのように低いものだと言わざるを得ません。

さて、皆さまは日本の未来に何を望むでしょうか。北欧のように「排他的に小さくまとまる幸せ」なのか、「勤勉や努力、挑戦や多様性が認められる幸せ」か。僕は日本の未来は後者であって欲しいと願うばかりです。繰り返しになりますが、僕は愛国主義者ではありません。北欧を嫌悪する感情も一切ありません。それぞれの国にはそれぞれの考え方があって当然です。ただ、自分の生まれ育った国がより良くなって欲しいと言うことを、当たり前に願っているだけです。多様な人々がお互いを尊重する社会、私たちのスクールはその実現を目指しています。

“Hope we can respect the diligence, effort, challenge and diversity, to make our country grow up.”

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アメリカ英語とイギリス英語の違いを考える必要がない理由

アメリカで話されている英語とイギリスで話されている英語に違いがある、と言うのは皆さまもご存知の通り、有名な事実です。アメリカ人に言わせれば、世界的にスタンダードなのはアメリカ英語だと言うでしょうし、イギリス人に言わせれば、英語はイギリスの言語なのだからイギリス英語こそが正しいと言うことでしょう。実際にアメリカ人とイギリス人が会話をすると、お互いに「その英語は間違っている」と訂正し合う、などと言う笑い話まであります。

では、皆さまはどのようにお考えになるでしょうか。世界の中心はニューヨークだから、アメリカ英語が正しいと思いますか?発音がクリアな、発祥の地であるイギリスの英語を学ぶべきだと思いますか?

結論から言ってしまえば「どちらが正しいかを考える事にはもはや意味がない」と言うのが正解です。なぜなら、英語とは今やアメリカ語でもなければイギリス語でもなく、「世界の共通語」として学ぶべきものだからです。

「そうは言っても少しでも正しい方が良い」と思う方もいらっしゃるかも知れませんが、そう言う方にまずお聞きしてみたいと思います。

「あなたは、英語を聞いた時にそれがアメリカ英語なのか、イギリス英語なのか、ハッキリ自信を持って区別出来ますか?」

もしアメリカ英語とイギリス英語を完全に聞き分けることが出来る方なら、おそらくTOEICなら900点以上のスコアが取れるでしょう。そのような方は、英語を習うよりもう教えた方が良いかも知れません(笑)逆に言えば、アメリカ英語とイギリス英語の違いとはTOEIC900点レベルになって初めて区別出来るものであって、アメリカやイギリスに移住する予定でもなければ、そのレベルに達するまでは考える必要のないことです。どちらの英語を学んでも、基本的な単語や文法は同じです。

そもそも21世紀の現在では、「どの英語が正しいか」を決めること自体にもはや意味がありません。英語はそれぞれの国や地域で異なるそれぞれの英語が使用されており、「スタンダードな英語」と言う概念は存在しないのです。アメリカではアメリカ英語が、イギリスではイギリス英語が、オーストラリアではオーストラリア英語、インドでは独自に発展した英語、シンガポールではシングリッシュが話されています。

<世界には国の数よりも多い英語がある>

もちろんインドの訛った英語やシングリッシュはかなりクセのあるものなので、それを基準に勉強したり文法や発音が明らかに間違っている可能性があるネイティブではない英語を学ぶことはお勧め出来ませんが、アメリカ、カナダ、イギリス、アイルランド、オーストラリア、ニュージーランドといった国のネイティブスピーカーから英語を学ぶのであれば、TOEIC900点を取るまではその違いにこだわる必要は全くありません。

例えば、もしあなたが「ニューヨークで話されている英語こそが世界基準だ」と考えてニューヨーカーの英語を徹底的に勉強したとすると、その中の「ニューヨーカー特有の表現」はニューヨークでしか通用しません。さらに言えば、ニューヨークの中でも人種によって話されている英語が違います。白人英語、黒人英語、アジア系の訛り、ヒスパニック系の訛り。ニューヨークの中だけ見ても、実は「英語とは1つではない」のです。

<ニューヨークで全員が同じ英語を使うわけではない>

例えば”often”という単語の発音を例に挙げてみましょう。日本ではこの単語は「オフン」と発音し、「tは発音しないのが正しい発音だ」と教えられていますが、実はこれも大きな誤りです。「tを発音する人もいる」というのが正解で、どちらの発音が正しいかを2人のアメリカ人に聞いてみたところ、1人は「アメリカの北部ではtを発音するけど、南部では発音しない」と答え、もう1人は「フォーマルにはtを発音して、発音しないとカジュアルな響きになる」と答えました。「アメリカの北部はフォーマルで南部はカジュアル…」と考えれば何となく辻褄も合うような気もしますが、いずれにせよ唯一真実と言えることは「発音は1つではない」と言うことです。

<アメリカでも北部と南部、東部と西部の英語は異なる>

また、”fish”と言う単語の複数形についても考えてみましょう。この単語は単複同形で、数が増えても”a fish, two fish, three fish…”となりますが、辞書には”fishes”と言う複数形も記されています。これはどういう理由かと言うと、同じ種類の魚は何匹いても”fish”ですが、複数の種類の魚に関しては一部の地域では”fishes”という複数形を使用することがあるためです。ニューヨークでは魚は何匹いようが何種類いようが単複同形の”fish”ですが、辞書にも記されている通り複数形を使用する地域があるのもまた事実です。これはネイティブスピーカー同士でも意見が分かれてしまう内容でどちらが正しいと決めることはできず、「2つの使い方がある」と結論づけるしかありません。

さて、そろそろ皆さまもお気づきかと思います。「英語には絶対の正解がない」と言う事実に。国によって、地域によって、人種によって、場合によっては個人によっても英語とはそれぞれ違うものなのです。特定の地域特有の英語を頑張って勉強しても、それは他の地域では通じない可能性すらあるのです。それだったら特定の地域の英語だけが分かるよりも、様々な英語を幅広く理解出来る方が良いと思いませんか?実際にネイティブスピーカーでさえも「実はネイティブスピーカーも実際には正しい文法で英語を話してはいない」と言っています。私たちがニュースで読まれているような綺麗な日本語を話していないのと、きっと同じなのでしょう(笑)

つまり英語を世界の共通語として学ぶ限りは、アメリカ英語とイギリス英語の違いにこだわる事はもはや何の意味もないことです。綺麗な英語にこだわるよりも、普遍的に誰もが分かるようなシンプルな言い方をする方がコミュニケーションはスムーズに運びます。発音も必要以上にこだわりを持つことは時間の無駄です。よく日本人は”R”と”L”の発音を使い分けられないと言って矯正しようとする講師がいますが、例えばレストランで”rice”(お米)を”lice”(シラミ)と発音したとして、勘違いするウエイターが果たしているでしょうか(笑)そもそも、アメリカやイギリスではウエイターが英語のネイティブスピーカーであるとも限りません。細かい発音の違いや正しい文法に時間を掛けてこだわるより、基本的な文法と必要な単語を覚えてシンプルかつ流暢に使える方が、コミュニケーション力は遥かに高まります。こういう細かい違いにこだわるのは、TOEIC900点が取れてからで十分です。

「世界の共通語」である英語において「正しい英語とは何か」を決めることにはもう意味がありません。アメリカ英語やイギリス英語、細やかな発音や難しい文法にこだわって勉強する前に、身近な外国人とシンプルにコミュニケーションを取ることに挑戦してみてはいかがでしょうか。

なぜなら英語とは、

「世界中で使われる、共通語としてのコミュニケーションの手段」

なのですから。

English is neither American nor British language. It’s “the common language” to understand and respect the difference of us all around the world.

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アイルランドの歴史と言語事情

本日、SSEAでは新たにアイルランド出身のネイティブ講師がチームの一員となりました。

「あれ、アイルランドには、アイルランド語はないんだっけ?」

と気づいた方は鋭いです!実は「アイルランド語」と言う言語は確かに存在します。では、アイルランド語があるはずなのに、なぜアイルランド出身の講師は英語のネイティブ講師なのでしょうか。本日はその理由を、アイルランドの歴史と言語事情を交えてご紹介したいと思います。

<アイルランド共和国の国旗>

現在のアイルランドにおいてはアイルランド語を第一言語として話す人々はわずか数%と言われており、わずかな狭い地域のみで会話に使用されているのみで、アイルランド国民のほとんどが英語を母語として育った英語のネイティブスピーカーとなっています。アイルランドではアイルランド語が国語として定められているものの、ほとんどの国民は学校で勉強するのみで、会話に使用するのもままならないほどにその存在は危機に瀕しています。

この状況に危機感を持ったアイルランド政府によってアイルランド語復活政策が推進され、アイルランド国内の標識などには英語とアイルランド語の両方が表記されたり、義務教育や公務員試験においてもアイルランド語が必修とされているものの、就職後には多くの人が忘れてしまい、英語が第一言語である状況を覆せる可能性はほとんどないと言われています。

本来、ゲルマン語にルーツを持つ英語とケルト語の一派であるアイルランド語は完全に違う言語であり、当然ながら相互に意思疎通を図ることはできません。きっと、日本人と韓国人が自らの言語で会話をしようとするようなものでしょう。本来アイルランド語を話していた地域であったアイルランドが、なぜ英語が母語の国になってしまったのでしょうか。それには当然、隣接するイギリスとの歴史が大きく関係しています。

<アイルランドと周辺国の位置関係>

本来ケルト人が住み着いた地域であったアイルランドにゲルマン系のノルマン人の侵攻が始まったのは、はるか12世紀にまで遡ります。12世紀中には多くの豪族たちがイングランドの支配下におかれ、とうとう16世紀にはイングランド王ヘンリー8世が「アイルランド王」を自称することとなり、これ以降、多くのイングランド人がアイルランドに入植するようになります。1652年のオリバー・クロムウェルによるアイルランド侵略によりアイルランドは事実上イングランドの植民地となり、1801年にはイギリスによるアイルランド併合が行われ、イギリスによる統治は1922年のアイルランド自由国(イギリス自治領)の成立まで長きに渡り続きました。この間に起こったジャガイモ飢饉や、イングランドによる迫害を逃れた多くのアイルランド人がアメリカへ脱出したため、最盛期に880万人であったアイルランドの人口は現在でも約480万人ほどです。また、この自由国成立の際に北部6州は北アイルランドとしてイギリスに留まることになり、その後のアイルランド内戦へと発展したものの、様々な歴史を経て1998年に国民投票により北部6州の領有権は公式に放棄されました。北アイルランドが今もイギリスの一部となっているのは、イギリスによる植民化と分断の歴史によるものです。このような歴史から、アイルランドにおける対英感情は今でもお世辞にも良いとは言えないものとなっています。

<アイルランド共和国と北アイルランド(イギリス領)>

しかしこうした歴史や反英感情とは逆行するかのように、アイルランド固有の言語であったアイルランド語は第一言語の役割を英語に奪われたままとなったのです。隣接するヨーロッパの金融センターであるイギリスとの経済的結びつきは非常に重要なものであり、その実用性から多くの人々は独立後も英語を使い続ける道を選びました。1990年代の「アイルランドの奇跡」と言われる経済成長はアメリカやEUによる投資や援助が大きな役割を果たし、英語を母語としない者は社会的にも不利な立場になってしまうとの現実から、例えアイルランド語が話せる母親でもその子供は英語で育てるのが現状で、アイルランド人にアイルランド語で話しかけても相手が戸惑ってしまうくらいにその存在は小さなものとなってしまったのです。現代のアイルランドの街中でアイルランド語を耳にする機会はほとんどなく、多くの若者にとってアイルランド語は古典を学ぶような位置づけとなっています。

このような複雑な歴史から、独自のアイルランド語を持ちながら英語のネイティブ国家となったアイルランドですが、イギリス内でもイングランド人とスコットランド人には全く異なるアイデンティティがあるように、アイルランドとしてのアイデンティティはしっかりと残されています。アイルランドは第二次世界大戦中においても、当時は英連邦であったにも関わらず唯一対日参戦を行わなかった国であり、現在ではイギリスにただ傾斜するのではなくアメリカとの経済的結びつきも強めています。

<英語が母語の同じ西洋人でも性格や特徴は全く異なる>

日本人から見ればみな仲間かのように見える英語を母国語とする6か国(アメリカ・カナダ・イギリス・アイルランド・オーストラリア・ニュージーランド)ですが、それぞれにそれぞれの歴史とアイデンティティがあります。英語は現代の地球では「世界語」となった存在であり、もはや特定の国の言語ではない英語を学び話すことと自国のアイデンティティを保つことは、決して矛盾するものではないのかも知れません。今後は英語を積極的に学ぶことで、相互の交流によって逆に文化の違いを理解し尊重し合う事の重要性に気づくことが大切なのでしょう。日本にも近年では、多くの外国人が移り住むようになりました。20年前に、東京がこれだけ国際的な都市になる事を想像していた人がいたでしょうか。日本の良さを保ちながら、「異なる文化を受け入れ尊重する」ためにも、1人でも多くの皆さまに英語を学んで頂ければ幸いです。

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世界を旅して思うこと

今日は1人の日本人として、世界を旅して感じた事や日本に対して思う事を書いてみたいと思います。この記事は、新しく思う事が増えたり、考え方が変わった時は随時更新をして行きたいと思っています。今の時点で世界の全てのことを理解したつもりはなく、まだまだ見たり聞いたり、学ばなければいけない事がたくさんあると思います。

1番始めに述べたいことは、「日本人に生まれた事は幸せだった」と言うことです。他のブログ記事でも触れましたが、日本と言う国の生活環境、そして戦後日本人が築いて来た日本人の価値と評価は、概ね世界のほとんどの国で高く評価されています。どこの国へ行っても「日本から来た」と言って嫌な想いをした事や失礼な扱いを受けた事は、今まで記憶にありません。

それはこの国の人々が積み上げて来た技術や経済力、文化的あるいは自然環境の遺産に加えて、謙虚、勤勉、礼儀正しいと言った日本人の本質が世界の人々に伝わって来た結果であると、しみじみと思います。海外旅行でも、初期の頃は現地の文化や慣習に対する理解が及ばなかった時期もあったかとは思いますが、日本人としてのマナーを守り、現地の文化や慣習を尊重し、礼儀正しく振舞い続けて来た積み重ねがあったからこそ、今の日本人の高い評判へと繋がったのかと思います。他国で入国審査を受ける際も、日本のパスポートを出せばまず疑われる事はありませんし、列に並んでいたら「お前は日本人か?」と聞かれ、そうだと答えたら現地国籍のレーンに案内されそのまま優先的に通された事も1度ではありません。フランスに住む友人に聞く限りでは、同じアジア人でも「日本人」は全く異なるイメージを持たれているそうです。現地に住む台湾の友人と過ごしていた時に、こんな事がありました。メトロの階段を上がるのに2人でベビーカーを担いでいた際に、後ろにいたフランス人から「見ろ、中国人がバカやってるぜ」と侮辱されていたらしいのです。僕はフランス語が分からないので気づきませんでしたが、ここでアジア人の見分けもつかないはずなのに、軽蔑の言葉が「日本人がバカやってる」とならなかった事は、ある意味一つの証拠だったのかと思います。

<子供を大切にする先進国フランスでもバリアフリーは日本よりはるかに遅れている>

先のブラジルワールドカップでも、観戦後にゴミを拾って帰る日本人サポーターの姿が非常に高く評価され、その後の国際大会で真似をする国が続出しました。また、先日のテニスのU.S.オープンで優勝した日本人の血を引く大阪なおみ選手が、表彰式で現地の人々からブーイングを受ける中で行った「気遣いの込められたスピーチ」は、止むことのなかったブーイングを一瞬で拍手へと変えてしまいました。大阪なおみ選手がどの程度日本の文化や習慣に触れて育ったのかは僕には分かりませんが、少なくとも彼女の振る舞いは日本人の評価をまた一つ高めた事は間違いありません。

そして今、日本に憧れ日本を訪れる外国人がものすごい勢いで増加しています。特に若い世代の人たちは、小さな頃から日本製の電化製品や車、アニメ・ゲームや漫画などのサブカルチャーに触れて育って来ているため、欧米人でも有色人種として偏見の目を持つ人はかなり減っているように思います。日本人だけが特別扱いなのかも知れませんが、欧米の国々へ行っても自分が日本人だと言えばみんな嬉しそうな顔をして、親切にしてくれます。確かに日本は欧米以外からG7に参加するアジア唯一の先進国ですが、こうした経済の成熟度以上に力を発揮しているのは、日本人1人ひとりがこれまで積み重ねて築き上げた、日本の世界に対する貢献と日本人に対する評価であるのは間違いないと思います。また、フランスやカナダ、アメリカに行けば多くのアジア・アフリカからの移民を見かけますが、日本人の移民を見かけることはあまり多くありません。アジアではチャンスさえあれば海外で就職をして国を脱出しようとする国民が増えていますが、逆に日本では留学へ行く若者が減っていると言う、全く逆の現象が起きています。留学に行く若者が少ないこと自体は憂うべきことですが、逆に言えば日本の経済と社会がそれだけ安定しており、居心地がよく海外へ脱出する必要がないことの裏返しでもあります。日本から人が出て行かないばかりか近年では外国人の移民や労働者がどんどん流入し始めており、日本は人気の移民先国家として既に世界の第4位となっています。英語圏やフランス語圏でない国にこれだけの移民が来ると言う事は、それだけ日本が魅力的な国なのだと言う確たる証拠でもあります。

このように世界を旅すればするほど、逆に日本の凄さを実感する僕が唯一「まだ及ばない」と感じた国があります。それは他のブログ記事でも度々話題に取り上げている、アメリカ合衆国です。

もちろん、アメリカが政治・経済・技術開発・軍事など多くの点で最先端にあり、世界の頂点に立つ国であることを疑う人はおそらくほとんどいないでしょう。しかし、僕が「日本はまだ及ばない」と感じた出来事は、実は本当にちょっとした事でした。2013年にアメリカ南部、テキサス・ルイジアナ・フロリダ州を訪れた時のことです。僕らはニューオーリンズからフロリダへ、世界初のLCCであるサウスウエスト航空のフライトを利用しました。フロリダの空港に到着し、飛行機から降りようとした時です。前の列にいた乗客がまだ準備に時間がかかりそうだったため、先に降りようした僕を1人の男性が制止しました。”Excuse me.”と…

その時初めて、僕は自分がマナー違反をしかけた事に気がつきました。アメリカでは例えLCCでも、乗客は前の列の人たちが降りるまで、決して前に進みません。正直なところ、これは僕には忘れられない衝撃的な出来事でした。「日本より進んでいる国がある」と言うことを、小さな事から嫌と言うほど痛感しました。そして、自分たちはまだまだ学ばなければならない事がたくさんあると思い知りました。「日本よりも遥かに前を走っている国が1つある。アメリカ合衆国と言う名の国だ」、少なくともこれは確かなことです。

<アメリカではLCCでも障害者や子供連れ家族の優先搭乗は徹底されている>

他の国へ行けば、「やはり日本の治安やサービス、人々のマナーと勤勉さは凄い」と思う一方で、アメリカへ行ったりそのニュースやイノベーションを聞くたびに「やはりアメリカは凄い、まだまだ及ばない」とも思います。日本は、非常に恵まれている国でしょう。おそらく世界で2番目に進んでいる国と言えるかも知れません。しかし一方で、「まだ2番」です。日本人にはまだまだしなければならない事がたくさんあります。まず今後国内でも進むであろう国際化・多様化する社会に適応することが緊急に必要で、そのためには海外の文化や「異なる考え方」を受け入れる下地を作らなければなりません。世界の共通語である英語を会話として使えるようになる事も大切でしょう。そして海外の現状や問題、あるいは見習うべきことを1人でも多くの若者が経験し、日本と言う国をさらに発展させて行く必要があります。

また同時に、「日本は世界への貢献がまだ足りない」とも思います。確かに技術面や経済面、文化的な影響を通じてこれまで多くの貢献をして来たとは思います。しかし、世界にはまだまだ多くの問題があります。「日本が幸せな国ならそれで良い」と考えてはいけないのだと思います。もっと積極的に、世界の平和や貧困の解消を目指して中心的な役割を果たして行かなければなりません。それは決して軍事力を拡大して戦争に加わるべきだと言う意味ではなく、環境・エネルギー技術の開発や発展途上国の産業の育成、あるいは国際社会でのリーダーシップや新しい枠組みの創設など、日本らしいやり方や新しい発想で世界をリードして行けるようにならなければならないと感じます。総合面で日本よりも進んでいる国は、アメリカしかありません。(全ての面ではないことは強調しておきます。)日本が国際社会で行うべき責務はもっと重いはずです。もっと日本の知恵と良さを世界に発信し、アメリカからは学ぶべきことを学び、世界に貢献出来る国となって欲しい、そう願うばかりです。

そのためにも、今後も多くの国々を訪れ見識を広げ、その経験を多くの日本の皆さまに英語と共にお伝えできたら幸いです。そして、世界に貢献するための最大の武器は、やはり英語なのだと思います。1人でも多くの方に、ぜひ英語と共に世界へ飛び出して多くのことを学び日本へ持ち帰って、その知識と経験をこの国と世界へ貢献する事に役立て欲しいと願い、僕自身もそのお手伝いが出来るよう、また自分自身も世界に貢献出来る人間になれるよう、今後も出来る限りのことに取り組んで行きたいと考えています。今後の若者には日本人としての誇りを忘れず、世界を学び日本を知り、そしてその知識と経験で日本と世界へ貢献して行って欲しいと思います。

We can change the world with English.

Find the world, find Japan again.

※ 英会話SSEAが『みんなの英語ひろば』の取材を受け、特集記事が掲載されました。ぜひご覧ください!

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ハリネズミのジレンマ

今日は、一見英会話とは関係ないようで、実はコミュニケーションにとても大切だと僕が思うことを書いてみたいと思います。それは、「ハリネズミのジレンマ(hedgehog’s dilemma)」と呼ばれる人間関係における現象です。

「ハリネズミのジレンマ」は「ヤマアラシのジレンマ(porcupine’s dilemma)」と呼ばれることもありますが、哲学者ショーペンハウエルの寓話を元に心理学者フロイトが作った、人間関係に関するたとえ話のことです。

ハリネズミは皆さまもご存知の通り、身体全体に鋭いトゲを持っています。これは自らの身を守るためのものですが、同時に仲間を遠ざけてしまうものでもあります。ハリネズミが寒さに凍えたとき、ハリネズミは身を寄せ合ってお互いを暖めようと試みます。しかし悲しいことに、ハリネズミ同士が身を寄せ合うと、その鋭いトゲでお互いを傷つけてしまいます。お互いを傷つけてしまうことに気付いたハリネズミはお互いを傷つけないようにいったん距離を取りますが、やはりお互いを暖め合おうとして再び近づこうとします。こうしてお互いに近づこうとしてはお互いを傷つけることを繰り返してしまうのが、「ハリネズミのジレンマ」と呼ばれる人間関係です。

<ハリネズミはそのトゲゆえにお互いを傷つける>

これは人間同士にも非常に良く見られる現象で、恋人、夫婦、友人、そして家族と、お互いに近づこうとすると時にお互いを傷つけてしまうことがあります。こうして近づいたり離れたりを繰り返すことで、私たちはそれぞれに適切な距離と関係を少しずつ見つけて行きます。人間関係はお互いに近づきすぎると、傷つき傷つけてしまい関係が悪化することがある一方で、距離をとってしまえば疎遠になり、親密な関係を築くことは出来ません。人にはそれぞれ最適な距離感があるのですがそれを見つけるのはとても難しいことで、その過程で必ず傷つけ傷ついてしまうことがあります。

それでも、例え傷つくことがあったとしても、人はお互いを理解しようとすることを諦めてはいけないのだと僕は思います。お互いを理解し距離を近づけることが出来なければ人々は永遠に他人同士であり、その利害が干渉することがあればそれは必ず衝突と争いへと発展してしまうからです。

実は、英語を話すことや異なる価値観と出会うことは、この「ハリネズミのジレンマ」と全く同じことです。同じ国で育った人間同士でもそうなのですから、異なる文化や宗教を持つ人々が近づこうとすれば、そこには必ず誤解や衝突が生じることがあります。しかしそれでも、粘り強くお互いを理解し、お互いの適切な距離と関係を築くことがとても大切です。それを諦めてしまえば、世界には恐らく戦争や紛争しか残らないでしょう。

僕が初めてカリフォルニアに留学した時に、同じ家に滞在していた日系ブラジル人のアグネスに言われた言葉があります。(詳しくは留学時代のブログ:Santa Barbaraその1。から順にお読み下さい)

“Try to understand.”
(理解しようとしなさい)

とてもシンプルなフレーズですが、僕は20年近く経過した今でもこの言葉を忘れることが出来ず、とても大切にしています。

<英語を話すことは相手を理解しようとすること>

お互いを理解することを諦めてしまえば、人々が近づき、協力し、平和な社会と世界を築くことは決して出来ません。その過程ではもちろん傷つくことも必ずあります。しかしそれでも私たちは、お互いを理解することを決して諦めてはいけない、そのことをアグネスは僕がカリフォルニアに到着したその日に教えてくれました。(そこまで深い意図があったかは分かりませんが。笑)日本人にとって英語を話すと言うことは非常に難しいことです。姉妹語を母語とするフランス人やスペイン人が英語を学ぶことと、全く異なる文法と文字を使用する日本人が英語を学ぶことは全く別次元の話であり、それは同列に比較することは出来ません。

ですが、私たちは世界の共通語である英語を自ら話すことで初めて、他の文化や価値観を理解しようとする姿勢を持つことが出来ます。翻訳ツールを使った方が早い、とお考えになる方もいらっしゃるかも知れませんが、そこには明確に違いがあります。機械で即座に翻訳してしまえば、私たちはそれを情報としてしか理解することが出来ません。コミュニケーションとはそうではなく、人がみな必ず持っている感情と共に「お互いを理解しようと努力すること」です。自ら英語を話したり聞こうとして初めて、私たちは異なる価値観を「理解しよう」と言う姿勢を学ぶことが出来ると僕は思います。そして世界の人々がお互いを「理解しよう」と努力して初めて、私たちは地球と言う限られたエリアの中で共生することが出来るのではないでしょうか。

もちろんその中では、お互い傷ついたり傷つけてしまうことが必ずあります。それは個人同士でも、日本人と外国人でも、国と国の関係でも同じです。必ずいつか「ハリネズミのジレンマ」を経験します。しかしそれで諦めるのではなく、近づいたり離れたりを繰り返しながらお互いを理解して、お互いが共生出来る距離と関係を見つけることを私たちは決して忘れてはいけません。

実は僕はまだ高校生の頃に、とあるアニメのストーリーでこの「ハリネズミのジレンマ」を知りました(笑)アニメと言うと軽く見る人もいらっしゃるかも知れませんが、様々な道徳的なメッセージが含まれているドラえもんに代表されるように、これは日本が世界に誇るれっきとした立派な文化だと僕は思います。世界中の人々がドラえもんを見て育てば、世界はもっと平和になるかも知れません(笑)実際に日本のアニメを見て育った外国の人々は、大部分の人々が日本を非常に好意的に捉えています。それはきっと、外国の人々にとって「日本」と言う文化を理解することなのでしょう。

<ドラえもん名言集(笑)>

<人を理解しようとすることは難しい。でも諦めてはいけない>

世界には必ず、幸せなことと辛いこと、嬉しいことと悲しいこと、簡単なことと難しいことがあります。人生には、世界には、多かれ少なかれ良いことと悪いことがあるものです。しかし、辛いことや悲しいことを経験したら、そのぶん人には優しくなれる事もあります。人と人はそうして、常にお互いを思いやり協力する努力を諦めてはいけないと僕は思います。それがお互いを「理解しようとする」事なのだと思います。

“Try to understand”

皆さまもぜひ英語を自らの口で話すことに挑戦して、人々を理解しようとすることの大切さを学んで頂ければ幸いです。

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お台場に「自由の女神」がある理由

皆さん、「自由の女神」って、世界に一体いくつあるか、ご存知でしょうか?

「あれ、そういえばお台場にもあったような」と気付かれる方もいらっしゃるかも知れません。実のところ、偽物やレプリカは世界中に無数にあり、数えることは困難を極めます。実は日本にも、青森県のおいらせ町や北海道の函館などにもレプリカが存在します。ここでご紹介させて頂きたいのは、「公式な」自由の女神像は、世界にいくつあるかと言う点です。

<ラスベガスのホテルにあるレプリカは低クオリティ…>

世界で最も有名な自由の女神像は、世界遺産にも登録されており、ニューヨークのシンボルとなっている有名なものであるのは間違いないでしょう。もしかしたら、アメリカ人でも本物の自由の女神はニューヨークにしかないと信じている人がいるかも知れません。自由の女神は英語では”Statue of Liberty”と呼ばれています。”statue”は「像」を意味する単語で、”liberty”は「束縛からの解放と自由」を表す単語です。つまり直訳すると「自由の像」なんですね、女性の像なので日本語では「自由の女神」と呼ばれていますが、英語ではあくまでも”Statue of Liberty”です。

<ニューヨークの自由の女神像は合衆国のシンボル>

このニューヨークの自由の女神像は、アメリカ合衆国の独立100年を記念して、独立運動を支援したフランス人たちの募金によってパリにて建造され、完成の後に1886年にアメリカ合衆国へプレゼントされたものです。アメリカ合衆国の象徴のイメージが強い自由の女神像ですが、その生まれ故郷は実はフランスなんですね。

実は、世界にはもう一つ、「公式な」自由の女神像と考えられているものがあります。それは女神像の生まれ故郷である、フランス・パリのセーヌ川のグルネル橋のたもとに設置されているものです。大きさは高さ11.5メートルとニューヨークのものより小さいこの「パリの自由の女神像」は、フランス革命100周年を記念して、パリに住むアメリカ人たちによってニューヨークの女神像に対するお返しとして、1889年にパリへと寄贈されたものです。つまりアメリカ人とフランス人は、お互いに自由の女神像をプレゼントし合ったんですね。ですので、「公式な」自由の女神像と考えられるものは世界に2つ、と言うのが正解と言えるでしょう。その他のものは全てレプリカという事になります。

<パリの自由の女神像はセーヌ川の中州にある>

「あれ、じゃあお台場にある自由の女神は、やっぱりただの偽物なのかあ」と思った方、ちょっとお待ち下さい。確かに完全な「公式な」ものとは言えませんが、逆に完全な「偽物」とも言えない代物なのがお台場の女神像です。

まず、なぜお台場に自由の女神像が設置されたのか、その経緯をたどってみることにしましょう。お台場に初めて自由の女神像が設置されたのは遡ること1998年、日本におけるフランス年事業の一環として、本物の「パリの自由の女神像」が約1年ほど設置されたのが始まりです。本物の自由の女神像をパリから輸送して設置し、除幕式には当時の首相であった橋本龍太郎とフランスのシラク大統領も出席して、盛大に点火が行われました。日本は地震国であるため本物の自由の女神像に何かあってはならないと、設置する台座は耐震構造で入念に設計され慎重に設置されたそうです。つまりお台場には「本物の自由の女神像」が1年間、ちゃんと存在していたのです。

ところが…残念なことにこの女神像はパリの大切なものですので、やはり1年後には帰国し、元の場所に戻されてしまいました。しかしこの事業が好評を博したため、「お台場にも自由の女神像が欲しい!」と言う機運が高まり、その後フランス政府からレプリカの制作が認められたため、フランスのクーベルタン鋳造所にて複製されたブロンズ製のレプリカが、2000年に改めてお台場に設置されました。このフランス政府公認のレプリカは実際にパリの本物の自由の女神像から型を取って鋳造されたため、パリにあるものと全く同じ形の、パリ生まれでフランス政府公認の「東京の自由の女神像」なのです!もちろんアメリカとフランスがそうしたように「寄贈されたもの」ではないため公式な像にはカウントされませんが、フランス政府が公認した「準公式の」自由の女神像と言えるものです。これは日本人にも、フランス人にもほとんど知られていない事実で、お台場の自由の女神は決して「偽物」ではないのです。「世界で3番目の自由の女神像」と言っても過言ではないでしょう。

<東京の自由の女神像はフランス政府公認>

僕が10年ほど前に米国西海岸へ留学した際に、ホームステイした家のルームメイトがたまたまフランス人の青年でした。彼の名はセバスチャンと言い、週末に一緒に旅をしたりと割と親しく付き合ったのですが、ある日、自由の女神の話になり「そういえば、東京にも自由の女神があるんだよ」と彼に伝えたところ、彼は笑いながら「バカなことを言わないでくれ、自由の女神は世界に2つだけだ(笑)」と言ったのです。その時、僕はお台場になぜ自由の女神像があるのか、その経緯を知らなかったため、「いや、本当にあるんだって!」としか言えなかったのですが、一方で「ただのレプリカなのかな」とも思い、セバスチャンも全く信用していない様子だったのですが…。帰国してある日、お台場を訪れた際にこの自由の女神像がフランス政府公認のものであることを知り、「ちくしょう、あの野郎!フランス政府公認じゃないか!(笑)」と、今では非常に悔しく思います(苦笑)何しろこのように、日本人にもフランス人にもその経緯と正統性がほとんど知られていないのが、お台場にある「世界で3番目の自由の女神像」です。日本政府はもっと積極的に働きかけて、フランス政府と共に「自由の女神は世界に3つ、ニューヨーク・パリ・東京にある」と宣言したら良いのでは、と思います(笑)

<パリ出身のセバスチャンも東京の女神像の事は知らず>

このように、お台場にある自由の女神像は意外にもれっきとしたものです。皆さんもフランス人やアメリカ人と出会った際は、しっかりとその正統性を教えてあげてください(笑)「フランス政府公認の自由の女神」ですから!

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Santa Barbaraその11。

ここでは2001年の春に僕が初めての留学で滞在したカリフォルニアの小さな町、サンタバーバラでの体験について書いています。初めてこのブログをお読みになる方はぜひ、Santa Barbaraその1。からお読みください。

サンタバーバラでの留学生活も2週間が過ぎ、現地での生活や簡単な英語にも慣れて来ていました。学校の授業も発言は出来ないものの先生が言っている事は何となく(半分は推測でしたが)分かるようになり、授業ではスピーチをしたりもするようになりました。(レベル6のクラスなので周りの学生は何も見ずにペラペラとスピーチする中、僕は事前に書いた原稿を見ながら読んでいただけでしたが…)

ハウスメイトでクラスメイトでもあった韓国の大学生のユンは、クラスで自分の通う梨花女子大学(Ewha/イファ女子大学:韓国の女子大の最高峰。最近では朴槿恵前大統領の側近の娘が不正入学した大学としても話題に上りました…)についてスピーチをしていたのを聞いて、韓国は日本よりも更に学歴が重要な受験競争社会なのだと、その時に初めて知った事を思い出します。

ある日、学校で文法のテストがあり、前日の夜ユンが僕に「勉強してる~?」と聞いて来たので、全く勉強していなかった僕は「いや、全く(笑)」と答えたのですが、翌日のテスト(前置詞の後ろに動詞が来る場合は動名詞にする、と言う、日本の大学生には非常に簡単な内容)で僕がユンよりも高い点数を取ったため、ユンはクラス内で(もちろん冗談ですが)「彼にはダマされた!ウソつきよ!彼は私のハウスメイトで、昨日の夜に全然勉強してないって言ってたのに!」と笑いながらクラスメイトに言い触らして回り、スピーキングの下手な僕は反論出来ずにただ苦笑するしかありませんでした(苦笑) 日本の英語教育が文法と読解に偏っているため、聴き取れないし話せないけど問題は解けるという典型的な例だったかと思います。

<クラスルームにて。日本人は少なく、ドイツ、スイス、ブラジル、韓国、台湾などの留学生がいました>

その週の週末、僕らは車を借りてサンディエゴへと向かいました。学校までレンタカー会社のスタッフが迎えに来てくれ、空港の近くにあるオフィスにミチコと向かったのですが、予約されていた車は確かに6人乗りだったのですが、前に3人、後ろに3人座るという、日本でいう普通の5人乗りセダンの定員が前に増えただけの車でした。「これで片道4時間以上かかるサンディエゴまで6人で行くのはちょっと…(汗)」と思っていたところ、ちょうど先週にサンフランシスコへ行った際に借りたような7人乗りのミニバンが返って来たので、値段を聞いてみると6人で割れば1人10ドル程度しか変わらなかったため、ミチコと相談の上ミニバンに変更し、学校で残りの4人を拾ってサンディエゴへと向かいました。

日本人5人にドイツ人1人、という偏ったメンバー構成だったものの、その頃には他のメンバーも簡単な英語は話すようになり、アンドレアともコミュニケーションが取れていたのは前週との大きな違いでした。車がロサンゼルス近郊に差しかかると道が渋滞し始めたため、僕らはフリーウェイをいったん降りて、トイレ休憩を取る事にしました。

とあるハンバーガー店を見つけ車から降りると、メンバーは全員、真っ直ぐにトイレに向かってしまいました。実はアメリカでは、例えファストフード店であっても、トイレだけを利用するのはルール違反に近い行動です。”For Customers Only”(当店のお客さま専用)が徹底されており、近年は何か買わなければトイレの鍵も開けてくれないお店が大半です。さすがにマズいと僕は思い、やむを得ずハンバーガーを一個購入し食べていると、戻って来たメンバーの1人が(悪気は無かったのだとは思いますが)「あれ~、なんで1人でごはん食べてるの~?」と言って来ます…

「いや、お前らがみんなトイレに直行したから…」と喉まで出かかりましたがこらえたところ、他のもう1人が「私たちが、トイレを使ってたからじゃない?」と気づいてくれ、ああ、今回は普通に旅行出来そうだ…と少しホッとしたことを覚えています。

その後車は順調に走り、サンディエゴの町へと差し掛かったのですが、ここで男のメンバーが1人だけ、という場合だから起こった、ある種特有の問題が発生しました。他のメンバーは、地図を見てくれてはいたのですが、どこを走っているか分からない…これは女の子には仕方のないことかも知れませんが、ナビゲーションシステムもなかった当時、ナビが出来るメンバーがいないと言う状況に、サンディエゴに到着して初めて気づいたのです…

やむを得ず適当にフリーウェイを降りて、ストリート名から現在地を特定したところ、目的地をかなり通り過ぎていたことが判明しました。そこからは、自分で地図を暗記してしばらく走り、赤信号の際にまた地図を見る…ということを繰り返しましたが、ホテルの場所も住所しか情報がなかったため場所の特定に手こずり、何とかホテルに到着した時には、辺りはすっかり暗くなっていました。夕飯を食べたかったのですがホテルの周りには適当なレストランがなく、あまり歩き回ると治安の心配もあったため、夕飯はホテルのカフェでケーキのみ、になってしまいました。

<ホテルのカフェで夕飯にケーキを食べる>

もう今日は早く寝よう…と決めたのですが、チェックインをしてみると、6人に対して2部屋しか予約されていないことが判明し、追加料金を払ってもう1部屋利用は出来ましたがツインルームはもうないと言われてしまい、、語学学校のアクティビティのコーディネーターって、何ていい加減なんだ…とこの時痛感しました…。そもそも語学学校アクティビティのコーディネーターって、生徒のアクティビティのない平日は何の仕事をしているのでしょうか…

<サンディエゴにて宿泊したホテル。リトルイタリーという町の外れにありました>

マユミがある日ボソッと、「あの仕事でお給料もらえるんだから、いいよね…」、とつぶやいていたのを、僕はいまだに覚えています(苦笑) そう言えば毎日17時になると、「僕の仕事はもう終わりなんだ!」と言って、それ以上話も聞いてくれなかった事を思い出します…。みなさんも留学される際は、学校が用意しているアクティビティは当てにせず、自力で行動される事をお勧めします。アクティビティがあると書かれていても、人数が足らないから中止などという事も日常茶飯事です。全く違う場所の話ですが、僕がボストンに留学した時にアクティビティのコーディネーターはどこにいるかと尋ねたところ、「今は夏休みでいないよ」と当たり前のように言われ、受付のスタッフと散々口論したこともあります…。同じコース料金を払っているのに、いるべきスタッフが今はいない、代わりもいないとは、一体どう言うことかと…

欧米は契約社会、契約が全てだと言いますが、それならパンフレットにいると書かれたスタッフがいなければ、それは契約違反のはずですが…訴訟社会のアメリカですので、1度試しに訴訟をして確かめてみたいものです。まあ、おかげで自力で行動して問題解決を迫られる事が大半になり、結果的に様々な経験を積めたことは、逆に幸いだったのかも知れませんが(笑)

海外へ行くと、日本人のサービス精神や職業倫理がいかに素晴らしいかを、逆に確認してしまうことがあります。皆さんもぜひ海外に出て、逆に日本の良さも再確認して頂ければ、と僕は思います。

話がだいぶそれましたが、翌日僕らはメキシコのティファナを目指します。そしてサンタバーバラに帰着したあと、そこがいかに危険な場所だったかを知ることになります。続きはまた次回のブログにてご紹介致します。

To be continued.

Santa Barbaraその12。へ続く

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留学でやってはいけない13のこと

ここでは僕が留学で経験したことやその後に学んだ情報から、留学する際に知っておいた方が良いこと、やってはいけないことをご紹介したいと思います。中には厳しい内容もあり、このブログをお読みになって留学にネガティブな印象を持たれる方がもしかしたらいらっしゃるかも知れませんが、それはこのブログの意図する所ではありません。留学には個人のスタイルがあるでしょうし、これら全てを最初からきっちり出来る人はおそらくいないと思います。ただ留学という一生の財産に成り得る機会を、1人でも多くの方に成功させて欲しいと思い、そのために知っておいた方が良いことがあるとの趣旨で書かせて頂きます。これから海外へ留学に行かれる方に、少しでもご参考にして頂ければ幸いです。

⓪英語が母国語でない国へ留学する

この内容は正直書くべきかどうか迷いもありましたが、日本の英語教育が間違った方向へと向かってしまう事は日本にとっても英語を学ばれる方にとっても良くない事と思いますので、ハッキリお伝えする事にしました。

正しく英語を学ぶためには、英語が母国語でない国で英語を学ぶことは全くお勧め出来ません。特に初心者、初級者の方が英語が母語でない、日本語も話せない非ネイティブ講師から英会話を学んだ場合、「間違った感覚が定着してしまい矯正出来なくなる」ケースが非常に多く見られます。一定以上の大きさで正しい英語が母国語となっている国は世界に、アメリカ合衆国、カナダ、イギリス、アイルランド、オーストラリア、ニュージーランドの6か国しかありません。その他の国の講師は英語のネイティブスピーカーではなく、正しくない英語を使用している事が非常に多いです。

これまで僕が様々な方を見て来た結論として、初心者・初級者の方が正しい英語を母国語とする国以外の場所で最初に英語を学んでしまった場合、めちゃくちゃな英語が身についてしまい、感覚として定着してしまったため後から矯正する事も非常に困難です。このような「適当な英語」は、会話の相手がネイティブスピーカーや英語の上級者であればあるほど、文法的に意味を成していないため全く通じません。東南アジアなど英語が母語でない国へ留学することがブームとなっていますが、個人的な意見として、これらの場所で勉強するくらいなら日本国内で勉強する事をお勧め致します。安いものには、必ずデメリットが潜んでいるとお考えください。

① 英語を話さない

「あたりまえじゃん」と思われるかも知れませんが、実際はこれ、中々難しいことなんです。僕も最初はそうだったのですが、留学に行って誰かと話した時になって初めて「相手の言うことが分からない」ことを怖いと感じます。「旅の恥はかき捨て」の旅行とは違い、生活するのに何とかコミュニケーションを成立させることを迫られるからです。英語が通じないと段々外国人に話しかける勇気が無くなって行き、実際には言葉の通じやすい人と過ごす時間の方が多くなります。これは日本人に限った事ではなく、韓国人も台湾人も、スペイン語圏の人もフランス語圏の人もみんな同じです。大体みんな同じ言葉を話す人同士で固まっています(笑)
ですが、そんな時に思い出して下さい。「何のために海外へ留学に来たのか」。それは英語を上達させるためであり、海外でしか学べないことを学ぶためだったはずです。最初は上手く話せないのは仕方のないことです。ですから、英語の話せる日本人と過ごして少しずつ外国人の友達を増やしたり、まずは文化や発音が近いアジアの人と話してみたり、ホストファミリーやルームメイトと話さなければならないことに目をつむったりせず、下手でも良いので外国人と話すことに挑戦しましょう。こちらが心を開いて相手とフレンドリーに接しないかぎり、相手の方から一方的に距離を縮めてくれることはありません。英語が下手でも、「話しかける」「仲良くなろうとする」勇気を持つことが重要です。

② 日本人を避ける


ごくまれにですが、「せっかく海外で生活するのだから、日本語は話さない」と言って日本人と話すことを避ける日本の留学生を見かけることがあります。その心意気は立派だと思いますが、かと言って日本人を意図的に避けることは決して良いことではなく、むしろデメリットの方が大きいと思います。留学生は、当然ですが何でも英語でこなせる訳ではありません。特に最初のうちは、先に留学に来ていた日本人から、知らなかった英語の表現、現地での生活に有意義な情報、国によって様々である外国人の性格や文化・考え方など、多くの情報をもらう事ができます。また留学に来ている人は、多くの人が高額の費用を払ってでも英語や海外でしか学べない知識を勉強に来た向上心の高い方が多く、聞いておいたら為になる知識や経験を沢山持っています。英語の勉強も大事ですが、同時にこうした人達との出会いは本当にかけがえのない財産になります。また、何か困った時に一番頼りになるのは、やはり日本語の通じる日本人です。小さなことにこだわらず、ぜひ日本人を含めた色々な人との出会いを大切にした方が良いと僕は思います。

③ 外国人について回る

日本人に多い残念なパターンがこれです。日本人としては全然悪気はなく純粋に仲良くなりたいだけなのですが、外国人と付き合う際に「自分がない」と思われるとあまり尊敬されません。毎日のように「今日は何するの?」、「一緒に行っても良い?」を繰り返すと、ついて来るだけの奴と思われて煙たがられます。そうではなくて、「~へ行くんだけど、一緒にどう?」とか、「~を食べに行ってみない?」といった具合に、相手が自分と一緒に過ごしたら楽しいと思わせる必要があります。外国人と接する際は相手にただ合わせるのではなく、自分が引っ張っていく方が尊敬され易いと思います。もちろん、一緒について行ったのに英語を全く話さないのが印象として最悪なのは言うまでもありません。

④ 友達が少ない

あまり表面的な友達ばかり増やすのは意味がありませんが、日本人・外国人に限らず、留学ではある程度多くの人と交流する方が良いと思います。苦手な人と無理に付き合う必要はありませんが、多くの人と触れれば触れるほど、英語も上達し様々な知識や経験を手にすることが出来ます。たとえば、英語は母国語の影響を強く受けるため、国によって発音が微妙に違ったり、使う表現が違ったりしますので、多くの人と話すことで多彩な単語や表現を知る事が出来ます。また、留学で学ぶことが出来るのは英語だけではありません。英語は日本でも勉強できますが、外国人の友達を作って話すことや、色々な国の知識や文化を肌で感じ直接学ぶことは、国内や旅行では難しいことです。また、どの友達とその後の長い付き合いを続けて行けるのかすぐには分かりませんので、友達が極端に少ないのはやはりNGです。変な話、留学という限られた期間で学べる英語の量は限られています。しかも授業で学ぶ内容より、外国人の友達を作って英語で話す方がずっと良い練習になり、帰国後も関係が続けば長い目で見ても英語の上達に役に立ちます。留学で最も価値あることは「出会い」があることだと僕は思います。友達を沢山作って、沢山のことを話しましょう。

⑤ 異性とばかり仲が良い

これについては「異性と仲良くしない方が良い」ということでは決してありません。実際に英語を上達させる最も早い方法は「外国人の恋人を作ること」というのは有名な話で、僕もこれには同意します。ですが、異性と「だけ」付き合うと、残念なことに様々なデメリットが発生します。
僕がボストンに留学した際に、こんなことがありました。僕が入学した日に同じように入学したフランス人の男の子と女の子がいました。女の子はすごくフランス人らしい可愛らしい子で、男の子も中々の好青年でした。やがて2人は恋に落ちて付き合い始めたようで、誰に聞いても常に一緒にいる姿があちこちで目撃され、外国人はおろか他のフランス人も2人の間には割って入れないようでした。ある日、その女の子が突然1人になりました。聞く所によると、男の子は留学期間が終わりフランスに帰国してしまったとのこと。それ以降、その女の子は誰とも仲良くなる様子もなく、常に1人で淋しそうにしていました。おそらく誰も話しかけないほど2人の世界を作ってしまったので、他のフランス人からもはじかれてしまったのでしょう。また、外国人の友達を作るには同じ日に入学した人が一番親しくなりやすいのですが、その努力をしなかったために友達が出来なかったのでしょう。留学生には友達を作る「タイミング」の様なものがあって、これを逃すと中々親しい友達を作るのが難しかったりします。
これは極端な話ですが、これに限らず異性とばかり付き合う人には「あいつは女たらしだ」、「あいつは尻軽だ」という悪いウワサが必ず立ちます。やっぱりこうした振る舞いって、どこの国の人にもイメージが悪かったり、嫉妬されたりするんですね。これってどこの国でも同じなんです(苦笑)。こうしたウワサが立つと、次第に周りの人も避けるようになって行きます。ですから、友達は同性異性とバランス良く付き合って、沢山の友達を作るのが結構大事だったりします。

⑥ アジアを見下す

日本人にはあまりピンと来ないかも知れませんが、アジアの国からの留学生は日本や欧米からの留学生に「見下される」ことに非常に敏感です。特に韓国や台湾は「自分たちは経済的に成功した国だ」という自負心がありますので、見下されたと感じるととても不快だそうです。僕の台湾の友達は「フランス人が大嫌い」だと言いましたが、その理由が「見下す」からだと言っていました。フランス人がみんなそうかどうかはさておき、人の上下は経済的な豊かさや出身国で決まるものではありません。留学先ではむしろ「自分を持っているか」「英語が話せるかどうか」で尊敬されるかそうでないかが決まります。ボストンにはアラブの王子だか大金持ちだかが何人かいましたが、人を見下すことに慣れているせいか誰も相手にしていませんでした。少なくても海外では自分が比較的恵まれた国から来たことは忘れて、1人の人間として尊敬される振る舞いをしましょう。特にアジア人同士は、距離や文化が近いこともありお互い強い関心を持っていますし、一番友達になり易く、一番理解しあえる関係です。留学から帰国してもずっと良い友達でいられるのは、やはり韓国と台湾の友人です。韓国人はだいたい日本に悪い先入観を持っていますが、実際に接すると価値観が変わるそうです。台湾人が親日的なのは言うまでもないでしょう。もちろん欧米人の友達を作るのも良いことですが、まずはアジアに友達を作ってみて下さい。

⑦ 日本のことを知らない

これも留学してから初めて気が付くことです。他の国からの留学生は、自分の国の歴史や、社会制度の仕組みと特徴、国際社会での立ち位置などをしっかりと分かっています。たとえば、日本の所得税や法人税・消費税がどのくらいで、その水準が他の国と比べてどうなのか、知っていますか?僕はこれで大恥をかきました…。日本人なのに、日本のことを説明できない、これは非常に情けないことなのですが、海外に出てみるまで意外に気付かないものです。まして自分の知らない日本のことを外国人に教えられてしまった時は、もう穴を掘りたい気分になります。留学に来る外国人は、総じてその国でも優秀な人が多いと思います。そのような人たちと接するときに恥をかかないように、自分の国にまず興味を持って、しっかり日本について話が出来るようにしましょう。

⑧ 授業をサボる

日本の大学と同じ感覚で授業をサボると大変なことになります。海外の大学や学校では出席率はとても大切な評価基準です。米国では学生ビザを発給された学生は8割以上の出席がビザ要件として義務付けられており、これを満たさなかった場合、最悪の場合は強制送還になります。たとえビザが発給されていない語学研修であっても、毎日学校へ行き外国人と英語で接して英語力を向上しようとする努力をすることはとても大切です。
僕が初めて留学をした時、同じ日に入学した英語の全く出来ない日本人の女の子がいました(僕もお世辞にも上手ではありませんでしたが)。その子はやがて学校に来なくなり、何週間か後に会った時は別人のようにやつれて退廃的な生活を送っていました。その子とルームメイトだったドイツ人の友人に話を聞いたところ、ルームメイトと全くコミュニケーションが取れずトラブルになり、それが次にはホストファミリーとの問題に発展して、とうとうホストの家を追い出されてモーテル暮らしになったとのこと。最初に英語が出来ないのは仕方がないことだと思います。ですが英語を向上させることを放棄してしまうと、待っている状況は悲惨なものです。少なくとも毎日授業には出席して、生活のリズムを守り英語力を少しでも向上させて行きましょう。

⑨ クラスで発言しない

日本の学校の授業とは逆で、海外では積極的に発言する事が求められます。語学学校などでは先生が振った話に誰かが答え、それにまた誰かが意見する、という感じで、先生から指名されて答えたり質問されたりすることの方がむしろ稀なぐらいです。どの国の学生も自分が自分がと先を争って発言しようとしますので、静かにすることに慣れている日本人はどうしても気後れしてしまうのですが、慣れたら負けずにどんどん発言しましょう。ずっと黙っているのでは費用が勿体ないですし、何より楽しくありません。海外での授業は日本のそれよりずっと気楽で自由なものです。だから楽しむが勝ちだと僕は思います。

⑩ 現地のルールを守らない

留学先には様々な国から生徒がやって来ます。文化も母国語も異なる人間同士が唯一守らなければならないのは、英語で話すことであり現地のルールに従うことです。公共の場所や学校・ステイ先での喫煙はもちろん、欧米では(日本もですが)歩きタバコも絶対NGです。飲酒に対する規制も厳しく、年齢を証明するものが無ければお酒は買えませんし、クラブやバー・レストランで注文することも出来ません。こっそり違反するとクラブやバーからつまみ出されることもあります。会ったら必ず挨拶をすることや、必要なことは必ず会話で意思を伝えることもルールです。(日本では「察する」ことは美徳ですが欧米では異なります)。ステイ先には門限がある場合もあります。またホストファミリーの誕生日を祝うことや、クリスマスやサンクスギビングの家族での食事も大切にして下さい。米国などは日本よりだいぶ自由で個人が優先の社会ですが、何でも自由にして良いと言うことでは決してありません。

⑪ 自立した生活ができない


日本人はホームステイに、ホストが色々と世話をしてくれるイメージがあるかも知れませんが、実際の留学の生活はそうではなく、自分のことは自分でするという「自立した生活」が求められます。自分の洗濯はもちろんのこと、食事も自分で作らなければならない場合もありますし、ホストファミリーの掃除や食事の後片付けを手伝う必要もあるでしょう。ホストは留学生を「家族の一員」として受け入れるのであって、「お客さま」では決してないことを知っておいて下さい。最初は戸惑うかも知れませんが、お互いを尊重しつつ自分の生活を自分の力でして行くことは、慣れると案外心地の良いものだったりもします。

⑫ 日本で学歴と認められない大学を卒業する


少し厳しい内容ですが、留学をご検討されている方々のご参考になればと考えて、実際の現実をご紹介させて頂ければと思います。日本の大学に入学せず、海外のよく知られていない大学やコミュニティカレッジを卒業した場合、その学歴は日本の企業では「大卒」として認められず、「高卒扱い」となります。また、米国でこうした大学を卒業して現地で就職しようとしても、契約社員レベルのポジションしか得ることが出来ず、その契約が更新されなかった場合は労働ビザが切れ帰国を余儀なくされ、日本では結局「高卒扱い」の仕事にしか就くことが出来ません。日本でも大卒の学歴として認められるのは、ハーバードやスタンフォード、MITやUCLA、UCバークレーなどのごく一部の一流大学のみで、これらの大学の卒業生は近年は高い評価を受け日本の一流企業も米国枠の採用を増やしていますが、それ以外の大学は残念ながら「日本の受験を避けた」と言う評価となるのが現実です。それであれば日本の大学に入学し、交換留学や語学留学で高いTOEICスコアを取得した方が遥かに高く評価されます。「日本は学歴社会だから、アメリカで!」と考えるのは非常に安易な発想で、実はアメリカも日本に勝るとも劣らない超学歴社会です。日本であろうがアメリカであろうが、その人間が努力した結果がそのまま評価されるのは同じです。受験を避け裏道を抜けて英語力さえつければ高く評価される、と言う事は残念ながら起こり得ません。高校を卒業していきなりこうした米国の一流大学へ入学するのは相当に高いハードルのため、まずコミュニティカレッジに入学し一流大学への編入を目指すルートもありますが、もちろんこのルートも死ぬ気で頑張れる強い意志と努力が必要です。努力無くして結果を得ることは出来ません。海外の大学へ進学するのであれば、それだけの覚悟と努力が必要です。

また、近年よく耳にする「世界大学ランキング」を鵜呑みにするのも実は現実とはかけ離れています。世界大学ランキングはあくまで欧米基準の物差しで、英語で書かれた論文のみを評価対象とし、さらに自然科学分野を圧倒的に重視したアカデミックなランキングであり、それは社会や企業での評価とは必ずしも一致しないものです。ここでこの「世界大学ランキング」と矛盾する、もう一つのランキングをご紹介したいと思います。

【世界の大学就職力ランキング2018(QS)】

① スタンフォード大学(アメリカ)
② カリフォルニア大学ロサンゼルス校(アメリカ)
③ ハーバード大学(アメリカ)
④ シドニー大学(オーストラリア)
⑤ マサチューセッツ工科大学(アメリカ)
⑥ ケンブリッジ大学(イギリス)
⑦ メルボルン大学(オーストラリア)
⑧ オクスフォード大学(イギリス)
⑨ カリフォルニア大学バークレー校(アメリカ)
⑩ 清華大学(中国)
⑪ ニューヨーク大学(アメリカ)
⑫ コロンビア大学(アメリカ)
⑬ プリンストン大学(アメリカ)
⑭ 東京大学(日本)
⑮ 北京大学(中国)
⑮ トロント大学(カナダ)
⑯ スイス連邦工科大学(スイス)
⑰ ユニバーシティ・カレッジ・ロンドン(イギリス)
⑱ コーネル大学(アメリカ)
⑲ エール大学(アメリカ)
⑳ 香港大学(香港)
㉑ シカゴ大学(アメリカ)
㉒ ペンシルバニア大学(アメリカ)
㉔ ウォータールー大学(カナダ)
㉕ ミシガン大学(アメリカ)
㉖ 早稲田大学(日本)
㉗ 復旦大学(中国)
㉘ エコール・ポリテクニーク(フランス)
㉙ インペリアル・カレッジ・ロンドン(イギリス)
㉚ カールスルーエ工科大学(ドイツ)
㉚ シンガポール国立大学(シンガポール)
(中略、以下日米の大学のみ記載)
㉜ ノースウェスタン大学
㉞ デューク大学
㊸ ブラウン大学
㊼ パデュー大学
㊸ ジョージア工科大学
㊺ 慶應義塾大学(日本)
(以下、主要大学のみ記載)
ボストン大学(51位)
京都大学(53位)
東京工業大学(57位)
南カリフォルニア大学(59位)
ジョンズ・ホプキンズ大学(64位)
ワシントン大学(64位)
カリフォルニア工科大学(73位)
大阪大学(76位)
アリゾナ州立大学(81位)
ペンシルバニア州立大学(87位)
名古屋大学(90位)

このランキングは各大学の卒業生を、政治やビジネスのリーダーから、ジャーナリスト、科学者、文学やアートの分野に至るまで、①「雇用者の評判」、②「卒業生の成功指標」、③「雇用者とのパートナーシップ」、④「雇用者と学生の関係」、⑤「卒業生の就職率」の5つの要素を基に、世界の大学がどれだけ社会の中で評価されているかを指標化したもので、皆さまがお持ちのイメージと近い「現実的なランキング」と言えるでしょう。世界大学ランキングでは全く低評価を受けている日本からも、上位50位以内に東京大学・早稲田大学・慶應義塾大学がしっかりとランクインしています。ボストン大学やカリフォルニア工科大学もアメリカでは「一流大学」と呼ばれる優秀な大学ですが、世界基準で見ても日本の一流大学の後塵を拝し、それが日本基準になればその評価はさらに低いものになることは容易に想像できます。州立大学レベルの学位は就職活動では「その他の大学」のカテゴリーに分類されてしまうでしょう。日本で正当に「一流の学歴」と評価されるには、少なくとも東京大学より上位にランキングされているアメリカの8大学(スタンフォード、UCLA、ハーバード、MIT、UCバークレー、ニューヨーク、コロンビア、プリンストン)での「実用的な学位」(経済学、経営学、法律、自然科学分野など)が必要となって来ます。それが「日本における現実の評価」と言えます。

さらに、就職をした後の評価はさらにシビアです。日本社会には強固な「学閥」が明確に存在します。

【上場企業の全役員の出身大学2018(役員四季報)】

① 慶應義塾大学 2,134人
② 東京大学   1,844人
③ 早稲田大学  1,837人
④ 京都大学    923人
⑤ 中央大学    888人
⑥ 一橋大学    590人
⑦ 明治大学    584人
⑧ 日本大学    554人
⑨ 大阪大学    461人
⑩ 同志社大学   405人
(中略)
ハーバード大学   73人
スタンフォード大学 31人
ペンシルベニア大学 26人
コロンビア大学   22人

将来的に状況が少しは変わるとは思いますが、それを見越したとしても、世界の頂点を極めるハーバードやスタンフォードでさえ日本社会での影響力とは極めて小さいものです。「そもそも出身者の母数が異なる」「米国の超一流大学を出たら日本の企業になんか興味がないだろう」と言う意見がありますが、学閥が存在する以上は「絶対数」=「影響力」であり、日本の上場企業が海外大卒をトップに据えたと言うケースは未だ聞いたこともありません。米国で現地の一流企業のポジションをゲットしたとしても、そこで現地の「一流のネイティブ」との競争を勝ち抜くことは完全に不可能ですし、役員はおろか管理職になることすら叶わないのが現実でしょう。そうなると残る道は国内の外資系企業と言うことになりますが、国内の外資系企業はあくまで「日本支店」です。支店長は当然ですが本国から来た人間、そしてその支店が日本を撤退することも日常茶飯事です。どれだけ高報酬でも「支店」におけるポジションを転々とすることになりますし、日本の企業のように長期間勤務したら待遇やポジションが上がるというものでもありません。私たちが日本人である以上は結局、日本人が成功できるのは日本の企業だと言うことです。多民族が暮らす米国でさえ、アジア人が大企業のCEOを勤めることはほとんどありません。それは日本の企業が外国人に重要なポジションを与えない事と、全く同じことです。差別だと感じるかもしれませんが、現実は現実、当然と言えば当然です。学歴主義・民族主義と言うのは日本独自の習慣では決してなく、どの国でも同じです。ハーバードやスタンフォードなどの米国の超一流大学で学びたいのであれば、日本の学歴を取得した上で大学院留学をする方が、長期的な視点で見た場合は良いかも知れません。

「留学したい」「海外で学びたい」という気持ちは非常に誇るべきものですが、やり方を間違えると、それはマイナス評価になってしまうケースがあります。留学に行くことは「勉強であり挑戦」であって、決して「遊びや余暇」であってはならないのです。海外に勉強に行かれる方に、上記のような日本の社会の環境や、国内での留学に対する社会的評価も知っておいて頂ければ幸いです。

SSEAでは以上のような要素も考慮しながら、生徒様のご希望や将来の進路、就職を希望する業界なども踏まえた上で、その生徒様お1人がどのような進路を歩んだら最も良い方法で留学を成功させることが出来るかをご提案させて頂きます。考えてみて下さい。あなたは今、人事部に配属され就職活動生の集団面接を行っています。

Aさん:「高校卒業後、アメリカの語学学校に通ってTOEFLのスコアを上げ、コミュニティカレッジに入学してアメリカ文学史を勉強しました!アメリカに3年以上いたんです!TOEIC700点です!」

Bさん:「日本の国立大学で法律を専攻しました。特に企業における特許申請や知的財産に関する分野が専門です。夏休みに1か月、アメリカで短期の語学研修をした事があります。TOEICのスコアは800点です。」

Cさん:「大学生の時にイマイチやりたい事がなくて、卒業してオーストラリアに1年ワーキングホリデーに行きました!TOEICは560点でも、現地のカフェで毎日バイトしてたので直感的にコミュニケーションが取れるんです!」

Dさん:「私は帰国子女で英語が話せたので、その英語力でアメリカの州立大学に入って英語の言語学を専攻したので、私の英語は完璧なんです!日本では知られていないですけど、私の大学は世界大学ランキングで日本のほとんどの大学より上なんですよ!」

あなたが面接官なら、どの学生を次の面接に呼びたいと思いますか?

長くなりましたが、以上の情報がお読みになった方に少しでもご参考になれば幸いです。僕が初めての留学で滞在したアメリカ西海岸のサンタ・バーバラは、今でも僕には特別な場所であり、第2の故郷だと思っています。それは身についた英語や、忘れられない様々な出会いと経験に留まらず、それまで何となく受験をして、何となく大学に通っていた僕に「世界でやって行ける人間になりたい」と思わせ、それまで受け身だった意識を、目標を持った前向きなものに変えてくれた経験だったからです。人生のすごし方が、この町での経験で明らかに変わった、それほど大きな影響を受けました。サンタ・バーバラから帰国した僕はその後、狂ったかのように英語の勉強に没頭し、それが就職活動の成功や、英語力と言う一生ものの財産へと繋がりました。1人でも多くの方に、そんな特別な経験ときっかけを与えてくれる機会が留学なのだと知って頂ければと思います。一生の財産になり得る留学の機会が素晴らしいものになるように、このブログが少しでもお役に立てれば幸いです。

サンタ・バーバラでの留学時代の体験もブログにしています。ぜひ Santa Barbaraその1。からお読みください。また、当スクールの生徒様には、代表講師の経験を元にした留学のアドバイスや語学学校のご紹介なども行なっております。詳細につきましては、「留学サポート」ページをご覧ください。

当スクールのカリキュラムは、代表講師が留学とその後の英語学習で経験した学習法に基づいて構成されております。学習カリキュラムにつきましてはぜひ、「SSEAの学習法」のページやをご覧ください。

※ 英会話SSEAが『みんなの英語ひろば』の取材を受け、特集記事が掲載されました。ぜひご覧ください!

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You and I are different. ‐ 異文化を理解すること

英会話を学ぶことの大きな目的の一つに、「異なる文化や価値観を理解すること」があります。この相互の理解は今後の世界から宗教対立や民族紛争を無くすためには必ず必要なことと言えるでしょう。

それでは、「異なる文化を理解する」とは、一体どのような姿なのでしょうか。

僕がこれまで様々な国を訪れて色々な国の人間と話したり交流をして来た中でこれが人間にとって最善であると考えたのは、実はこれまで世界が考えて来たような「お互い仲良く交流を深めよう」と言うような姿ではありません。とても冷徹に聞こえるかも知れませんが、僕はこのように結論付けました。

お互いを理解し尊重した上で、一致を求めずお互い必要以上の干渉を避けるべきである

なぜこのような結論となったかと言うと、結局私たちはそれぞれが生物としての欲をベースとして生きている人間と言う名前の動物だからです。つまりお互いに近づこうとする行動は私たちの「欲」であり、等しくなろうとする試みは私たちが互いの価値観の一致を要求すると言う自分のためでしかない行動であるからです。私たちが欲を元に生きている人間である以上、最終的にたどり着ける姿とは可能な限りこの欲を抑えること、つまり「他者に自らの価値観を求めないこと」です。

この「価値観の一致を求める」と言う行動が残念ながら、これまでの対立や紛争に終止符を打つことが出来なかった根本的な原因です。西洋社会を中心とした今までの理想がたどり着いたのは結局、宗教対立とテロリズム、民族対立と差別であり、それは圧力と反発が終わらず繰り返される世界であったことは否定出来ません。圧力はかつてよりは争いの数を減らすことは出来たかも知れませんが、対立を無くすことは出来なかったと言う点においてここが限界であると考えられます。

この現状を私たち世界がもう一歩進めることが出来るとすれば、それは自らの価値観の押し付けを止めて他者を尊重すること、異なるものを異なるままに容認することではないでしょうか。そのためにはお互いの価値観を交換し理解したら、それ以上のことをお互い求めない事が必要です。それ以上は他者や他文化に「干渉しない」と言う、ある意味で大人としての振る舞いが大切です。

誤解を招かないようにすると、「必要以上の干渉をしない」と言うのは「理解を諦める」と言うことではありません。まずコミュニケーションを取った上でお互いの違いを理解し認め合い、可能な限り譲り合う努力をしながら自らの価値観を押し付けることをやめる、と言うことです。異なる文化や他者を尊重し共生するとはそうあるべきものです。「協力」をする一方で「一致」を求めてはいけません。「お互いのため」が「自分のため」に変わった瞬間に、人間には必ず衝突が生じます。自分と同じであることを求めてはいけません。

これまでの世界は国境を無くしたり共同体の設立による同化と一体化を押し進めて来ましたが、それはEUの崩壊や国連の無力化を見る限り限界であると言えるでしょう。それは元々に異なるものを無理矢理一つにしようと試みた事に原因があります。つまり人類は「理想を追い求め過ぎた」と表現することができます。私たちが生き物である限りは、欲を完全に放棄して理想的に生きることは出来ません。現在の世界は、無理な理想が副作用としての反発と対立を生み出している状況です。

身近な人間関係に戻って考えてみましょう。価値観の一致や過剰な干渉がもらたす代表的な失敗例として分かりやすいのは家族関係、特に親子関係です。子離れ出来ない親、親離れ出来ない子供の関係とは必ず、その後の関係とその他の人間関係の中に支障を来します。相互が過剰に依存していて過剰に期待をしているために相互を束縛し、その期待に応えない場合にはそれが衝突へと発展します。マザコンやファザコンを想像すれば分かりやすいかと思いますが、こうした関係において子供が自らの思い通りにならなければそれだけで親は不満を覚え、子供は親が助けてくれるのが当然、そうでなければ裏切りと判断してしまいます。このような過剰な依存や干渉は相互の自立を妨害するだけでなく、「期待に応えないのは悪いこと」と言う自らの欲望を増幅させる結果となります。こうした人間関係は親子に限ったものではなく、かつての日本に見られたような「家を継ぐのは当然」「子供が親の面倒を見るのは義務」と言うような束縛を生み、その束縛はそれが実現しなかった際の衝突へと通じます。しかしながらその原因とは実は「過剰に期待していること」、つまりそれぞれ個人の欲でしか無いものです。これらは「友達だから」「同郷だから」と言ったケースも同様で、自己の責任を他者へと転嫁する欲望の口実でしかありません。自立出来ない関係とは結局、他者に負担を押し付けるための準備を常に行っているようなものです。

これは国家間や異文化間でも同じことが言えるだろうと僕は考えています。過剰に価値観を押し付けることや異なる存在を尊重出来ないことはそれぞれの欲でしか無く、その欲が満たされない時に必ず衝突へと変わってしまうものです。世界の各個人はそれぞれ自立をして、協力はしても干渉はしないことがあるべき姿と言えます。理解をしてそのまま違いを受け入れ許容し合うことが必要です。

価値観の一致を強要することは結局、世界レベルで全体主義を求めているようなものです。そうではなくこれからは他者との違いを理解し受け入れるために、多様で異なっていることを尊重できるように、私たちはぜひ日本の皆さまに英会話をもっと学んで欲しいと願っています。それは私たちが自らの価値観を押し付けるためではなく、異なる存在を理解し受け入れるために持つべきスキルと姿勢であると考えています。「あなたと私は違うけど、それで良いのだ」と言う、新しい国際関係のあり方をぜひ皆さまにもお考え頂けたら幸いです。

“You and I are different.”

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必ず3時間遅れるフライト(ネパール編)

2011年の12月、僕はインドとネパールを訪れたのですが、今日は何とも呑気なネパールのフライト事情について書きたいと思います。

インドから陸路でネパールへ入国した僕らは、仏陀生誕の地であるルンビニから、首都であるカトマンズへ飛行機で向かう計画でした。バスもあるのですが、優に6時間はかかるしお腹を壊しているかも知れないし…ということで飛行機を選択し調べたところ、ルンビニからカトマンズへのフライトは(2011年時点では)イエティ航空があるのみでした。インターネットの口コミには、「必ず朝一番のフライトを予約しておくこと、遅延します」とあり、何故だろうと思いつつ僕らは朝8時のフライトを予約することにしました。

ルンビニの記念公園を散策してホテルに戻った僕らは、翌朝7時に空港に行きたいから送迎して欲しいとホテルで相談したところ、ホテルのスタッフは何故か「そんな時間に行っても飛行機は飛ばないよ」と言います…。そうは言っても「8時のフライトなんだから7時に」と思うのは日本人だからでしょうか…。とにかく頼み込んで朝6時にホテルを出発してもらえることになり、とりあえずホッとしたのですが…

翌朝7時に空港に到着すると、フライト1時間前なのにも関わらず空港には誰もいません。カウンターの奥にいたスタッフにチェックインを頼むと、「This flight is delayed.」と…原因は空港に到着した際に分かったのですが、毎朝、深い霧に空港が包まれて離着陸する事が出来ないのです。だからホテルのスタッフは朝行っても無駄だと言ったのだと分かりましたが、それでも予定時間が8時なら7時に行かないといけないと思うのは、日本人だけなのでしょうか…

<霧で覆われた空港>

毎朝飛べないなら8時のフライトを設定するなよ…」と思いながらどのくらい遅れるのか尋ねると、「お天気に聞いてくれ」などと言います…1時間待ち…2時間経った頃に霧が晴れて来たため、そろそろかなと思いきや、「今から飛行機がカトマンズから来るから」と言われ…結局3時間遅れのフライトになってしまいました。朝一番のフライトを予約しておけば、昼にようやく出発出来る、だから必ず朝のフライトを予約しておかなければならない…昼のフライトだと夜になる…インターネットの口コミはこう言う事だったのかと、妙に納得しました…

カトマンズに3時間遅れで到着した僕らは荷物受け取り所のショボさに驚愕したのですが、話はこれで終わりませんでした。僕らの荷物を運んで来た車が何故か受け取り所で荷物を降ろさず通り過ぎたのです。「どこへ持って行くんだ」と追いかけると、なんとツアーバスの横で直接バスに荷物を積み込もうとしています。確かに他の乗客は全員タイ人のツアーだったのですが…危うく荷物と永久に別れるところだったのは想像に難くなく…

<荷物受け取り所へ荷物を運ぶ>

俺たちの荷物を返せ」と交渉してようやく自分の荷物を取り戻した僕らはホテルの送迎タクシーを探したのですが、3時間遅れでは流石に待っていないだろうと思いきや、なんとちゃんと待っていました。それとも遅れるのを見越して来たのでしょうか(汗)ネパールではこれが普通なのでしょうか…常識と時間の感覚が違い過ぎると思わされました…。

途上国では時として自分の常識を超えた事が起きますが、それも旅の楽しみと言えるのかも知れません。このブログをお読みになる方にはぜひ、旅のトラブルも楽しんで頂きたいと思います(苦笑)ところで、この単語は必ず覚えておきましょう

delayed「遅れている」

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Santa Barbaraその10。

ここでは2001年の春に僕が初めての留学で滞在したカリフォルニアの小さな町、サンタバーバラでの体験について書いています。初めてこのブログをお読みになる方はぜひ、Santa Barbaraその1。からお読みください。

サンタ・バーバラでの初めての週末に、サンフランシスコへのデコボコ団での旅行で散々な苦労をし、帰宅後丸一日を寝て過ごした僕は翌日から再び語学学校のクラスに出席しました。

語学学校の廊下でマユミと遭遇すると、彼女は開口一番、「サンフランシスコ、大変だったんだって? みんなが凄い(僕が)しっかりしてた、って言ってたよ」、と話しかけて来ました。僕がしっかりしていたと言うより、「とんでもないメンバーが何人か混じっていた」のが正しかったと思いますが、マユミはマユミで大変な週末を過ごしたらしく、(彼女は以前にサンフランシスコに滞在していた経験があったので、僕らに同行せずホストファミリーとラスベガスへ行った)、「私はストリップに行きたいって言ったのに、ホストファミリーは全然話を聞いてくれなくて、ダウンタウンから離れたカジノにこもってずっとギャンブルに熱中してキャーキャー言っててさ…」と不満そうに話していました。(※ ストリップ:誤解を招く響きですが、ラスベガスの有名なホテルが集まるメインストリートのことです。)

<ラスベガスのストリップ。Venetian、Mirage、Bellagio、Millageなど有名ホテルが並びます>

1週間ほど後の話ですが、マユミが滞在していたホストの家はヒスパニック系だったらしく、家の中ではスペイン語ばかり飛び交っていて英語で上手くコミュニケーションが取れず、とうとう我慢出来なくなり彼女は泣きそうになりながら僕と一緒に学校の校長室へ行き、「ホストファミリーを変えて欲しい」と訴えたのですが、校長は「なんで?」と言うので、「ホストファミリーがスペイン語しか話さない」と言うと、校長は不思議そうに、「それの何が問題なの?」と返して来ます…

とてもおかしな話に聞こえるかも知れませんが、移民国家であるアメリカやオーストラリアでは実はよくあるケースで、行ってみたらホストマザーが日本人だったとか、インド系のホストで食事が毎日カレーだった、などと言う話もあります。向こうではホームステイで生徒を受け入れるのは「空き部屋を貸すビジネス」的な側面もあり、ホストファミリーには当たり外れがあるのが現実です。ただし、そう言ったケースを「外れ」と思うのは日本人のホームステイに対する過剰な期待と先入観にも原因があり、そういったケースも現地の文化の1部であり現実なのだと捉え、多民族が暮らす国の現状や、ホームステイの生徒をホストが受け入れている理由や事情を知ることも良い勉強だと捉えるべきなのかな、と今では思います。語学学校にとってホームステイはあくまで「滞在場所の提供」であり、必ずしも現地のネイティブの家に滞在出来るという保証はありません。

とにもかくにも僕も反論し、「僕らは高額な費用をかけてアメリカに英語の勉強に来たのだから、ホストファミリーは英語を話すべきだ!」と強く言ったのですが、校長は「そうね、考えておくわ」と言ったきり、結局最後までうやむやにされてしまっていました。マユミも最後の方には諦めて、自力で留学生活を充実させようとしていたのは、留学生として褒められるべき姿勢だったと言えるでしょう。

僕は語学学校の新入生歓迎のクラブパーティの際にマユミとサンディエゴへ一緒に行く約束をしていたので、その週末は身近な仲間とサンディエゴ、そして隣町であるメキシコのティファナを訪れる計画を練りました。僕が唯一自力で仲良くなった外国人であるドイツ人のアンドレアも一緒に行きたいと言ってくれたので、メンバーは僕とマユミ、ナギサ、ナツコ、ミチコとアンドレアの6人となりました。厄介なメンバーが入らなかったのは大いに良かったのですが、アメリカで運転が出来るメンバーは僕1人であったため、「どうやって行く?」と一応聞いてはみましたが、みんなやはり車が良いとの意見になり、車でサンディエゴへと向かう事になります。

<サンディエゴ旅行のメンバーたち>

ホテルは学校のアクティビティのコーディネーターであるダンが予約を入れてくれ、車はミチコのホストマザーが予約をしてくれました。実はサンタバーバラに留学に行く前に父親に、「アメリカで運転をしないように」、と言われており、国際免許証も持たずに現地へ行ったのですが、何故か現地では日本の免許証を見せれば車をレンタル出来たので、僕もサンフランシスコの惨劇を切り抜けたと言う過信から抵抗もなく運転を引き受けてしまいました。(実は国際免許証と言うのは免許証の「翻訳文」と言う位置付けで、有効なのはあくまで「日本の免許証原本」であるため、留学生に慣れているサンタバーバラのレンタカー会社はだいたい、日本の免許証を見せると車を貸してくれました。ですので逆に、国際免許証だけで車を貸してくれる会社はありません。)

こうして滞在2週目の週末は、サンディエゴとティファナへの旅へと続いて行きます。そこにも幾つかのトラブルが待ち受けていましたが、続きは次のブログにてご紹介致します。

To be continued.

Santa Barbaraその11。へと続く。

※ 英会話SSEAが『みんなの英語ひろば』の取材を受け、特集記事が掲載されました。ぜひご覧ください!

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ネパールのストライキ

このブログは2011年の12月にインドからネパールを旅した際の体験です。ぜひ「インドの食あたりその2(2011年編)」から続けてお読みください。

前日にインドでホテルの弁当に食あたりし、なんとか国境近くのホテルにたどり着いた僕は友人に薬を飲ませて、なんとか翌日には移動出来る程度に回復しました。この日はスノウリから約20km離れた、仏陀生誕の地であるルンビニを訪れ、翌日の飛行機でカトマンズへ行く予定でした。

朝、まだ青白い顔をしていた友人はバナナ1本しか食べることが出来ず体調が心配だったのですが、この日にルンビニへ行かないともう訪れる機会はないだろうと思い、「まあ、20kmならタクシーで1時間もあれば着くだろう」などと楽観視していました。ホテルをチェックアウトしてフロントでタクシーを呼んでくれと言うと、「今日はタクシーはないよ」と言います。「え?じゃあバスか何か?」と尋ねると、「バスもない」と。「え、何か交通手段は?」と聞いたら、「今日はストライキだから、国中何もないよ」という驚愕の返答が…

翌日の飛行機でカトマンズへ行ってしまうからどうしてもこの日にルンビニへ行きたかったので、ホテルのスタッフに何か方法がないか尋ねると、「リキシャーなら捕まるかも」と言います。「リキシャーか…快適じゃないけどしょうがない…」と思いましたが、とにかく捕まえてくれと頼むと、何とやって来たのはバイクのオートリキシャーではなく、自転車のサイクルリキシャーだったのです、しかも細くて歳をとった運転手の…

<サイクルリキシャーの運転手>

これで20km移動するの…?マジか…?」と思いましたが、他に手段はないとホテルのスタッフが言うので、どのくらいかかるか聞いた所、「まあ、1時間半くらいじゃない?」などと適当な事を言います…(20kmと言えば、東京からだと横浜の手前まで行ってしまう距離です、それを自転車とは…)しかし他に手段はなく、かくして大人2人と荷物3つを載せたサイクルリキシャーの旅が始まった訳です…

<荷物を載せるとこの状態>

何しろ重いので、リキシャーは中々進みません。運転手も「どうしてよりによってこの人を捕まえたんだ…」と思うほど頼りなく、上り坂になると最早こぐことも出来ません。本当に1時間半で着くのかと思っていたら、1時間半後に何やら10kmという標識が…そうです、ようやく半分です…。結局ルンビニまで3時間冬の風が吹きつけるサイクルリキシャーの上で過ごすことに…唯一の救いだったのは、体調不良の友人はずっと眠っていたことでしょうか…

<道端には貴重な光景も>

何とかルンビニのホテルにたどり着くとすぐに記念公園を見に行こうとしたのですが、リキシャーの運転手が「もう疲れたから行くのはイヤだ」と言い始めました。実は最初に料金を交渉した際は、ルンビニまで行って、記念公園の中を周って30ドル(値段は定かではない)と決めたのです。記念公園を周るリキシャーの値段は一律いくらと決まっているので、「じゃあもういいから、記念公園の分10ドルは払わないよ」と言うと、運転手はそれじゃ少なすぎるとゴネ始めます…ホテルのスタッフに通訳してもらい散々揉めましたが、結局25ドルほど払ってあげる事になりました。まあ3時間大人2人荷物3つを運んで、また3時間かけて帰る訳ですから…ホテルのスタッフも「リキシャーでスノウリから来たの!?」と驚く始末。でもおそらく、彼は1日で1週間分の稼ぎを得たのではないかと思います…

<ルンビニ記念公園>

途上国でのトラブルは何が起こるか想像もつきませんが、そんな時に重要なのは交渉力です。英語が上手ければ良いと言うよりは、臆せず何でもハッキリ主張することが重要かも知れません。途上国の個人旅行はトラブル続きですが、ぜひチャレンジしてみて下さい。

※ 英会話SSEAが『みんなの英語ひろば』の取材を受け、特集記事が掲載されました。ぜひご覧ください!

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Santa Barbaraその9。

ここでは2001年の春に僕が初めての留学で滞在したカリフォルニアの小さな町、サンタバーバラでの体験について書いています。初めてこのブログをお読みになる方はぜひ、Santa Barbaraその1。からお読みください。

道に迷うわチャンさんとコミュニケーションは取れないわで散々苦労してサンフランシスコにたどり着いた僕らでしたが、部屋割りは当然男性2人と女性4人ということになり…僕は部屋でチャンさんと2人きりの時間を過ごすことになりました。疲れていたので、二言三言会話しただけで寝てしまいましたが…。女性陣は女性陣で、誰がヒデコさんと同じベッドで寝るかで揉めたそうでした。

翌朝、ユニオンスクエアでRと待ち合わせた僕らはまずチャイナタウンに向かいました。Rは相変わらず日本語で女の子としか会話しません。一方のチャンさんはと言うと、ヒデコさんに話しかけるのですが、ヒデコさんは嫌がって話そうとしません…歳が近いのだから上手くコミュニケーションを取ってくれれば良かったのですが…結局僕がチャンさんの担当になって行きました。

チャイナタウンで飲茶ランチをして、ケーブルカーでフィッシャーマンズワーフへ向かう頃には雨が降りはじめ、デコボコ団には暗い空気が漂い始めました。それぞれが違う方へ歩こうとするので、僕はチャンさんの相手をしながら、そっちじゃない、あっちだ、などと徐々にガイド的な役割をしなければならず…フィッシャーマンズワーフではチャンさんが突然、高価なカメラを品定めし始め他のメンバーが文句を言い始めたので、僕はチャンさんにこんな所でカメラを買わないでくれと説得するハメに。お店の人を少し怒らせてしまったもののなんとかピア39まで辿り着いた所で、今度はRが無神経にも僕に向かって、「なんだ、サンフランシスコってこんなもん?つまんねー」と吐き捨てます…

<雨のサンフランシスコ>

俺はお前のガイドじゃねーよ」と1人チャンさんの相手をしながら苦労していた僕は怒りが限界に達して、ビア39で一時解散することにしました。Rはナツコに「マイシスター!一緒に行こうぜ!」と去って行き、チャンさんとヒデコさんはそれぞれ1人でどこかへ行ってしまいました。僕は残った2人としばしの休息タイムを過ごし、数時間後に集合してダウンタウンに戻って夕食を食べたのですが、Rが前日に行ったというレストランのマズさと言ったらありませんでした…

Rは翌日は友達と会うから別行動となり、ユニオンスクエアで別れてモーテルへ戻り、サンフランシスコの初日が終わりかけた頃、ナギサが少しずつ僕を助けてくれるようになって来たのが唯一の救いでした。モーテルに戻るとチャンさんが部屋でみんなで一緒に飲もうと提案して来ました。しかしみんな疲れていたのか、誰も応じようとしません…しょうがない、また僕が付き合うか…と諦めかけた時、ナギサが私も付き合うよと言ってくれたため、3人でしばし韓国の話などをして過ごしました。

<グランドハイアットのラウンジからの眺望>

翌朝ナギサが「女の子たちはショッピングしたいって言ってるよ」と耳打ちしてくれたので、ダウンタウンで解散することにしたのですが、その頃にはチャンさんも味方は僕1人と悟ったのか一緒に行こうと言って来たため、彼と2人でショッピングしたあと、グランドハイアットホテルの展望ラウンジで(チャンさんのみ)お酒を飲みながら時間を過ごしました。

<ゴールデンゲートブリッジにてチャンさんと>

午後は車でゴールデンゲートブリッジを訪れましたが、その頃にはチャンさんも自分が運転するとは言わなくなっていました。その後対岸の小さな町サウサリートを散策して夕食を食べ、ツインピークスから夜景を楽しんだ僕らはRと合流して、夜中の運転でサンタバーバラへ戻ったのですが、途中Rが運転していた時にまたアクシデントが…

休憩しようとしたのかフリーウェイを降りたのですが、周囲には何も無く諦めた時…、Rが「フリーウェイの入口が見つからない」と騒ぎ始めました。「何やってんだコイツ…」と思いましたが精魂尽き果てていた僕は放っておいたのですが、追い詰められたRはとんでもない行動に出たのです。

「出口から(逆走して)入るしかねーべ」と言うのです…

みんな「うそー!?」という反応していましたし僕も本気かコイツと思いましたが、ハンドルを握るRは「しょうがねーべ」と言って…

本当に出口を逆走し始めたのです…

対向車が来たらもちろん正面衝突、警察に見つかれば捕まる暴挙でしたが、運良くフリーウェイに戻り、Uターンして本線に戻れはしましたが…「コイツとは2度と行動は共にしない」と僕は心に誓いました…

こうしてトラブルだらけのサンフランシスコ旅行は幕を閉じましたが、朝にサンタバーバラに到着して全員を家に送り届けた僕はもう1日ベッドから起き上がることが出来ませんでした。今でこそ良い思い出ですが、後にも先にもこれだけ悲惨な旅行は記憶にありません…ただ車を運転出来るとみんなに思われた僕は調子に乗って、翌週はサンディエゴ、翌々週はロサンゼルスへと車を走らせることになります、そこにまたトラブルがあるとは思わずに…

続きはまた次のブログにて

To be continued.

Santa Barbaraその10。へ続く

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悪質なタクシーを英語で撃退する(カルカッタ編)

2011年の年末年始にインドからネパールを回ったのですが、何しろインドの旅はトラブルの連続で挙げて行くとキリがないほどで、その中でもインドのタクシー運転手はかなり悪質な者もいて、スムーズに済んだ時の方が少ないほどでした。今日はインドのタクシー事情と、運転手と揉めた際に使用した英語表現をご紹介いたします。

バンコクからLCCでコルカタ(カルカッタ)に到着した僕らは、空港からホテルまでタクシーを利用しました。インドの空港では多くの町で空港で市内までの料金を前払いするプリペイドタクシーが利用出来ます。邪推になりますが、前払い方式にしておかないと、到着の際に法外な値段を要求するタクシー運転手が続出するのではないかと思います…ですのでプリペイドなら取り敢えず値段に関しては安心して利用出来ます。

<ムンバイ空港のタクシー乗り場で待ち構えるインド人たちと、ゴア空港のプリペイドタクシーのカウンター>

ホテルまでの料金を前払いしてタクシー乗り場に向かうと、黄色に塗られた古いタクシーが行列していました。ムンバイ(ボンベイ)もそうだったのですが、インドのタクシーは本当に走れるのか不安になるほど古い、博物館にでもありそうな化石のようなタクシーばかりです。ムンバイの空港では外に出たらチップ目当てに強引に荷物を奪って運ぼうとする輩に囲まれて振り払うのが大変だったため、友人には荷物は絶対に手放さない様に言って身構えて外に出たのですが、カルカッタではその様な輩が少なく少し拍子抜けするほどでした。何しろインドのタクシーは悪質で有名で 、デリーでタクシーに乗る際にうっかり「初めてデリーに来た」と言うと、そのまま旅行会社に連れて行かれて市内ツアーを押し売りされ離してくれないそうです…もちろんタクシーの運転手は客を斡旋して手数料を稼ぐのが目的ですので、頼んでもいないのに強引に連れて行かれるとか…

<カルカッタのタクシー。展示用でなく現役で走っています…>

荷物を積んでタクシーに乗り込み運転手にホテルの名前が記載されたレシートを渡すと、運転手はホテルがどこなのか分からない様子で、どこかに道を聞きに行ってしまいました…しばらくして戻ってきてようやく出発したのですが、1分ほど走ってはまた車を止めて場所を聞きに行ってしまいます…どうしてタクシーの運転手なのに道が分からないのかとお思いになるかと思いますが、インドのタクシー運転手は道を知らない運転手ばかりで、タクシーに乗るとかなりの確率でこの様な行動に遭遇します…この運転手は結局場所が分からなかったのか市内に到着してからも2度ほど道を聞きに出て行ってしまい、散々迷った末に何とかホテルに到着しました…これがプリペイドではなくメータータクシーだったらと考えると恐ろしい限りです。

<道を聞きに行って空になった運転席。オートリキシャーは安いが長距離は走ってくれない>

市内では主に料金の安いオートリキシャーで移動したのですが、あるお寺から有名なモスクに移動しようとした際にリキシャーには遠すぎるからと何度も断られてしまい、仕方なくタクシーに乗ることにしました。流しのタクシーに乗る時は大体乗る際に料金を交渉して乗ることになるのですが、外国人には当然の様に高い値段をふっかけて来ますので交渉も一苦労です…ただメーターを回されたらどうなるか分かりませんので、割高に感じても料金を交渉して乗る方が良いかと思います。

目的地はガイドブックにも載っている有名なモスクだったのですが、相変わらずのように運転手は場所を知りませんでした…地図を見せて走り始めたものの正確には場所を把握していなかったようで、道に迷いあちこち回ったり道を聞きに行ったりして、ようやくたどり着いたのは良かったのですが、交渉して決めた料金を払って降りようとすると運転手は「たくさん走ったからもっとよこせ」と言い始めたのです…そんな後から要求されたお金は払えませんし、そもそも道に迷ったのは運転手のせいで払う義理は全くありません。「迷ったのはあなたのミスでしょ?」と言いましたが運転手はしつこく追加料金を要求して譲らず次第に口論になり、とうとう僕は怒りが限界に達して「It’s your fault, IT’S YOUR FAULT !! OK!!??」(それはお前の責任だろ!! 分かったか !?)と怒鳴りつけて最初に決めたお金を叩きつけて強引にタクシーを降りました。余分な料金は払わずに降りたものの、しばらく怒りで気分が悪かったのは言うまでも無いかと思います…

インドには良い人もいるのでしょうが、観光客と関わる人間は総じてしたたかだったり悪質だったりすることが多く、次から次へとトラブルに遭遇しますので本当に疲れます。ですが時には喧嘩してでもハッキリ主張しなければ言いなりにボラれてしまいますので、この様なキツい言葉も覚えておくと良いと思います…それも怒鳴るくらいキツく言ってやりましょう…口に出して練習してみてください、

「It’s your fault !!」(それはお前の責任だ!!)

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インドの食あたりその2(2011年編)

2011年の12月、僕らはインドとネパールを周ることにしました。僕は3年前のインド旅行でひどい食あたりに遭い命からがら帰国した経験からインドを訪れるのは正直イヤだったのですが、友人がどうしても行きたいと言うので渋々承諾しました。

詳細は「インドの食あたり(2008年編)」をご覧頂きたいのですが、インドで食べ物にあたるとその悲惨具合は日本とはレベルが違います。下痢と嘔吐を繰り返し身体中の水分が抜けて、高熱でもあるかのようにフラフラして歩くのもままならない程です。もちろん日本で市販している下痢止めや整腸剤は全く効きません。かと言って現地の薬を飲むのも怖いなと思った僕は、ネットでアフリカなどに渡航する方などが予防注射を射ったりする「トラベルクリニック」というものを見つけました。そこで強い下痢止めと抗生物質が手に入るということで、あらかじめ薬を用意することにしました。

トラベルクリニックを訪れ下痢止めセットを10日分ほど購入してお会計に進むと、なんと1万円だと言います。「そんなに高いの!?」と思ったところ、薬の事前処方は症状がないため健康保険の適用外とのこと。お財布は空になってしまいましたが、後々この薬に救われることになります。

こうしてインドに再び足を踏み入れた僕らは、コルカタ〜バラナシ〜サールナート〜クシナガラとヒンドゥー教と仏教の聖地をめぐり、ゴラクプルからスノウリを経由して陸路でネパールに入国する計画を立てました。気をつけたことは、ホテルのミネラルウオーター以外は飲まない、ガイドブックに記載のないレストランで食事しない、町中や駅で売っているものは食べないなど、衛生面を徹底した上で移動もトイレのある飛行機と鉄道のみとしました。

旅はトラブル続き(他のインド関連ブログ参照)でしたが、なんとか予定通りに仏陀が亡くなった地であるクシナガラに到着しました。クシナガラは小さな村で、外国人が快適に宿泊出来るホテルは一軒しかありません。翌日ゴラクプル経由で鉄道でナウタンワまで行きネパールへ抜ける予定だった僕らは、このホテルでランチボックスを作ってくれないか頼みました。メニューはチキン、マフィン、オレンジ、そして何故かおにぎりでしたが、「これで無事にインドを抜けられる」とホッとしました。この弁当が再びの悲劇を導くとは疑いもせず…

<ホテルで注文した弁当>

鉄道の中でお弁当を食べ、ナウタンワからリキシャーでスノウリに入り無事にネパールに陸路で入国した僕は正直作戦勝ちを確信していたのですが、ネパールのイミグレーションで入国手続きをしていると友人が気持ち悪いと言い出しました。僕は何とも無かったのでとにかく急いでホテルへ向かおうとタクシーを探していたら、後ろにいたはずの友人が見当たりません。遥か後方に彼を発見した僕は戻ってどうしたのか尋ねると、なんと路上で吐いてしまったと言います。ホテルの部屋にたどり着くと、今まで一度もお腹を壊したことのなかった彼がトイレから出て来ません。嘔吐と下痢の症状はまさに3年前に僕が経験した「インドの食あたり」でした…しかしまさかホテルの弁当で当たろうとは…やはりインドはインドということでしょうか…

<インドのイミグレーション>

しかしこんな時のために用意した高価な薬です。飲ませておとなしく休んでいたら、友人は丸一日ベッドから立ち上がることが出来なかったものの翌日にはなんとか移動出来る程度に回復しました。まさに薬に救われた訳ですが、一体弁当の何が悪かったのかは謎のままです。彼が食べて僕が食べなかったのはマフィンだと言うのですが、果たしてマフィンでも当たるのがインドなのか、はたまた僕には3年前に抗体が出来ていたのか…いずれにせよインドの食あたりの洗礼からは逃がれられないのだと痛感しました…

<国境近くのホテル>

余談ですが、トラベルクリニックの薬は高いので、薬を用意する時はかかりつけの医院で出してもらう方が安く済むかもしれません。ただインドの食あたりは菌によるものなので、抗生物質がないと効きません。お医者さんには、「インドでも通用する」1番強い薬をリクエストしましょう(苦笑)

「ネパールのストライキ」に続く

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Santa Barbaraその8。

ここでは2001年の春に僕が初めての留学で滞在したカリフォルニアの小さな町、サンタバーバラでの体験について書いています。初めてこのブログをお読みになる方はぜひ、Santa Barbaraその1。からお読みください。

初めての留学も1週間が経ち、金曜の午前中のクラスを終えた僕らは、レンタカーでサンフランシスコへ向かうことになりました。メンバーは、僕、ナツコ、ナギサ、ミチコ、ヒデコさん、チャンさんとRの、大所帯かつデコボコな7人でした。このデコボコ日本人6人と韓国の大学の先生と言う組み合わせがまた最悪で、ミチコが出発前に、「チャンさんが日本語では話さないで欲しいと言っている」とみんなに言うのです。確かに1人だけ韓国人で孤立してしまうのは分かりますし、留学に来ているのだから英語で話すべきなのは分かりましたが、何しろ僕らは英語初心者なうえに日本人同士なので、英語で全てのコミュニケーションを取ることにムリがあります…特にRは全く英語を使おうとせず(正確には能力もありませんでしたが)、お構いなしに日本語で恋バナに花を咲かせ始め、チャンさんが段々不機嫌になって行くのを感じた僕はどうしようもなくただ黙っているしかなかったのですが…

<チャンさんは韓国の大学の英語教師>

運転はまずチャンさんが担当し、疲れたら僕とRが変わることになりました。しかしサンタバーバラの町中から早くもアクシデントが始まります。チャンさんは韓国では同じ右側通行なのだから運転は大丈夫だろうと思っていたのですが、右折の赤信号に止まったまま動こうとしません…(アメリカは信号が赤でも安全なら右折して良いと言う)交通法規の違いを知らずに、後ろの車からクラクションを鳴らされてしまっているのですが、彼は赤なので何が悪いのかと混乱するばかり…さあ、この交通法規の違いを英語で説明するのが大変です。僕はつたない英語で何とかチャンさんに理解させたのですが、他の日本人は一切英語を話そうとせず、僕はこのグループの組み合わせに無理があったと猛烈に後悔しましたが今更どうしようもなく、1人でチャンさんと奮闘する羽目に…後ろで呑気に日本語で恋バナをしているRには特に頭に来ましたが、もちろんアクシデントは1回で済むはずはありません

サンタバーバラからサンフランシスコへはほとんど一本道なので最初は3人で交替するだけで良かったのですが、サンフランシスコに近づくにつれて、「誰が道を知っているんだ?」という疑問が湧いて来ました。僕は地図を持っていましたが、チャンさんは地図も見ずに走り続けたかと思いきや、サンフランシスコの手前で突然フリーウェイを下りてしまい…そして…そう、道に迷ってしまいました…あたりがちょうど暗くなる頃に…

とりあえずガソリンスタンドに車を止めて会議を始めたのですが、チャンさんと話すのは僕1人…Rは無責任に僕に向かって、「おい、頼むよ、あいつ(チャンさん)全然話を聞かないんだよ」などと言って来ます…
「それはお前が英語で話さないからだろ」と僕は心の中で思いましたが、僕はもうこいつらと話しても無駄だと思い、ガソリンスタンドのスタッフに「ここはサンフランシスコか?」と聞いたところ、「ここはサンノゼだよ」と…どうやらチャンさんは違う町でフリーウェイを下りてしまったようでした…

<サンノゼとサンフランシスコの位置関係>

全てを英語で話すのに疲れた僕は、チャンさんに地図を持たせ自分で運転することにしました。刻々とモーテルのチェックイン締め切りが迫る中、メンバー全員が異国の地での迷子に沈黙していたのは逆に救いだったのかも知れません…何とかフリーウェイに戻り、地図を見ながら1時間ほど走ったでしょうか、僕らは締め切りの直前にモーテルにたどり着きました。サンタバーバラから8時間はかかったかも知れません…

<宿泊した町はずれのモーテル>

Rは別のホテルを予約していたためモーテルで別れましたが、翌日ユニオンスクエアで待ち合わせになってしまいました。彼と別れたあと車で周りを走り、何とか見つけたお店で夕飯に食べたタイ料理が何とも美味しかったというかホッとしたというか…しかし翌日からも僕はチャンさんとRとヒデコさんとの間で振り回されることになります。続きはまた次回のブログにて…

To be continued.

Santa Barbaraその9。へ続く

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スピード違反で捕まった(フロリダ編)

2013年の年末から14年の年始にかけて、アメリカのテキサス州・ルイジアナ州・フロリダ州をレンタカーで周りました。13日間の旅行は良いことも悪いことも盛り沢山でしたが、色々な意味で最も記憶に残ったのは、フロリダで「スピード違反の取締り」に引っ掛かった事です。

(フロリダ南部の地図 マイアミからキーウエストまで約4~5時間のドライブ)

12月31日、旅行も終盤に差し掛かった大晦日の朝、僕らはアメリカ最南端の島、キーウエストを早朝に出発し、マイアミビーチを目指しました。キーウエストとフロリダ半島の間は片道1車線のUS-1号線があるだけなので、混まないうちに抜けてしまおうとしたのが間違いだったのかも知れません。早朝なので車は少なく、時速45マイル(72km)で順調に走っていました。二時間半ほど走りもうすぐフロリダ半島に入る所で、ガソリンスタンドでトイレ休憩を取りました。この休憩が運命の分かれ道だとは知らず…

(フロリダ半島からキーウエストまで続くUS-1号線。海の上と連なる島々を抜けて行きます)

休憩を終え、マイアミまでもう少し、「さあ急ごう」と僕はスピードを45マイルまで上げて行きました。その時、前後には全く車がいませんでした。時速45マイルにスピードが達した時、急にルームミラーに赤と青の光が映りました。どこかで見たことのある光…「そう!パトカーだ!」と気づいた時は既に手遅れです。ガソリンスタンドの近くで隠れていたスピード違反の取締りに引っ掛かってしまいました…

実は、アメリカでスピード違反で捕まるのは2度目でした。さかのぼる事10年以上前、初めて留学した時にカリフォルニアで捕まった事があります。(その時のことはまた改めて書こうと思います。)それ以降、アメリカの取締りが厳しい事は知っており気をつけてはいたのですが、ふと気が緩んでしまいました。

(取締りのパトカー。赤と青の光の点滅が後ろに見えたら素直に諦めましょう)

「ああ、しまった!」とは思いましたが、以前に捕まった経験があったこと、前回の罰金はクレジットカードで払えたことから、その時はそれ以上深い心配はありませんでした。車を止めると警官がパトカーから降りて来ます。窓を開けると彼は「Hello, how are you?」とまるでお店の店員のように気さくに話しかけて来ました。スピード超過の旨を伝えられ、日本の免許証とレンタカー会社発行の免許証の翻訳文(州によりますが、アメリカでは国際免許証の代わりにこのような翻訳文を使う事ができ便利です。あくまで有効なのは、日本の免許証原本とされています)を渡すと彼はパトカーに戻り違反チケットを作成して戻って来ました。スピード違反の手続きは一応、違反した地区の裁判所への出頭となるのですが、旅行者などは行ける訳もないのでその時間が無いと伝え、罰金の額を尋ねたところ、なぜか「分からないから1月2日以降に電話してくれ」と言います。聞いたところによると31日と1日は祝日のためオフィスが閉まっていると… 「オフィスは休みなのに取り締まりはしっかりやるのかよ…3日の飛行機で日本に帰るんだが…」と手続きがすぐに出来ないことに不満を覚えましたが、「まあカード番号を電話で知らせれば済むだろう」と、その時は深く考えずにその場を離れました。

マイアミに到着し、ホテルのコンシェルジュにチケットの処理方法を尋ねると、コンシェルジュはチケットを読んで「ここの地区のチケットはどうやらカード払いが出来ないようだ。1番簡単な方法はマネーオーダーを購入して送ることだ」と言います。10年以上前でもカードが使えたのに、なんてド田舎の警察署だ…と呆れましたが、その「マネーオーダーって何だ?」という所から始めなければなりませんでした…聞いたところ、マネーオーダーは公共のスーパーやドラッグストアで手続きをする小切手のようなもので、それを購入して郵送しなければならないと言います。ですが罰金の額が分からなければマネーオーダーを購入することも出来ず、結局2日までは出来ることは何もないと…

日本に帰る前日に、朝オフィスが開くのを待って電話をし、マネーオーダーを購入出来る場所を探して手続きをして、さらにそれを郵送する…最低でも2時間はかかるだろう… 罰金を払うことより、旅行の限られた貴重な時間を奪われ、そのせいで行かれるはずの場所が減るだろう、その事が何より頭に来ました。もちろん自業自得なのは頭では分かっていましたが、不満をぶつける場所もなく、街は新年のカウントダウンで盛り上がっていましたが、天気が悪かったのも拍車をかけその日1日は暗い気分を抜くことができませんでした…

2日の朝、コンシェルジュで罰金の額を確認してもらい、マネーオーダーを探しに出掛けたのですが、何しろマイアミビーチは観光地なので、大きなスーパーというものが中々ありません。ドラッグストアで断られ、銀行で断られ、30分ほど歩いてようやくマネーオーダーを扱うスーパーを発見しました。急いでホテルに戻り、コンシェルジュに世話になりつつ書類を記入し、ポストへの投函はホテルに頼み、ようやくチケットの処理を終えることが出来ました。やはり2時間ほどロスしたのに加え、罰金280ドルにタクシー代にコンシェルジュのチップと散々でしたが、実はこの不運が思わぬ出来事に繋がったのです。

(苦労して探したマネーオーダーとお世話になったマイアミビーチのホテル)

コンシェルジュでチケットの処理をしていた時に、1人の他の若いホテルスタッフが話しかけて来ました。「ああ、スピード違反のチケットだね、運が悪かったね…。ホリデーシーズンは取締りが多いんだ、僕の兄弟は1年に何度も捕まってるよ」「どこから来たの?」などと話してくれ、僕らが日本から来たと言うと、彼は「実は僕は日本の文化に興味があって日本語を学んでるんた。いつか日本にも行ってみたいよ」と話してくれました。感じの良い好青年だったので、僕は自分のメールアドレスを渡して「日本に来る時は連絡を下さい、東京を案内しますよ」と伝えると、彼も自分のアドレスを教えてくれました。彼は僕らの荷物を車まで運んでくれ、一緒に写真を撮り、お互い「See you again!」と約束をして別れました。

彼とは今でもメッセージのやり取りをしますが、「初めて日本人の友達が出来たから、とても嬉しいよ!」と言ってくれます。スピード違反については散々でしたが、そのおかげで新しい友人が出来たのだから、結果的には良かったのだと今は思っています。次に彼に会った時はきっと、田舎町のパトカーに感謝出来ることでしょう(笑)

<アメリカで運転する際は>

※ 駐車違反スピード違反に気を付けましょう。どちらも取締りは厳しく、駐車違反は違反すればほぼ確実に取られます(頻繁に巡回している)。スピード違反は特に早く走行している車を捕まえるのではなく、5マイルでもオーバーしていればパトカーが最初に見つけた車が捕まります(見せしめの要素が大きい)。前後の車が速く走っているときは、列の一番前や後ろを走らないようにしましょう。また田舎の町中など制限速度が下がっている区間、ホリデーシーズン、周りの車が妙にゆっくり走っている時は要注意です。また必ず「日本の免許証」と「国際免許証または公的な翻訳文」を所持して下さい。レンタカー会社によっては日本の免許証の提示だけでレンタカーが借りられる場合がありますが、万が一の事故や違反時に英文の免許がないと大変なことになります。また英語ができないフリをして見逃してもらったという経験談を見た事がありますが、これは警官によっては警察署へ連行されるリスクがある事を覚悟しましょう。

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Santa Barbaraその7。

ここでは2001年の春に僕が初めての留学で滞在したカリフォルニアの小さな町、サンタバーバラでの体験について書いています。初めてこのブログをお読みになる方はぜひ、Santa Barbaraその1。からお読みください。

新入生歓迎のクラブパーティの翌日、僕は語学学校の初日のクラスに臨んだのですが…レベル6というのは7段階あるクラスの上から2番目で、他の生徒はみな間違いだらけの文法ながら流暢に英語が話せガンガン発言する中、僕は先生の発する単語が所々聴こえる…といった状態で、当然発言など出来ませんでした。”Please underline…”というフレーズが聴き取れるようになるまで丸々一時間を要し、この先のクラスが不安なまま初日のクラスを終えました。

<Vicky達とランチに行ったチャイニーズレストラン>

午前中のクラスが終わると、昨夜に知り合ったVickyや他の日本人たちが一緒に中華のランチを食べると言うので僕も参加したのですが、そこで週末はどうするという話になり、何人かの仲間でサンフランシスコへ行こうという話になったため、翌日学校のアクティビティのコーディネーターであるダンに相談してみることにしました。

<サンフランシスコ旅行のデコボコメンバー>

この時のメンバーは僕と、ナツコ、ナギサ、中華のランチで知り合った奈良の大学生のミチコ、ミチコと同じ家に滞在していた韓国の大学の先生チャンさん、僕と同じクラスに入った村田製作所に勤めるヒデコさんという中年の女性…と、なんともデコボコなメンバー構成だったのですが、この韓国のチャンさんとのコミュニケーションが何とも大変でした。彼はサンフランシスコへレンタカーで行くことを主張し譲りません。サンタバーバラからサンフランシスコへは車で片道6〜7時間もかかるうえに(約540km:東京~神戸間に匹敵する距離です…)、坂が多い町で駐車場が少なく、車で動くには不向きな町なので(訪れた経験のあった)僕は散々反対したのですが、結局押し切られてしまいました。韓国は年長者が絶対の文化なのに加えてアメリカと同じ右側通行なので、運転に根拠の無い自信があったのかも知れません…。ダンにその意向を伝えると彼はレンタカーと町はずれのモーテルを予約してくれたのですが、そのモーテルには20時までにチェックインしなければならず、昼まで授業を受けた後に本当にたどり着けるのか、英語力から来るコミュニケーション不足も手伝って僕はこのグループでの旅に猛烈な不安を覚えたところに、このデコボコ団に更なる混乱をもたらす奴が現れます…

<7人乗りのレンタカー>

ダンとの話を終え帰宅しようとした所に現れたのは…そうあの世田谷の留年大学生Rです…
「おう、週末はどこ行くんだ!?」
と聞かれ、僕は既に嫌な予感がしていました…誰かがサンフランシスコへ行くんだよと答えるとRは図々しく、
「俺もサンフランシスコ行くんだよ!一緒に行こうぜ!」
と持ちかけて来ました。僕らは英語でチャンさんと散々揉めてレンタカーとモーテルの手配をして来たのだし、お前は1人なんだからこの場合、「俺も混ぜてくれ」の間違いでは無いのかと僕は心の中で思いましたが、断る訳にもいかず誰かがOKしてしまい、この超自己中心的なRと話を聞かないチャンさんとその他デコボコ団をまとめるのに僕は嫌と言うほど苦労させられることになったのです…その続きは次の機会にご紹介致します。

To be continued.

Santa Barbaraその8。へ続く

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Santa Barbaraその6。

ここでは僕が2001年の春に初めての留学で滞在したカリフォルニアの小さな町、サンタバーバラでの体験について書いています。初めてこのブログをお読みになる方はぜひ、「Santa Barbaraその1。」からお読みください。

語学学校でクラス分けテストを終えると、その夜は地元のクラブ「zero」での新入生歓迎パーティーがあったのですが、夜はバスもないため、移動手段のない生徒は参加出来ません。僕は帰宅すると、アグネスが「パーティーに行こう」と誘って来ます。寝不足だった僕は夜遊びに抵抗があったのですが、アグネス様の誘いを断われる訳もなく、夜のクラブでのパーティーに参加することになりました。

アグネスはバッチリ濃いめのメイクに強い香水を身につけ、気合い十分と言う感じに僕はまず圧倒されました。「これが欧米のクラブパーティーなのか」と、日本ですらろくろくクラブには行かない僕は、貴重な体験に少しワクワクしていました。

しかし…インターナショナルなクラブパーティーは僕の予想の遥かに上を行っていました。生徒は南米出身者がラテンのノリで踊り狂っていて、ビール瓶を割る音がダンスフロアからガッシャンガッシャンと聞こえて来ます…とても日本人が入って行けるノリではなく、日本人の新入生は入り口で固まって中を覗くのが精一杯の状態…

その固まった新入生の中に、1人、台湾人の女の子がいました。彼女はVickyと言う子で、やはりダンスフロアに参加出来ずに様子を伺っていました。する事の無かった僕は彼女に話しかけてみることにしました。

<クラブパーティーは南米のノリ>

僕の出来る英語と言えば、”Where are you from?”とか、”What’s your name?”とか、頑張っても”Do you have a boyfriend?”ぐらいのものでしたが、彼女も新入生で英語が上手くは無かったのを覚えています。すると彼女は紙にペンを出して、福山雅治(誰だったかは忘れた)など日本の有名人の名前を漢字で書き始めました。前日にハウスメイトのユンと話した時も感じたことですが、こちらは何も知らないのに、向こうは日本の事を良く知っている、と驚きを感じました。

兎にも角にも筆談でコミュニケーションを取っているうちに、何人かの新しい日本人とも話すことが出来ました。特にマユミとナギサの2人とはこの留学中、週末などを旅行で一緒に過ごす事になります。
マユミが「誰か一緒に、サンディエゴに行かない?」と言ったので、サンディエゴの隣町、メキシコのティフアナに行きたかった僕は一緒に行く約束をしました。ダンスには参加出来なかったものの、新しい仲間とつたないコミュニケーションを楽しんだ僕は、アグネスが帰るまでクラブパーティーを楽しむことが出来ました。

<アグネス、ヴィッキーと新入生たち>

帰りの車の中でアグネスが、「お前は日本人と日本語しか話さない」と言って来たので、僕は台湾人と英語で話したんだと反論しました。思えばアグネスに反論出来るくらい、英語にも慣れて来ていました。それも全て、アグネスにパーティーに引きずり出されたおかげだったのかも知れません。

翌日、Vickyや他の日本人たちとランチをして、最初の旅行で大変な思いをしたサンフランシスコへの週末旅行へと進んで行きます…続きはまた次の機会に。

Santa Barbaraその7。へ続く

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インドの食あたりその1(2008年編)

2008年の11月、僕は両親と共に初めてインドという国に足を踏み入れました。インドと言えば、暑くて、食べ物は全部カレーで、カーストと呼ばれる生まれながらの身分制度が今でもあり、人口が中国を追い越しそうなくらい多くて、空気や衛生状態が悪い…そんな前知識は持っていましたが、そんな秘境に行ってみたいとずっと思っていました。そこが想像以上に恐ろしい場所なのだとは思いもせずに…

インドと言えばバックパッカーの聖地。そして初めて訪れた人が必ず経験するのが「食あたりによる下痢」です。ガイドブックには「お腹は必ず壊すので諦めて下痢とうまく付き合いましょう」、などと無責任な事が書いてあります(苦笑)僕らはバックパッカーではありませんが、父は旅行会社で嫌と言うほどツアーの添乗をしていたので、家族旅行は当然のように個人旅行です。そのため「自分の身は自分で守る」しかありません。何しろインドでは、水道水を飲むのはもちろん、町中に売っているミネラルウォーターすら信用できません。入れ物だけ再利用して川の水を入れて売っているなんて話があるくらいで、スーパーでも水を買うときはフタが開かれた形跡が無いかどうか確認する必要があります。両親は「水は日本から持っていくものしか飲まない、歯磨きも日本の水で」と言ってトランクに水のボトルを詰め込んでいました。「さすがにそこまでしなくても…」なんて僕は思ったのですが、インド旅行はどれだけ対策を練ってもやりすぎることは無いのだと、後ほど嫌と言うほど思い知らされることになります…

<水は日本から持参か、ホテルのものをずっと持ち歩く>

旅行は香港乗り継ぎでムンバイへ入り、そこからフランシスコ・ザビエルの遺体が安置されたことがあるゴアへ、ムンバイ経由で飛行機を乗り継ぎデリーを観光して、デリーからタージ・マハルのあるアーグラーへ日帰りし、ムンバイ・香港経由で日本へ帰るというコースでした。香港・バンコクを経由したキャセイパシフィック航空でムンバイへ到着したのは夜。空港を出た瞬間、僕は今までに感じたことのない空気を感じました。「この国はヤバい」という空気を…

<冷房付き?のプリペイドタクシー。 トランクも閉まらないままひもで縛って発車…>

空港でプリペイドタクシーのチケットを購入した時、タクシーには冷房がついているとの事でしたが、実際の車を見て固まってしまいました。「この車、本当に走るのか?」、そういうレベルです。荷物も多い方では無かったのですが、なんとトランクに入りません。すると運転手はトランクのカバーが閉まらないので、ロープで縛り始めるじゃないですか…こんな状態で30キロはあろうかと言うムンバイの中心街まで行けるのか、本当に不安を感じました。走り出すと町は暗く、人が何もせずに道のわきでブラブラしていて、町並みはかつて見た事がないくらい古くて貧しく、本当にタイムスリップしたんじゃないか、そんな気分になりました。近代的なホテルに無事にチェックインした時は本当にホッとしたものです。

<ムンバイのタージホテルとスラム街で魚を売る人々。タージホテルでは帰国後テロで爆発がありました…>

<デリーの町中は牛だらけ。オートリキシャーには信じられない数の人が相乗りしていました…>

翌日からの旅は思いのほか順調でした。食べ物はカレーばかりながら安くて美味しく、ガイドブックに載っている店なら大丈夫だろうと、僕は好物のマンゴーラッシーなどを平気で飲んだりしていました。両親は「そんなの飲んで大丈夫か…」みたいな雰囲気でしたが、全くお腹を壊すこともなく、ムンバイ・ゴア・デリー・アーグラーと観光して、旅行も残り2泊を残すのみとなりました。その日本に帰国する前々日の夜、少しカレーに飽きた僕は、夕飯は中華を食べようと提案しました。ニューデリーのコンノート・プレイスと言う、ちょっとお洒落で高めのレストランが集まる場所で、僕らはインドではおそらく立派すぎるであろう中華料理レストランで夕飯をとりました。食べたものは、炒飯、麻婆豆腐、肉や野菜を炒めたものや餃子など、火の通っているものばかりでまさか食あたりするなどとは夢にも思わないものばかりだったのですが…

<この中華料理が原因なのかどうかは今も不明>

その日の夜中、僕はお腹が痛くなりトイレで目が覚めました。やはり下痢だったので、ああ、とうとう当たっちゃったか、最初はその程度の感覚でした。しかししばらくすると気分が悪くなり、吐いてしまいました。その後下痢と嘔吐を繰り返し眠ることが出来ず、朝には外に出るのも厳しい状態に…。両親は大丈夫な様子だったので、僕はチェックアウトまで1人でホテルで休むことにしました。胃腸薬、下痢止めなど飲みましたが全く効かず、体調は悪くなる一方です。両親が戻り昼食を食べに出たのですが、何しろ吐き気で食べることが出来ず、飲み物を飲んだらすぐにお腹を下してしまいます。昼食後お土産を買いに町へ出ましたが、頭は高熱でもあるかのように熱く足はフラフラして歩くのもままならず、貧血のように血の気が引いて気が遠くなり、お腹も痛くトイレも我慢できないので、僕は両親に頼んで残りの時間をホテルのカフェで休むことにしたのですが、水分を摂っても摂っても下してしまい、身体は脱水症状で全身から水分が抜け、力は入らず頭はクラクラしてもうろうとし、高熱でうなされているような、宙に浮いているような、まるで全身が自分の体ではないような感覚です。「これ、もしかして死ぬんじゃないか…、明日日本に無事に帰れるだろうか…」そんなことを本気で考えました。その夜LCCでムンバイに戻ったのですが、冷房の効きすぎた空港で飛行機が3時間も遅れ、ただでさえ瀕死だった僕はもう「生きるのか、死ぬのか」、そんな状態でした。新聞紙を体に巻いて寒さをしのぎ、やっとの思いで乗り込んだLCCには毛布もなく、父がジャケットを貸してくれましたが、「命からがら逃げ帰る」、まさにこの言葉がピッタリで、飛行機から降りる際は階段から落ちてしまい、周りから「Are you okay!!??」と叫ばれる始末…。翌日ムンバイの空港でキャセイパシフィックの飛行機を見た時、そして飛行機から香港の街が見えた時、文明の有難さをこんなに実感したことはありませんでした…インドから「救出された」のだと…

<この飛行機を見た時は涙が出そうになりました…香港の街が見えた時は「ああ、これで助かる」と…>

ちなみに、母親は帰国の前夜、父親は帰国の翌日にやはりお腹を壊しました。僕は症状が最も酷く、日本に帰国してからも下痢が約2週間続きました。トラウマでそれまで大好きだったインドカレーもかなりの期間食べることが出来ませんでした。「もう二度と、インドには行かない…」少なくとも2年くらいはそう決意していたと思います(苦笑)インドで食べ物に当たると「お腹を壊した」程度の症状では済みません。もしツアーに参加するのであっても、医者が処方するような強い下痢止めと抗生物質を持って行くことをお勧めします。(その後、2回目のインドの旅では薬に救われることになります。2度目の食あたりについては「インドの食あたりその2(2011年編)」もぜひお読みください。)

インドは、非常に魅力的な国です。美味しい食べ物、混沌としてエネルギッシュな雰囲気、タージ・マハルなどの美しい建築物や価値ある遺跡…そして何より、人が必死に生活していることを肌で感じることが出来る貴重な場所です。インドが普通の文明国になってしまう前に見ておくべきだと、僕は思います。ですが、くれぐれも念入りに準備をして渡航して下さい。万が一にも犬に噛まれたら「命に係わる」、そのような国ですので…

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レンタカーが、パンクした。

2006年の10月から11月にかけて、僕は会社を退職して少し休暇を取り、2001年に初めての留学で滞在したアメリカ西海岸の小さな町サンタバーバラに、6週間ほど滞在することにしました。今日はその滞在中に休日旅行でサンフランシスコを訪れた際のトラブルについて書きたいと思います。

滞在はホームステイで、僕のルームメイトはセバスチャンというフランス人だったのですが、そのセバスチャンにThanks Givingの翌日からの休日を利用してサンフランシスコへ仲間と行くから、一緒に行かないかと誘われました。僕はセバスチャンと非常に親しかったのでもちろんOKしたのですが、何と全員合わせると10人以上のグループになると言います。そんな大勢で一緒に行動出来るかな…とは思いましたが、なるようにしかならないだろう、と成り行きに任せることにしました(苦笑)

Thanks Givingの翌日、ダウンタウンのバスディーポに集まったのは、フランス人、ベルギー人、ドイツ人、トルコ人、韓国人、日本人、そして誰の知り合いなのか地元のアメリカ人を含む多国籍軍でした。アメリカ人の車1台に乗り切れる訳もなく残り2台をレンタカーする予定だったらしいのですが、何と予約をしておらずレンタカー会社には車が1台もありません…本当にたどり着けるかな(苦笑)と思いましたが、3時間ほど待ってようやく返却された車2台を借りることが出来ました。1台をトルコ人2人、もう1台を僕とセバスチャンが運転することになりました。僕らの車は韓国のKIAというブランドの小さな車だったのですが、3台で高速に入るとアメリカ人とトルコ人の運転の荒さが尋常ではなく、僕らの小さな車はエンジンの大きさからとても付いて行けず、いきなりはぐれてしまいました。かくして僕とフランス人2人、韓国人の女の子の4人での旅が始まったのです。

<レンタカーのKIAと多国籍軍>

サンフランシスコでは他の車と合流したり、はぐれたりしながら観光しましたが、基本的には僕とセバスチャン、フランソワ(フランス)、ジェニファー(韓国)の4人(と時折ベルギー人のステファニー)での行動になりました。観光は充実していて色々な思い出が出来ましたが、最後サンタバーバラへ帰る日は残念ながら雨に降られてしまいました。そしてこの雨のハイウェイでの帰路にてかつて経験した事もないトラブルが起こります。

<左からジェニファー、ステファニー、セバスチャン、フランソワ。多国籍軍は最後までまとまりませんでした>

サンフランシスコで他の車たちと別れ、サンタバーバラへ帰る高速道路を僕は運転していたのですが、ちょうど半分くらい来たあたり(SF-SB間は車だと約6~7時間)で、車が突然ガタガタと揺れ始めました。その揺れはかなり激しくハンドルも右に左に取られる感じがしたので、僕は経験が無いながらも薄々「タイヤがパンクした(got a flat tire)」のだと気付きました。高速を降りて車を止めると、見事に右前のタイヤがペチャンコに…付近は真っ暗で助けを求めようにもガソリンスタンドひとつ見当たりません。途方に暮れた僕らは相談した結果、スペアタイヤに交換しようと言う結論になったのです…

セバスチャンがタイヤの交換の経験があったので、スペアタイヤをトランクから出してジャッキアップまでは出来たのですが、タイヤのナットが固くどうしても外す事が出来ません。灯りもなくデジカメの液晶の明かりで照らしながら雨の中格闘しましたが、どうにもならず途方に暮れていると、ジェニファーが通りかかった1台の車に助けを求めました。親切なアメリカ人のおじさんは僕らがタイヤが交換できずにいることを知ると手伝ってくれ、僕に運転席でブレーキを踏む(Step on the brake!)ようにと言いました。そうして格闘すること15分、なんとかおじさんの助けでタイヤを交換することができ、親切なおじさんはお礼を言う間も無く行ってしまいました。かくして僕らは交換したタイヤでそろそろと走りながら、サンタバーバラへ帰り着くことが出来たのです。

翌日レンタカーを返却する際に、頭に血が上りやすい僕はカウンターで散々クレームを付けました。寒くて暗い雨の高速でタイヤを交換したんだと言うと、彼らは交換したタイヤを見て申し訳ないと言ったあと、レンタカー代は半額にすると言いましたが、次からパンクした際はロードサービスに電話したら良いと言うのです。しかしナビも付いていなかった当時、550キロはあろうかと言うSF-SB間(東京~神戸間に匹敵する距離です…)のどこにいるか分からないと言ったら、果たして彼らは何時間以内に来てくれたのでしょうか…親切に手伝ってくれたアメリカ人のおじさんにお礼を出来なかったのが悔やまれます…それ以前に、パンクするようなレンタカーを扱わないで欲しいと思います、Enterprise Rent-A-Car…(アメリカでは割と大手で1番安いのですが、もう使う気になれません…)

皆さんもパンクした際にロードサービスに電話をする際に必要なこの単語、ぜひ覚えてください。

We got a flat tire! 「タイヤがパンクした!」

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バラナシの「自称ガイド」

2011年の年末年始にかけて、両親の還暦を記念して家族でタイ、カンボジアを訪れたのですが、その旅行と合わせてインドとネパールを旅しました。トータルで19日間に及ぶ壮大な旅になりましたが、今回はインドのバラナシで遭遇した「自称ガイド」のことを書きたいと思います。

インドを訪れたのは人生で2回目でした。初めて訪れた時は食べ物にあたりひどい目にあい、命からがら帰国してもう二度と行くまいと思ったのですが、数年経つとトラウマも薄れていたのでしょうか、またこの恐ろしい国に足を踏み入れてしまいました。今回はバンコクからカルカッタへ入り、飛行機でガンジス川の沐浴で有名なヒンズー教の聖地バラナシへ移動、仏教の聖地であるサールナートとクシナガルを訪れ、そのまま北上し陸路でネパールへ抜ける計画を立てました。移動は飛行機と鉄道で、バスは絶対に使わないようにしました。(体力の節約とお腹を壊した際のトイレを考慮して)

バラナシの空港からホテルまでプリペイドタクシーを利用すると早速車内で彼らの「営業」に悩まされました。「サールナートへ行くんだろう、タクシーで往復するのにとても安い値段で行ってやるぞ、どうだ?」と持ちかけて来ます。絶対にボラれるのは分かっていたので「No,thank you.」と言ってもしつこく営業して来るので、「I want to see the view of the outside, please be quiet.」と突っぱねましたが、インド人はそんな事では諦めるはずもなく、結局ホテルに着くまでずっとこの営業を聞かされ続けました。

バラナシの洗礼にうんざりしつつも何とか逃げ切り、ホテルにチェックインした後、早速ガンジス川を見に行くことにして、ホテルの前でオートリキシャーに乗り込むと、突然1人の男がリキシャーに乗り込んで来ました。

<オートリキシャーと「自称ガイド」の男>

走り出すと「ガンジス川へ行くんだろう?俺に任せておけ」みたいな事を言います。同じリキシャーに乗っているので逃げることも出来ず、諦めているとリキシャーは当初指定した場所とは違う所へ到着しました。どうやらこの「自称ガイド」が運転手を丸め込んだようで、リキシャーを降りると「こっちだ、ついて来い」と…

もう今いる場所がどこかすら分からないので行くしかありません。しばらく歩くと、ガンジス川へ出たのですが、「ここからボートに乗れ、川の上からプジャ(ヒンドゥー教のお祈りの儀式)が見られるぞ」と言います。しょうがないのでボートの値段を聞いてみると、貸切の割に値段は高くなかった(他のこの手のボートは人を満杯に詰め込んでいました)ので、ボッタクリではないのかな…と思いつつボートで約1時間のクルーズ(と言うよりは、漂流?)とプジャの見物をしたのですが、冬のガンジス川は思いの他寒く(まさかインドが寒いとは想定外で)、凍えながらもボートは出発した場所へ戻りました。ボートの漕ぎ手にも「ボート代はボートの所有者が全部持って行ってしまうんだ、だから俺にチップをくれ」などとせがまれました…。岸に着くとさっきの自称ガイドが待っていたので、「これから夕飯を食べに行くから、ラディソンホテルへ行ってくれ、それで君はいくら欲しいんだ?」と聞くと、「Nothing. Because I can get the next chance. You are going to Sarnath(サールナート) tomorrow?」と言います。明日も付きまとうのかよ…と思いましたが、リキシャーもボートもひどくボッタくる事はしなかったので、次の日も彼に任せることにしました。

<ボートとバラナシの風景>

翌日は朝6:00に彼と運転手がホテルに迎えに来て、再びガンジス川クルーズ(漂流?)へ向かいました。それは沢山の人が早朝にガンジス川で沐浴をするので、それを見るためです。2時間の見物を終えてホテルに戻り、朝食を食べてリキシャーでサールナートへ向かいました。サールナートは仏教の四大聖地のひとつで、仏陀が初めて説法をしたとされる地です。サールナートへ向かう車内で、彼に「So, how much is your guide?」と聞くと「As you like.」などと自分はボッタくりガイドではないことを強調します。

サールナートの遺跡を見物し、周辺の寺院をいくつか訪れたあと、リキシャーに乗り込むと、彼は「これから少しショッピングに連れて行くから」と…

狙いはこれか!」と思いましたが、インドで車などをチャーターするとお土産屋に連れて行かれるのは定番なので、とりあえず行ってみました。しばらくするとリキシャーはシルクの織り工房件販売所に着きました。元々インドでシルクのスカーフをお土産に買うつもりだったので、工房で散々本物かどうか店員と揉めて(どうやらちゃんとした品物でしたが)、およそ1万円分のスカーフを購入しました。

<サールナートとシルク工房>

リキシャーでバラナシへ戻る際に、もうさすがに自由に行動したかったので、「ガンジス川へ行ってくれ、そこでガイドは終わりにしていいから」と伝えると、彼はもう十分に目的は果たしたのか、素直にガンジス川の入り口へ僕らを連れて行きました。リキシャーのチャーター代を払うと彼は小声で「And guide….」とちゃっかりガイド代を要求して来ます。「やっぱり欲しいんじゃん」と思いつつ2000円ほどを渡すと彼は嬉しそうにして、「You are very nice person! When you walk around the river, watch your bag. Some people try to steal it.」などと親切なアドバイスまでくれる始末でした。そんなに満足なのだから、さぞお土産屋からのキャッシュバックがあるのだろうと僕は興味がわき、「I will never get angry, so please let me know honestly. How much can you get from that silk shop?」と突っ込んで聞いてみると、彼は満足気に「2%!」と。1万円のうちの2%が彼の取り分ということは…200円?200円のためにこんなことしてるのかと衝撃を受け、そりゃあ2000円のガイド代をもらえれば最高だろうなと納得しました…インドの金銭感覚を知る良い勉強になりました…

強引な自称ガイドの押し売りでしたが、ボッタクることもなくトータルでそんな悪いサービスでは無かったかなと思い、次の日駅に向かうのにタクシーを手配できるか訪ねると、「大丈夫だ、必ず迎えに行く」と。翌朝は朝の列車だったので、早朝に待ち合わせしたのですが、10分前…約束の時間…10分が過ぎ…タクシーが来る気配はありません。「ああ、やられた!!」と思いましたが列車に乗り遅れる訳にはいかず、別のタクシーを探しましたが早朝なので全く走っていません。困っていると、近くに止まっていた観光バスのガイドの人が「どうしたんだ?」と声をかけてくれたので、駅に行かなければならないんだけどタクシーが捕まらないと言うと、彼は1台のオートリキシャーを捕まえてくれました。大きな荷物が3つあるのでちょっと…と思いましたが、なんとか荷物を積むことができ、リキシャーで30分ほど走り、何とか駅にたどり着き事なきを得ました。バラナシには駅が複数あるのでちゃんと目的地が伝わっているのか不安でしたが、観光バスのガイドはどうやらちゃんと運転手に伝えてくれたようです。

かくしてバラナシではインド人の強引さ、たくましさ、しつこさ、あざとさ、無責任、親切など様々な側面を経験しましたが、観光地であるためか総じて歩くだけでも災難が飛んでくるような町です。ガンジス川の周りではボートや両替の勧誘がしつこく、無視すれば「このゴミ!来るな!」などと罵声を浴びせられ、話しかけて来る奴は勝手にガイドを始めお金を要求する…もう周囲のインド人全てが敵に見えます。バラナシを個人旅行で訪れる際は、鉄の意志を持って、断固拒否の態度を示して歩きましょう。「手強い」インド人たちがあなたを狙っていますので(苦笑)

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Santa Barbaraその5。

ここでは僕が初めての留学で滞在したアメリカ西海岸の小さな町、サンタ・バーバラでの体験について書いています。初めてこのブログをお読みになる方は、Santa Barbaraその1。からお読み下さい。

滞在3日目。前日に深夜までアグネスたちと夜遊びをした僕はアラームが鳴っても起きることができず、クリストフの”Could you stop the alarm!?”(アラームを止めてくれ!)の一言で目を覚ましました。もちろん寝不足ですが、この日は初めて学校へ登校する日でした。眠い目をこすりながらキッチンへ行くと、ホストマザーのカレンがコーヒーを入れてくれ、「今日は学校の初日だから、私が車で連れて行くから」と言いました。僕は前日にアグネスと一緒に登校する約束をしていたのでそう伝えると、彼女も一緒に乗って行けば良いと言ってくれました。アグネスと車に乗り込み学校へ向かって出発すると、ユンが1人バス停に向かって歩いていたので、彼女も乗せてあげたら…とは思ったのですが英語の下手な僕は言い出すことが出来ず、そのままアグネスと2人で学校へ向かいました。

学校に到着すると、新規の入学生はロビーで入学手続きを待っていたのですが、そこで一度目にしたことのある日本人を発見しました。彼の名はR(彼の名誉のため本ブログではこう呼びたいと思います)と言い、ロサンゼルスからサンタバーバラへのフライトで同じ飛行機に乗っていて、サンタバーバラの空港で話しかけてみようかと迷っているうちに出迎えのホストファミリーに連れて行かれた男でした。何しろアメリカに着いて日本語に全く触れていなかった僕は、藁をもつかむ思いで彼に話しかけたのです。「あの、飛行機で一緒でしたよね」と言うと彼はぶっきらぼうに、「ああ、そうですね」と答えました。「どこから来たんですか」と続けて尋ねると、彼は自慢げに「東京の世田谷でございます」と言いました。「世田谷ってわざわざ強調する必要、あるのか?」と、僕はちょっと嫌な感じの奴だなと思いましたが、何しろ日本語に飢えていた僕はしばらく彼と話すことにしました。週末は何をしていたのか尋ねると、「何もすることなくてさー、家の中でタバコ吸ったら外に追い出されちゃってさー」などと言い、「あたりまえだろ、許可も取らずに吸ったのか?」と僕は内心呆れました。さらに話を進めると彼は23歳であることが分かり、どこの大学へ行っているのか尋ねると「成城大学の3年でございます」と言ったので僕はうっかり、「23歳で3年生?」と突っ込んでしまうと彼は怒って、「うっせーな!2ダブだよ!(2年留年している)」と吐き捨てました。どうやら高いであろう彼の安っぽいプライドを傷つけてしまったようでした(笑)。

こんな日本人しか留学に来ないのかと若干ガッカリしながら教室に移動して、僕ら新入生はレベル分けのための入学テストを受けました。その後学校のスタッフがお昼ご飯を買いに近くのスーパーへ連れていってくれたのですが、その時ちょうど雨が少し降って来ました。傘を持っていなかった僕はそのまま歩いていると、小さな日本人の女の子が親切に傘に入れてくれました。彼女の名はナツコと言い大阪の大学でフランス語を専攻している子でした。「良かった、良い日本人もいるんだな。この子と友達になれば良いや」と思って僕は大分ホッとしたのですが、お昼を食べた後のクラス分け発表で小さな事件が起こります。クラスは7段階で、下の方のクラスはほぼ全員が日本人なんて所もあったのですが、僕のクラスの所にはなんと Level 6 と書いてあるのです…「ああ、下から2番目…じゃない!上から2番目!?全然話せないのに!?」と僕は愕然としてしまいました。いきなりレベル7に入る新入生はいなかったので、新入生としては1番レベルの高いクラスに入ってしまったのです…実はこれは日本人に良くあるケースで、ヒアリングとスピーキングは全くできないのに文法とリーディングが得意なので、実力とかけ離れた点数が取れてしまうと言う…かくして僕は実力に分不相応なレベルの高いクラスに入って授業を受けることになってしまいました…。

<一緒に入学した新入生。半分くらい日本人だった気がします>

クラス発表が終わりオリエンテーションを受けて、初日の学校は終わりでした。僕はもうRのことは忘れて(笑) ナツコと他の日本人や外国人たちと帰宅するためバスディーポに向かって歩き始めたのですが、その中に1人のドイツ人の女の子がいました。彼女の名はアンドレアと言い、この留学で僕が唯一、自分の力で仲良くなった外国人だったかも知れません。どういうきっかけで彼女と会話を始めたのか定かではないのですが、僕が下手くそな英語で、前日バスを降りられず”Help me~”だったんだよと言うと彼女は大笑いして、僕に親しみを感じてくれたようでした。このバスの失敗談で彼女と仲良くなれましたので、今思うと週末のドタバタも無駄ではなかったのかなと思います。アンドレアのルームメイトは日本人でその時一緒に歩いていたのですが、彼女は全く英語ができず、アンドレアにどうやって家に帰るつもりなのか聞いて欲しいと僕に行ってきました。「レベル6、頼むよ!」などと言われ若干ムッとしましたが、アンドレアは歩いて帰ると言ったのでそう伝えると、その子は右も左も分からずアンドレアにただついて帰って行きました。補足するとその子はその後も英語を全く話そうとせず、ルームメイトであるアンドレアとトラブルになり、それがホストファミリーとのトラブルに発展し、とうとうホスト先の家を追い出されて退廃的なモーテル暮らしをすることになります。2~3週間後にその子に再会した際は、この時のような失礼なテンションは影をひそめ、げっそりやつれて別人のようになっていました…。アンドレアから事の成り行きを聞いていたので同情はしませんでしたが、英語を話さなければ留学は必ずしも華々しいものではないという典型的な事例だったかと思います。

<唯一自力で仲良くなったアンドレアと学校のソファーにて>

ナツコとバスディーポで別れて帰宅した僕はクリストフとテストの話になり、クラスはどうだったと聞かれたのでレベル6に入ってしまったというと彼はもの凄く驚いて、”Level 6!? Are you level 6!?”と何度も聞き返していました(苦笑)。それもそのはずで、英語がペラペラなクリストフは実はレベル5で、僕より下のクラスだったのです。日本人はテストだけは得意だというパターンを思いっきり証明してしまいました。同じく英語がペラペラだったユンでさえ、僕と同じクラスだったのですから、その後僕がどれほどクラスで貝になったかご想像に難くないかと思います(苦笑)

その日の夕飯を食べた後、僕はアグネスに連れられて新入生歓迎のクラブパーティーへと、2日連続の夜遊びに出かけることになります。続きはまたの機会にご紹介したいと思います。

To be continued.

Santa Barabaraその6。へ続く

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本場アメリカのステーキ事情

ステーキと言えば、やっぱりアメリカが本場ですよね!ですが近年、アメリカのステーキ事情に大きな変化の兆しが…そんなアメリカのステーキ事情についてご紹介したいと思います。まず、アメリカでのステーキの種類を見てみましょう。

<RIB EYE(リブアイ・ステーキ)>
日本で言うとリブステーキです。脂がのっていて肉質は少し固めですが、肉好きが最も愛するステーキです。

<NEW YORK STRIP(ニューヨークストリップ)、KANSAS CITY STEAK(カンザスシティ・ステーキ)>
日本では(お店によっては現地でも)サーロインステーキと呼ばれます。脂はRIB EYEより少なくフィレよりは多い、肉質はRIB EYEより柔らかいもののフィレよりは固め、といった感じ。ちょうどほどほどなお肉なので人気があります。

<Filet Mignon(フィレミニョン)、Tenderloin(テンダーロイン)>
フィレステーキです。脂は少なくてあっさりしていますが非常にやわらかく、牛一頭から取れる量が少ないためお値段も高めです。

<Porterhouse(ポーターハウス)、T-bone steak(ティーボーン)>
T字型の骨の左右にフィレとサーロインが付いている、一度で二種類のお肉が楽しめる大きなステーキです。

<Tomahawk(トマホーク)>
テキサスなどのステーキハウスにある、非常に巨大なRIB EYEステーキで、その大きさは38オンス(1077グラム)や50オンス(1417グラム)など、まさにアメリカンサイズ!

<Prime Rib(プライムリブ)>
これは焼いたステーキとは調理方法がやや異なり、リブの肉をかたまりのままじっくり焼き上げ、食べる際に切り分けて盛り付ける温かいローストビーフのことです。

さて、このステーキの本場で、ある異変が起きていることをご存知でしょうか。なんと今アメリカでは、和牛が大ブームになっているのです。有名なステーキハウスのメニューを見て頂くと分かるのですが、評価の高いステーキハウスは軒並み和牛を売りにしています。和牛の名称もバラエティに富んでおり、WAGYUだったりAKAUSHIとか、KOBE BEEFと記載している所もあります。

余談になりますが、「神戸牛」というのは兵庫県で生産された「但馬牛(たじまうし)」からとれる肉が一定以上の基準を満たした場合にのみ用いることが出来る高級な牛肉のブランド名であり、日本三大和牛の1つとして非常に希少なものであるためほとんど海外には流通しておらず、アメリカに神戸牛が氾濫しているはずはないのですが…(苦笑)アメリカでは日本で飼育されたものでなくても、種牛が和牛であればWAGYUと呼ばれているようで、アメリカ産に加えてオーストラリア産の「WAGYU」まであります(笑)僕が先の年末年始にフロリダのステーキハウスで食事をした際に、ウエイターが特別な牛肉があると言って誇らしげに2つのお肉を持って来て見せてくれました。1つは宮崎牛のフィレで、もう一つはオーストラリア産のWAGYUのリブアイだと言っていました。もちろんアメリカに行ってまでわざわざ和牛を食べるのは本末転倒ですので、僕らはアメリカ産アンガス牛のステーキを注文しましたが…それにしても彼らが宮崎牛だと言っていたフィレは目玉が飛び出るほどの値段でした…

一昔前までは和牛は柔らかすぎて脂っこくてこれは本物のステーキじゃないとアメリカ人は言っていたような記憶もありますが…時代は変わるものですね…いずれにしても日本の畜産農家の努力と研究の賜物である和牛が世界で評価されていることは、日本人として喜ばしい限りです。神戸牛は2009年に、米メディアが選んだ「世界で最も高価な9種類の食べ物」にキャビア、フォアグラ、白トリュフらと共に選出されたと言うから驚きですね。品質を追求する日本人の底力は食材の分野でも発揮されつつあるようです。

ですが、本場のアメリカらしいステーキを食べたいと思っている方は、レストランに行く前にどこのお肉を扱っているのかチェックすることをお勧めします(苦笑)

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Santa Barbaraその4。

ここでは僕が初めての留学で滞在したアメリカ西海岸の小さな町、サンタ・バーバラでの体験について書いています。初めてこのブログをお読みになる方は、Santa Barbaraその1。からお読み下さい。

滞在2日目、ダウンタウンに2往復し疲れ果てて昼寝をした僕は夕飯の時間に目を覚ましました。「まさか今日もホットドッグじゃないだろうな…」と思いつつ廊下へ出ると、ちょうどアグネスと、初めて見るアジア系の女の子と遭遇しました。彼女の名前はユンと言い、韓国の女子大の最高峰である梨花女子大学(Ewha/イファ女子大学)の学生で、アグネスのルームメイトでした。歳はたしか23歳で、僕より2つ年上だったと思います。(脱線しますが、梨花女子大学は日本で言うと、お茶の水女子大の優秀さと、フェリス女学院や聖心女子大、白百合女子大のようなお嬢様大学のブランドイメージを併せ持つ、最強の女子大だそうです。ユンはその事を誇りに思っているようで、授業のスピーチでも話していました)

「この家にはいったい何人留学生がいるんだ…」(実際には彼女が最後で、居候のボルツと僕を含めて5人)と思っているとアグネスがユンに、「日本から来た新しいやつだよ」と紹介してくれました。ユンは僕に挨拶をすると、僕がどこの大学に行っているのか尋ねて来たので、僕が早稲田大学だと答えると、アグネスに向かって“Wow, he is one of the smartest students in Japan!”(彼は日本の最も優秀な学生の1人よ!)と言いました。アグネスは「だから何?」みたいな反応をしていましたが(笑)僕が下手くそな英語で、”You know well about Japan.”と言うと、彼女は「もちろんよ、トウダイ、ワセダ、ケイオウでしょ?」「私の日本人の友達はワセダを卒業して、東京三菱銀行で働いているわよ」と話してくれました。この時僕は初めて、「(当時はですが)日本人はアジアの国のことはほとんど知らないのに、向こうは日本のことを良く知っている」ということに気が付きました。ユンは優しい穏やかな性格の子で、そのあと僕とアグネスの夕食を作ってくれました。(おそらく初めての留学ではなかったのだと思いますが)ユンは英語も上手で、母親が働きに出ていて家で一人で過ごしていた小さな娘のミシェルと、“Michell, do you want to play with me!?”と言ってよく遊んであげていて、僕はただただ「すごいなあ…、それに比べて自分は…」と感心するばかりだったことを覚えています。

<右から、アグネス・クリストフ・ユン・ボルツ、2列目は、左がホストマザーのボーイフレンドのスティーブ・ホストマザーのカレン、最前列が小さな娘のミシェルと若かりし頃の僕です。他にもう1人小学生の息子もいました。アメリカってもう家の中がカオス状態ですよね(笑)>

夕飯を終えて部屋に戻ると、ルームメイトのクリストフは携帯で何やら話しながら爆笑していました。クリストフは長期の留学生だったので現地の携帯電話を持っていて、「ずっとアメリカにいたら、あんな風に電話でペラペラ喋れるようになるのだろうか…」と僕はいつも思いました。彼が電話を終えたあと少し語学学校の話になり、僕が「どうやって学校に行くの?」と聞くと、彼は自分の車を持っているからそれで行くんだと言いました。彼は確か26歳くらいで、その歳になっても欧米では長期留学や勉強が続けられることを、僕は驚いて日本とはずいぶん事情が違って羨ましいと感じたのを覚えています。明日からやっと学校だな、なんかもう1週間は経ったみたいな気分だ…早めに寝ようかなと思っていると、アグネスが部屋を訪ねて来て僕のことを呼びます。なんと、今からボーリングに行くから一緒に来いと言います(笑)「今から!?明日は学校の初日だし、もう夜の9時すぎじゃん!」と思ったのですが情けない僕はやはり断ることが出来ず、かくしてボルツと3人でまたまた夜の町に繰り出すことになったのです(苦笑)ちなみに、ユンは週末の旅行で疲れたからと言ってちゃんと断ったとか。そりゃそうですよね(苦笑)

<ルームメイトのクリストフはベルギー人。いつも家のパソコンを占領し、当時流行ったアメリカのコメディドラマ「フレンズ」を見ては爆笑していました>

まあ、夜とは言えボーリングなら平和なもんだろうと思っていたのですが、アメリカのボーリング場は日本のそれとは似ていて非なるものでした。ボーリング場の中にお酒を飲めるバーがあって、みんなお酒を飲んでいます。最初はただ平和にボーリングをしていましたが(やはり、2人とももの凄く下手でしたが。笑)、突然ボーリング場が暗くなり、大音量でミュージックが流れ始め、みんなお酒を飲んで踊りながらボーリングをしています…実際は暗いのでもうボーリングどころではなく、ほぼ日本でいうところのクラブのような状態です。「アメリカに着いてまだ学校にも行っていないのに、早くもとんでもない夜遊び不良生活に巻き込まれてしまった…(汗)」。アグネスの外見のインパクトも手伝って内心「なんだかヤバい…いいのか、これで?」と戸惑いの方が正直大きかったのですが、英語も出来ないしアグネスの車で来ているのでもちろん帰ることもできず、ただただ流されて行く自分がそこにいるだけでした(苦笑)。途中でボルツが「バーに行って一緒に飲もう」と言って僕をバーに連れて行きました。アグネスを放置してるけど、いいのか?と思いながらバーで30分以上過ごしたでしょうか…、当時僕は21歳の誕生日の前でカリフォルニアではまだ飲酒が出来ず、オレンジジュースでボルツの話をただただ聞いていた(喋れないし、聞き取れないし、さらにクラブ状態なので音も聞こえないので、正確に表現すると「ただうなずいていた」)のですが、ボルツは酔っているのでもう何が何だか分からない状態に(苦笑)タイミングをみてボルツに「そろそろ戻った方が良くない?」と言って何とか連れ戻し(これだけでも当時の僕には大仕事です…)、またしばらくボーリング?をして、家に帰り着いたのはもう深夜1時半を過ぎた頃でした…「どうしてユンとクリストフが断ったのか」分かった気がしました…繰り返しますが、前日に米国に着いてまだ学校にも行っていません(笑)。部屋に戻る直前にアグネスは“Do you want to go to school with me?”と言ってくれました。もちろん僕が断れるわけもなく(苦笑)

<アグネスと2ショット。毎朝一緒に学校へ行き僕はずっと彼女の「舎弟」状態でした(笑)>

すべては僕が英語を話すことも、自分の意思を伝えることも出来なかったのが原因ですが、不良生活に引き込まれたと思うと同時に、どこかそれまで感じていた絶望的な孤独感を忘れている自分がいました。とにもかくにも、日本とはいろんな意味で(笑)全く異なる生活と仲間に囲まれて、その夜に少し留学生活に期待と前向きな気持ちを持ち始めることが出来たのは、今思うとすべてアグネスに救われたからだと思います。続きは、またの機会にご紹介したいと思います。

To be continued.

Santa Barabaraその5。へ続く

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Santa Barbaraその3。

ここでは僕が初めての留学で滞在したアメリカ西海岸の小さな町、サンタ・バーバラでの体験について書いています。初めてこのブログをお読みになる方は、Santa Barbaraその1。からお読み下さい。

滞在2日目、ダウンタウンでホームシックになり暗い気持ちでステイ先の家に戻って来た僕は、家の前で車の運転席に座るアグネスに遭遇しました。”What are you doing?”とアグネスに聞かれた僕は家に帰るところだと答えると、彼女は”Do you want to come with us?”と、どこへ行くのかも説明せずに言って来ます。(説明しても僕が英語を理解出来ないと思ったのかも知れませんが…)正直、ダウンタウンへの往復で精神的に打ちのめされた僕は人と関わるのが怖くなり1人になりたい気分だったのですが、断ることも出来ずに戸惑っていると、アグネスは一緒に来いと言いました。そして僕は半ば無理矢理に、さっきまでいたダウンタウンに再び連れ出される事になったのです…

<Santa Barbaraのダウンタウンは静かで落ち着いた雰囲気>

車に乗ると助手席には初めて見る白人の男性が座っていました。彼の名はボルツと言うラトビア人で、実は僕と同じ家に滞在していたのですが、僕が彼の聞き慣れない名前や国の名前を分からないといった表情をしていると、パスポートを見せて教えてくれました。ですが彼は学校には行っていないと言うのです。「いったい彼は何者なんだろう…そしてアグネスは留学生なのにどうして車を持っているのだろう…」と不思議に思いましたが、英語力のない僕はそれ以上突っ込んでは聞く事が出来ませんでした…。後から分かったのですが、彼は語学学校でのコースを終了したにも関わらず勝手にステイ先に滞在し続けていたのが問題になり、追い出された家からアグネスが連れて来て、僕らのステイ先の家のリビングに(当然部屋はないので)居候していたのです。僕がステイしていた家は相当にオープンなホストだったと思います…(笑)

<リビングのソファーで居候していたボルツ>

アグネスは車を走らせるとすぐにフリーウェイに入りましたが、外見に劣らず運転の荒さも尋常じゃありません。車は凄く小さかったのですが速度を140キロまで上げ、右から左から猛烈な勢いで他の車を追い越して行きます…僕は顔が引きつるのを感じました。「カリフォルニアの日本人留学生が交通事故で死亡」なんてニュースになってしまうかも…と日本の家族や友達の顔が目に浮かびましたが、何とか無事にダウンタウンに到着しました。バスでは約30分の距離ですが、フリーウェイを使ったとはいえ、わずか10分足らずのドライブでした…

ダウンタウンで車を止め(アグネスはこの時、カリフォルニアで路上に駐車して良い所、時間制限のある所、駐車禁止の場所や取締りが厳しい事などを教えてくれました。アメリカの生活について、僕は彼女から普通はすぐには分からない事を沢山教わったと思います)店に入るとそこはビリヤードの出来るお店でした。そして3人でビリヤードを始めたのですが、何しろ2人共もの凄く下手な上にルールも分かっていないようでした。僕は友達と日本でよくビリヤードに行っていたのでルールなど分かっていて腕も彼女たちよりは大分マシでしたが、英語が出来ないのでルールを説明する事ができず、結局黙ったまま無意味に球を打ち続けるという時間を過ごすことに…。「言葉が通じないって、何て不便なんだ…」、と身に染みて思いました。
ビリヤードを終えるとアグネスは「どこか行きたいところがあるか?」と聞いてきたので、僕はとりあえず「(日本から持ってこなかった)タオルを買いに行きたい」と答えました。車で少し町から離れたショッピングセンターに行き、彼女は「ここの店が一番安く買える」と教えてくれました。しかしタオルを買うのは数分で終わってしまい、アグネスは再び「何かしたいことがあるか?」と聞いてきます。今思えば彼女はアメリカに来たばかりで右も左も分からず言葉も出来ない僕を色々気遣ってくれていたのだと思うのですが、時差ボケやカルチャーショック、そして何より自由の全く効かない英語でのコミュニケーションに疲れ果てていた僕は”I want to sleep.”と答えてしまいました…(本当に情けない話ですが、留学生は初めて海外で生活すると、最初のうちは精神的にも体力的にも、もの凄く疲れます。)


<滞在した2人部屋、毎日寝てばかりいました>

アグネスは僕を家で降ろしてくれ、ボルツと2人でまたどこかへ出かけて行きました。僕は昼寝をして、明日からはようやく学校だ…と思ったのですが、夕飯の後にまたまたアグネスに連れ出される事になります(笑)続きはまた次の機会に…


To be continued.
Santa Barbaraその4。へ続く


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Santa Barbaraその2。

ここでは2001年に僕が初めての留学で滞在した、アメリカ西海岸の町、サンタ・バーバラでの体験について書いています。初めてこのブログをお読みになる方は、Santa Barbaraその1。からお読み下さい。

アグネスと衝撃的な出会いを果たした僕は、彼女のあまりに強烈なインパクトに固まってしまいました。彼女はどう見ても日本人(当時で言う、コギャル)に見えたのですが、英語で僕に話しかけて来ました。ですが僕は英語がほとんど話せなかったので、「あー、えー」と言葉に詰まっていると、アグネスは「ニホンゴ、チョットダケ」と言いました。彼女は日系ブラジル人の3世で、「ワタシノオバアサン、ニホンジン」と日本語で説明してくれました。彼女は日本語が話せるというほどではなかったのですが、それでも僕の英語よりは幾分マシだと彼女も気づいたようで、日本語(と簡単な英単語)で彼女のことを話してくれました。

その時の会話で今でも僕が鮮明に覚えていて、大事にしている言葉があります。アグネスと話していてどうしても英語の部分は聞き取れない所があり、これは日本人の悪いクセでしょうか、僕がただ笑いながら分かったフリをしてうなずいていた時です。アグネスはそんな僕の態度を見透かしたように、彼女の頭を指で指し、”Try to understand. “と言いました。この言葉は忘れることが出来ません。理解する努力を放棄することは、コミュニケーションを放棄すること、それは習慣の異なる外国人と生活する上では最悪だと彼女は教えてくれました。同時に、海外で生活するためには英語を使うことは義務であり、英語が出来ないことは恥ずかしいことなのだと僕は思い知らされました。アグネスは外見はとんでもない不良少女に見えましたが(実際学校でも少々問題を起こしていたようですが…)、親切で面倒見が良く、その後も色々な事を教えてくれました。本来ならば、英語が出来なければ相手にされないのが留学生活の現実ですが、彼女と同じ家に滞在できたことは本当に幸運で、貴重な出会いだったと今は思います。

翌日、朝起きると、ホストファミリーは家にいたのですが、やはり何かをしてくれると言う訳ではなく(不親切に聞こえるかも知れませんが、向こうでは普通です)、やる事も無く英語も話せない僕は家にいる事になんとなく不安を覚え、とりあえずダウンタウンと翌日から通う語学学校を一人で見物しに行く事にしました。ホストマザーに何とかバス停の場所を教えてもらい、地図を片手にバスに乗り込んだのですが、ここでまたひとつ問題が。「バスの降り方が分かりません」。日本のバスには大抵付いている、ストップボタンが無いのです。周りを見てみましたが、ダウンタウンへ向かうバスなので、降りる人がほとんどいません。困った…と思っていると、途中のバス停で乗り込んで来て僕の後ろに座った男性が何やら話しかけて来ました。どうやらお札を小銭に両替してくれと言っているようです。小銭を渡すと彼は前の方に歩いて行き、運賃を払って戻って来ました。どうやらバスでは両替は行っていないようで、小銭の無い人は他のお客さんに頼むんだなあ…と習慣の違いと他人との距離の近さに少し驚いたのですが、僕はちょうどいいので彼にバスの降り方を尋ねてみました。”What should I do, when I get off the bus?”と言ったつもりなのですが、通じませんでした…逆に向こうから、「どこから来たんだ、どこへ行くんだ?」などと尋ねられ、僕がダウンタウンで明日から通う語学学校を探すのだと言うと、「みんなダウンタウンのバスディーポで降りるから大丈夫だ!」と教えてくれたのですが、結局学校の近くでバスを降りることが出来ず、そのまま終点のバスターミナルまで行くハメに…(後ほど、バスを降りるときは壁を這っている線を引っ張るのが停止のリクエストなのだと分かりましたが)、こんな些細なことでも、当時の僕には大きな冒険でした。

<Santa Barbaraのダウンタウンとバスディーポ>

学校からは数ブロック向こうへ行ってしまい、15分ほど歩いて何とか学校を見つけ場所を確認した僕は、お昼を食べにマクドナルドに入りました。日本とは違い、米国ではセットメニューのことを”value meal”などと表記しています。(マメ知識①:「フライドポテト」は実は和製英語、向こうでは”french fry”と呼びます。)セットに番号が付いていたので、”No.1, please”と注文したのですが、その後また知らない単語が返ってきます。”For here or to go?”(マメ知識②:「ここで食べるのか、持ち帰りですか?」の意味で、「テイクアウト」も実は和製英語で通じない事が多々)。とりあえずhereだけ理解できたので”here, here!”と答えると、空のどでかい紙コップだけをドスンと出されました。「なんだこりゃ?」と思ってキョロキョロすると、ジュースなどはドリンクバーになっていて、自分で好きなものを好きなだけ入れるのだと気付きました。一人でハンバーガーを食べていると、同じような年代の若者が英語でワイワイ話しているのが聞こえ、耳に入るのは知らない音ばかり、バスの乗り方もハンバーガーの注文も四苦八苦だった僕はどことなく寂しくなり、雨も降って来たのも孤独感に拍車をかけ、トボトボと家に帰ることにしました。

<通っていた語学学校 EF International Language School Santa Barbara>

滞在2日目、まだ学校のオリエンテーションも受けていないのに早くもホームシックになり帰宅した僕を救ってくれたのは、またも(学校では問題児で有名だった)アグネスでした。続きはまたの機会にご紹介致します。

To be continued.

Santa Barbaraその3。へ続く

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Santa Barbaraその1。

このブログ記事の一番最初に載っている写真は、アメリカ西海岸にあるサンタ・バーバラという小さな町のメインストリートです。スペイン風のコロニアルな建物が並び、ヤシの並木がとても美しいこの町は、僕が初めての留学で滞在した、とても思い出深い大切な場所です。今日はその時の事を書きたいと思います。

<Santa Barbaraのメインストリート。ロサンゼルスから北へ150kmほどの場所にあります>

僕が初めて留学したのは2001年の2月、大学2年生の時でした。今では短期の語学留学なんて、中学生・高校生から経験する時代ですが、当時の僕にとっては本当に大冒険でした。1人で海外へ出たのも初めてでしたし、英語も全く話せませんでした。留学生はだいたい、留学先の空港に降り立つと留学先の学校のスタッフが迎えに来ていて滞在先まで連れて行ってくれる(有料で結構高い)のですが、旅行会社に勤める僕の父は、「住所が分かっているんだから、そんなサービスに頼らず自分の力で行け」、と僕に命令し、僕は滞在先の住所だけを頼りに一人でホームステイ先の家を目指しました。

サンタバーバラの小さな空港からタクシーに乗り、ステイ先の家に向かう車内で僕は、「はじめまして、僕の名前は赤澤信太郎です」、と英語で何と挨拶するか、頭の中で繰り返し練習しました。そしてたどり着いたのがこの家です。

<ホームステイで滞在した家>

車を降りると、ホストマザー(当時30何歳くらいだったでしょうか)が出てきたので、僕は緊張しながら「ハウドゥ・・・」(How do you do. と言いたかった。日本の学校で教えられていたこの一言は、堅苦しすぎて実はあまり使われない表現だと、後から知った…)と言いかけた瞬間、「Oh, △☆○&%×$!!」(分からなかった)と先制攻撃を受けてしまい、僕は完全に出鼻をくじかれました。相手の言っていることが分からないという恐怖を、初めて知った瞬間でした。ホストマザーは家の中を説明してくれましたが、何を言っているのか全く分かりません。ルームメイトも出てきて挨拶しましたが、彼の出身国の単語の発音がまた難易度が高く、「I’m from Belgium.」と…。僕はパニック状態で、「ベルジャン?ベルジャンてどこの国?アフリカにそんな国あったっけ?(汗)」、と混乱しているのを見たルームメイトは、「ああ、コイツ全く英語出来ないんだな」、と悟ったようでした。とにかくその時のことで僕が覚えているのは(理解できたことは)、ホストマザーが言った「ここはあなたの家よ、自由にしてね!私はボーイフレンドとデートがあるから忙しいの!」ということだけでした…

日本人はホームステイと聞くと、ホストファミリーが親切で、町を案内してくれて、食事をみんなで食べて…、という風に想像しがちですが、アメリカの現実は違いました。しばらくすると家からは誰もいなくなり、放置されて何をしていいのやら分からない僕は時差ボケもあり、とりあえず寝るしかありませんでした。起きると夕食の時間帯にも関わらず、家には誰もいません。そしてキッチンへ行くと何やらパンとソーセージが置いてあります。

もしかして、これでホットドッグを作って夕飯を食べろってこと!?

と僕は初日からいきなり強烈すぎるカルチャーショックを受け、早くも現実から逃避したくなったのですが、このホットドッグを食べた後に、更なる追い打ちが…。それが日系ブラジル人である、アグネスとの出会いです。

<同じ家に滞在したハウスメイトたち>

一番右側の子がアグネスです。たくましい体型に金髪にガングロにジャージ…写真では肉の骨を持っていますが、その時は牛乳に浸したシリアルを食べながら廊下を歩いていました…。その時の恐怖も忘れられません。当時の日本の渋谷でも、ここまで強烈な子はいなかったんじゃないでしょうか…。その後、僕は彼女に色々と助けられる事になるのですが、何しろ最初はただ「怖い」の一言で、本当にとんでもない家に来てしまったと思いました。その続きの話は、またの機会にご紹介したいと思います。

こんなカルチャーショックも、今では最高の思い出です。みなさんも英語を勉強して、色々な体験をしに海外へ出かけてみませんか?

to be continued.
Santa Barbaraその2。へ続く。

※ 英会話SSEAが『みんなの英語ひろば』の取材を受け、特集記事が掲載されました。ぜひご覧ください!

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